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10 ルイ様の弟
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お屋敷に帰ると、いろんな人が出迎えてくれる。ルイ様からは「できるだけえらそうにしろ」と言われているから、なんとか胸を張るけど、本当はへこへこ頭を下げたくてたまらなかった。俺より立派な服を着た人たちに、えらそうにできるわけない。
俺は真っ先に風呂へ入れられる。身体の隅々まで磨き上げられて、肌にこびりついた泥を落とされて、綺麗な服を着せられるのがいつもの流れだ。おかげで、指先までまっさらになりつつある。
それから布がたっぷり使われている、真っ白で上等な服を着ると、俺は本当に見た目のいい人間なんだな、と他人事みたいに思う。似合っているから。
食事は、ルイ様と一緒に食べることになっている。ルイ様の部屋に料理が運び込まれて、そこで一緒に食べるのだ。
だけど今日は、様子が違った。俺が部屋に向かうと、ルイ様と、もう一人背の高い男が、扉の前で話している。ルイ様は少し不機嫌そうで、もう一人の方も、げんなりした様子だ。よく見なくても、ルイ様とよく似た顔立ちをしている。だけど細身で、ひょろりとした印象だ。
「兄上。番殿に入れ上げるのもいい加減にしてください。食事は家族で、食堂でとりましょうよ」
どうやら、ルイ様の弟らしい。ルイ様はそれに言い返さず、だんまりだ。
俺がぼんやりそれを眺めていると、ルイ様が俺に気づく。少し顔を明るくして、手招いた。
「アンジュ。こちらへ来い」
俺が言われるままに寄ると、ルイ様の弟が少し顔をしかめた。やっぱり、俺はよく思われていないんだろう。
身体を縮こまらせると、ルイ様は「マニュエル」と弟を呼んだ。
「アンジュをいじめるな」
「別にいじめてなんかいません」
ルイ様の弟――マニュエル様は、げんなりした顔で首を横に振った。俺もルイ様の袖を引っ張って、首を横に振る。
「大丈夫です」
俺の言葉に、ルイ様はしぶしぶの様子で頷いた。マニュエル様は俺に顔を向けて、苦く笑う。身体の向きまで変えて、俺の肩を叩いた。
「すまないね。兄があんまり君のことを隠すものだから、心配になったんだ」
俺は、「はぁ」と気の抜けた返事をする。だけどマニュエル様は気を悪くした様子もなく、「苦労するね」としみじみ呟いた。どうやら、悪い人ではなさそうだ。
そしてマニュエル様の手は、ルイ様の手で払いのけられる。マニュエル様はため息をついて、「まったく」とこめかみを叩いた。
「兄上には、しっかりしていただかないと困るんですよ。色ボケしていられる場合ですか?」
「そんなことは知らん。お前の都合だろう」
兄弟の間で、火花が散る。俺はおろおろと、二人を交互に見た。
マニュエル様は「とにかく」と、念を押すようにルイ様をにらみつける。
「兄上は、色ボケも大概にしてください。さもなければ、そちらの番殿にも火の粉が飛びますよ」
何の話だろう。俺が質問しようと口を開く前に、マニュエル様が答えを言う。
「私はこの家の後継者になりたくないんです。なのに後継者候補に挙げられて迷惑しているんですよ。兄上には、最有力候補として、がんばっていただきたいというのに」
ルイ様もげんなりした様子で、「何度も言っているだろう」と首を横に振った。
「俺より、お前の方が次期領主に相応しい。お前がこの仕事を継ぐべきだ」
なるほど、そういうことか。
いや、どういうことだ。
混乱する俺を置いて、兄弟の言い争いが始まる。
「兄上は自分が優秀だという事実を、早く受け入れてください。確かに私の方が出来のいいところもありますけどね、あなたほどの図太さはないんですよ」
「お前だって自覚しているのだろう。俺よりお前の方が優秀だ。俺に細々とした目配りができると思うか?」
「そこは人を使ってください。あなたは人を使うのが上手いんですから」
お互いを褒め合いながら、喧嘩している。俺はすっかり困ってしまった。
しばらく経って、「もういいです」とマニュエル様が切り上げた。
「とにかく、食事は食堂でとってください。これ以上は、私も庇いきれません」
何の話だ。俺がルイ様を見上げると、彼はむすっとした顔で「そうか」と頷いた。
マニュエル様が、顎をくいっとあげる。
「なんですか、その不満だって顔は。私の方がよほど不満ですよ。ったく……」
ぶつくさ言いながら、立ち去っていった。俺は「ルイ様」と呼ぶ。
ルイ様はしぶしぶといった様子で屈んで、俺に視線を合わせた。
俺は意を決して、言う。
「俺はあなたの伴侶に相応しくないから、隠そうとするのは分かりますけど」
途端に、ルイ様は変な顔をした。唇をへの字にひん曲げて、目を見開いている。
それに構わず、俺は腕組みをした。
「だからって、家族を無視するのは、よくないです」
俺の言葉に、ルイ様は「いや」とだけ言った。見るからに不満げだ。
