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本編
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スラムで育った俺たちの今の家は、くたびれた古い、小さな一軒家だ。仕事から帰れば、弟分のレイは大抵、食事の支度を終えている。
玄関を開けた途端に、でかい図体が飛び出してきて、俺を抱きしめた。
「ミヤ、おかえり!」
「ただいま、レイ」
レイは身体をかがめて、俺へきんいろの頭を差し出してくる。俺は「仕方ないなぁ」と笑いながら、そのさらさらの髪を撫でた。男前に育った顔をいたいけに綻ばせて、レイはされるがままだ。
スラム街ギリギリのところにある、格安のボロ屋を俺たちの稼ぎで買って三年。それまでずっと路上暮らしだった俺たちの、夢の城。
俺たちは、親の顔を知らない。気づけばたった二人で身を寄せ合って生きていた。お互いが唯一の家族で、大切な人だ。だからこそ、俺には、レイに絶対言えないことが二つあった。
それは俺が、別世界からやってきた人間だってこと。もう一つは、レイのことを、そういう対象として意識してしまっているってこと。
俺には、たぶん前世の記憶ってやつがある。俺は「にほん」って国で、勤め人をしていた。そこは科学ってやつが発展していて、俺は清潔な寝床とご飯に困らない生活を送れていて、だけどとにかく忙しかった。毎日怖い人に怒鳴られながら働いて、寝る時間も惜しんで、最後はまあ、ろくでもない死に方をしたんだと思う。
とはいえ、俺には知識があった。大人との話し方、衛生環境を保つ方法、数字の計算。そんなわけだから、気づけば隣にいたレイを養いつつ、なんとか家を持つまでいけたってわけ。
大人だった頃の知識は、本当に役に立った。レイが持っていた家紋の彫られたボタンを、目先の金目当てで売り払わなかったこと。大人たちに奪われないよう、隠し通したこと。
そのボタンは今、レイが紐を通して、ネックレスにして持っている。これでレイの実の家族たちが迎えにきても、ちゃんと身分証明ができるってわけだ。たぶん。
立派に成長したレイは、本当にかっこいい。俺とレイは、たぶん二、三歳しか変わらないから、恋愛対象にするのは大して不自然なことじゃない。でもレイは、俺の唯一の家族なんだ。
そんなこと、考えちゃいけない。
「ミヤ、何か変なこと考えてない?」
は、と顔をあげる。レイは眉間に軽く皺を寄せつつ、「何か心配事でもあるの」とすり寄ってきた。もう随分と背が高くなって、筋肉もついているから、体格が貧弱な俺は抱きかかえられるみたいになる。
「ごめん、ぼーっとしてた」
「ふうん。疲れてるの?」
すぐに、レイは心配だと言わんばかりに青い瞳を細める。俺は曖昧に笑いつつ、「そんなんじゃないよ」と彼の腕を叩いた。
……本当は、分かってる。俺はもう立派な大人で、王都のことは一通り知っていた。レイが実はレイナードって名前で、お貴族さまの息子で、政治的ないざこざで死んだことにされているってこと。それから、真実が最近明らかになって、レイの実の両親が彼を探してるってこと。
レイの持っているボタンの紋章は、そういうお家のやつだってことを、俺は知っている。本当は、今日にだって、レイに言わなきゃいけない。
だけど、今の生活が幸せだから、俺はなかなか言い出せないでいるのだ。いつだって踏み抜きかねない薄いガラス板の上に、俺たちの生活はある。
「そうだ、ミヤ」
レイが瞳を輝かせて、俺の顔を覗き込んだ。なんだ? と俺が尋ねれば、彼は俺の両肩に手を置く。
彼は目を輝かせ、俺の肩をしっかり掴んで、こう言った。
「俺、騎士団の試験に受かったんだ。明日にでも訓練に参加していいって!」
「それは……! すごい、な」
俺は目を見張る。
騎士団は、基本的に下級貴族の子弟か、裕福な平民の子どもが入るものだ。なぜなら専門的な訓練を受け、きちんとした教育を受けないとパスできないくらい、入団試験は難しいから。
確かにレイの腕っぷしはかなりいいし、俺が文字の読み書きも仕込んだから、庶民にしては教養がある。
だけどまさか、そんなところにまで届くだなんて。
ね、とレイは機嫌よく笑って、俺を抱きしめる。
「これで、ミヤに楽をさせられる。そうしたら、俺、ミヤとしたいことがいっぱいあるんだ」
俺はなんとかレイの背中に腕を回して、掌でそこをさすった。だけど、力強く抱きしめ返すことは、できなかった。
レイは、騎士団に入る。そこには、上流階級の人たちがたくさんいる。きっと、彼の素性がバレるのは時間の問題だ。
素性がバレたら、俺たちは別れ別れ。きっと俺の心の準備ができないうちに引き離されてしまう。だけど、そもそも。
俺はさっさと、こいつを手放してやるべきなんじゃないか。俺とこんなウサギ小屋みたいな家で暮らすより、もっと清潔でやわらかい寝床のある家の方が、レイのためになるんじゃないか。
言ってしまえば、一緒にいたいって思うのは、俺の自分勝手なんだから。
「ミヤ、何か心配なことがあるの?」
「ん。なにも」
俺は恐る恐る、レイの背中を叩いた。彼は少し訝しげに喉を鳴らしつつ、俺に頬擦りをする。
「……ねぇ、レイ」
意を決して、レイの服の裾を掴んだ。レイは「なに」と少し、上擦った声で答える。
このままの生活がいいって、思っていてくれたら、なんて。
「今の生活で、満足してるか?」
その問いに、レイは即答する。
「全然」
思わず、呼吸が止まった。俺の喉が立てた音に気づかず、レイは笑う。
「だから、今よりもっといい生活をしたい。俺たちはこれから、それができる」
そうして、無邪気に俺を抱きかかえる。俺は「そっか」と胸のつかえを吐き出すように、笑った。
「そうだよな」
床に下ろされて、俺はレイに抱きついた。強く強く抱きしめる。
もう俺の腕をいっぱい広げても、彼の身体全部を抱きしめることはできない。
「大きくなったな」
うん、とレイは声を弾ませた。俺の身体を抱きしめるその熱さに、俺の身体はどんどんかじかんでいく。
俺たちが互いに離れがたく思っていることは、分かっている。
だけど、この生活をずっと続けていたい俺と違って、レイは満足していないんだ。
二人で勝ち取ったこの家は、レイにとって不足らしい。
