傲慢溺愛王子様は僕を孕ませたいらしい

鳥羽ミワ

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34 火蓋を切る

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 帰宅したときには、すっかり外が暗くなっていた。風呂に入り、髪を乾かし、フラエはベッドに倒れ込む。いろいろなことがありすぎて、疲れてしまった。こういう日は自慰で気分を上げるに限る。しかし、胸をいじっても、股間をまさぐっても、一向に気持ちよくなれない。

 結局諦めて、大の字になって寝転がった。ぼんやり、グノシスの言葉を反芻する。フラエはグノシスのことが好き。それは、グノシスだけは、フラエに言ってはいけない言葉だ。
 あんな男だったとしても、フラエは忘れられていないのだから。

「あなたにだけは、言われたくないよ」

 ぽつりと呟く。そんなことを得意げに言うなら、あの卒業式の日、フラエの気持ちを受け止めてほしかった。グノシスがフラエをどう思っているかなんて、フラエはとっくに知っていた。それを紙切れでの謝罪と告白で済ませて、それであたかも全てが終わったように振舞って、それ以上を要求されて。

 腹が立って、ベッドに拳を打ち付けた。何度も何度も拳で叩く。

「腹立つ!」

 少しずつ、怒りが勝ってきた。フラエは起き上がって枕でベッドヘッドを叩いた。ぼすぼすという音がしきりに立ち、なんだかだんだん活力が湧いてきた。

 もうあんな男のことは知らない。フラエは不貞腐れて、ベッドに寝転がった。頭の下に枕を敷き、膝を抱いて蹲るようにする。そのまま目をつむっていても、なんだか胸がムカムカして眠れなかった。

 仕方ないので起き上がり、机の引き出しを開ける。グノシスの手紙を取り出し、彼の告白が書かれた紙を引きちぎる。ばらばらに千切る。それくらい腹が立っていたし、グノシスのことなんか知らない。

 だけどなぜか胸が痛くて、涙が出てきた。愛している、の文字に手が止まって、うなだれる。歯を食いしばって、目を閉じた。
 結局、机中に広がったばらばらの紙切れを、全て手でかき集める。簡単に一枚の紙で包んで、引き出しに戻してしまった。我ながら未練がましくて情けない。その代わり、奥にしまった便箋を取り出す。そして、未開封のそれを、そのまま破ろうとして。指先に力が入らない。震える息で「こんなもの」と言っても、フラエはそれを破れなかった。

 諦めて、手紙を机の上に置く。ペーパーナイフで封を切り、中身を取り出す。

 案の定、それは誕生日を祝うメッセージカードだった。それに加えて、もう一枚便箋が入っている。
 そこに書かれていたのは、誕生日の式典の後、直接会いたいという誘いだった。そこで伝えたいことがあるとも、フラエが好きだとも、大切だとも、書かれていた。本当にこの人は都合がよくて、嫌になる。

「きらいだ」

 フラエが欲しい言葉をくれるくせに、それはこんな紙切れ一枚でしかない。フラエはずっと、彼に突き飛ばされた、十九歳の雪の日にいる。抱きしめてほしい。キスしてほしい。好きだと言ってほしいし大切だと言ってほしいし、それはグノシスの肉声でなければ意味はないのに。それなのに浅ましく喜んでしまう自分がいて、気づけば、彼の肉筆が涙で滲んでいた。

「くそ、」

 あふれだす涙を拭う。手紙を机の上に放置したままベッドに戻り、胎児のように丸まった。
 本当に、ダンジョン攻略で、自分が何をすればいいのか分からない。
 説得とは何を言えばいいのか。そもそも本当に話が通じる相手なのか。結局自分は足手まといになるのではないか。役に立つことなんて、できないんじゃないか。

 不安と焦りと、怒りと、胸の中の熱さ。ぐちゃぐちゃの思考回路を無理やり止めるように、フラエは目を閉じた。
 そしてその浅い眠りは、深夜時刻が変わる頃になって、騎士団からの使者になって破られることとなった。

「起きろ、リンカー」

 騎士は荒っぽくフラエの身体を揺らして起こし、「すぐに装備を整え、集合しろ」と口早に告げた。

「魔境形成反応が急激に強くなっていると、研究所から連絡があった」

 その言葉に、フラエは跳ね上がるように起きだした。それはダンジョン発生が間近に迫っていることを意味している。つまり。

「仕事の時間ですね」

 使者はその言葉を聞いて、黙って部屋を立ち去った。フラエは手早く服を脱ぎ、騎士団の制服を着用する。いつも通りの皮鎧を身に着け、剣を腰に携える。短剣を一本胸元のホルスターに収め、髪の毛を引っ詰める。魔力補助用のポーションを五本、ベルトに装備。厚底のブーツを騎士団の規定通りに履き、転がるように部屋の外へと飛び出した。

 騎士団も自分も準備は間に合っているのか。無事に作戦を終えられるのか。皆で生きて帰れるのか。様々なことが一瞬頭の中で絡み合い、それを振り切るようにフラエは走り出した。赤く火照る目元を手で拭う。考えている時間はない。

 自分がどれだけぐずぐずでも、事情が拗れていても、フラエのすべきことはそこにある。それだけが、フラエを支える柱だった。
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