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第1話 アカウントがバレて詰む
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まったく、今日も推しカプは最高だ。
二年生へ進級した春。教室の隅っこでこそこそスマホの画面をスワイプして、昨日描いた推しカプのイラストを眺める。
今大人気のソシャゲ、ゴールデンエッジの主人公受けはやっぱりいい。最強のスケートバトラーを目指すがんばり屋さんの主人公が、普段はツンケンした態度のライバルに愛されているのが萌える……。どれくらい萌えるのかといえば、公式から出ている二人の武器を模したチャームを筆箱へつけるくらいだ。
大切に育ててきた「よし」というハンドルネームのアカウント。SNSへイラストをアップしても、神絵師みたいに百とかいいねがつくわけじゃない。だけど、仲のいいフォロワーさんたちはリポストして感想を言ってくれるのが嬉しい。イラストも消さずに残してあるから、昔の絵を見ると恥ずかしくなるけど、上達が見えて嬉しい。
それから吉田という姓にも感謝。名簿番号が最後だから、四月の席替え前の時点では窓際の後ろの席で確定だ。おかげで教室にいながら、推しカプの摂取に集中できるというわけ。
だから今この瞬間にも作られていく仲良しグループへのひがみとかでは決してない。ないったらない。
隣の席には一軍の人たちがたむろって、わいわい話している。どうせこちらなんか気にもしないだろう。僕みたいな平凡で根暗な人間には、ぼっちがお似合いだ。
自由帳を引っ張り出して、筆箱からボールペンを抜く。黙々とクロッキーを始めた。僕は一応美術部だから、バレたとしても絵の自主練ということで言い訳はできる。
「ねえ、海斗も一緒にカラオケ行こうよ。今日は部活ない日じゃん」
「カラオケっていつものあそこ? いいね、みんなで行こっか。他に誰か誘うの?」
その海斗という人を取り巻いて、男子女子問わず集まっている。女子はあからさまに海斗へもたれかかっている。
そういえば一年生のとき、噂で聞いたことがある。バスケ部の、一年生なのにエースのイケメン。百八十センチ近い背の高さ、アイドルみたいに整った甘い顔立ち。ぱっちりとした目力は確かに迫力がある。
だけど僕の視線はといえば、彼の持つスマホのすこし下へ一直線に吸い込まれた。アクリルマスコットが二つ揺れていた。
それはゴールデンエッジのリアイベで販売された描きおろしイラストのアクリルマスコット。絵柄は主人公とライバルの二人だ。
どういうことだ……? ソシャゲって、一軍男子もやるものなのか……?
その上コンビ推しとかもして、限定グッズも買うんだ……。
僕がうっかり推しカプに見とれていると、海斗がふとこちらを見た。やばい。咄嗟に視線をそらしたけど、「ねえ」と声をかけられる。
騒がしい教室の中なのに、海斗の足音がやたらと耳に響く。恐る恐る顔をあげると、彼は僕のすぐ目の前に来ていた。脚が長すぎて椅子に座った僕の目の前にベルトがある。ゆっくり視線を上げていくと、にこやかに笑う整った顔があった。
逆に怖い。
「ちょっとこっち来れる?」
終わった。
僕は重苦しい空気の中「はい」と大人しく立ち上がった。
そのまま歩き出そうとすると、「待って」とストップをかけられる。
「そのノートも持ってきてほしい」
もっと終わった。
よっぽど僕はこの世の終わりみたいな顔をしていたんだろう。クラスのみんなは同情のまなざしでこちらを見てくる。
教室を出て、連れてこられたのは屋上へ続く階段だった。そして扉一枚開ければ屋上という踊り場で、彼はあぐらをかいた。僕もつられて体育座りをする。
先に口を開いたのは、彼の方だった。
「俺、芳賀海斗っていうんだけど」
「はがくん」
僕がオウム返しにすると、じっと見つめられた。
「そっちは?」
「あ、えと、吉田です。吉田悠希」
「吉田ね」
芳賀くんはかすかに笑った。それから、僕の自由帳を指さす。
「それ、もしかしてゴールデンエッジのイラスト?」
「あっあっ、はい」
