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9 ルイ様の送迎
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俺はお屋敷で寝泊まりすることになった。
ルイ様は毎朝はやくに、俺より早い時間に起き出して、俺を畑まで送っていってくれた。
まさか有言実行されるとは思わなかったから、俺はどうすればいいのか分からない。だけど嫌ではなくて……むしろ、嬉しい。
家族は腰を抜かして驚いたけど、俺がルイ様と上手くやっているようだと分かって、ある意味安心したんだろう。俺にとやかく言うことはなくなった。
とはいえ、前にもまして「休め」と言われて、それはそれで参ってしまうんだけど。
「兄さん、そろそろ休んだら」
一緒に仕事をしているフランクが言うので、俺は首を横に振った。
「何言ってるんだ。今日の仕事を始めたばかりじゃないか」
「そうは言っても、日焼けしたら大変だし……」
「日焼けはするもんだろ。そんなもん、誰が気にするんだ」
俺はおかしくなって笑うけど、フランクは「参ったな」と言いながら頬を掻く。
「領主さまの家に嫁入りするんだろ? 日焼けしてたら、困るのは兄さんじゃないか」
「そんなの、ルイ様は気にしないよ」
今日もルイ様は、俺を畑へ送り届けてくれた。領主さまの跡取りが俺の送迎をしていることは、もうとっくに村中の話題になっている。
それが照れくさいやら、申し訳ないやらで、俺の唇はにやけた形になった。
フランクは呆れた様子で「浮かれてる」と首を横に振る。そして、でも、と続けた。
「兄さんが幸せそうでよかった、のかな。ずっと何か、思い詰めてるみたいだったから」
フランクの言葉に、俺は思わず黙り込んだ。俺はそんなに、余裕がないように見えていたのか。
日が傾いて、仕事を終える時間になる。ルイ様はあの黒い馬に乗って、俺を迎えに来てくれた。
家族たちはルイ様にひれ伏して、俺を送り出す。それだけが唯一、この暮らしになって、寂しいことだった。
ルイ様はそれを気にした風でもなく、俺を馬に乗せてくれる。そして馬の腹を蹴った。馬はゆっくりと、進み始める。
「行くぞ」
ルイ様の声は、堂々としている。最初はなんて強引な人だろうと思ったけど、実際に話してみたら、なんてことはない。俺の話を聞いてくれるし、俺のことを、大事にしてくれる。
それは俺が、ルイ様の「運命の番」ってやつだからなんだろうけど。
運命の番。おとぎ話のロマンスによく出てくる、わかたれることのない伴侶同士。運命の番と結ばれるということは、物語の中だけじゃなく、この世において一番喜ばしいこととされている。ルイ様はアルファで、それはアルファにのみ許された祝福なんだとか。
そういえば、その祝福に、オメガのことは含まれていないんだな。ふと思ったとき、ルイ様の声が降ってきた。
「今日は、どうだった」
「今日ですか? いつも通りです」
どういう意図の質問かよく分からない。俺が戸惑って首を傾げると、ルイ様はさらに続けた。
「いつも通りというのは、どういうことをするのだ。前は麦穂を刈っていたが、今日もそうだったのか?」
「ああ……はい。しばらくは麦の収穫で、それが終わったら――」
俺は毎年の自分の仕事を思い出して、できるだけ分かりやすいように説明した。だけどルイ様は賢くて、すぐに話をまとめて、もっと分かりやすくしてくれる。俺の気配りなんか、なくても大丈夫だったかもしれない。
だけどルイ様は、「ありがとう」と言った。
「お前の説明は分かりやすい」
まさかそんなことを言われるなんて、思わなかった。俺は驚いたし、照れてしまって、うつむきがちになる。
「そんなことは……褒めても、何も出ないですよ」
「褒めなかったから褒めただけだ。それに対する報酬はいらん」
小難しい言い方だったけど、ルイ様の言葉や行動は、俺からの見返りを求めていないことは分かった。俺はやっぱり照れてしまって、「そんな」と口ごもる。
「でも、ルイ様は本当に、俺によくしてくださってますし。何かお返しをしたいです」
「そうか。だが、俺はもう十分にそれを受け取っている」
ええ、と声をあげてしまった。俺はそんな、大それたことをしているわけじゃないのに。
振り返ると、ルイ様は目を細めて笑っていた。
「かわいい奴め」
その笑顔の色気に、俺は思わず絶句した。
黙り込んだ俺を抱え込んで、ルイ様は馬の手綱を握る。途端に馬は駆け出して、風が頬を撫でていった。
「帰ろう」
その言葉に、俺は頷いた。
