魔王の魂に乗っ取られる運命の王子を無意識のうちに除霊で救済してしまっていたのですが、そんなことよりお願いですからその色気しまって下さい!!

天虹 ほの

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1話 前世は霊感少女、今は愛され公爵令嬢です

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鏡の向こうに映るのは、ふわりと桜色のドレスに身を包んだ少女
腰まで届く銀糸の髪は丁寧に巻かれ、春の花をあしらった髪飾りが優しく揺れている。
そして、金色の瞳は宝石のようにきらめいていた。

――まるで、おとぎ話のお姫様みたい。

思わず、鏡に映る自分にふっと笑みがこぼれる。
まるで夢の中に迷い込んだみたい。――でも、これは夢じゃない。確かにここにある、私の“今”なのだ。

前世――悪霊に命を奪われたあの夜。
次に目を開けたとき、私はリリアナ・アルトフェルドとして、この異世界に生まれ変わっていた。

美しい部屋で、可憐なドレスに身を包み、優しい家族に囲まれて暮らしている。
霊が“視える”体質だけは変わらなかったけれど……それを受け入れてくれる人たちが、今はそばにいる。

そして今日――
この世界で迎える、十六歳の誕生日。
私が“社交界デビュー”を果たす、特別な日だ。

「……本当に、これで大丈夫かな」

桜色のドレスの裾をそっと摘んで、胸元を見下ろす。
ふわりと広がるチュールレースには繊細な刺繍が施され、光を受けて優しく輝いていた。
小さな宝石がちりばめられた胸元は、まるで花が咲いたみたいに華やかで――

(前世の私が見たら、びっくりするだろうな……)

胸の奥で、鼓動がひとつ跳ねる。
緊張、不安、そしてほんの少しの“ときめき”。
それらがないまぜになって、ふわふわと体の中を漂っていた。

「お嬢様、とってもお綺麗ですわ!」

後ろでリボンを結んでいた侍女のマリアが、うっとりとした声を上げる。

「本当! まるで春の女神さまみたい!」

「王都中の令嬢が、きっと羨ましがりますわ~!」

口々に褒めてくれるのは、私付きの侍女たち。
年の近い彼女たちは、仕事としてだけでなく、心から私に接してくれている。

「う、うれしいけど……そんなに言われると、逆に照れるよ……っ」

頬が熱くなって、思わず視線を落とす。

「――まあ。まるで花が咲いたみたいね」

背後から、ふわりと柔らかな声が降ってきた。
やさしく甘い香水の香りがふんわりと漂う。私はぱっと顔を上げた。

「……お母様!」

ドレスの裾をゆるやかに揺らしながら現れたのは、私の母――エリザベート・アルトフェルド公爵夫人。
王都一の美貌に加え、知性と気品をあわせ持ち、慈愛に満ちたその佇まいは、貴族たちの憧れの的でもある。

今夜も、淡い藤色のドレスを身にまとい、やわらかな微笑みをたたえて私の前に立っていた。

「まあ、マリア。リリアナの髪飾り、とても素敵に仕上げてくれたのね。ありがとう」

「お褒めいただき光栄です、奥様!」

ピシッと背筋を伸ばすメイドたちを見て、母はやわらかく微笑む。
そのまま、私の頬にそっと手を伸ばした。

「リリアナ……とっても綺麗よ。……まるで、あの夜に生まれた“星の子”みたい」

「星の子……?」

「あなたが生まれた夜、空にはひときわ明るく輝く星が、一つだけ瞬いていたの。
占星術師は言っていたわ――“奇跡の光を宿す子が、この世に降りる”って」

「……それ、私のこととは限らないでしょ?」

思わずむくれて言うと、母はふふっと笑って、そっと私の額にキスを落とした。

「いいえ、あなたよ。
私たちのもとに来てくれた、たったひとつの光――
あなたはね、私たち家族の、大切な宝物なんだから」

「……ありがとう、お母様」

胸の奥が、じんわりと熱くなる。
緊張で張り詰めていた心が、ふっとほぐれていくようだった。

「さあ、仕上げにこれを」

母が差し出したのは、可憐なリボンで飾られたネックレス。
中心にあしらわれたピンクサファイアが、ドレスと見事に調和している。

「これは……?」

「あなたが生まれた時に作らせたの。
今日、あなたが“社交界の一員”になる日につけてもらいたくて、ずっと大切にしまっていたのよ」

「……っ」

その想いに、胸がいっぱいになる。
首元に母の手でネックレスが留められた瞬間、鏡に映った自分の姿が、ほんの少しだけ――“凛とした”気がした。

「じゃあ、参りましょうか。お父様とお兄様が、あなたを迎えるためにもう階下で待っているわ」

「はい、お母様」

そっとその手を取った。

これは、“前世の私”では決して手に入らなかった幸せ。

だからこそ――
私はこの場所で、きちんと胸を張って生きていこう。

♦︎♢♦︎

カツ、カツ、カツ――。

大理石の階段を、慎重に一歩ずつ降りていくたび、足元のヒールが小さな音を立てる。
胸の奥で、鼓動が高鳴っていた。

ふと目を向けた先、踊り場から見下ろす広間には、無数の光をまとった豪奢なシャンデリアがきらめいていた。
その光の海の中で、階下からじっとこちらを見上げる、二人の男性の姿が目に入る。

