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24 裁判
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開いた扉から真っ先に見えたのは、椅子だった。
さらに奥を見ると、よく磨かれた木材でできた柵がある。そこで区切られた先の空間に、向かい合って長机が並べられていた。
一番奥には、領主様が座っている。俺が思わず固まると、ルイ様は俺の背中を押した。
「大丈夫だ。行こう」
俺はぎこちなく頷いて、先へ進んだ。ルイ様が椅子の前で立ち止まったので、俺も立ち止まる。
ちょうどその時、柵の向こうにある扉が開いた。そこから入ってきたのは、マニュエル様とエーミールだった。
俺の身体が、ぴりりと背筋を伸ばす。
領主様が、おごそかな声で言った。
「では、マニュエル。お前の主張を聞こう」
マニュエル様が立ち上がり、領主様の前へと向かう。
そして一礼をして、真っ直ぐ前を見た。
「私と、使用人エーミールの婚姻を、認めていただきたく思います」
始まった。俺は拳を握りしめる。
領主様はといえば、顔をしかめていた。
「時間をやったが、無駄だったようだな」
「いいえ、無駄ではございません。エーミール、あれを」
エーミールが立ち上がり、マニュエル様に巻物を手渡す。マニュエル様はそれをするするほどき、開いた。
「貴賤結婚の先例を調べてまいりました。これはあらかじめ提出しておりますが、高い爵位を持つアルファと、爵位を持たないオメガの婚姻は、長い時の中で見れば、さほど珍しいものではございません」
朗々としたマニュエル様の声を、領主様が「もういい」と遮った。
「それは『運命の番』だからこそ許されたものだ。お前たちは、そうではない。従って婚姻は許されない」
俺はハラハラしながら、ことの成り行きを見守った。ルイ様は黙りこくったまま、マニュエル様を見つめている。
マニュエル様は、少しも怯まなかった。にこりと微笑んで、俺たちの方を見る。
「では父上。運命の番とは、何を指すのでしょうか」
ぴくりと、領主様の顔が引きつった。マニュエル様は大股に歩いて、俺たちの方へ寄ってくる。
そして柵越しに、手を伸ばした。
「ここに一組の『運命の番』がいます。彼らの述べる条件を、我々が満たしたら――それは私とエーミールが、運命の番だと、言えるのでは?」
「詭弁だ」
領主様はうんざりした様子で、眉間を揉む。
マニュエル様はエーミールを見た。エーミールはもう一枚の紙を取り出して、マニュエル様に渡す。
「ちなみにエーミールが、貴賤結婚のその後を調べてくれました」
領主様は、呆れたようにマニュエル様を見る。そしてマニュエル様は、にこりと微笑んだ。
「かなりの数の夫婦が、番契約を解除していました。彼ら彼女らは本当に、魂で結ばれた、運命の番なのでしょうか?」
領主様の顔色が、さっと変わる。
なんだかおかしなことになってきた。混乱する俺の背中を、ルイ様が叩いて支えてくれる。
ルイ様は顔をあげて、声を張った。
「いいや、そんなことはない。俺とアンジュは、間違いなく運命の番だ。運命は存在する。俺の魂は、アンジュを求めている。一目見た瞬間に、魂で惹かれあったんだ」
いきなり何を言い出すんだ。思わずギョッとしてルイ様を見上げると、こめかみに薄っすらと汗がにじんでいた。
そうですか、とマニュエル様がこちらを見る。その目つきは据わっていた。俺の背筋が、ぞくりと冷える。
俺は今、もしかして、とんでもない決断を迫られるんじゃないだろうか。
「それでは、アンジュ。あなたに聞きたい」
マニュエル様が問いかける。助けを求めるように、エーミールをちらりと見た。彼は優しく微笑んで、頷く。それに少しだけ、余分な力が抜けた。
俺は踵をそろえて立った。胸を張って、少しだけ顎を引く。ここで習った、美しい立ち方だ。
「はい」
俺の声が、裁判所に響く。マニュエル様は、ふっと息を吐いて、尋ねた。
「あなたは、ルイを見た瞬間に――彼が運命だと、確信しましたか?」
「いいえ」
迷うべくもない。「はい」か「いいえ」で答えるなら、間違いなく「いいえ」の質問だ。
俺は最初、そんなことより畑仕事がしたかった。惹かれてなんか、いなかった。
