【完結】恋愛初学者の僕、完璧すぎる幼馴染に「恋」を学ぶ

鳥羽ミワ

文字の大きさ
14 / 28

14 君が出会いを忘れていても(涼太視点)

しおりを挟む
 小学校四年生の野外学習ではじめて、ハルくんのことを認識できた。これまでクラス替えで一緒になったこともあるだろうし、話したこともあっただろう。
 でもその時の気持ちこそ、俺にとっての、彼への第一印象だ。

 その頃の俺は、周りにまったくの無関心だった。同学年とは話が合わないし、一緒にいても楽しくなかったし。幼稚で話にならない、と本気で思っていた。
 だから野外学習で水族館に行く朝、家を出る時熱っぽくても、誰にも言えなかった。
 母さんはまだ赤ちゃんの弟のお世話で忙しかったし、父さんは仕事で忙しい。同級生は頼りにならない。先生も、「須藤くんなら大丈夫」って放置気味。
 何より、体調を崩したって言ったら、面倒なことになる。きっと周りは大騒ぎするし、それはすごく面倒くさい。母さんと父さんにも、迷惑はかけたくない。
 だから、我慢していた。幸い咳の出ない風邪だったから、バスではずっと寝ていた。隣に座っていたハルくんは大人しかったから、それだけはありがたかった。

 野外活動の目玉は、水族館のイルカショーだった。
 入り口を入ってすぐ、イルカの水槽だ。すぐ横では、シャチも泳いでいる。猛スピードで泳ぐイルカやゆったりひれを動かすシャチに、みんなが目を奪われていた。その間、俺はずっとふらふらして、壁へよりかかっていた。
 そのままなんとか引率についていったけど、ペンギンの水槽の前で力尽きてしまった。床にうずくまって眺めた人混みと、黄色い帽子をかぶったみんなの後ろ姿を覚えている。
 引率の先生は他の問題児たちの相手をしていて、「いい子」の俺なんか目もくれなかった。次はイルカショーだからって、みんながぞろぞろ歩いていく。
 どうして、と思った。母さんと父さんは弟にかかりきり。先生たちも俺は大丈夫だって決めつける。同級生たちは話にもならない。
 このまま俺がはぐれて、騒ぎになるのかな。そうしたら、みんな、やっと俺の相手をしてくれるのかな。
 ひんやりした薄暗い空間で、そんなことをぼんやり考えていた。その時に、ひとりこちらへ戻ってきた子がいた。
 その子が、ハルくんだった。

「須藤くん、大丈夫?」

 見上げると、薄暗い中で、大きな丸い瞳がキラキラ輝いて見えた。差し出される手のひらはやわらかそうで、思わず、その手を取っていた。ひんやりとしていて、心地いい感触だったことを、よく覚えている。

「バスの中でも、具合悪そうだなって思ってた。声かけられなくて、ごめんね」

 そう言って、なんでもないことみたいに、ハルくんは俺の手を引いた。
 しばらく経って、先生たちが慌ててこちらへやってくる。俺たちがいないのに気づいたんだろう。

「須藤くん、体調が悪いみたいです。僕、側にいます」

 そして、イルカの水槽前の階段に二人で座った。ハルくんは、せっかくのイルカショーも見ないで。
 先生が一人残って、僕たちを見ていたけど、気持ちとしては二人きりだ。
 ハルくんは、動けない俺の側にずっといてくれた。嬉しかった。それと同じくらい、後ろめたかった。
 その時の俺は具合が悪くて、そこまでの頭は回らなかったけど、今の俺が言語化するならさっきの通りだ。
 とにかく、申し訳なかったことを覚えている。

「ごめん」

 小さな声で謝ると、ハルくんはきょとんとした顔で首を傾げた。

「なんで?」
「せっかくの水族館、回れなくて。いいの? 俺のことは放って、行っていいよ」

 もごもご言った言葉は上っ面だけで、全然本心じゃない。なんでか、この子に、離れてほしくなかった。
 そしてハルくんは、「なんだ」と笑ったんだ。

「僕がここにいるのは、僕が決めたことだよ。それにほら」

 ハルくんの指が、イルカたちを指差す。

「イルカをのんびり見るなんて、なかなかできないしね。見て、あそこの……」

 そしてマイペースに、イルカの一頭一頭の様子を話す。
 きっと、俺のことを心配してくれているんだろう。その上で、彼は俺の隣で、こうして水族館を楽しんでいる。
 それがなんだか、ものすごく、大きなことに思えた。