一人は、まるでおとぎ話から抜け出してきたような、美貌と気品を兼ね備えた青年。
 
金の髪にサファイアの瞳、完璧な立ち居振る舞いに穏やかな笑み――見惚れる者が後を絶たない、私の兄、ユリウス・アルトフェルド。

もう一人は、堂々たる威厳と風格を持ち、王国でも屈指の名門・アルトフェルド家を率いる当主。

一見すれば近寄りがたいほど厳格。けれど、家族にはとことん甘くて、少しだけ不器用な――私の父、クラウス・アルトフェルド公爵。

どちらも、礼装に身を包み、まっすぐに私だけを見つめてくれている。
その視線の温かさに、私はほんの少し、背筋を伸ばした。

そして――

「……!」
 
ユリウスお兄様の目が、ふわりと見開かれる。
そして静かに階段を上がってきて、私の手をそっと取った。

「……綺麗だ」

低く囁かれたその一言に、胸が熱くなる。
けれど次の瞬間――

「リリアナ」

もうひとつの、落ち着いた低い声が届く。

振り返れば、父――クラウス公爵が、真剣な眼差しでこちらを見ていた。

「……寒くないか? そのドレス、露出が多いようだが……」

「えっ? そ、そんなことないと思うけど……?」

どこかぎこちない手つきで肩にそっと触れてきた父に、戸惑いながら答えると――

「……もしものことがあればすぐ戻ってこい。会場に危険を感じたら、遠慮なく帰ってくるんだ。いいな?」

「……うん」

「あと、君が一人にならないように、十人ほど見張りを――」

「待って!? 見張りってなに!?」

予想外の発言に、思わず叫び声が漏れる。

「安心しろ、既に護衛は二重にしてある。万が一、怪しい貴族が近づいたら――排除する」

「排除って、なにをどうする気なの!?」

「ご安心を、父上。すでに我が家の騎士団が動いています」

いつの間にか兄がすっと前に出て、当然のように言った。

「出席者はすべて素行調査を行い、要注意人物はすでにマーク済みです」

「……え、何人くらい……?」

「五十人ほど」

「多すぎるーーーっ!!」

とうとう、私の悲鳴が屋敷中に響いた。

「もうっ、過保護すぎるよーー!!」

叫んだ私に対して、父も兄も、涼しい顔で微笑むだけだった。

「当然だ。我が娘だぞ」

「当然だ。僕の、かけがえのない妹だからね」

「~~っ、もう知らないっ!」

顔を真っ赤にしてぷいっと目をそらす。
でも、心の奥はぽかぽかとあたたかくて。

(まったく……本当に私は、幸せ者だなぁ)

そう思った、その時だった。

「ふたりとも、そのへんにしておいたら?」

やんわりとした声音が、空気をそっと和らげる。

「リリアナが出発できないでしょう?」

振り向けば、お母様が、優雅な微笑みをたたえて静かに立っていた。

「お母様……」

その姿を見た瞬間、ふっと肩の力が抜ける。
母の言葉には、いつだって不思議な力が宿っていた。

「大丈夫よ、リリアナ。あなたが一番輝いているわ。
堂々と行ってらっしゃい。――あなたは、私たちの誇りなのだから」

「……うん!」

胸にこみ上げてくる想いを噛みしめながら、小さく頷く。

ふわりと、目の前に差し出された手があった。

「お手をどうぞ、僕のお姫様」

――それは、ユリウスお兄様。

優しく微笑み、片目を閉じてウインクする姿は、まるで絵本から抜け出した王子様そのもの。
少しきざだけど、それが似合ってしまうから、つい小さく笑ってしまう。

「……ありがとう、お兄様」

私はそっとその手を取り、その温もりを確かめるように、ぎゅっと握り返した。

「いってきます、みんな!」

ぱっと笑顔を咲かせて、お父様とお母様、そして屋敷のみんなに手を振った。

お父様は、どこか寂しそうにしながらも、ゆっくりと頷いてくれる。
お母様は、優しく微笑みながら、そっと片手を小さく振って見送ってくれた。

「お気をつけて、お嬢様!」

「お似合いですよ、リリアナ様!」

「ご武運をーっ!」

廊下に整列した使用人たちが、一斉に声を上げる。

そのすべてが、前世では一度も手に入らなかった光景。
――私を守ろうとしてくれる人たちがいて、背中を押してくれる家族がいて、  
今、私はこんなにも、幸せだ。

それだけで、この世界に転生してきた意味があった気がする。
 
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