【完結】農民オメガ、領主の跡取りアルファに見初められるけど畑の方が心配

鳥羽ミワ

文字の大きさ
18 / 30

18 エーミールの事情

しおりを挟む
 エーミールは俺に抱きついて、ひたすらに「ごめんなさい」と泣きじゃくった。俺としては、エーミールの悪いところがよく分かる。だって俺もオメガで、エーミールの友達だからだ。エーミールのやったことは、あまりにも自分勝手だ。
 そしてだからこそ、マニュエル様にも腹が立つ。エーミールが思い詰めてしまった理由はよく分からないけど、だからといって、応えたマニュエル様もマニュエル様だ。
 どっちが良いとも悪いとも思えなくて、俺は悶々とした。

「いいよ、エーミール。一個ずつだ」

 だから昔、弟のフランクを叱った時と同じように、話の中身を整理していくことにした。
 エーミールは、マニュエル様が好きだということ。
 マニュエル様に告白したこと。それを受け入れてもらったこと。
 エーミールがヒートになったこと。その時、番になってほしいと頼んだこと。
 そして全てが終わった後、エーミールが、ぜんぶなかったことにしたがったこと。
 マニュエル様は、それを拒んだこと。
 マニュエル様は嫌がるエーミールを連れて、朝食の場に向かったこと。
 そしてマニュエル様はエーミールとの結婚を宣言して、家の相続を放棄しようとしていること。

 そうすると、だんだんエーミールの呼吸が落ち着いてくる。深く息を吐いて、エーミールは「ごめんね」と呟いた。これまでとは違って、ちゃんと反省と後悔のこもった、混乱のない声色だった。

「僕が悪い。この件は、ちゃんとマニュエル様と、話し合わなくっちゃ」

 俺はなんとも言えなくて、エーミールの背中を叩いてやるしかできない。俺はマニュエル様が、家督争いから抜けたがっていたと知っている。
 エーミールは、それを知っているんだろうか。
 確かめたいけど、それをしたところで、何になるんだろう。結局これは、エーミールと、マニュエル様の間の問題で……。

 俺がぐるぐる考え込んでいる間に、扉がノックされた。俺はエーミールをそっと離して立ち上がり、扉をそっと開ける。
 立っていたのはルイ様だった。その後ろには、マニュエル様も立っている。二人とも頭がぼさぼさだった。よく見ると、服もよれている。

「何があったんですか?」

 俺が低く声をひそめると、ルイ様は「気にするな」と首を横に振った。はぁ、と間の抜けた返事をすると、ルイ様はとんとんと指で扉を開く。声をひそめて、俺にしか聞こえないように話した。

「エーミールに聞いてくれ。マニュエルが、お前と話したがっているんだが、相手をしてくれるかどうか」

 それはどうだろうか。エーミールは二つ返事で「はい」と言うだろうけど、今この二人だけで話をさせるのは、危ない気がする。
 俺が首を傾げると、ルイ様はすべて心得ているように、頷いた。

「俺が仲介役をする。お前も、話し合いに同席しろ」

 俺は少しびっくりして、「え」と声を漏らしてしまった。踵も少しだけ浮く。
 その様子に、ルイ様は「平等じゃない」と人差し指を立てた。

「俺はエーミールの味方のつもりだが、エーミールからしたら、俺はマニュエル側の人間だろう。エーミールだけの味方が、落ち着いた話し合いには必要だ」

 それは本当に、俺でいいんだろうか。
 悩んでいると、後ろから肩を叩かれた。エーミールだ。
 彼は真っ直ぐルイ様を見上げて、「何かご用ですか」と尋ねる。
 ルイ様は片眉をひょいと上げて、唇をニッと引き結んだ。

「マニュエルが、お前と話したがっているんだ、という話だ」

 俺の心臓が、少しだけ跳ねる。エーミールは深呼吸をして、俺を見た。青い瞳は澄んだまま、俺に向かって、にこりと微笑みかけた。

「アンジュ。同席してくれると、嬉しいな」
「俺でいいの?」
「うん。君以外にいないよ」

 おねがい、と囁かれて、俺は自分の頭をかいた。
 だけど、友達の頼みだ。ここで話を無碍にしないくらいには、俺は友達としての甲斐性のある奴でいたい。

「分かった」

 俺の返事に、エーミールはほっとしたように、肩の力を抜いた。
 マニュエル様をちらりと見る。彼はずっと不安げな表情で、エーミールを見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。 しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……? 「お前が産んだ、俺の子供だ」 いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!? クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに? 一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士 ※一応オメガバース設定をお借りしています

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

待て、妊活より婚活が先だ!

檸なっつ
BL
俺の自慢のバディのシオンは実は伯爵家嫡男だったらしい。 両親を亡くしている孤独なシオンに日頃から婚活を勧めていた俺だが、いよいよシオンは伯爵家を継ぐために結婚しないといけなくなった。よし、お前のためなら俺はなんだって協力するよ! ……って、え?? どこでどうなったのかシオンは婚活をすっ飛ばして妊活をし始める。……なんで相手が俺なんだよ! **ムーンライトノベルにも掲載しております**

ベータですが、運命の番だと迫られています

モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。 運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。 執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか? ベータがオメガになることはありません。 “運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり ※ムーンライトノベルズでも投稿しております

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

世界一大好きな番との幸せな日常(と思っているのは)

かんだ
BL
現代物、オメガバース。とある理由から専業主夫だったΩだけど、いつまでも番のαに頼り切りはダメだと働くことを決めたが……。 ド腹黒い攻めαと何も知らず幸せな檻の中にいるΩの話。

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

処理中です...