屋敷は屋敷で大変な生活だけど、これまで暮らしてきたところに比べれば、天国みたいだ。
だってルイ様がいるんだから。
ルイ様は毎朝はやくに、俺より早い時間に起き出して、俺を畑まで送っていってくれた。
まさか有言実行されるとは思わなかったから、俺はどうすればいいのか分からない。だけど嫌ではなくて……むしろ、嬉しい。
家族は腰を抜かして驚いたけど、俺がルイ様と上手くやっているようだと分かって、ある意味安心したんだろう。俺にとやかく言うことはなくなった。
とはいえ、前にもまして「休め」と言われて、それはそれで参ってしまうんだけど。
「兄さん、そろそろ休んだら」
一緒に仕事をしているフランクが言うので、俺は首を横に振った。
「何言ってるんだ。今日の仕事を始めたばかりじゃないか」
「そうは言っても、日焼けしたら大変だし……」
「日焼けはするもんだろ。そんなもん、誰が気にするんだ」
俺はおかしくなって笑うけど、フランクは「参ったな」と言いながら頬を掻く。
「領主さまの家に嫁入りするんだろ? 日焼けしてたら、困るのは兄さんじゃないか」
「そんなの、ルイ様は気にしないよ」
今日もルイ様は、俺を畑へ送り届けてくれた。領主さまの跡取りが俺の送迎をしていることは、もうとっくに村中の話題になっている。
それが照れくさいやら、申し訳ないやらで、俺の唇はにやけた形になった。
フランクは呆れた様子で「浮かれてる」と首を横に振る。そして、でも、と続けた。
「兄さんが幸せそうでよかった、のかな。ずっと何か、思い詰めてるみたいだったから」
フランクの言葉に、俺は思わず黙り込んだ。俺はそんなに、余裕がないように見えていたのか。
日が傾いて、仕事を終える時間になる。ルイ様はあの黒い馬に乗って、俺を迎えに来てくれた。
家族たちはルイ様にひれ伏して、俺を送り出す。それだけが唯一、この暮らしになって、寂しいことだった。
ルイ様はそれを気にした風でもなく、俺を馬に乗せてくれる。そして馬の腹を蹴った。馬はゆっくりと、進み始める。
「行くぞ」
ルイ様の声は、堂々としている。最初はなんて強引な人だろうと思ったけど、実際に話してみたら、なんてことはない。俺の話を聞いてくれるし、俺のことを、大事にしてくれる。
それは俺が、ルイ様の「運命の番」ってやつだからなんだろうけど。
運命の番。おとぎ話のロマンスによく出てくる、わかたれることのない伴侶同士。運命の番と結ばれるということは、物語の中だけじゃなく、この世において一番喜ばしいこととされている。ルイ様はアルファで、それはアルファにのみ許された祝福なんだとか。
そういえば、その祝福に、オメガのことは含まれていないんだな。ふと思ったとき、ルイ様の声が降ってきた。
「今日は、どうだった」
「今日ですか? いつも通りです」
どういう意図の質問かよく分からない。俺が戸惑って首を傾げると、ルイ様はさらに続けた。
「いつも通りというのは、どういうことをするのだ。前は麦穂を刈っていたが、今日もそうだったのか?」
「ああ……はい。しばらくは麦の収穫で、それが終わったら――」
俺は毎年の自分の仕事を思い出して、できるだけ分かりやすいように説明した。だけどルイ様は賢くて、すぐに話をまとめて、もっと分かりやすくしてくれる。俺の気配りなんか、なくても大丈夫だったかもしれない。
だけどルイ様は、「ありがとう」と言った。
「お前の説明は分かりやすい」
まさかそんなことを言われるなんて、思わなかった。俺は驚いたし、照れてしまって、うつむきがちになる。
「そんなことは……褒めても、何も出ないですよ」
「褒めなかったから褒めただけだ。それに対する報酬はいらん」
小難しい言い方だったけど、ルイ様の言葉や行動は、俺からの見返りを求めていないことは分かった。俺はやっぱり照れてしまって、「そんな」と口ごもる。
「でも、ルイ様は本当に、俺によくしてくださってますし。何かお返しをしたいです」
「そうか。だが、俺はもう十分にそれを受け取っている」
ええ、と声をあげてしまった。俺はそんな、大それたことをしているわけじゃないのに。
振り返ると、ルイ様は目を細めて笑っていた。
「かわいい奴め」
その笑顔の色気に、俺は思わず絶句した。
黙り込んだ俺を抱え込んで、ルイ様は馬の手綱を握る。途端に馬は駆け出して、風が頬を撫でていった。
「帰ろう」
その言葉に、俺は頷いた。
屋敷は屋敷で大変な生活だけど、これまで暮らしてきたところに比べれば、天国みたいだ。
だってルイ様がいるんだから。
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