思いっきりどもった僕に、「そんな緊張しなくても」と芳賀くんは唇の端をきゅっと吊り上げた。
「勘違いじゃなければなんだけどさ」
そして声を潜めて、僕へ顔を寄せる。思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
「吉田って『よし』さん?」
一瞬、何を言ってるのか分からなかった。
芳賀はスマホを操作して、SNSのとあるアカウントのホームを出した。
間違いなく、僕の「よし」名義のアカウントだった。
「でっでっでっ」
一番上に来ているのは推しカプがキスしているイラスト。
終わった。終わりを確信した僕はその場へ掌をつき、がっくりと頭をさげた。
芳賀くんは「吉田」と慌てたように僕を呼ぶ。そしてゆさゆさと背中を揺さぶった。
「どうした。体調が悪いのか? あ、だったら揺らしちゃダメだな、すぐ保健室に」
「ちがう! ちがうよ、芳賀くん……!」
僕はとんでもない恥ずかしさに悶えながら顔をあげた。
すると思いのほか、芳賀くんの顔が近くにあった。ばっちり至近距離で目が合う。僕はあまり彼を刺激しないように、ゆっくりと目をそらした。
「……そのアカウントは……」
言いよどむ僕をよそに、芳賀くんはさらに画面を操作する。
「これ、俺のいいね欄なんだけどさ」
陽キャは自分のいいね欄を人へ見せても平気なのか? 怖い。
怯えながらのぞきこむと、見事にゴールデンエッジのイラストばかりだ。特に、僕の推しカプの画像が多い。
「も、もしかして、芳賀くんも……?」
芳賀くんは「うん」となんのてらいもなく頷いた。
「二次創作っていうやつの存在も最近まで知らなかったんだけど、見たら面白くてさ。特にこの二人が絡んでると、なんか嬉しくて」
「うれしい……」
「うん」
なるほど、芳賀くんは僕と同じカップリングを推す者らしい。僕は慌てて居住まいを直した。
「それで『よし』のアカウントを見つけたんだ?」
「うん。フォローしてる」
芳賀くんは「よし」のホーム画面を開いた。なるほどフォローボタンが押されている。しかも相互フォローではないらしい。
「芳賀くん、僕に片思いフォローしてるの?」
「片思い?」
きょとんとした顔の芳賀くんに、僕は慌てて「芳賀くんだけがフォローしてて、僕が芳賀くんをフォローしてないってこと」と付け加えた。
「ああ、そういう」
芳賀くんは納得したように言ったけれど、僕は心臓がばくばくしている。
同級生にアカウントがバレた。ものすごくまずい状況だ。しかも僕のアカウントを片思いフォローされている。いや、それはむしろありがたいことじゃないか……? わざわざ見つけてフォローしてくれたんだから。
いずれにせよ、言うべきことは一つだ。
「芳賀くん。このことはだれにも言わないで……!」
ぱん、と掌を合わせて頼み込む。万が一アカウントがバレでもしたら大惨事だ。最悪いじめられるかもしれない。できる限り楽観的に見ても気まずい立場になるのは間違いない。
芳賀くんは僕をじっと見つめて、首を傾げた。大柄な身体つきのくせに、動きが小動物じみてあざとい奴だ。
「分かった。というかもちろん、言わないよ。けど」
「け、けど?」
一体、どんな言葉が飛び出すのか。恐る恐る芳賀くんを見上げると、彼は目を輝かせて言った。
「ゴールデンエッジの絵、描いたら見せてよ」
「え、SNSにいっぱいあげてるよ」
「それじゃ足りない。もっと見たい」
「他の人もたくさん創作してるし……」
そう。僕らの推しカプは大人気だから、投稿サイトにはイラスト・漫画だけで千件以上もの作品が投稿されている。
だというのに、芳賀くんは「違うんだって」と駄々をこねる。
「『よし』の……吉田くんの描く二人が見たい」
たった一言で、頭が爆発したかと思った。
感情が「嬉しい」一色に塗りつぶされる。頭のてっぺんからつま先まであますところなく力がみなぎり、僕は気づくと教室へ戻っていた。
隣の席を見れば、芳賀くんが何食わぬ顔で座っている。そして芳賀くんはこちらへ視線を流してみせて、僕の机をとんとんと指の腹で叩いた。
「よろしくな」
はたして、これは本当に現実だろうか。
クラスの一軍男子が、僕のイラストを見たがっているなんて……。幻想?
