19 / 30
19 話し合い
しおりを挟む
マニュエル様とルイ様が、部屋に入ってきた。
俺はマニュエル様に椅子を出して、ルイ様はエーミールを椅子に座らせた。
だけどマニュエル様は、座らなかった。エーミールの前に両膝をついて、手首を膝の間に置いて、うなだれる。
「マニュエル」
ルイ様が焦ったように声を上げる。マニュエル様は「これくらいしなくちゃいけません」と言って、エーミールを見上げた。俺にはよくわからないけれど、何かとんでもないことが起こっているらしい。
椅子に座ったままのエーミールの目は、揺れている。マニュエル様は、エーミールの手を取って、手の甲を自分の額へと押し当てた。うつむいて、うなだれて、祈り、許しを請うみたいにした。
「エーミール。すまなかった」
エーミールの目元に、みるみる涙が盛り上がっていく。俺は黙ってルイ様の側に寄って、彼の手を握った。こうでもしていないと、この場の雰囲気に負けてしまいそうだ。
マニュエル様はうつむいたまま、何度も額へ手の甲を当てる。エーミールは黙って、それを受け入れていた。
エーミールの小さな唇が震える。
「僕なんか、放り出してください。あなたは、ここで終わっていい人じゃないんです」
「そんなこと、言わないでくれ」
マニュエル様が声を絞り出して、すがりつくように言った。だけどエーミールは、首を横に振る。
「僕はきっと、あなたの運命の番じゃない。ましてや、貴族のご令嬢やご子息でもない。僕を伴侶としてしまったら、マニュエル様は、ご当主になれません」
「そんなもの、エーミールに比べたら、些細なことなんだよ」
「当主になるんだと、あれだけがんばっていらっしゃったではないですか。その努力を、僕なんかのために、どぶに捨てないでください」
なるほど、と俺はうなずいた。
どうやら二人は思い合っているらしい。だけど身分差があるから、結婚は難しい。運命の番でないことも、その理由のひとつなんだろう。
そしてマニュエル様は、本当のところ、当主になりたかったらしい。だけどそれを、エーミールと結ばれるためなら、捨ててもいいと思っている。
ルイ様は眉間をもみながら、黙り込んでいる。俺はそっとその袖をつかんで、ルイ様に顔を寄せた。ルイ様も身をかがめて、頭を近づけてくれる。
「ルイ様は、当主になるつもりは、あんまりないんでしたっけ」
「ああ。今日の会議で、それを宣言するつもりだったんだが、先を越された」
「それはなぜ?」
「あちらの方が、はるかに適性があるからだ」
ルイ様は、ふんと鼻を鳴らす。
「俺は身体ばかり頑丈で、書類をさばくのが大嫌いだからな。それに比べてあいつは賢くて、書類仕事も嫌がらない。何より目くばせが効いていて、俺よりも腹芸が上手い」
べた褒めだ。この人の美徳はこういうところだな、と思う。とにかく人がいい。だからこそ、こういう政治だとかの世界には、あんまり向いていないだろうとも思った。
「じゃあ、マニュエル様がご当主になればいいのでは……?」
「だが、当主の伴侶には、それなりの身分がいる……と、一般的に言われている。さもなければ、相応の理由が必要だ。それこそ、運命の番であるだとか」
「ものすごく思い合っているっていうのは、理由にならないんですか……?」
「それだけでは、難しいんだ」
俺たちがひそひそ話している間にも、マニュエル様はじっと、エーミールの手を握っている。エーミールの表情も強張っていて、見ていられない。
とはいえ、俺にできることは、ない。俺は権力も、地位も、名誉も持っていない。ついでに、知識も教養もない。
だから、こう言うことしかできなかった。
「それだったら、マニュエル様とエーミールが、はじめての身分差夫婦になればいいんじゃないですか?」
部屋中の視線が、俺に集中した。部屋が一気に静まる。
俺がきょどきょどと視線をさまよわせていると、マニュエル様は、ふっと笑った。そして、大きな声で笑いだす。
突然のことにびっくりしている俺たちを置いて、マニュエル様は口元をぬぐった。あきらめたような、だけど、目に光のある表情だった。
「ああ。面倒ごとから逃げるのは、もうおしまいにしないといけないな」
マニュエル様は立ち上がった。そして、エーミールに手を差し出す。エーミールは、戸惑ったようにマニュエル様を見上げた。
行こう、と、マニュエル様は穏やかに促す。
「前例を探そう。時代をさかのぼって、うち以上の家格の貴族が、身分差のある結婚をした例を探すんだ」
エーミールの目が、みるみるうちに見開かれる。そして、こくんとうなずいた。
「はい。お供します」
二人は手を取り合って、部屋を出ていった。その背中を見送って、ルイ様と俺は顔を見合わせる。
「……今、何が起きたんですか?」
「お前がマニュエルの重たい尻を蹴って、立ち上がらせたらしいな」
ルイ様は面白そうに笑っている。なるほど、とうなずいた。ルイ様はさらに、俺の肩に、ぽんと手を置いた。
「だから俺たちも、あいつらのために、一芝居打ってみないか?」
にやりと笑う。その笑みに俺は、なんだかちょっと、いやな予感がした。
俺はマニュエル様に椅子を出して、ルイ様はエーミールを椅子に座らせた。
だけどマニュエル様は、座らなかった。エーミールの前に両膝をついて、手首を膝の間に置いて、うなだれる。
「マニュエル」
ルイ様が焦ったように声を上げる。マニュエル様は「これくらいしなくちゃいけません」と言って、エーミールを見上げた。俺にはよくわからないけれど、何かとんでもないことが起こっているらしい。
椅子に座ったままのエーミールの目は、揺れている。マニュエル様は、エーミールの手を取って、手の甲を自分の額へと押し当てた。うつむいて、うなだれて、祈り、許しを請うみたいにした。