だから俺は、レイが寝ついた頃を見計らって、家を出た。ネックレスを抜き取り、レイの実家に駆け込んで、すべてを告白した。
投げやりになっていなかったと言えば、嘘。だけど、これでよかったという気持ちは、揺らがない。
いつかはこうしなきゃいけないって、思っていた。それがたまたま、今日だっただけだ。
翌朝には、レイのもとへ迎えが行った。俺は当然のように手切れ金を渡されて、王都から放り出された。もう戻ってくるなよ、と言わんばかりに、辺境の家を与えられて。
そんなわけで俺は、田舎のへんぴな村へ飛ばされた。そこで、新天地での生活をスタートさせた。
手切れ金は一生働かなくてもいいくらいには高額だ。けれど、遊んで暮らすには到底足りない。
そんなわけで、俺は働くことにした。新しい職業は、役所の下働きだ。
「ミヤくん、この帳簿つけといてくれる?」
「はい、つけときます! あとこっちの手紙、書き終わったんで出してください」
「ありがとう。こっちは手が回らないから、ミヤくんが出しておいてくれる?」
こっちだって手が回らないのだけど。断ろうと口を開いたときには、もうその人は他の人と話していた。
俺はため息をつきつつ、とぼとぼと手紙を出し、帳簿をつけ、働いた。気づけばとっぷり日が暮れていて、やっと家へ帰ることに思い至る。
もう俺以外残っていない部屋に鍵をかけて、退勤した。なんだか前世を思い出して、乾いた笑みが漏れる。
前も、お金には困っていなかった。だけど仕事をやめることに抵抗があって、結局、そのまま死んでしまった。
今回もそうなのかなぁ。俺はぼんやり考えながら、帰路につく。
レイの実家に用意してもらった家は、前の家より広くて、つくりがしっかりしていた。隙間風なんか入ってこなくて、あたたかくて、だけど寂しい。
「とか言って、俺はこのまんまなんだろうな」
はは、と笑って、家の鍵を取り出す。戸締まりを忘れていたらしく、鍵は空振りだった。
本当に、ダメだな。俺は深く息を吐き出しつつ、扉を開けた。いつもの習慣で、呟く。
「ただいま」
誰も、返事をするわけがないのに。俺がまた自嘲気味に笑ったとき、廊下の奥で、気配が蠢いた。
「ミヤ」
ぞくり、と背筋が粟立つ。それは聞き慣れた低い声で、怒ったように揺れていた。
暗い部屋の奥から、のっそりと巨体が立ち上がる。上等な仕立ての服を身に纏った、いかにも貴族という格好をしたレイが、そこにいた。
レイ、と俺が掠れた声で呼べば、その青い瞳がうっそりとたわむ。
どうすればいいのか分からなくて、俺は咄嗟に踵を返した。家から飛び出そうとして、呆気なく腕を掴まれる。反射で声を上げても、すぐに大きな掌が俺の口を塞いだ。引き寄せられて、広い胸の中に閉じ込められる。
「ミヤ。ミヤ」
慣れ親しんだ弟分の腕なのに、知らないにおいがする。上品な花の香り。石鹸のにおい。俺は「レイ」と名前を呼びながら、逃れようともがいた。腕で突っぱねようとすると呆気なく腕をまとめられて、脚で蹴るのは気が引けて、身動きがとれない。
俺が引き攣った呼吸を繰り返すと、床へと倒される。俺の上にのしかかって、「ミヤ」とレイが笑った。
「どうして俺を、捨てたの」
「ち、ちが……」
違う。俺は捨てた。だけどそれを認めたくなくて、俺は必死に首を横に振る。レイはくしゃりと顔を歪めて、「すてただろ」と一音一音を区切るように言った。
「ねえ。俺、ミヤと幸せになるつもりだったんだ。なんで、ミヤが俺の人生から抜けようとするの」
「だって、お前が、……今の生活じゃ、満足してないって……」
薄暗がりの中で、レイの瞳孔が開く。レイは俺の手首を床へ押し付けて、馬乗りになった。
「そうだよ。俺がもっと、ミヤに楽をさせるんだ。だから満足なんて、するわけない」
俺は途方に暮れて、「レイ」と名前を呼ぶ。レイは首を横に振って、「いやだ」と駄々をこねる。
深く息を吐いて、俺は「なぁ」と呼びかけた。
声が震えているのは、今度は、恐怖のせいだけじゃない。
「俺がどんな思いで、俺たちの生活を築いたか、分かってるのか」
低く唸るように言えば、レイは目を丸くした。俺は「離せ」と吠える。悔しくて、もどかしくて、顔が熱い。
「おっ……、お前が、先に捨てたんだ!」
気づけば涙があふれていた。俺は引きつけを起こしたようにしゃくりあげながら、「お前が先だ」と吠え立てる。
「そっちが、先に俺たちの生活を捨てた! まんぞく、してないって。おれ、おれだってっ、がんばって、あの家を買って……!」
これが子どもじみた八つ当たりの癇癪だって、分かってる。だけど俺は堪えきれなくて、涙をぼろぼろ流して、レイに当たった。
「おれがっ! おれが、がんばったんだ! おまえのために、……おれは……」
「ミヤ」
最低。最悪。俺は自己嫌悪でいっぱいになって、「ごめん」と身体を丸める。
途方に暮れたように、レイが瞳を揺らした。恐る恐る手首から指が離れて、そのまま、俺は助け起こされる。
俺はレイの胸元にすがりついて、わんわん泣いた。何度も胸板を叩いて、「がんばったのに」と吠える。
「ごめん、ミヤ」
「あ、あやまる、な!」
謝ってほしいわけじゃないし、俺に謝ってもらう資格はない。だって本当に捨てたのは、俺が先だ。俺が、あの生活を壊した。
分かってる。
「う、うう、う~……!」
俺はレイの胸元に目を当てて、全部の涙を上等なシャツへ吸わせた。レイは強張っていた肩の力を抜いて、俺の身体を抱きすくめる。
「ごめん」
首を横に振って、ただただレイの身体にすがった。ごめん、とか、俺が悪かった、とか、ほとんど音にならない声で謝る。レイはただ俺の背中を叩いて、宥めてくれた。
しばらく俺が泣きじゃくった後、レイは「ミヤ」とちいさく俺を呼ぶ。俺は鼻をすすりながら、顔をあげた。
「……ううん。俺が悪かった」
レイは眉を曇らせて、情けなく目をしょぼつかせる。俺は「捨てたのは、俺だ」と、ぽつりぽつりと呟いた。
「俺が通報なんてしなければ、今も俺たちは、あの家で暮らせていたんだ。分かってる」
「ミヤ」
途方に暮れた目で、レイが俺の頬を撫でる。その手が大きくてあたたかくて、手つきが優しくて、もう俺の手元から巣立つ年齢だって、やっと分かった。
「ごめん。俺が、レイといたかったから。本当は、もう手放さなくちゃいけないって、分かっていたのに」