 引率の先生に、体温計を渡された。熱は三十八度近い。
 ふうふうと息をする俺の隣で、ハルくんは、じっとイルカを見ていた。

 帰りのバスの時間には少し熱が下がって、三十七度くらいになっていた。だけど、まだしんどい。
 バスに乗り込んで、ぐったり窓辺によりかかる。首のすわりが悪い。

「こっち来ていいよ」

 ハルくんの柔らかい声が、誘った。俺は抗えずに、その薄い肩に体重をかけた。
 少しひんやりして、気持ちいい。

 次に目を覚ましたときには、学校へ着いていた。
 ハルくんはみんなが下車しても、動けない俺を気遣ってか、最後まで降りていなかった。
 みんな着々とお迎えが来て、ハルくんのお母さんも迎えに来る。
 うちも母さんがすぐ迎えに来ると言ったらしいけど、まだ来ていなかった。赤ちゃんがいると大変らしい。

「まだ須藤くんにお迎えが来てない。須藤くんと一緒に帰る」

 ハルくんは、そう言って駄々をこねた。いつもだったら、申し訳なく思うくらいに。
 だけど俺は、不思議と、嬉しかったんだ。
 この子が俺のために、わがままを言ってくれているのが。

 結局おばさんが根負けして、俺とハルくんは、一緒に俺のお迎えを待った。
 しばらく経って、母さんは汗びっしょりで、息を切らせてやってきた。何度もハルくんとおばさんに頭を下げて、俺を車へ乗せた。
 母さんはシートベルトを着けながら、俺に何度も謝っていた。

「ごめんね、遅くなっちゃって」
「ううん。大丈夫」

 いつもだったら、母さんを気遣って、強がるための言葉だ。
 でもその時、はじめて、心からそう思った。

 俺の風邪は、一晩で治った。翌朝登校して、いちばんにハルくんへお礼を言おうと思った。だけど、彼は風邪で欠席だった。俺がうつしたんだ。
 プリントを送る係に立候補して、ハルくんの家にお邪魔した。
 ハルくんは顔が真っ赤で、咳が出ていて、苦しそうだった。熱も高そうなのに、フラフラの状態で、出てきてくれた。俺のせいで、こんなに苦しんでいる。申し訳ない。
 だというのに俺は、ハルくんのパジャマ姿に、どきどきしていた。弱っているハルくんに、胸騒ぎがした。

「……ごめんね、うつしちゃって」

 彼は自分のせいで苦しんでいるんだから、謝らなければいけなかった。僕がちいさく頭を下げると、ハルくんは「だいじょうぶ」とガラガラの声で言った。

「須藤くんが、元気になってよかった」

 その笑顔に、俺の中の何かが、ぱちんと弾けた。
 もう風邪は治ったはずなのに、じわじわと身体の熱があがっていく。

「えっと……志村くん。これ、プリント」

 ハルくんは俺の手からプリントを受け取って、名前の書かれたファイルにそれをしまった。志村春希。春希が、彼の名前。

「あとハルくんって呼んでいい?」

 なぜか俺の口を、そんな言葉が突いた。ハルくんのぽかんとした顔に、俺はしどろもどろになった。ものすごく気まずかったことを、よく覚えている。

「いや、ごめん、急に。変だよね」

 恥ずかしくて、うつむく。だけどハルくんは「うれしいな」と、またガラガラの声で言った。

「じゃあ僕は、リョウちゃんって呼ぶね」

 こうして、俺は完全に、ハルくんへ「落ちた」。
 幸いにも俺たちは気が合った。ハルくんは勉強が好きで、俺との会話も楽しんでくれた。
 俺たちが一緒にいるのは当たり前の日常になって、中学の時もずっと一緒。それから当たり前のように、同じ高校を志願した。
 ハルくんは、勉強熱心だ。俺の志望校へも、ついてきてくれた。
 そんな彼は、恋が分からないことに悩んでいる。だったら俺が教えてあげたい。
 つまりは、俺を好きになってほしい。
 楽しくて、つらくて、時々虚しい、喜ばしいこの気持ち。重たいくらいの愛を、俺に抱いてほしいんだ。
 俺の初恋は、小学生の頃から今に至るまで、ずっと続いている。
 ハルくんが俺たちの出会いを忘れていても、差し出された小さな手を、俺はきっといつまでも覚えているんだろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とある冒険者達の話

灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。 ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。 ほのぼの執着な短いお話です。

笑って下さい、シンデレラ

椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。 面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。 ツンデレは振り回されるべき。

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。 なんの不自由もない。 5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が 全てやって居た。 そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。 「俺、再婚しようと思うんだけど……」 この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。 だが、好きになってしまったになら仕方がない。 反対する事なく母親になる人と会う事に……。 そこには兄になる青年がついていて…。 いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。 だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。 自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて いってしまうが……。 それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。 何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。

【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

殿堂入りした愛なのに

たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける) 今日からはれて高等部に進学する。 入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。 一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。 両片思いの一途すぎる話。BLです。

【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~

上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。 ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。 「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」 そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。 完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか? 初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。

処理中です...