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【手にした一万円札】
しおりを挟む優吾はやけに黒光りしている革靴に目を落とした。
こんなになるまで靴を磨く人とは、一体どんな人だろう?
優吾は男性とおぼしき人のズボンから腰へと目線を上げていった。
見上げてみると、人のよさそうな老紳士といった風貌の老人が立っていた。
茶色いつばの低い帽子の両脇からうなじへと、銀色がかった柔らかそうな白髪が、馬の尻尾のように伸びていた。
ご老人は優吾の絵に関心を持ったらしく、煙草を口にくわえながらプカプカ煙をはく合間に、
「ほほう、いい絵だね」
と、しきりに誉めた。
この老人が立ち去った後、優吾はしばらく呆然として階段に座っていた。
まさかこんなに簡単に自分の絵が売れるとは、思っても見なかった。
一枚二千円。
老人は五枚とも買うと言って、一万円札を優吾に差し出した。
優吾の一万円札を手にした指が震えた。
いまの優吾にとって、一万円札は、半年分の時間以上に価値があった。
優吾は、そのまま上野動物園に足を向けた。
〈続く〉
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