ブレイブハート

猫春雨

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ブレイブハート

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 たんぽぽの、白いわたぼうしに息をふきかけたら、ふいに逆風がふきつけてわた毛をあびてしまった。
 耳に入ったかもしれない。
 そのせいだろうか。
 ライオンがほえている。
 ぼくの頭の中で。
 ほえるって言っても、近所のゴローとちがってうるさいことはない。
 むしろいさましく、それを聞いているだけでふしぎと勇気がわいて来る。
 ぼくはおくびょう者だ。
 人と目も合わせられないし、自分の意見を口にすることもない。
 だけどライオンが頭にやどってから、ぼくに変化があらわれはじめた。
 朝起きると、食卓で予習をやらされるのだけど、その日はお母さんに何を言われてもだんまり。
 とうとうお母さんはヒステリーを起こしたけれど、ライオンがほえてくれるからなんとも思わず涼しげに聞き流す。
 そんなぼくにしびれを切らし、お母さんは床をふみ鳴らしながらリビングを出て行った。
 ぼくはキッチンでかってに食パンを焼き、いつもはちょびっとだけのバターをたっぷりぬりたくってほおばった。
 オレンジジュースも三杯おかわりし、おなかがみたされるとのんびり学校の身じたくをする。
 登校も、すがすがしい朝を楽しみながらゆっくりと。
 すると案の定ちこくしたわけだが、先生が何を言おうとライオンの声にかき消されて聞こえなかった。
 クラスメートたちの視線を受けながら、すたすたとせきにつく。
 先生はまだ何か言いたげだったけど、首をふると朝の会を続けた。
 一時間目が終わると、やはりカンタのやつがちょっかいをかけに来る。
 でもぼくには何もきこえない。
 最初のうちはにやついていたカンタの顔がしだいにいら立ちはじめ、机をバンッとたたいたりもしたけど、ほおづえをついたぼくはあくびをひとつしただけだ。
 ところがガンッという衝撃でほおづえがくずれた。
 カンタが机をけっ飛ばしたのだ。
 そのとき、ライオンの声が変わった。
 グルルルという低いうなり声。
 ぼくの心も怒りにみたされてゆく。
 立ち上がると、ようやく反応があってうれしそうにしているカンタの顔を目がけ、げんこつを打ち込んだ。
 それから、鼻血を出したカンタは保健室に運ばれ、先生が怒り、お母さんまで呼び出されたけれど、ぼくに大人たちの声はとどかない。
 ライオンがあいかわらずほえてくれているから。
 家に帰され、その後もお母さんのヒステリーを涼しげに受け流していたら、ついにめそめそと泣き出してしまう。
 あの人がいてくれれば……。
 アノ人はぼくたちのことなんかどうでもいいんだ。
 ぼくはお母さんのためと思っていい子でいたけれど、ぼくだけががまんしなければならないなんてばからしくなって来た。
 アノ人も好きかってやっているのなら、ぼくだってそうさせてもらう。
 ぼくにはライオンがついている。
 もう、何もこわくない。

 次の日、学校に行くとクラスメートが遠巻きにぼくをながめている。
 そんなこと気にもせずに机に向かおうとしたら、ライオンのほえ方がかわった。
 するとどうだろう。クラスメートたちがぼくの周囲に集まって来た。
 みんなカンタのやつにうらみがあったようだ。
 ライオンの声がしずかなので、「すっきりした」とか「かっこよかった」などというほめことばがはっきりと聞こえた。
 なんだかむずがゆいけれど、心地よかった。
 今日の下校はひとりではない。
 クラスメートたちを引き連れてコンビニに寄っていた。
 その中にはカンタも混じっている。
 ぼくはカンタに命じてお菓子を買わせた。
 そしてコンビニを出ようとしたら、店員のお兄さんに呼び止められた。
 ぼくのズボンの後ろポケットから、支払いのすまされていないお菓子がのぞいていたのだ。
 カンタを見るとにやりと笑っている。
 どうやらはめられたようだ。
 お兄さんが学校に連絡すると言うので、カンタもふくめたクラスメートたちを帰らせた。
 コンビニのひかえ室らしきところに通され、椅子に座らされる。
 反省するのであれば、今回は連絡しない。
 ご両親にもだまっておこう。
 この人は物わかりのいい人みたいだ。
 おとなしく反省しようとしたとき、ライオンの声がまた変わった。
 低い威圧するようなうなり声。
 その変化にとまどったものの、ライオンの声に頭がみたされ何も考えられなくなる。
 視界が赤くそまった。
 ぼくははじかれるようにお兄さんに飛びつく。
 お兄さんといっしょに床にたおれ込み、ぼくの小さなこぶしが何度もふり下ろされる。
 だめだ……この人は……悪い人じゃ……。
 ところがぼくを見あげるお兄さんの表情はあわれんでいるようだった。
 君は何を泣いているんだい?
 お兄さんの顔にしずくが落ちる。
 お兄さんはぼくの両手をつかむと、おなかから起き上がった。
 おれはアマだけどボクサーでね。そんなか弱いパンチじゃなんともないんだよ。
 「それよりも」と、まだあばれるぼくの体を強くつかみ――、ギュッとだきしめる。
 あっ……。
 ライオンの声がとおのくのを感じた。
 おれもガキのころは色々あったもんだ。だから強くなりたくてボクシングをはじめた。
 君も何か大変なことをかかえているのだろう。
 う……。
 うわ……。
 うわーん……!
 ぼくは泣きに泣いた。
 遠くでほえ立てるライオンの声もかき消してわんわんと。
 それからコロッケをおごってもらってコンビニを出た。
 ライオンの声はもう聞こえない。
 その代わりに、お兄さんのやさしい声がひびきわたっていた。
 また人をなぐりたくなったらいつでもおれんとこに来な。
 家に帰ったらお母さんにあやまろう。
 先生にもカンタにも。
 もうぼくにライオンは必要ない。
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