【完結】農民オメガ、領主の跡取りアルファに見初められるけど畑の方が心配

鳥羽ミワ

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 マニュエル様とルイ様が、部屋に入ってきた。
 俺はマニュエル様に椅子を出して、ルイ様はエーミールを椅子に座らせた。
 だけどマニュエル様は、座らなかった。エーミールの前に両膝をついて、手首を膝の間に置いて、うなだれる。

「マニュエル」

 ルイ様が焦ったように声を上げる。マニュエル様は「これくらいしなくちゃいけません」と言って、エーミールを見上げた。俺にはよくわからないけれど、何かとんでもないことが起こっているらしい。
 椅子に座ったままのエーミールの目は、揺れている。マニュエル様は、エーミールの手を取って、手の甲を自分の額へと押し当てた。うつむいて、うなだれて、祈り、許しを請うみたいにした。

「エーミール。すまなかった」

 エーミールの目元に、みるみる涙が盛り上がっていく。俺は黙ってルイ様の側に寄って、彼の手を握った。こうでもしていないと、この場の雰囲気に負けてしまいそうだ。
 マニュエル様はうつむいたまま、何度も額へ手の甲を当てる。エーミールは黙って、それを受け入れていた。
 エーミールの小さな唇が震える。

「僕なんか、放り出してください。あなたは、ここで終わっていい人じゃないんです」
「そんなこと、言わないでくれ」

 マニュエル様が声を絞り出して、すがりつくように言った。だけどエーミールは、首を横に振る。

「僕はきっと、あなたの運命の番じゃない。ましてや、貴族のご令嬢やご子息でもない。僕を伴侶としてしまったら、マニュエル様は、ご当主になれません」
「そんなもの、エーミールに比べたら、些細なことなんだよ」
「当主になるんだと、あれだけがんばっていらっしゃったではないですか。その努力を、僕なんかのために、どぶに捨てないでください」

 なるほど、と俺はうなずいた。
 どうやら二人は思い合っているらしい。だけど身分差があるから、結婚は難しい。運命の番でないことも、その理由のひとつなんだろう。
 そしてマニュエル様は、本当のところ、当主になりたかったらしい。だけどそれを、エーミールと結ばれるためなら、捨ててもいいと思っている。
 ルイ様は眉間をもみながら、黙り込んでいる。俺はそっとその袖をつかんで、ルイ様に顔を寄せた。ルイ様も身をかがめて、頭を近づけてくれる。

「ルイ様は、当主になるつもりは、あんまりないんでしたっけ」
「ああ。今日の会議で、それを宣言するつもりだったんだが、先を越された」
「それはなぜ?」
「あちらの方が、はるかに適性があるからだ」

 ルイ様は、ふんと鼻を鳴らす。

「俺は身体ばかり頑丈で、書類をさばくのが大嫌いだからな。それに比べてあいつは賢くて、書類仕事も嫌がらない。何より目くばせが効いていて、俺よりも腹芸が上手い」

 べた褒めだ。この人の美徳はこういうところだな、と思う。とにかく人がいい。だからこそ、こういう政治だとかの世界には、あんまり向いていないだろうとも思った。

「じゃあ、マニュエル様がご当主になればいいのでは……?」
「だが、当主の伴侶には、それなりの身分がいる……と、一般的に言われている。さもなければ、相応の理由が必要だ。それこそ、運命の番であるだとか」
「ものすごく思い合っているっていうのは、理由にならないんですか……?」
「それだけでは、難しいんだ」

 俺たちがひそひそ話している間にも、マニュエル様はじっと、エーミールの手を握っている。エーミールの表情も強張っていて、見ていられない。
 とはいえ、俺にできることは、ない。俺は権力も、地位も、名誉も持っていない。ついでに、知識も教養もない。
 だから、こう言うことしかできなかった。

「それだったら、マニュエル様とエーミールが、はじめての身分差夫婦になればいいんじゃないですか?」

 部屋中の視線が、俺に集中した。部屋が一気に静まる。
 俺がきょどきょどと視線をさまよわせていると、マニュエル様は、ふっと笑った。そして、大きな声で笑いだす。
 突然のことにびっくりしている俺たちを置いて、マニュエル様は口元をぬぐった。あきらめたような、だけど、目に光のある表情だった。

「ああ。面倒ごとから逃げるのは、もうおしまいにしないといけないな」

 マニュエル様は立ち上がった。そして、エーミールに手を差し出す。エーミールは、戸惑ったようにマニュエル様を見上げた。
 行こう、と、マニュエル様は穏やかに促す。

「前例を探そう。時代をさかのぼって、うち以上の家格の貴族が、身分差のある結婚をした例を探すんだ」

 エーミールの目が、みるみるうちに見開かれる。そして、こくんとうなずいた。

「はい。お供します」

 二人は手を取り合って、部屋を出ていった。その背中を見送って、ルイ様と俺は顔を見合わせる。

「……今、何が起きたんですか?」
「お前がマニュエルの重たい尻を蹴って、立ち上がらせたらしいな」

 ルイ様は面白そうに笑っている。なるほど、とうなずいた。ルイ様はさらに、俺の肩に、ぽんと手を置いた。

「だから俺たちも、あいつらのために、一芝居打ってみないか?」

 にやりと笑う。その笑みに俺は、なんだかちょっと、いやな予感がした。
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