ぐずぐずと鼻をすすりつつ、俺は笑った。レイは「ミヤ」と俺を呼んで、俺の手首を掴む。だけど壊れ物を扱うように、その指さきは震えていた。
「ミヤ。俺、……本当は、あのままの生活がよかった」
「ん……?」
「だけど、ミヤにはもっと、いい寝床で寝て欲しかった。いいものを食べて欲しかった。もっといい服を着て、もっといい暮らしをして、俺の手でミヤを幸せにしたくて、それで、」
ごめん、とレイがか細い声で言った。俺は首を横に振って、力なく笑う。
「そんなこと、気にしなくてよかったのに」
レイが鼻を啜る音がした。俺はやっと笑って、レイを抱きしめる。あやすように背中を叩いてやれば、レイはほっとしたように息を吐いた。
俺は頃合いを見計らって、尋ねる。
「どうしてここが分かったんだ。親御さんに聞いたのか」
「うん」
「どうして、わざわざこんなところへ?」
「……それは」
彼は真っ赤な目で俺を見て、情けなく床へ手をついた。そして上目遣いに俺を見て、「ミヤ」と呼ぶ。
「あんたが、好き、だから」
俺たちの間に、沈黙が降りた。外では犬が遠吠えをしている。俺は鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
「で?」
「す、好き。結婚したい」
レイは拙く「結婚してください」と頭を下げた。俺はどうすればいいのか分からなくて、天井を見上げた。
「いきなりンなこと言われてもなぁ……」
「じゃあ、付き合うところからでいいから。むしろ俺と付き合って」
レイは必死で、俺を見上げて「お願い」とねだった。うんうん唸って見せれば、さっきまでの剣幕が嘘のように「ミヤ」と心細い様子で俺を呼ぶ。
「け、結婚して……」
「どうしよっかなぁ」
嫌かと言われれば、まあ、嫌じゃない。それどころか、俺の心臓はどくどくと脈打っている。頬の辺りが熱くなって、唇を尖らせた。
とはいえ、素直に頷くのも癪だ。俺は「どうしようかなぁ」と、悩むそぶりを見せる。
「いきなりそんなこと言われてもなぁ~」
「い、いきなりじゃない。ずっと好きだった……」
「でも俺、今それを知ったんだけど。ずっと好きだったんだ?」
「うん。ずっと、ミヤだけが好き」
途端に幼い口調になるレイがかわいい。俺はくすくす笑って、レイの頬を撫でた。
自然と身体が近づいて、口もとへ息がかかるくらい、顔を寄せる。レイは顔を真っ赤にして、俺を見つめた。
「キスしたい」
あまりにも素直な物言いに、俺は思わず笑ってしまった。それが合図だった。レイは俺へ飛びかかって、だけど優しく俺の頭を抱えた。唇と唇が合わさって、やわらかい感触に腰が上ずる。
「ん、ふ」
俺がレイの唇を舐めると、ためらいなく舌が絡んだ。俺たちは粘膜を擦り合わせ、だんだん衣服で素肌が阻まれているのがもどかしくなって、脱ぐ。裸の身体を必死に合わせて、思考がゆだっていって、欲望が剥き出しになる。
俺の目尻から涙がこぼれた。レイは俺の身体をまさぐる手を止めて、「ミヤ」と俺を呼ぶ。
「いや?」
「……ううん」
ふ、とレイが息を吐く。俺は身体をなんとか起こして、レイの腕を引いた。彼は俺にされるがままで、俺はためらわずに、レイを連れて寝室の扉を開ける。
ベッドへレイを転がして、馬乗りになった。レイは俺の腰を掴んで、勃起したものを俺の尻のあわいへ擦り付ける。俺も腰をレイの恥骨へこすりつけて、「レイ」と呼んだ。
「しよう」
ぐるり、と視界がひっくり返る。レイは俺の貧弱な身体をなぞって、浮いた骨を撫でる。慈しむような手つきがもどかしくて鼻を鳴らすと、強引に引き寄せられてキスされた。
胸元に指が伸びて、尖った乳首をつままれる。俺が腰を浮かせると、「ミヤ」と切羽詰まった声でレイがうめいた。
「ごめん。乱暴にする」
俺の勃起したそこに、レイの手が伸びる。今すぐ繋がりたくて、だけど方法が分からなくて、俺は泣いた。レイへ腰を押しつけて、股を広げる。迎え入れる体勢を取ると、レイの喉が低く鳴った。
「いれたい」
その言葉に、俺は必死でうなずいた。いれて、いれて、とねだると、レイの呼吸がどんどん荒くなる。レイの唇に噛みついて、しゃぶった。すぐにレイが俺の舌を吸って、頭の裏がじんと痺れる。幸せで、もどかしくて、俺は腰を揺らした。
俺たちの勃起したものはすっかり濡れそぼって、蜜を垂らしている。俺の下腹部はべとべとになって、ぬめるそこに指を這わせた。レイは俺の手を取って、「ここ」と彼のものを握らせる。
「いれたい。いれていい? きっと、つらい、けど」
「いいよ」
俺は、鼻を啜りながら頷いた。身体は火照って、欲を持て余している。レイは俺の身体を起こして、膝の上へ乗せた。弾む呼吸を合わせながら、俺たちは見つめ合う。
「……準備しよう」
「ん」
俺たちは身体を洗いあって、またベッドへ戻った。その間に、レイは、いろんなことを俺に教えてくれた。
貴族としての籍を得たこと。それなりの職に就いて、苦労しているけれど、読み書きができてなんとかなっていること。今は勉強を頑張っていること。
俺はそのひとつひとつを褒めて、謝って、レイはそのたびに得意げにした。
俺たちが繋がるためには、たくさんの準備がいる。もどかしいそれらを、俺たちはひとつひとつ、こなしていった。
気づけば、俺はベッドの上でくたくたになって、情けなくうめいていた。尻はぐちゃぐちゃに濡れて、潤滑剤にしている香油のにおいがまた羞恥心を煽る。
レイは獣のように荒い呼吸を繰り返しながら、丹念に俺をかわいがった。
「も、や……」
俺が泣きを上げても、レイは「まだ」と首を横に振る。彼のものはすっかり硬く大きくなっていて、俺でこんなになっていることが嬉しかった。だけどはやく繋がりたくて、俺はやだやだと首を横に振る。
「いれて。も、いい、から」
レイは困ったように笑って、俺の額にキスをした。最初とはすっかり立場が逆転している。俺が悔しくてぎゅうと顔をしかめると、レイがそれを咎めるように頬擦りをした。
「痛い思い、させたくないんだ」
「いい。いいから、いれて」
ほしい、とねだる。我ながら甘えたで、情けない声だ。股を開いて、だらしなく感じ入った顔をさらして、みっともない。
だけどレイは、それにどうしようもなく、煽られてくれたみたいだった。
「ばか」
