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【ティラミスの作り方】
しおりを挟む「そんなに思い出深いものだったのですね」
「ええ、今では笑い話みたいだけれど……」
「その後、ご主人は?……」
「肺ガンにかかってしまって、55歳でなくなってね」
「そうでしたか」
「あの人……亡くなる直前にね、面白いことを言ってたわね」
先生は、独り言のように呟いた。
「………………」
「…………」
「何ですか?……」
「……面白いのよ。《俺は金平糖職人として一筋でやってきたけど、最近、何だか、ティラミスという奴を作ってみたくなった》なんて言うのよ」
真由美は、思わず、息を飲む。ティラミスを作るのは、大得意だ。
「それで、どうされたんですか? 」
「それっきりよ。翌日亡くなったの。それから金平糖のお店をたたんで、わたしは趣味でやっていたお琴を、ある先生について、本気で習い始めたの。そして、先生になった。……それから、もう20年が経つわね」
そう言うと、先生は窓の外をしばらく眺め出した。
真由美は、言おうか、言うまいか、ためらった。
人には、時として、決定的瞬間というものがやってくるようだ。
そして、その時の選択がきっと重要なのだ。
私にはできるだろうか? 先生のご主人のように、愛する人のためにをお店にあふれるほど、金平糖を作ったりすることが。
私にも、そんな風に人を愛せるだろうか?
何だか不意に、胸騒ぎがした。
真由美のココロが、ざわめき出し、突然、あるビジョンが浮かび上がる。
――雪の降る夜、明かりの灯ったお屋敷の中で、イルミネーションに照らされて、眩しいほど白々と浮かび上がる金平糖のお家。その中に入り、無邪気に遊ぶ子供たち。それを外から眺めている先生とご主人。肩を組んで、幸せそうに眺めている。
気がつくと、真由美は、先生の前に歩みより、先生の両手を握っていた。
そして、自分の口からあふれ出る言葉を、自分のものではないかのように、聞いていた。
先生は、始めは驚いた様子で、目を丸くしていたけれど、空気が変わったかのように、真由美をまっすぐに見た。
その拍子に、真由美は思わず、両手を放した。
なんて強く握っていたんだろう。真由美は、やっと我に返る。
対座した先生が、背筋を伸ばして、手を膝の上に載せる。そして、静かに畳の上に三つ指を立てて、深くお辞儀をした。
「どうぞ、わたくしに、ティラミスの作り方を教えて下さい」
〈完結〉
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