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【口内に生まれる雲】
しおりを挟む真由美は、ブランコの上で、お昼ごはんを食べるのが大好きだ。
誰にも邪魔されずに、あのかすかなたゆたいの中で、もぐもぐ口を動かしていることが、なぜとも知れず、気持ち良かった。
その日も真由美はブランコに乗って、パンを食べた。
両足を前に投げ出して、かかとを地面に当てながら、かすかな揺れに身をまかせていると、自然と顔が上を向き、空を見上げる恰好になる。
なんと気持ちがいいのだろう。
空を見上げながら、パンを噛(か)んでいると、鼻先ほどの距離に雲が近づいてくる。
すると、どうだろう。
その拍子にもぐもぐと噛む口の中にも、小さな雲が生まれる。
それはパン生地と唾液が噛み合いながらとろけていくうちに、口の中に蜂蜜のように甘くて密度の濃い霧が生じるという感覚だった。
それを真由美は、はっきりと意識できる。
真由美はそんな時、ああ今日も雲が生まれたな、と単純に思う。
この作用は、真由美に不思議な安心感を与えてくれる。
と同時に、食欲増進に一躍かってくれている。
真由美はいつの日からか、ブランコの上でなくても、自分の好ましく思う食べ物に関しては、その場で咀嚼(そしゃく)し雲を作り上げることができるようになった。
心配事や不安を抱えた時などは、なおさら自家製の雲が必要になったので、口の中に真っ白な霧を呼び込む腕が、自然に上がったのだ。
人は、誰しも、自分のことを守ってくれる何か、を持っているのではないだろうか。
真由美の場合、それが口内に生まれる雲だった。
〈続く〉
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