顔を赤くして罵りながら、レイは俺の膝裏を持ち上げた。俺の身体は二つ折りになって、恥ずかしいところが全部、レイの眼前に晒される。俺はやっと、ほしいものが与えられる喜びに、顔をほころばせた。
「きて」
そして、レイはゆっくり、俺の後孔へと熱を当てた。ゆっくり、ゆっくり、大きなものが俺の胎内へはいってくる。俺は息を詰めながら、身体の力を抜いて、レイに身を委ねた。悲しくないのに涙が出てきて、どうしたらいいのか分からない。ただ胸がいっぱいで、苦しいくらいだ。
「れい、れい……」
夢見心地なのか、苦しくて朦朧としているのかすら分からない。俺が呼べば、すぐにキスが与えられる。そこでやっと、俺は、自分が喜んでいることに気づいた。
「うれ、し」
息も絶え絶えに言えば、レイは「おれも」と熱っぽい声で言った。実際俺たちの身体はすっかり熱くて、汗だくで、合わさった胸板の向こうでお互いの鼓動がうるさい。それがたぶん、レイも嬉しいんだろう。肩に目元を埋めて、何度も名前を呼ばれた。
「ん、いい、こ」
頭を撫でれば、さらさらの金髪が指の隙間を抜けていった。レイは「うん」と頷いて、腰を進める。気づけば、腹の奥の奥まで、レイでいっぱいになっていた。
「ふ、ぁ」
俺は浅い呼吸を繰り返しながら、なんとかレイの広い背中へすがりついた。レイは顔を真っ赤にして、汗を俺の上へ滴らせながら、歯を食いしばっている。きっと、今すぐにでも動きたい衝動に耐えているんだろう。
「ふふ」
愛しくて笑えば、レイはむっとしたように唇を尖らせた。キス、と言っただけで、彼は従順に唇を差し出す。俺たちは触れ合うだけのキスを楽しみながら、身体が馴染むのを待った。
俺の胎内は少しずつ伸びて、縮んで、ぴったりレイの形になっていく。腹の肉がレイのものをすっかり包み込んだ頃、俺たちは顔を見合わせた。
「いいよ」
それを合図に、レイが腰を引く。そうして、ゆっくり、律動が始まった。肉がこそげとられて、引きつって、その摩擦にじんと身体がしびれていく。
これまで感じたことのない幸福感と、心地よさと、気持ちよさ。俺はゆめうつつでレイを呼んで、レイは泣き出しそうな顔で俺を見ていた。
「ミヤ。けっこんして」
いたいけな声を出して、そのくせ、俺の中におさめられたものは凶悪だ。そのアンバランスさにまた笑えば、彼はむっとしたように眉間に皺を寄せる。
「かわい」
俺がうわごとのように呟くと、「そっちのほうがかわいい」とキスされる。少しずつレイの腰遣いも激しくなって、息が弾んでいった。俺の身体は勝手に喘ぎ声を出して、寝室に情けない声が響く。
「あん、ふ、ぅ……っ、ひ、ひ」
甲高く掠れた声は、恥ずかしい。だけどレイは嬉しそうだった。俺があんあん喘ぐたびに「かわいい」と俺の身体を撫でて、その熱い掌に全部ゆだねたくなる。頭もからだも心もとろとろになって、レイでいっぱいだ。
少しずつ、俺たちの熱が高まっていく。お互いの身体はじっとり汗ばんでいた。俺の下腹部を、俺の勃起したものがぺちぺち叩いている。ゆらゆら揺れる俺自身が恥ずかしくて、でも、それを隠そうとは思わない。
「ミヤ、いきそう」
レイが切羽詰まった声でうめく。俺もだんだん腰の奥が重たくなって、つま先でシーツを引っ掻いていた。俺も、と答える代わりに、レイを懸命に抱きしめる。
「い、よ。いこ」
飢えた獣が唸るような、低い音が聞こえた。レイは腰を引いて、一息に俺の中へと突き立てる。その衝撃に俺が悲鳴をあげても、構わずレイは腰を振った。
「は、……ミヤ、けっこん、しよ。……けっこん、したい」
レイは興奮で上擦った声で囁く。その雄くさい声色に、俺の胎内はきゅうとレイを締め付けた。
俺も応えようとしたけれど、あまりにも激しい行為についていくのが精一杯だ。頷くこともできずに、俺は身体が跳ねるままに快楽を受け止める。
「ん、っあ、あ、…うぇ、あっあっあ」
俺も限界が近い。視界がちかちか明滅して、身体が強張る。きもちいい。すっかりばかになった頭でひたすら、レイの体温と、においと、力強さを感じている。
「ミヤ、ミヤ」
名前を呼ばれる。俺はどうすればいいのか分からなくて、レイを呼んだ。そのたびにレイは切なげに目を細めて、うん、うん、と頷く。だから俺は、お互いに限界が近いって分かって、嬉しい。
「いって、……いっしょ、いっしょに」
俺がそう言ってレイを引き寄せると、レイは一際強く、俺を穿った。その衝撃で身体が跳ねて、腰の奥で快楽が弾ける。全身に強い電撃が走ったみたいに頭が真っ白になって、俺は窒息しそうな魚みたいに跳ねた。
身体の奥に、熱いしぶきが叩きつけられる。レイはぐるぐると喉を鳴らして、俺を抱きしめた。ゆっくりゆっくり、二人で力を抜いていく。汗で濡れた身体が冷えないように、ぴったりと身を寄せ合って。
「ミヤ。大丈夫?」
レイが、俺の額に張り付いた前髪を払ってくれる。俺は視線だけでレイを見上げて、「ん」と曖昧な返事をした。
「だっこ」
俺の甘えたおねだりに、レイは笑うことすらせずに応えた。俺から彼自身を引き抜いて、ベッドに寝かせて抱きしめる。俺は安心しきって、レイへと体重をかけてもたれかかった。
「レイ。結婚、のことだけど」
まだ整わない呼吸のままに、俺は喋り出す。レイは、逃がさないとばかりに俺を抱く腕に力を入れた。
「その、……ほんとに、大丈夫? 家の、こととか」
「弟がいる。彼を後継にすれば大丈夫だ」
強張った声でレイが言う。そっか、と俺は頷いた。
俺の経験上、こういう声音のときのレイは、何を言っても聞かない。俺は「仕方ないな」と笑って、レイの頬にキスをした。
「いい、よ。結婚しよ」
もうどうなってもいい。やけになったわけじゃ、ないけど。レイは、声も出さずに頷いた。
その目がみるみるうちに潤んで、それを見せまいと俺の鎖骨へ目元が押しつけられる。俺は「いい子」とレイのさらさらの髪をすくった。
俺まで泣きたくなってきて、俺も声を殺して泣いた。きっと俺はもう、自分を安売りしなくていいんだろうし、俺を大切にしてくれる人が、一生隣にいるんだろう。
こうして、俺はレイと結婚することにした。当然結婚生活は順風満帆なんかじゃないだろうし、喧嘩も、つらい思いもいっぱいするのは分かりきってる。
だけど俺は、レイの隣を選んだ。彼の隣を帰る場所にした。
俺の残りの人生はきっと、すごく大変だろうけど、絶対にずっと幸せだろう。
