バーチャル受肉産卵セックス

鳥羽ミワ

文字の大きさ
1 / 1

本編

しおりを挟む
 生まれつきの肉体というガジェットは、精神的な生活を送る上で効率が悪すぎる。だからここ二世紀くらいの人類は、生殖活動を終えると肉体を卒業して、バーチャル上でアバターを受肉して、第二の人生を送る。
 そして当然、生殖を選ばなかった人間は、もう少し早めに「転生」することもできる。

 僕はライフログのスタックを握りしめて、ここら辺ではいちばん大きい病院を訪れていた。最後の晩餐――ならぬ昼食は、栄養補助食品のクッキーだけ。
 肉体分離施術の一番安いコースの料金を、分割十二回で払い終わったのが一昨年。その施術の順番が、やっと巡ってきたのだ。
 ライフログを院内エンジニアに渡して、サーバーへ転送してもらう。ログの整形に二時間かかるらしい。僕の一年間の生活は、たった百二十分で、デジタル上へ完全に再構築される。僕はヘッドギアをつけて、施術用のベッドへ横たわった。
 分離後の肉体は破棄、人格は完全にサーバーへ移管。最近流行りのバーチャル受肉は、言葉が発生した黎明期のそれとは違い、肉体からの完全な卒業を意味する。
 僕もご多分に漏れず、肉体を卒業する側の人間だ。とはいえ僕がそうするのは、流行りに乗ったからとか、死の恐怖から逃れたいとかの理由じゃない。
 僕の彼氏・ルカは三年前、突然姿を消した。
 半同棲していた僕の家に全然帰ってこなくて、途方に暮れたあの夜から、もうずっと長い時が経った。
 仕方ないとルカの実家を訪ねたけれど、もうあいつは現実を卒業したんだと、門前払いを喰らってしまった。
 そして僕は、ルカのことが大好きだった。ルカもきっと、僕を愛してくれていたと思う。
 これは、酷い裏切りだった。
 もともと僕はルカの家族から「どうせ財産狙いだろう」と、よく思われていなかった。僕とルカは社内恋愛だったけど、安月給の契約社員と将来の幹部候補だ。口さがない連中は下卑た噂をするものだけど、ルカはいつも、彼の家族の言葉に苦しんでいた。僕はそれを支えきれなかった。それがきっと真実だ。
 とはいえ、これはルカの説明責任を追求したっていいだろう。
 こうして僕は、惚れた弱みが逆転したものすごい恨みの力で金を稼ぎ、バーチャル受肉の権利を手に入れたというわけだ。

 サーバーの稼働音が響く。電子音とともに、視界が簡単にブラックアウトした。遠くから人の声がする。
 ゼロから数字をカウントする医者。脈拍と同時に鳴っている電子音の間隔は、どんどん長くなっていく。バイタル低下。呼吸は浅く、ゆっくりになる。
 神経細胞の興奮と鎮静は電気信号のバイナリの世界へ移り、僕の人格を再構築する。そのとき僕のライフログが器になって、僕の振る舞いや思考が、バーチャル上へ完全に再現されるらしい。本当はもっと時間をかけて、それこそ何年もライフログをとるコースもあったんだけど、僕の資金力では一番安いコースが限界だった。
 つらつらと考えている間に、腹の底がじんわりと熱くなる。施術前の説明だと、精神と肉体が分離するとき、肉体から何らかのフィードバックがあるかもしれないと聞いていたから、それだろうか。
 ずん、ずん、と腹の底から何かが込み上げてくる。いや、突き上げられている?
 馴染みのある感覚だ。それこそ三年前までは、よく味わっていた、快楽じみた何か。

「目、覚めた?」

 ふっと持ち上げられる感覚がした。聞き覚えのある声がして、嗅いだことのある汗の匂いがする。視界がちかちかと明滅して、少しずつ世界が像を結んでいった。癖のある黒髪に浅黒い肌、すっと通った高い鼻に、ぽってりとした唇の大きな口。死ぬほどハンサムな男が、僕を抱いている。
 違う。これ、ルカだ。

「……! ……っ!?」
「ああ、まだ声帯が生成されていないんだね」

 脚も腕も動かない。目――カメラだけをなんとか動かすと、ルカが僕のなまっちろい脚を抱えて腰を振っていた。ご丁寧に、僕のお粗末なサイズのそこも再現されている。

「ニタのバイオログだと、アバター生成の深度が足りなかったから、俺のバイオログからニタのデータを抽出しているんだ」

 じゃあなんでセックスなんかしているんだ。そんな必要ないだろ。
 身体を好き勝手される恐ろしさとか怒りとかよりも、戸惑いが圧倒的に勝っている。アバターだからだろうか。
 そして何より僕はまだゆめうつつで、ルカと再会できた喜びとかで、ぐちゃぐちゃだ。少なくとも、この状況はいやじゃない。こういうところがチョロいとか言われる理由だったんだろうけど、嬉しいものは仕方ないだろう。
 ルカはうっとりと微笑みながら、僕の身体があるらしき場所に手を伸ばす。触覚はないけど、その手つきを感じたくて、必死で想像した。少しずつ、違和感が生まれる。それはやがて熱さに変わった。上から下へ、感覚の生じる場所が変わっていく。
 僕はルカに、撫でられている。三年ぶりの感覚だ。