だけど今の俺は、ルイ様のことが好きだ。
マニュエル様はすぐに、もう一つの質問を投げかける。
「それでは、あなたにとって、ルイは運命の番ではない。なぜならば、出会った瞬間に、惹かれなかったからだ。……そういうことですか?」
その理屈で言えば、そういうことになる。それに俺がルイ様を好きになったのは、ルイ様が優しくて、頼り甲斐があるからだ。理由のある「好き」は、運命と言えない気がする。だって運命は、理不尽なものだから。
だけどそれをここで言うのは、すごく恐ろしいことみたいに思えた。
俺がルイ様の隣にいられるのは、俺がルイ様の運命の番だからだ。
今から俺は、それを手放さなくちゃいけない。
「はい。ルイ様は、俺の運命の番ではないと思います」
だけど口は、言い淀むこともなく、本心を言ってくれた。
こんなところで嘘をついたら、きっと、エーミールとマニュエル様が困るだろうから。
マニュエル様はほっとした表情で、領主様に向き直る。領主様は呆然とした表情で、俺たちと向こうの二人を、かわるがわる見た。
エーミールがマニュエル様の隣に並ぶ。マニュエル様はその手を握って、高らかに言った。
「あなた方が言っている『運命の番』には、アルファ側の言い分しか採用されない。そして私は、エーミール以上に、恋しい人と出会ったことがない。これからもきっと出会わない」
俺まで恥ずかしくなってしまうくらい、まっすぐな愛の告白だ。エーミールは顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうだった。たぶん、嬉し泣きで。
マニュエル様も顔を真っ赤にして、さらに続けた。
「だから、誓いましょう。私の運命は、間違いなく、エーミールただ一人です。離縁をした先人たちよりもずっと、深く、永遠に、伴侶を愛し続けます」
隣で、ルイ様が鼻をすする音が聞こえた。この人まで泣いていると、俺は逆に冷静になってくる。
マニュエル様が、最後に畳み掛けた。
「一目惚れだけが、アルファの運命ではないでしょう。そしてアルファの運命は、当人だけのものだ。オメガの運命ではない。だからこそ私が認める番は――運命の番は、エーミールです」
さらに奥を見ると、よく磨かれた木材でできた柵がある。そこで区切られた先の空間に、向かい合って長机が並べられていた。
一番奥には、領主様が座っている。俺が思わず固まると、ルイ様は俺の背中を押した。
「大丈夫だ。行こう」
俺はぎこちなく頷いて、先へ進んだ。ルイ様が椅子の前で立ち止まったので、俺も立ち止まる。
ちょうどその時、柵の向こうにある扉が開いた。そこから入ってきたのは、マニュエル様とエーミールだった。
俺の身体が、ぴりりと背筋を伸ばす。
領主様が、おごそかな声で言った。
「では、マニュエル。お前の主張を聞こう」
マニュエル様が立ち上がり、領主様の前へと向かう。
そして一礼をして、真っ直ぐ前を見た。
「私と、使用人エーミールの婚姻を、認めていただきたく思います」
始まった。俺は拳を握りしめる。
領主様はといえば、顔をしかめていた。
「時間をやったが、無駄だったようだな」
「いいえ、無駄ではございません。エーミール、あれを」
エーミールが立ち上がり、マニュエル様に巻物を手渡す。マニュエル様はそれをするするほどき、開いた。
「貴賤結婚の先例を調べてまいりました。これはあらかじめ提出しておりますが、高い爵位を持つアルファと、爵位を持たないオメガの婚姻は、長い時の中で見れば、さほど珍しいものではございません」
朗々としたマニュエル様の声を、領主様が「もういい」と遮った。
「それは『運命の番』だからこそ許されたものだ。お前たちは、そうではない。従って婚姻は許されない」
俺はハラハラしながら、ことの成り行きを見守った。ルイ様は黙りこくったまま、マニュエル様を見つめている。
マニュエル様は、少しも怯まなかった。にこりと微笑んで、俺たちの方を見る。
「では父上。運命の番とは、何を指すのでしょうか」
ぴくりと、領主様の顔が引きつった。マニュエル様は大股に歩いて、俺たちの方へ寄ってくる。
そして柵越しに、手を伸ばした。
「ここに一組の『運命の番』がいます。彼らの述べる条件を、我々が満たしたら――それは私とエーミールが、運命の番だと、言えるのでは?」
「詭弁だ」
領主様はうんざりした様子で、眉間を揉む。
マニュエル様はエーミールを見た。エーミールはもう一枚の紙を取り出して、マニュエル様に渡す。
「ちなみにエーミールが、貴賤結婚のその後を調べてくれました」
領主様は、呆れたようにマニュエル様を見る。そしてマニュエル様は、にこりと微笑んだ。
「かなりの数の夫婦が、番契約を解除していました。彼ら彼女らは本当に、魂で結ばれた、運命の番なのでしょうか?」
領主様の顔色が、さっと変わる。
なんだかおかしなことになってきた。混乱する俺の背中を、ルイ様が叩いて支えてくれる。
ルイ様は顔をあげて、声を張った。
「いいや、そんなことはない。俺とアンジュは、間違いなく運命の番だ。運命は存在する。俺の魂は、アンジュを求めている。一目見た瞬間に、魂で惹かれあったんだ」
いきなり何を言い出すんだ。思わずギョッとしてルイ様を見上げると、こめかみに薄っすらと汗がにじんでいた。
そうですか、とマニュエル様がこちらを見る。その目つきは据わっていた。俺の背筋が、ぞくりと冷える。
俺は今、もしかして、とんでもない決断を迫られるんじゃないだろうか。
「それでは、アンジュ。あなたに聞きたい」
マニュエル様が問いかける。助けを求めるように、エーミールをちらりと見た。彼は優しく微笑んで、頷く。それに少しだけ、余分な力が抜けた。
俺は踵をそろえて立った。胸を張って、少しだけ顎を引く。ここで習った、美しい立ち方だ。
「はい」
俺の声が、裁判所に響く。マニュエル様は、ふっと息を吐いて、尋ねた。
「あなたは、ルイを見た瞬間に――彼が運命だと、確信しましたか?」
「いいえ」
迷うべくもない。「はい」か「いいえ」で答えるなら、間違いなく「いいえ」の質問だ。
俺は最初、そんなことより畑仕事がしたかった。惹かれてなんか、いなかった。
だけど今の俺は、ルイ様のことが好きだ。
マニュエル様はすぐに、もう一つの質問を投げかける。
「それでは、あなたにとって、ルイは運命の番ではない。なぜならば、出会った瞬間に、惹かれなかったからだ。……そういうことですか?」
その理屈で言えば、そういうことになる。それに俺がルイ様を好きになったのは、ルイ様が優しくて、頼り甲斐があるからだ。理由のある「好き」は、運命と言えない気がする。だって運命は、理不尽なものだから。
だけどそれをここで言うのは、すごく恐ろしいことみたいに思えた。
俺がルイ様の隣にいられるのは、俺がルイ様の運命の番だからだ。
今から俺は、それを手放さなくちゃいけない。
「はい。ルイ様は、俺の運命の番ではないと思います」
だけど口は、言い淀むこともなく、本心を言ってくれた。
こんなところで嘘をついたら、きっと、エーミールとマニュエル様が困るだろうから。
マニュエル様はほっとした表情で、領主様に向き直る。領主様は呆然とした表情で、俺たちと向こうの二人を、かわるがわる見た。
エーミールがマニュエル様の隣に並ぶ。マニュエル様はその手を握って、高らかに言った。
「あなた方が言っている『運命の番』には、アルファ側の言い分しか採用されない。そして私は、エーミール以上に、恋しい人と出会ったことがない。これからもきっと出会わない」
俺まで恥ずかしくなってしまうくらい、まっすぐな愛の告白だ。エーミールは顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうだった。たぶん、嬉し泣きで。
マニュエル様も顔を真っ赤にして、さらに続けた。
「だから、誓いましょう。私の運命は、間違いなく、エーミールただ一人です。離縁をした先人たちよりもずっと、深く、永遠に、伴侶を愛し続けます」
隣で、ルイ様が鼻をすする音が聞こえた。この人まで泣いていると、俺は逆に冷静になってくる。
マニュエル様が、最後に畳み掛けた。
「一目惚れだけが、アルファの運命ではないでしょう。そしてアルファの運命は、当人だけのものだ。オメガの運命ではない。だからこそ私が認める番は――運命の番は、エーミールです」
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