玄関を開けた途端に、でかい図体が飛び出してきて、俺を抱きしめた。
「ミヤ、おかえり!」
「ただいま、レイ」
レイは身体をかがめて、俺へきんいろの頭を差し出してくる。俺は「仕方ないなぁ」と笑いながら、そのさらさらの髪を撫でた。男前に育った顔をいたいけに綻ばせて、レイはされるがままだ。
スラム街ギリギリのところにある、格安のボロ屋を俺たちの稼ぎで買って三年。それまでずっと路上暮らしだった俺たちの、夢の城。
俺たちは、親の顔を知らない。気づけばたった二人で身を寄せ合って生きていた。お互いが唯一の家族で、大切な人だ。だからこそ、俺には、レイに絶対言えないことが二つあった。
それは俺が、別世界からやってきた人間だってこと。もう一つは、レイのことを、そういう対象として意識してしまっているってこと。
俺には、たぶん前世の記憶ってやつがある。俺は「にほん」って国で、勤め人をしていた。そこは科学ってやつが発展していて、俺は清潔な寝床とご飯に困らない生活を送れていて、だけどとにかく忙しかった。毎日怖い人に怒鳴られながら働いて、寝る時間も惜しんで、最後はまあ、ろくでもない死に方をしたんだと思う。
とはいえ、俺には知識があった。大人との話し方、衛生環境を保つ方法、数字の計算。そんなわけだから、気づけば隣にいたレイを養いつつ、なんとか家を持つまでいけたってわけ。
大人だった頃の知識は、本当に役に立った。レイが持っていた家紋の彫られたボタンを、目先の金目当てで売り払わなかったこと。大人たちに奪われないよう、隠し通したこと。
そのボタンは今、レイが紐を通して、ネックレスにして持っている。これでレイの実の家族たちが迎えにきても、ちゃんと身分証明ができるってわけだ。たぶん。
立派に成長したレイは、本当にかっこいい。俺とレイは、たぶん二、三歳しか変わらないから、恋愛対象にするのは大して不自然なことじゃない。でもレイは、俺の唯一の家族なんだ。
そんなこと、考えちゃいけない。
「ミヤ、何か変なこと考えてない?」
は、と顔をあげる。レイは眉間に軽く皺を寄せつつ、「何か心配事でもあるの」とすり寄ってきた。もう随分と背が高くなって、筋肉もついているから、体格が貧弱な俺は抱きかかえられるみたいになる。
「ごめん、ぼーっとしてた」
「ふうん。疲れてるの?」
すぐに、レイは心配だと言わんばかりに青い瞳を細める。俺は曖昧に笑いつつ、「そんなんじゃないよ」と彼の腕を叩いた。
……本当は、分かってる。俺はもう立派な大人で、王都のことは一通り知っていた。レイが実はレイナードって名前で、お貴族さまの息子で、政治的ないざこざで死んだことにされているってこと。それから、真実が最近明らかになって、レイの実の両親が彼を探してるってこと。
レイの持っているボタンの紋章は、そういうお家のやつだってことを、俺は知っている。本当は、今日にだって、レイに言わなきゃいけない。
だけど、今の生活が幸せだから、俺はなかなか言い出せないでいるのだ。いつだって踏み抜きかねない薄いガラス板の上に、俺たちの生活はある。
「そうだ、ミヤ」
レイが瞳を輝かせて、俺の顔を覗き込んだ。なんだ? と俺が尋ねれば、彼は俺の両肩に手を置く。
彼は目を輝かせ、俺の肩をしっかり掴んで、こう言った。
「俺、騎士団の試験に受かったんだ。明日にでも訓練に参加していいって!」
「それは……! すごい、な」
俺は目を見張る。
騎士団は、基本的に下級貴族の子弟か、裕福な平民の子どもが入るものだ。なぜなら専門的な訓練を受け、きちんとした教育を受けないとパスできないくらい、入団試験は難しいから。
確かにレイの腕っぷしはかなりいいし、俺が文字の読み書きも仕込んだから、庶民にしては教養がある。
だけどまさか、そんなところにまで届くだなんて。
ね、とレイは機嫌よく笑って、俺を抱きしめる。
「これで、ミヤに楽をさせられる。そうしたら、俺、ミヤとしたいことがいっぱいあるんだ」
俺はなんとかレイの背中に腕を回して、掌でそこをさすった。だけど、力強く抱きしめ返すことは、できなかった。
レイは、騎士団に入る。そこには、上流階級の人たちがたくさんいる。きっと、彼の素性がバレるのは時間の問題だ。
素性がバレたら、俺たちは別れ別れ。きっと俺の心の準備ができないうちに引き離されてしまう。だけど、そもそも。
俺はさっさと、こいつを手放してやるべきなんじゃないか。俺とこんなウサギ小屋みたいな家で暮らすより、もっと清潔でやわらかい寝床のある家の方が、レイのためになるんじゃないか。
言ってしまえば、一緒にいたいって思うのは、俺の自分勝手なんだから。
「ミヤ、何か心配なことがあるの?」
「ん。なにも」
俺は恐る恐る、レイの背中を叩いた。彼は少し訝しげに喉を鳴らしつつ、俺に頬擦りをする。
「……ねぇ、レイ」
意を決して、レイの服の裾を掴んだ。レイは「なに」と少し、上擦った声で答える。
このままの生活がいいって、思っていてくれたら、なんて。
「今の生活で、満足してるか?」
その問いに、レイは即答する。
「全然」
思わず、呼吸が止まった。俺の喉が立てた音に気づかず、レイは笑う。
「だから、今よりもっといい生活をしたい。俺たちはこれから、それができる」
そうして、無邪気に俺を抱きかかえる。俺は「そっか」と胸のつかえを吐き出すように、笑った。
「そうだよな」
床に下ろされて、俺はレイに抱きついた。強く強く抱きしめる。
もう俺の腕をいっぱい広げても、彼の身体全部を抱きしめることはできない。
「大きくなったな」
うん、とレイは声を弾ませた。俺の身体を抱きしめるその熱さに、俺の身体はどんどんかじかんでいく。
俺たちが互いに離れがたく思っていることは、分かっている。
だけど、この生活をずっと続けていたい俺と違って、レイは満足していないんだ。
二人で勝ち取ったこの家は、レイにとって不足らしい。
だから俺は、レイが寝ついた頃を見計らって、家を出た。ネックレスを抜き取り、レイの実家に駆け込んで、すべてを告白した。
投げやりになっていなかったと言えば、嘘。だけど、これでよかったという気持ちは、揺らがない。
いつかはこうしなきゃいけないって、思っていた。それがたまたま、今日だっただけだ。