「エーミール。すまなかった」
エーミールの目元に、みるみる涙が盛り上がっていく。俺は黙ってルイ様の側に寄って、彼の手を握った。こうでもしていないと、この場の雰囲気に負けてしまいそうだ。
マニュエル様はうつむいたまま、何度も額へ手の甲を当てる。エーミールは黙って、それを受け入れていた。
エーミールの小さな唇が震える。
「僕なんか、放り出してください。あなたは、ここで終わっていい人じゃないんです」
「そんなこと、言わないでくれ」
マニュエル様が声を絞り出して、すがりつくように言った。だけどエーミールは、首を横に振る。
「僕はきっと、あなたの運命の番じゃない。ましてや、貴族のご令嬢やご子息でもない。僕を伴侶としてしまったら、マニュエル様は、ご当主になれません」
「そんなもの、エーミールに比べたら、些細なことなんだよ」
「当主になるんだと、あれだけがんばっていらっしゃったではないですか。その努力を、僕なんかのために、どぶに捨てないでください」
なるほど、と俺はうなずいた。
どうやら二人は思い合っているらしい。だけど身分差があるから、結婚は難しい。運命の番でないことも、その理由のひとつなんだろう。
そしてマニュエル様は、本当のところ、当主になりたかったらしい。だけどそれを、エーミールと結ばれるためなら、捨ててもいいと思っている。
ルイ様は眉間をもみながら、黙り込んでいる。俺はそっとその袖をつかんで、ルイ様に顔を寄せた。ルイ様も身をかがめて、頭を近づけてくれる。
「ルイ様は、当主になるつもりは、あんまりないんでしたっけ」
「ああ。今日の会議で、それを宣言するつもりだったんだが、先を越された」
「それはなぜ?」
「あちらの方が、はるかに適性があるからだ」
ルイ様は、ふんと鼻を鳴らす。
「俺は身体ばかり頑丈で、書類をさばくのが大嫌いだからな。それに比べてあいつは賢くて、書類仕事も嫌がらない。何より目くばせが効いていて、俺よりも腹芸が上手い」
べた褒めだ。この人の美徳はこういうところだな、と思う。とにかく人がいい。だからこそ、こういう政治だとかの世界には、あんまり向いていないだろうとも思った。
「じゃあ、マニュエル様がご当主になればいいのでは……?」
「だが、当主の伴侶には、それなりの身分がいる……と、一般的に言われている。さもなければ、相応の理由が必要だ。それこそ、運命の番であるだとか」
「ものすごく思い合っているっていうのは、理由にならないんですか……?」
「それだけでは、難しいんだ」
俺たちがひそひそ話している間にも、マニュエル様はじっと、エーミールの手を握っている。エーミールの表情も強張っていて、見ていられない。
とはいえ、俺にできることは、ない。俺は権力も、地位も、名誉も持っていない。ついでに、知識も教養もない。
だから、こう言うことしかできなかった。
「それだったら、マニュエル様とエーミールが、はじめての身分差夫婦になればいいんじゃないですか?」
部屋中の視線が、俺に集中した。部屋が一気に静まる。
俺がきょどきょどと視線をさまよわせていると、マニュエル様は、ふっと笑った。そして、大きな声で笑いだす。
突然のことにびっくりしている俺たちを置いて、マニュエル様は口元をぬぐった。あきらめたような、だけど、目に光のある表情だった。
「ああ。面倒ごとから逃げるのは、もうおしまいにしないといけないな」
マニュエル様は立ち上がった。そして、エーミールに手を差し出す。エーミールは、戸惑ったようにマニュエル様を見上げた。
行こう、と、マニュエル様は穏やかに促す。
「前例を探そう。時代をさかのぼって、うち以上の家格の貴族が、身分差のある結婚をした例を探すんだ」
エーミールの目が、みるみるうちに見開かれる。そして、こくんとうなずいた。
「はい。お供します」
二人は手を取り合って、部屋を出ていった。その背中を見送って、ルイ様と俺は顔を見合わせる。
「……今、何が起きたんですか?」
「お前がマニュエルの重たい尻を蹴って、立ち上がらせたらしいな」
ルイ様は面白そうに笑っている。なるほど、とうなずいた。ルイ様はさらに、俺の肩に、ぽんと手を置いた。
「だから俺たちも、あいつらのために、一芝居打ってみないか?」
にやりと笑う。その笑みに俺は、なんだかちょっと、いやな予感がした。
137
あなたにおすすめの小説
【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。
キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。
しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。
迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。
手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。
これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。
──運命なんて、信じていなかった。
けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。
全8話。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜
せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。
しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……?
