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22 交渉(ルイ視点)
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俺の言葉に、二人の顔色がさっと変わった。エーミールはぽかんと口を開けて、首をかしげる。マニュエルは本から顔をあげて、まじまじと俺の顔を見た。
「正気ですか? 兄上。そんなこと、どうやってやるんですか」
「なんだ。怖気づいたのか?」
「違いますよ。やりようがないんだって言っているんです」
マニュエルは頭を抱えてしまった。大きな図体を丸めて、うんうんうなっている。エーミールはマニュエルに駆け寄って、背中をさすってやっていた。エーミールも顔を上げて、俺を気づかわしげに見つめる。
「マニュエル様のおっしゃる通りです。これまで身分差のある婚姻の多くは、『運命の番』という理由でしか許されてきませんでした。ですが同時に、運命の番であることを偽造した例はありません」
「さあな。案外、偽造しても、バレてこなかっただけかもしれないぞ」
俺の言葉に、マニュエルは若干引いた顔をする。マニュエルは確かに腹芸が上手いが、それは真実の切り貼りが上手いだけだ。堂々と嘘をつくだけなら、俺の方が上手い。
「そもそも、マニュエル。アルファとオメガが『運命の番』であると認められるための条件はなんだ」
「そんなの、明文化するまでもありません。目が合った瞬間に気持ちが通じ合ったのだと、アルファから申告されるだけ……なのだから……」
マニュエルの顔が、どんどん歪んでいく。これは呆れだとか、軽蔑だとか、そういう気持ちを持ったときの顔だ。
「もしかしてこれは、私の言葉ひとつなのか?」
「ふん」
ばかばかしくて、俺は鼻で笑った。
「俺はアンジュを運命の番だと確信している。そして俺たち貴種の中でも、アルファの言葉が、どれだけ重んじられることか。お前だって、十分にわかっているだろう」
マニュエルは、本を閉じた。目を閉じ、眉間のしわを揉む。
「……一般的には、それを不正と呼ぶんじゃないですか? 法ではなく、権力を持った一個人の一言ですべてが決まるだなんて、信じられない」
「口先で丸め込むのが上手い、お前らしくもない台詞だな。使えるものは、なんでも使えばいいだろう」
ずっと黙り込んでいたエーミールが、「ルイ様」と俺に呼びかけた。俺が彼を見やると、彼は腹の前で指を組んで、神妙な表情をしている。
「僕としても、それは気が引けます。マニュエル様には、不正行為を犯してほしくありません」
かわいそうに、がたがた震えている。だというのに、気丈にも顔を上げて、俺に意見した。マニュエルも本を置いて立ち上がり、エーミールの肩に手を置く。
「私もです。曲がりなりにも、私のような立場の人間が、法を悪用してはならない」
まったく、生真面目な連中だ。俺は呆れ半分、感心半分で、手をたたいた。
「わかった。なら、次善の策がある」
「兄上。どうせあなたは、ろくでもないことしか言わないでしょう。もういいです」
マニュエルは踵を返して、再び法律書を開いた。なんだ、と俺は笑ってみせる。
「簡単なことだ。俺とアンジュが運命の番ではないと、皆の前で証明すればいい」
ぎょっとした表情で、二人が俺の方を見た。固まっている様子を見るに、よほど予想外だったんだろう。
愉快な気分だった。
「俺は確かにアンジュを運命の番だと確信しているが、あちらがどう思っているかはわからない。そして運命の番とは、双方の確信をもってなされるものだ。アンジュが『そうではない』と認めれば、俺とアンジュは運命ではない」
「いや、ちょっと待ってください。それはただの口先だけの屁理屈です」
「その口先だけの屁理屈で、運命の番は証明されてきたんだろう。何ら医学的な、信頼できる証拠もなく、アルファの口先ひとつだけで」
エーミールが、ぱっと顔をあげた。その目に光が宿っているのを見て、俺は大きくうなずいた。
同時にこれは、俺にとっても、大きな賭けだった。
俺の提案が通れば、俺とマニュエルの立場は同じ。貴族出身ではない番――あるいはそれに準じる者を持つ、若いアルファ同士だ。
後は泥沼になるかもしれない。しかし、それを通す価値は、あると確信している。
「マニュエル。本当のことを言え」
俺よりずっと聡明な弟を、まっすぐ見つめる。俺の視線に、マニュエルは背筋を正した。俺は一呼吸おいて、尋ねる。
「お前だって、本当は、俺がこの家の当主になるのは嫌だろう。俺とて、お前の方が、よほど当主に向いているとわかっている」
言い切って、口をつぐむと、部屋に重苦しい沈黙が下りる。それを破ったのは、マニュエの、大きなため息だった。あーあ、とわざとらしく嘆いて、髪の毛をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
「その通りですよ。あなたみたいなちゃらんぽらんは、延々おそとで見回りでもしていればいいんです。あなたに人心を集める才能はあっても、経営の才能や素質はありません。そこらで素振りでもしていればよろしい」
そうでなくては。俺の唇の端には、自然と笑みが浮かんだ。
「マニュエル。俺もこんな窮屈な仕事は御免だ。恥さらしだと言われようが、愚かだと言われようが、馬で野を駆けて素振りをする方が向いている」