翌朝には、レイのもとへ迎えが行った。俺は当然のように手切れ金を渡されて、王都から放り出された。もう戻ってくるなよ、と言わんばかりに、辺境の家を与えられて。
そんなわけで俺は、田舎のへんぴな村へ飛ばされた。そこで、新天地での生活をスタートさせた。
手切れ金は一生働かなくてもいいくらいには高額だ。けれど、遊んで暮らすには到底足りない。
そんなわけで、俺は働くことにした。新しい職業は、役所の下働きだ。
「ミヤくん、この帳簿つけといてくれる?」
「はい、つけときます! あとこっちの手紙、書き終わったんで出してください」
「ありがとう。こっちは手が回らないから、ミヤくんが出しておいてくれる?」
こっちだって手が回らないのだけど。断ろうと口を開いたときには、もうその人は他の人と話していた。
俺はため息をつきつつ、とぼとぼと手紙を出し、帳簿をつけ、働いた。気づけばとっぷり日が暮れていて、やっと家へ帰ることに思い至る。
もう俺以外残っていない部屋に鍵をかけて、退勤した。なんだか前世を思い出して、乾いた笑みが漏れる。
前も、お金には困っていなかった。だけど仕事をやめることに抵抗があって、結局、そのまま死んでしまった。
今回もそうなのかなぁ。俺はぼんやり考えながら、帰路につく。
レイの実家に用意してもらった家は、前の家より広くて、つくりがしっかりしていた。隙間風なんか入ってこなくて、あたたかくて、だけど寂しい。
「とか言って、俺はこのまんまなんだろうな」
はは、と笑って、家の鍵を取り出す。戸締まりを忘れていたらしく、鍵は空振りだった。
本当に、ダメだな。俺は深く息を吐き出しつつ、扉を開けた。いつもの習慣で、呟く。
「ただいま」
誰も、返事をするわけがないのに。俺がまた自嘲気味に笑ったとき、廊下の奥で、気配が蠢いた。
「ミヤ」
ぞくり、と背筋が粟立つ。それは聞き慣れた低い声で、怒ったように揺れていた。
暗い部屋の奥から、のっそりと巨体が立ち上がる。上等な仕立ての服を身に纏った、いかにも貴族という格好をしたレイが、そこにいた。
レイ、と俺が掠れた声で呼べば、その青い瞳がうっそりとたわむ。
どうすればいいのか分からなくて、俺は咄嗟に踵を返した。家から飛び出そうとして、呆気なく腕を掴まれる。反射で声を上げても、すぐに大きな掌が俺の口を塞いだ。引き寄せられて、広い胸の中に閉じ込められる。
「ミヤ。ミヤ」
慣れ親しんだ弟分の腕なのに、知らないにおいがする。上品な花の香り。石鹸のにおい。俺は「レイ」と名前を呼びながら、逃れようともがいた。腕で突っぱねようとすると呆気なく腕をまとめられて、脚で蹴るのは気が引けて、身動きがとれない。
俺が引き攣った呼吸を繰り返すと、床へと倒される。俺の上にのしかかって、「ミヤ」とレイが笑った。
「どうして俺を、捨てたの」
「ち、ちが……」
違う。俺は捨てた。だけどそれを認めたくなくて、俺は必死に首を横に振る。レイはくしゃりと顔を歪めて、「すてただろ」と一音一音を区切るように言った。
「ねえ。俺、ミヤと幸せになるつもりだったんだ。なんで、ミヤが俺の人生から抜けようとするの」
「だって、お前が、……今の生活じゃ、満足してないって……」
薄暗がりの中で、レイの瞳孔が開く。レイは俺の手首を床へ押し付けて、馬乗りになった。
「そうだよ。俺がもっと、ミヤに楽をさせるんだ。だから満足なんて、するわけない」
俺は途方に暮れて、「レイ」と名前を呼ぶ。レイは首を横に振って、「いやだ」と駄々をこねる。
深く息を吐いて、俺は「なぁ」と呼びかけた。
声が震えているのは、今度は、恐怖のせいだけじゃない。
「俺がどんな思いで、俺たちの生活を築いたか、分かってるのか」
低く唸るように言えば、レイは目を丸くした。俺は「離せ」と吠える。悔しくて、もどかしくて、顔が熱い。
「おっ……、お前が、先に捨てたんだ!」
気づけば涙があふれていた。俺は引きつけを起こしたようにしゃくりあげながら、「お前が先だ」と吠え立てる。
「そっちが、先に俺たちの生活を捨てた! まんぞく、してないって。おれ、おれだってっ、がんばって、あの家を買って……!」
これが子どもじみた八つ当たりの癇癪だって、分かってる。だけど俺は堪えきれなくて、涙をぼろぼろ流して、レイに当たった。
「おれがっ! おれが、がんばったんだ! おまえのために、……おれは……」
「ミヤ」
最低。最悪。俺は自己嫌悪でいっぱいになって、「ごめん」と身体を丸める。
途方に暮れたように、レイが瞳を揺らした。恐る恐る手首から指が離れて、そのまま、俺は助け起こされる。
俺はレイの胸元にすがりついて、わんわん泣いた。何度も胸板を叩いて、「がんばったのに」と吠える。
「ごめん、ミヤ」
「あ、あやまる、な!」
謝ってほしいわけじゃないし、俺に謝ってもらう資格はない。だって本当に捨てたのは、俺が先だ。俺が、あの生活を壊した。
分かってる。
「う、うう、う~……!」
俺はレイの胸元に目を当てて、全部の涙を上等なシャツへ吸わせた。レイは強張っていた肩の力を抜いて、俺の身体を抱きすくめる。
「ごめん」
首を横に振って、ただただレイの身体にすがった。ごめん、とか、俺が悪かった、とか、ほとんど音にならない声で謝る。レイはただ俺の背中を叩いて、宥めてくれた。
しばらく俺が泣きじゃくった後、レイは「ミヤ」とちいさく俺を呼ぶ。俺は鼻をすすりながら、顔をあげた。
「……ううん。俺が悪かった」
レイは眉を曇らせて、情けなく目をしょぼつかせる。俺は「捨てたのは、俺だ」と、ぽつりぽつりと呟いた。
「俺が通報なんてしなければ、今も俺たちは、あの家で暮らせていたんだ。分かってる」
「ミヤ」
途方に暮れた目で、レイが俺の頬を撫でる。その手が大きくてあたたかくて、手つきが優しくて、もう俺の手元から巣立つ年齢だって、やっと分かった。
「ごめん。俺が、レイといたかったから。本当は、もう手放さなくちゃいけないって、分かっていたのに」
ぐずぐずと鼻をすすりつつ、俺は笑った。レイは「ミヤ」と俺を呼んで、俺の手首を掴む。だけど壊れ物を扱うように、その指さきは震えていた。
「ミヤ。俺、……本当は、あのままの生活がよかった」
「ん……?」
「だけど、ミヤにはもっと、いい寝床で寝て欲しかった。いいものを食べて欲しかった。もっといい服を着て、もっといい暮らしをして、俺の手でミヤを幸せにしたくて、それで、」