「お前が産んだ、俺の子供だ」
いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!?
クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに?
一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士
※一応オメガバース設定をお借りしています
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
捨てられた花屋のオメガは、雨の日に現れたスパダリ社長に溺愛される~抑制剤をやめたら、運命の番に捕まりました~
水凪しおん
BL
花屋『フルール・リリエン』で働くオメガの藍沢湊は、かつて家柄を理由に番(つがい)に捨てられたトラウマから、アルファを頑なに拒絶して生きてきた。
強力な抑制剤でフェロモンを隠し、ひっそりと暮らす湊。しかしある雨の日、店に現れたIT企業社長のアルファ・橘蓮に見初められてしまう。
「この花、あなたに似ている」
毎日店に通い詰め、不器用ながらも真っ直ぐな愛を注ぐ蓮。その深い森のような香りに、湊の閉ざされた心と、抑え込んでいた本能が揺さぶられ始めて――?
傷ついたオメガ×一途で完璧なスパダリ社長。
雨上がりの紫陽花のように涙に濡れた恋が、あたたかな陽だまりに変わるまでの、救済と溺愛のオメガバース。
※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
【完結】僕の匂いだけがわかるイケメン美食家αにおいしく頂かれてしまいそうです
grotta
BL
【嗅覚を失った美食家α×親に勝手に婚約者を決められたΩのすれ違いグルメオメガバース】
会社員の夕希はブログを書きながら美食コラムニストを目指すスイーツ男子。αが嫌いで、Ωなのを隠しβのフリをして生きてきた。
最近グルメ仲間に恋人ができてしまい一人寂しくホテルでケーキを食べていると、憧れの美食評論家鷲尾隼一と出会う。彼は超美形な上にα嫌いの夕希でもつい心が揺れてしまうほどいい香りのフェロモンを漂わせていた。
夕希は彼が現在嗅覚を失っていること、それなのになぜか夕希の匂いだけがわかることを聞かされる。そして隼一は自分の代わりに夕希に食レポのゴーストライターをしてほしいと依頼してきた。
協力すれば美味しいものを食べさせてくれると言う隼一。しかも出版関係者に紹介しても良いと言われて舞い上がった夕希は彼の依頼を受ける。
そんな中、母からアルファ男性の見合い写真が送られてきて気分は急降下。
見合い=28歳の誕生日までというタイムリミットがある状況で夕希は隼一のゴーストライターを務める。
一緒に過ごしているうちにαにしては優しく誠実な隼一に心を開いていく夕希。そして隼一の家でヒートを起こしてしまい、体の関係を結んでしまう。見合いを控えているため隼一と決別しようと思う夕希に対し、逆に猛烈に甘くなる隼一。
しかしあるきっかけから隼一には最初からΩと寝る目的があったと知ってしまい――?
【受】早瀬夕希(27歳)…βと偽るΩ、コラムニストを目指すスイーツ男子。α嫌いなのに母親にαとの見合いを決められている。
【攻】鷲尾準一(32歳)…黒髪美形α、クールで辛口な美食評論家兼コラムニスト。現在嗅覚異常に悩まされている。
※東京のデートスポットでスパダリに美味しいもの食べさせてもらっていちゃつく話です♡
※第10回BL小説大賞に参加しています
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる