時間泥棒の街

B.H アキ

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時間泥棒の街

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最初に“時間”が抜けたのは、自分だった。
葉山は赤信号の中でブレーキを踏みしめていた。
クラクションの音。眩しい光。
腕時計を見ると、針が五分だけ進んでいる。
その間、何をしていたのか――記憶がない。

同じような報告が、次々と上がっていた。
医療事故、工事事故、交通事故。
どの加害者も口を揃えて言う。

「五分前の記憶が、ないんです。」

葉山の胸に、嫌な予感が残った。
これは偶然じゃない。
ただの事故では終わらない。

非番の日、彼は密かに調査を始めた。
現場を歩き、被害者の共通点を洗い出す。
やがて、奇妙な事実に行き着いた。
事故に関わった者たちは皆、同じブランドの腕時計をしていたのだ。

修理を請け負っていたのは、古びた時計店。
カウンターに立つ老職人は、六十を越えているというのに、
四十代にも見えるほど若々しい。

葉山は、ふとその顔に見覚えを感じた。
ニュースで見た――時間物理学の第一人者、鴨居教授。
盗作疑惑で大学を追われ、行方をくらました天才科学者。

夜、葉山は時計店の裏口で男を尾行した。
老職人は、閉鎖された大学の旧研究棟へ入っていく。
埃をかぶった研究室の扉を開けると、
中には無数の時計と、脈打つように光る装置があった。

鴨居は葉山の存在に気づいても、驚かなかった。
むしろ、待っていたように静かに言った。

「刑事さん、人の意識と時間には関係があると知っていますか?」

彼は机の上のガラス容器を指さした。
中で銀色の液体がゆらめいている。

「私は“時間分子”――クロノトンを発見した。
人間の意識は、これを流すエンジンだ。
意識が強く動くたびに、脳は時間を粒子として放出する。
私は、その粒子を“回収”する方法を見つけたんですよ。」

葉山は息をのむ。
鴨居は続けた。

「修理を依頼された時計には、変換装置が仕込んである。
液体触媒を介して対象者の脳波を読み取り、
意識のゆらぎを時間エネルギーへと変換する。
それをこの装置で集め、私の細胞に同調させる。
他人の五分を奪えば、私の寿命は五分延びる。
――科学的な等価交換ですよ。」

「狂ってる……!」

「いや、これは理論だ。
人の意識が時間を動かすのなら、
その意識を掌握した者こそ、時間を支配する神だ。」

その言葉を聞いた瞬間、葉山の心臓が高鳴った。
二十年前、娘の由香を失った日のことが蘇る。
あの日、自分も“空白の五分”を体験した。
「お父さん」と呼ぶ声に返事ができなかった――。

もし、あの五分を取り戻せるなら。

「……その薬を、くれ。」

鴨居はため息をつき、小瓶を差し出した。
液体は淡く光り、まるで時間そのものが溶けているようだった。
葉山は迷わず飲み干す。

――世界が揺らいだ。
音が消え、光が反転する。

次に目を開けたとき、そこは白い病室だった。
ベッドの上に、幼い由香がいた。
「お父さん!」
その声に、胸の奥が裂けた。
涙が溢れ、腕が震える。
彼女の小さな手を握る――あの温もり。

しかし、空間が歪み始める。
壁も光も音も、波のように崩れていく。
由香の姿が淡く揺らぎ、消えかける。

「……もう一度だけ……」

伸ばした手は空を掴み、
意識が暗転した。

目を開けると、研究室の床に倒れていた。
髪は白く、皮膚は乾き、呼吸は途切れ途切れ。
時計が鳴るたびに、寿命が削れていくようだった。

鴨居は静かにその様子を見下ろし、微笑んだ。

「これでまた二十年は若返れる。
若い頭脳で、私は証明してみせよう。
――時間を支配する者こそ、真の神であると。」

研究室の中央で、
鴨居の装置が淡く光りながら、再び時を吸い上げていた。

そして街では、また誰かが――五分を失っていた。

🌑 完 🌑
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