ごめん、とレイがか細い声で言った。俺は首を横に振って、力なく笑う。
「そんなこと、気にしなくてよかったのに」
レイが鼻を啜る音がした。俺はやっと笑って、レイを抱きしめる。あやすように背中を叩いてやれば、レイはほっとしたように息を吐いた。
俺は頃合いを見計らって、尋ねる。
「どうしてここが分かったんだ。親御さんに聞いたのか」
「うん」
「どうして、わざわざこんなところへ?」
「……それは」
彼は真っ赤な目で俺を見て、情けなく床へ手をついた。そして上目遣いに俺を見て、「ミヤ」と呼ぶ。
「あんたが、好き、だから」
俺たちの間に、沈黙が降りた。外では犬が遠吠えをしている。俺は鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
「で?」
「す、好き。結婚したい」
レイは拙く「結婚してください」と頭を下げた。俺はどうすればいいのか分からなくて、天井を見上げた。
「いきなりンなこと言われてもなぁ……」
「じゃあ、付き合うところからでいいから。むしろ俺と付き合って」
レイは必死で、俺を見上げて「お願い」とねだった。うんうん唸って見せれば、さっきまでの剣幕が嘘のように「ミヤ」と心細い様子で俺を呼ぶ。
「け、結婚して……」
「どうしよっかなぁ」
嫌かと言われれば、まあ、嫌じゃない。それどころか、俺の心臓はどくどくと脈打っている。頬の辺りが熱くなって、唇を尖らせた。
とはいえ、素直に頷くのも癪だ。俺は「どうしようかなぁ」と、悩むそぶりを見せる。
「いきなりそんなこと言われてもなぁ~」
「い、いきなりじゃない。ずっと好きだった……」
「でも俺、今それを知ったんだけど。ずっと好きだったんだ?」
「うん。ずっと、ミヤだけが好き」
途端に幼い口調になるレイがかわいい。俺はくすくす笑って、レイの頬を撫でた。
自然と身体が近づいて、口もとへ息がかかるくらい、顔を寄せる。レイは顔を真っ赤にして、俺を見つめた。
「キスしたい」
あまりにも素直な物言いに、俺は思わず笑ってしまった。それが合図だった。レイは俺へ飛びかかって、だけど優しく俺の頭を抱えた。唇と唇が合わさって、やわらかい感触に腰が上ずる。
「ん、ふ」
俺がレイの唇を舐めると、ためらいなく舌が絡んだ。俺たちは粘膜を擦り合わせ、だんだん衣服で素肌が阻まれているのがもどかしくなって、脱ぐ。裸の身体を必死に合わせて、思考がゆだっていって、欲望が剥き出しになる。
俺の目尻から涙がこぼれた。レイは俺の身体をまさぐる手を止めて、「ミヤ」と俺を呼ぶ。
「いや?」
「……ううん」
ふ、とレイが息を吐く。俺は身体をなんとか起こして、レイの腕を引いた。彼は俺にされるがままで、俺はためらわずに、レイを連れて寝室の扉を開ける。
ベッドへレイを転がして、馬乗りになった。レイは俺の腰を掴んで、勃起したものを俺の尻のあわいへ擦り付ける。俺も腰をレイの恥骨へこすりつけて、「レイ」と呼んだ。
「しよう」
ぐるり、と視界がひっくり返る。レイは俺の貧弱な身体をなぞって、浮いた骨を撫でる。慈しむような手つきがもどかしくて鼻を鳴らすと、強引に引き寄せられてキスされた。
胸元に指が伸びて、尖った乳首をつままれる。俺が腰を浮かせると、「ミヤ」と切羽詰まった声でレイがうめいた。
「ごめん。乱暴にする」
俺の勃起したそこに、レイの手が伸びる。今すぐ繋がりたくて、だけど方法が分からなくて、俺は泣いた。レイへ腰を押しつけて、股を広げる。迎え入れる体勢を取ると、レイの喉が低く鳴った。
「いれたい」
その言葉に、俺は必死でうなずいた。いれて、いれて、とねだると、レイの呼吸がどんどん荒くなる。レイの唇に噛みついて、しゃぶった。すぐにレイが俺の舌を吸って、頭の裏がじんと痺れる。幸せで、もどかしくて、俺は腰を揺らした。
俺たちの勃起したものはすっかり濡れそぼって、蜜を垂らしている。俺の下腹部はべとべとになって、ぬめるそこに指を這わせた。レイは俺の手を取って、「ここ」と彼のものを握らせる。
「いれたい。いれていい? きっと、つらい、けど」
「いいよ」
俺は、鼻を啜りながら頷いた。身体は火照って、欲を持て余している。レイは俺の身体を起こして、膝の上へ乗せた。弾む呼吸を合わせながら、俺たちは見つめ合う。
「……準備しよう」
「ん」
俺たちは身体を洗いあって、またベッドへ戻った。その間に、レイは、いろんなことを俺に教えてくれた。
貴族としての籍を得たこと。それなりの職に就いて、苦労しているけれど、読み書きができてなんとかなっていること。今は勉強を頑張っていること。
俺はそのひとつひとつを褒めて、謝って、レイはそのたびに得意げにした。
俺たちが繋がるためには、たくさんの準備がいる。もどかしいそれらを、俺たちはひとつひとつ、こなしていった。
気づけば、俺はベッドの上でくたくたになって、情けなくうめいていた。尻はぐちゃぐちゃに濡れて、潤滑剤にしている香油のにおいがまた羞恥心を煽る。
レイは獣のように荒い呼吸を繰り返しながら、丹念に俺をかわいがった。
「も、や……」
俺が泣きを上げても、レイは「まだ」と首を横に振る。彼のものはすっかり硬く大きくなっていて、俺でこんなになっていることが嬉しかった。だけどはやく繋がりたくて、俺はやだやだと首を横に振る。
「いれて。も、いい、から」
レイは困ったように笑って、俺の額にキスをした。最初とはすっかり立場が逆転している。俺が悔しくてぎゅうと顔をしかめると、レイがそれを咎めるように頬擦りをした。
「痛い思い、させたくないんだ」
「いい。いいから、いれて」
ほしい、とねだる。我ながら甘えたで、情けない声だ。股を開いて、だらしなく感じ入った顔をさらして、みっともない。
だけどレイは、それにどうしようもなく、煽られてくれたみたいだった。
「ばか」
顔を赤くして罵りながら、レイは俺の膝裏を持ち上げた。俺の身体は二つ折りになって、恥ずかしいところが全部、レイの眼前に晒される。俺はやっと、ほしいものが与えられる喜びに、顔をほころばせた。
「きて」
そして、レイはゆっくり、俺の後孔へと熱を当てた。ゆっくり、ゆっくり、大きなものが俺の胎内へはいってくる。俺は息を詰めながら、身体の力を抜いて、レイに身を委ねた。悲しくないのに涙が出てきて、どうしたらいいのか分からない。ただ胸がいっぱいで、苦しいくらいだ。