僕は筆箱のチャックを閉じて、まじまじと推しカプのチャームを見つめた。
そしてそれは、幻想じゃなかった。
二年生へ進級した春。教室の隅っこでこそこそスマホの画面をスワイプして、昨日描いた推しカプのイラストを眺める。
今大人気のソシャゲ、ゴールデンエッジの主人公受けはやっぱりいい。最強のスケートバトラーを目指すがんばり屋さんの主人公が、普段はツンケンした態度のライバルに愛されているのが萌える……。どれくらい萌えるのかといえば、公式から出ている二人の武器を模したチャームを筆箱へつけるくらいだ。
大切に育ててきた「よし」というハンドルネームのアカウント。SNSへイラストをアップしても、神絵師みたいに百とかいいねがつくわけじゃない。だけど、仲のいいフォロワーさんたちはリポストして感想を言ってくれるのが嬉しい。イラストも消さずに残してあるから、昔の絵を見ると恥ずかしくなるけど、上達が見えて嬉しい。
それから吉田という姓にも感謝。名簿番号が最後だから、四月の席替え前の時点では窓際の後ろの席で確定だ。おかげで教室にいながら、推しカプの摂取に集中できるというわけ。
だから今この瞬間にも作られていく仲良しグループへのひがみとかでは決してない。ないったらない。
隣の席には一軍の人たちがたむろって、わいわい話している。どうせこちらなんか気にもしないだろう。僕みたいな平凡で根暗な人間には、ぼっちがお似合いだ。
自由帳を引っ張り出して、筆箱からボールペンを抜く。黙々とクロッキーを始めた。僕は一応美術部だから、バレたとしても絵の自主練ということで言い訳はできる。
「ねえ、海斗も一緒にカラオケ行こうよ。今日は部活ない日じゃん」
「カラオケっていつものあそこ? いいね、みんなで行こっか。他に誰か誘うの?」
その海斗という人を取り巻いて、男子女子問わず集まっている。女子はあからさまに海斗へもたれかかっている。
そういえば一年生のとき、噂で聞いたことがある。バスケ部の、一年生なのにエースのイケメン。百八十センチ近い背の高さ、アイドルみたいに整った甘い顔立ち。ぱっちりとした目力は確かに迫力がある。
だけど僕の視線はといえば、彼の持つスマホのすこし下へ一直線に吸い込まれた。アクリルマスコットが二つ揺れていた。
それはゴールデンエッジのリアイベで販売された描きおろしイラストのアクリルマスコット。絵柄は主人公とライバルの二人だ。
どういうことだ……? ソシャゲって、一軍男子もやるものなのか……?
その上コンビ推しとかもして、限定グッズも買うんだ……。
僕がうっかり推しカプに見とれていると、海斗がふとこちらを見た。やばい。咄嗟に視線をそらしたけど、「ねえ」と声をかけられる。
騒がしい教室の中なのに、海斗の足音がやたらと耳に響く。恐る恐る顔をあげると、彼は僕のすぐ目の前に来ていた。脚が長すぎて椅子に座った僕の目の前にベルトがある。ゆっくり視線を上げていくと、にこやかに笑う整った顔があった。
逆に怖い。
「ちょっとこっち来れる?」
終わった。
僕は重苦しい空気の中「はい」と大人しく立ち上がった。
そのまま歩き出そうとすると、「待って」とストップをかけられる。
「そのノートも持ってきてほしい」
もっと終わった。
よっぽど僕はこの世の終わりみたいな顔をしていたんだろう。クラスのみんなは同情のまなざしでこちらを見てくる。
教室を出て、連れてこられたのは屋上へ続く階段だった。そして扉一枚開ければ屋上という踊り場で、彼はあぐらをかいた。僕もつられて体育座りをする。
先に口を開いたのは、彼の方だった。
「俺、芳賀海斗っていうんだけど」
「はがくん」
僕がオウム返しにすると、じっと見つめられた。
「そっちは?」
「あ、えと、吉田です。吉田悠希」
「吉田ね」
芳賀くんはかすかに笑った。それから、僕の自由帳を指さす。
「それ、もしかしてゴールデンエッジのイラスト?」
「あっあっ、はい」
思いっきりどもった僕に、「そんな緊張しなくても」と芳賀くんは唇の端をきゅっと吊り上げた。
「勘違いじゃなければなんだけどさ」