はん、とマニュエルは鼻で笑った。俺も笑う。
そして俺はマニュエルへ歩み寄り、手を差し出した。マニュエルも、俺の手を握る。
交渉成立だ。
「正気ですか? 兄上。そんなこと、どうやってやるんですか」
「なんだ。怖気づいたのか?」
「違いますよ。やりようがないんだって言っているんです」
マニュエルは頭を抱えてしまった。大きな図体を丸めて、うんうんうなっている。エーミールはマニュエルに駆け寄って、背中をさすってやっていた。エーミールも顔を上げて、俺を気づかわしげに見つめる。
「マニュエル様のおっしゃる通りです。これまで身分差のある婚姻の多くは、『運命の番』という理由でしか許されてきませんでした。ですが同時に、運命の番であることを偽造した例はありません」
「さあな。案外、偽造しても、バレてこなかっただけかもしれないぞ」
俺の言葉に、マニュエルは若干引いた顔をする。マニュエルは確かに腹芸が上手いが、それは真実の切り貼りが上手いだけだ。堂々と嘘をつくだけなら、俺の方が上手い。
「そもそも、マニュエル。アルファとオメガが『運命の番』であると認められるための条件はなんだ」
「そんなの、明文化するまでもありません。目が合った瞬間に気持ちが通じ合ったのだと、アルファから申告されるだけ……なのだから……」
マニュエルの顔が、どんどん歪んでいく。これは呆れだとか、軽蔑だとか、そういう気持ちを持ったときの顔だ。
「もしかしてこれは、私の言葉ひとつなのか?」
「ふん」
ばかばかしくて、俺は鼻で笑った。
「俺はアンジュを運命の番だと確信している。そして俺たち貴種の中でも、アルファの言葉が、どれだけ重んじられることか。お前だって、十分にわかっているだろう」
マニュエルは、本を閉じた。目を閉じ、眉間のしわを揉む。
「……一般的には、それを不正と呼ぶんじゃないですか? 法ではなく、権力を持った一個人の一言ですべてが決まるだなんて、信じられない」
「口先で丸め込むのが上手い、お前らしくもない台詞だな。使えるものは、なんでも使えばいいだろう」
ずっと黙り込んでいたエーミールが、「ルイ様」と俺に呼びかけた。俺が彼を見やると、彼は腹の前で指を組んで、神妙な表情をしている。
「僕としても、それは気が引けます。マニュエル様には、不正行為を犯してほしくありません」
かわいそうに、がたがた震えている。だというのに、気丈にも顔を上げて、俺に意見した。マニュエルも本を置いて立ち上がり、エーミールの肩に手を置く。
「私もです。曲がりなりにも、私のような立場の人間が、法を悪用してはならない」
まったく、生真面目な連中だ。俺は呆れ半分、感心半分で、手をたたいた。
「わかった。なら、次善の策がある」
「兄上。どうせあなたは、ろくでもないことしか言わないでしょう。もういいです」
マニュエルは踵を返して、再び法律書を開いた。なんだ、と俺は笑ってみせる。
「簡単なことだ。俺とアンジュが運命の番ではないと、皆の前で証明すればいい」
ぎょっとした表情で、二人が俺の方を見た。固まっている様子を見るに、よほど予想外だったんだろう。
愉快な気分だった。
「俺は確かにアンジュを運命の番だと確信しているが、あちらがどう思っているかはわからない。そして運命の番とは、双方の確信をもってなされるものだ。アンジュが『そうではない』と認めれば、俺とアンジュは運命ではない」
「いや、ちょっと待ってください。それはただの口先だけの屁理屈です」
「その口先だけの屁理屈で、運命の番は証明されてきたんだろう。何ら医学的な、信頼できる証拠もなく、アルファの口先ひとつだけで」
エーミールが、ぱっと顔をあげた。その目に光が宿っているのを見て、俺は大きくうなずいた。
同時にこれは、俺にとっても、大きな賭けだった。
俺の提案が通れば、俺とマニュエルの立場は同じ。貴族出身ではない番――あるいはそれに準じる者を持つ、若いアルファ同士だ。
後は泥沼になるかもしれない。しかし、それを通す価値は、あると確信している。
「マニュエル。本当のことを言え」
俺よりずっと聡明な弟を、まっすぐ見つめる。俺の視線に、マニュエルは背筋を正した。俺は一呼吸おいて、尋ねる。
「お前だって、本当は、俺がこの家の当主になるのは嫌だろう。俺とて、お前の方が、よほど当主に向いているとわかっている」
言い切って、口をつぐむと、部屋に重苦しい沈黙が下りる。それを破ったのは、マニュエの、大きなため息だった。あーあ、とわざとらしく嘆いて、髪の毛をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
「その通りですよ。あなたみたいなちゃらんぽらんは、延々おそとで見回りでもしていればいいんです。あなたに人心を集める才能はあっても、経営の才能や素質はありません。そこらで素振りでもしていればよろしい」
そうでなくては。俺の唇の端には、自然と笑みが浮かんだ。
「マニュエル。俺もこんな窮屈な仕事は御免だ。恥さらしだと言われようが、愚かだと言われようが、馬で野を駆けて素振りをする方が向いている」
はん、とマニュエルは鼻で笑った。俺も笑う。
そして俺はマニュエルへ歩み寄り、手を差し出した。マニュエルも、俺の手を握る。
交渉成立だ。
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