だけど俺だって、引いてやらない。じっとルイ様を見つめた。
「……お前がそれほど言うのなら、分かった」
ものすごく不満げに、ルイ様は言った。
そして俺は、ルイ様に手を取られて、食堂へと向かった。
俺は真っ先に風呂へ入れられる。身体の隅々まで磨き上げられて、肌にこびりついた泥を落とされて、綺麗な服を着せられるのがいつもの流れだ。おかげで、指先までまっさらになりつつある。
それから布がたっぷり使われている、真っ白で上等な服を着ると、俺は本当に見た目のいい人間なんだな、と他人事みたいに思う。似合っているから。
食事は、ルイ様と一緒に食べることになっている。ルイ様の部屋に料理が運び込まれて、そこで一緒に食べるのだ。
だけど今日は、様子が違った。俺が部屋に向かうと、ルイ様と、もう一人背の高い男が、扉の前で話している。ルイ様は少し不機嫌そうで、もう一人の方も、げんなりした様子だ。よく見なくても、ルイ様とよく似た顔立ちをしている。だけど細身で、ひょろりとした印象だ。
「兄上。番殿に入れ上げるのもいい加減にしてください。食事は家族で、食堂でとりましょうよ」
どうやら、ルイ様の弟らしい。ルイ様はそれに言い返さず、だんまりだ。
俺がぼんやりそれを眺めていると、ルイ様が俺に気づく。少し顔を明るくして、手招いた。
「アンジュ。こちらへ来い」
俺が言われるままに寄ると、ルイ様の弟が少し顔をしかめた。やっぱり、俺はよく思われていないんだろう。
身体を縮こまらせると、ルイ様は「マニュエル」と弟を呼んだ。
「アンジュをいじめるな」
「別にいじめてなんかいません」
ルイ様の弟――マニュエル様は、げんなりした顔で首を横に振った。俺もルイ様の袖を引っ張って、首を横に振る。
「大丈夫です」
俺の言葉に、ルイ様はしぶしぶの様子で頷いた。マニュエル様は俺に顔を向けて、苦く笑う。身体の向きまで変えて、俺の肩を叩いた。
「すまないね。兄があんまり君のことを隠すものだから、心配になったんだ」
俺は、「はぁ」と気の抜けた返事をする。だけどマニュエル様は気を悪くした様子もなく、「苦労するね」としみじみ呟いた。どうやら、悪い人ではなさそうだ。
そしてマニュエル様の手は、ルイ様の手で払いのけられる。マニュエル様はため息をついて、「まったく」とこめかみを叩いた。
「兄上には、しっかりしていただかないと困るんですよ。色ボケしていられる場合ですか?」
「そんなことは知らん。お前の都合だろう」
兄弟の間で、火花が散る。俺はおろおろと、二人を交互に見た。
マニュエル様は「とにかく」と、念を押すようにルイ様をにらみつける。
「兄上は、色ボケも大概にしてください。さもなければ、そちらの番殿にも火の粉が飛びますよ」
何の話だろう。俺が質問しようと口を開く前に、マニュエル様が答えを言う。
「私はこの家の後継者になりたくないんです。なのに後継者候補に挙げられて迷惑しているんですよ。兄上には、最有力候補として、がんばっていただきたいというのに」
ルイ様もげんなりした様子で、「何度も言っているだろう」と首を横に振った。
「俺より、お前の方が次期領主に相応しい。お前がこの仕事を継ぐべきだ」
なるほど、そういうことか。
いや、どういうことだ。
混乱する俺を置いて、兄弟の言い争いが始まる。
「兄上は自分が優秀だという事実を、早く受け入れてください。確かに私の方が出来のいいところもありますけどね、あなたほどの図太さはないんですよ」
「お前だって自覚しているのだろう。俺よりお前の方が優秀だ。俺に細々とした目配りができると思うか?」
「そこは人を使ってください。あなたは人を使うのが上手いんですから」
お互いを褒め合いながら、喧嘩している。俺はすっかり困ってしまった。
しばらく経って、「もういいです」とマニュエル様が切り上げた。
「とにかく、食事は食堂でとってください。これ以上は、私も庇いきれません」
何の話だ。俺がルイ様を見上げると、彼はむすっとした顔で「そうか」と頷いた。
マニュエル様が、顎をくいっとあげる。
「なんですか、その不満だって顔は。私の方がよほど不満ですよ。ったく……」
ぶつくさ言いながら、立ち去っていった。俺は「ルイ様」と呼ぶ。
ルイ様はしぶしぶといった様子で屈んで、俺に視線を合わせた。
俺は意を決して、言う。
「俺はあなたの伴侶に相応しくないから、隠そうとするのは分かりますけど」
途端に、ルイ様は変な顔をした。唇をへの字にひん曲げて、目を見開いている。
それに構わず、俺は腕組みをした。
「だからって、家族を無視するのは、よくないです」
俺の言葉に、ルイ様は「いや」とだけ言った。見るからに不満げだ。
だけど俺だって、引いてやらない。じっとルイ様を見つめた。
「……お前がそれほど言うのなら、分かった」
ものすごく不満げに、ルイ様は言った。
そして俺は、ルイ様に手を取られて、食堂へと向かった。
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