そして声を潜めて、僕へ顔を寄せる。思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
「吉田って『よし』さん?」
一瞬、何を言ってるのか分からなかった。
芳賀はスマホを操作して、SNSのとあるアカウントのホームを出した。
間違いなく、僕の「よし」名義のアカウントだった。
「でっでっでっ」
一番上に来ているのは推しカプがキスしているイラスト。
終わった。終わりを確信した僕はその場へ掌をつき、がっくりと頭をさげた。
芳賀くんは「吉田」と慌てたように僕を呼ぶ。そしてゆさゆさと背中を揺さぶった。
「どうした。体調が悪いのか? あ、だったら揺らしちゃダメだな、すぐ保健室に」
「ちがう! ちがうよ、芳賀くん……!」
僕はとんでもない恥ずかしさに悶えながら顔をあげた。
すると思いのほか、芳賀くんの顔が近くにあった。ばっちり至近距離で目が合う。僕はあまり彼を刺激しないように、ゆっくりと目をそらした。
「……そのアカウントは……」
言いよどむ僕をよそに、芳賀くんはさらに画面を操作する。
「これ、俺のいいね欄なんだけどさ」
陽キャは自分のいいね欄を人へ見せても平気なのか? 怖い。
怯えながらのぞきこむと、見事にゴールデンエッジのイラストばかりだ。特に、僕の推しカプの画像が多い。
「も、もしかして、芳賀くんも……?」
芳賀くんは「うん」となんのてらいもなく頷いた。
「二次創作っていうやつの存在も最近まで知らなかったんだけど、見たら面白くてさ。特にこの二人が絡んでると、なんか嬉しくて」
「うれしい……」
「うん」
なるほど、芳賀くんは僕と同じカップリングを推す者らしい。僕は慌てて居住まいを直した。
「それで『よし』のアカウントを見つけたんだ?」
「うん。フォローしてる」
芳賀くんは「よし」のホーム画面を開いた。なるほどフォローボタンが押されている。しかも相互フォローではないらしい。
「芳賀くん、僕に片思いフォローしてるの?」
「片思い?」
きょとんとした顔の芳賀くんに、僕は慌てて「芳賀くんだけがフォローしてて、僕が芳賀くんをフォローしてないってこと」と付け加えた。
「ああ、そういう」
芳賀くんは納得したように言ったけれど、僕は心臓がばくばくしている。
同級生にアカウントがバレた。ものすごくまずい状況だ。しかも僕のアカウントを片思いフォローされている。いや、それはむしろありがたいことじゃないか……? わざわざ見つけてフォローしてくれたんだから。
いずれにせよ、言うべきことは一つだ。
「芳賀くん。このことはだれにも言わないで……!」
ぱん、と掌を合わせて頼み込む。万が一アカウントがバレでもしたら大惨事だ。最悪いじめられるかもしれない。できる限り楽観的に見ても気まずい立場になるのは間違いない。
芳賀くんは僕をじっと見つめて、首を傾げた。大柄な身体つきのくせに、動きが小動物じみてあざとい奴だ。
「分かった。というかもちろん、言わないよ。けど」
「け、けど?」
一体、どんな言葉が飛び出すのか。恐る恐る芳賀くんを見上げると、彼は目を輝かせて言った。
「ゴールデンエッジの絵、描いたら見せてよ」
「え、SNSにいっぱいあげてるよ」
「それじゃ足りない。もっと見たい」
「他の人もたくさん創作してるし……」
そう。僕らの推しカプは大人気だから、投稿サイトにはイラスト・漫画だけで千件以上もの作品が投稿されている。
だというのに、芳賀くんは「違うんだって」と駄々をこねる。
「『よし』の……吉田くんの描く二人が見たい」
たった一言で、頭が爆発したかと思った。
感情が「嬉しい」一色に塗りつぶされる。頭のてっぺんからつま先まであますところなく力がみなぎり、僕は気づくと教室へ戻っていた。
隣の席を見れば、芳賀くんが何食わぬ顔で座っている。そして芳賀くんはこちらへ視線を流してみせて、僕の机をとんとんと指の腹で叩いた。
「よろしくな」
はたして、これは本当に現実だろうか。
クラスの一軍男子が、僕のイラストを見たがっているなんて……。幻想?
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