「れい、れい……」
夢見心地なのか、苦しくて朦朧としているのかすら分からない。俺が呼べば、すぐにキスが与えられる。そこでやっと、俺は、自分が喜んでいることに気づいた。
「うれ、し」
息も絶え絶えに言えば、レイは「おれも」と熱っぽい声で言った。実際俺たちの身体はすっかり熱くて、汗だくで、合わさった胸板の向こうでお互いの鼓動がうるさい。それがたぶん、レイも嬉しいんだろう。肩に目元を埋めて、何度も名前を呼ばれた。
「ん、いい、こ」
頭を撫でれば、さらさらの金髪が指の隙間を抜けていった。レイは「うん」と頷いて、腰を進める。気づけば、腹の奥の奥まで、レイでいっぱいになっていた。
「ふ、ぁ」
俺は浅い呼吸を繰り返しながら、なんとかレイの広い背中へすがりついた。レイは顔を真っ赤にして、汗を俺の上へ滴らせながら、歯を食いしばっている。きっと、今すぐにでも動きたい衝動に耐えているんだろう。
「ふふ」
愛しくて笑えば、レイはむっとしたように唇を尖らせた。キス、と言っただけで、彼は従順に唇を差し出す。俺たちは触れ合うだけのキスを楽しみながら、身体が馴染むのを待った。
俺の胎内は少しずつ伸びて、縮んで、ぴったりレイの形になっていく。腹の肉がレイのものをすっかり包み込んだ頃、俺たちは顔を見合わせた。
「いいよ」
それを合図に、レイが腰を引く。そうして、ゆっくり、律動が始まった。肉がこそげとられて、引きつって、その摩擦にじんと身体がしびれていく。
これまで感じたことのない幸福感と、心地よさと、気持ちよさ。俺はゆめうつつでレイを呼んで、レイは泣き出しそうな顔で俺を見ていた。
「ミヤ。けっこんして」
いたいけな声を出して、そのくせ、俺の中におさめられたものは凶悪だ。そのアンバランスさにまた笑えば、彼はむっとしたように眉間に皺を寄せる。
「かわい」
俺がうわごとのように呟くと、「そっちのほうがかわいい」とキスされる。少しずつレイの腰遣いも激しくなって、息が弾んでいった。俺の身体は勝手に喘ぎ声を出して、寝室に情けない声が響く。
「あん、ふ、ぅ……っ、ひ、ひ」
甲高く掠れた声は、恥ずかしい。だけどレイは嬉しそうだった。俺があんあん喘ぐたびに「かわいい」と俺の身体を撫でて、その熱い掌に全部ゆだねたくなる。頭もからだも心もとろとろになって、レイでいっぱいだ。
少しずつ、俺たちの熱が高まっていく。お互いの身体はじっとり汗ばんでいた。俺の下腹部を、俺の勃起したものがぺちぺち叩いている。ゆらゆら揺れる俺自身が恥ずかしくて、でも、それを隠そうとは思わない。
「ミヤ、いきそう」
レイが切羽詰まった声でうめく。俺もだんだん腰の奥が重たくなって、つま先でシーツを引っ掻いていた。俺も、と答える代わりに、レイを懸命に抱きしめる。
「い、よ。いこ」
飢えた獣が唸るような、低い音が聞こえた。レイは腰を引いて、一息に俺の中へと突き立てる。その衝撃に俺が悲鳴をあげても、構わずレイは腰を振った。
「は、……ミヤ、けっこん、しよ。……けっこん、したい」
レイは興奮で上擦った声で囁く。その雄くさい声色に、俺の胎内はきゅうとレイを締め付けた。
俺も応えようとしたけれど、あまりにも激しい行為についていくのが精一杯だ。頷くこともできずに、俺は身体が跳ねるままに快楽を受け止める。
「ん、っあ、あ、…うぇ、あっあっあ」
俺も限界が近い。視界がちかちか明滅して、身体が強張る。きもちいい。すっかりばかになった頭でひたすら、レイの体温と、においと、力強さを感じている。
「ミヤ、ミヤ」
名前を呼ばれる。俺はどうすればいいのか分からなくて、レイを呼んだ。そのたびにレイは切なげに目を細めて、うん、うん、と頷く。だから俺は、お互いに限界が近いって分かって、嬉しい。
「いって、……いっしょ、いっしょに」
俺がそう言ってレイを引き寄せると、レイは一際強く、俺を穿った。その衝撃で身体が跳ねて、腰の奥で快楽が弾ける。全身に強い電撃が走ったみたいに頭が真っ白になって、俺は窒息しそうな魚みたいに跳ねた。
身体の奥に、熱いしぶきが叩きつけられる。レイはぐるぐると喉を鳴らして、俺を抱きしめた。ゆっくりゆっくり、二人で力を抜いていく。汗で濡れた身体が冷えないように、ぴったりと身を寄せ合って。
「ミヤ。大丈夫?」
レイが、俺の額に張り付いた前髪を払ってくれる。俺は視線だけでレイを見上げて、「ん」と曖昧な返事をした。
「だっこ」
俺の甘えたおねだりに、レイは笑うことすらせずに応えた。俺から彼自身を引き抜いて、ベッドに寝かせて抱きしめる。俺は安心しきって、レイへと体重をかけてもたれかかった。
「レイ。結婚、のことだけど」
まだ整わない呼吸のままに、俺は喋り出す。レイは、逃がさないとばかりに俺を抱く腕に力を入れた。
「その、……ほんとに、大丈夫? 家の、こととか」
「弟がいる。彼を後継にすれば大丈夫だ」
強張った声でレイが言う。そっか、と俺は頷いた。
俺の経験上、こういう声音のときのレイは、何を言っても聞かない。俺は「仕方ないな」と笑って、レイの頬にキスをした。
「いい、よ。結婚しよ」
もうどうなってもいい。やけになったわけじゃ、ないけど。レイは、声も出さずに頷いた。
その目がみるみるうちに潤んで、それを見せまいと俺の鎖骨へ目元が押しつけられる。俺は「いい子」とレイのさらさらの髪をすくった。
俺まで泣きたくなってきて、俺も声を殺して泣いた。きっと俺はもう、自分を安売りしなくていいんだろうし、俺を大切にしてくれる人が、一生隣にいるんだろう。
こうして、俺はレイと結婚することにした。当然結婚生活は順風満帆なんかじゃないだろうし、喧嘩も、つらい思いもいっぱいするのは分かりきってる。
だけど俺は、レイの隣を選んだ。彼の隣を帰る場所にした。
俺の残りの人生はきっと、すごく大変だろうけど、絶対にずっと幸せだろう。
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表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
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