「あ、あ……」

 はく、はく、と音が漏れる。声帯が受肉したらしい。ルカは嬉しそうに笑って、「ニタの声だ」と顔を近づけてきた。

「かわいい」

 キスだ。キスされている。だというのに僕は、唇の感触も舌の味も分からない。悔しい。
 ちゅうちゅうという水音が立っている。たかがセックスになんていう計算リソースを割いているんだ。いや、そもそもなぜ、僕たちはセックスをしているんだ?
 ぐちゅぐちゅと身体の中をかき混ぜられるのから逆算して、身体の構造が出来上がっていく。四肢と精神が接続していって、だんだん感覚が生まれてきた。熱い。ルカの手が、痛いほどに膝裏を掴んでいる。というか、痛覚まで再現されているのか。そのオプションをつけたつもりはなかったんだけど。

「痛覚も追加でいれておいたよ」

 なんて余計なことをしてくれたんだ。だというのに、僕の精神はそれを皮切りに、次々と身体を「思い出して」いく。
 指が動いた。つま先がルカの腰の動きに合わせて揺れている。ぴたんと空間を叩かれて、そこが尻だと分かった。腰が跳ねて、ナカをきゅうと締め付けてしまう。
 こんなにたくさんの感覚を買った覚えはない。ここまでナマの肉体の再現度を高めているのは、ほとんど間違いなく、ルカの仕業だろう。
 それこそこうやって、セックスを楽しめるほどの精度で受肉しようなんて、思ってもいなかった。

「お、おーばーすぺっく、だ……!」

 なんとか文句を吐き出すと、ルカは笑う。

「真っ先に文句が出てくるの、ニタらしいや」

 ずん、と突き上げられて、息を吐き出す。身体は、現実世界と同じものを、完璧に再現されていた。汗ばむ感覚すらある。なんだこの、やたらとリッチなアバターは。ルカのアバターも汗ばんで、顔を赤らめている。

「こうして、ニタにどんどん、俺のライフログを注入して……」
「あっ、ああ、あ……!」

 ぞわぞわと腰の裏が熱くなる。世界がぐんと解像度を上げた。
 そうだ。ここは僕の部屋だ。ラップトップ前に転がったエナドリの空き缶とか、書き散らしたプリントとか適当に積んでる参考書とか、僕のだらしないところまでしっかりと再現されている。
 それにしても、ライフログの注入って、こんなにいやらしい方法でする必要なんてあったんだろうか。僕が疑問に思っていると、ルカが熱心にキスをしてくる。

「セックスを通じたデータ転送が、結局いちばんアバターへの馴染みがいいらしいんだ。身体感覚が共起するから……ニタを、一個も損ないたくない……」

 胸元へ手が伸びて、どこかをきゅうと摘まれる。途端にあられもない声をあげてしまった。こいつ、乳首まで再現している。いや、これまでの肉体よりも、ずっと感度がいい。
 もしかしてルカのバイオログをもとにしているから、ルカの想像通りの感度になっているんじゃないだろうか?

 そんな馬鹿なことを考えている間に、腹に違和感があった。内側から何かが膨らんでくる。張っている、というんだろうか。
 ごつごつとナカを突かれるけれど、違和感がある。硬い何かが、無数に、僕のお腹の中にある。

「ひっ、な、なに……!?」

 腰が逃げる。ルカは腰をがっしりと掴んで、奥の奥を突き上げた。

「受肉が終わったんだ。これからニタは、現実の旧い肉体を卒業するんだよ」

 それは知っている。じゃなくて、この腹の異物はなんだ。
 僕は声にならない悲鳴をあげつつ、ルカにしがみついた。

「な、なにこれ、……お腹に、なんか、ある……」
「ニタの肉体と精神を繋いでいたものも受肉して、お腹の中で卵になったんだよ」

 一体、何を言っているんだ?
 だけど同時に、すとんと腹に落ちたものがあった。なるほど、僕の精神と肉体を繋いでいた非物質的なものまで受肉して、それは卵という形を与えられたらしい。
 本能的に、それを産まなければならないと思った。
 これは、僕とルカの、愛の結晶だ。

「うむ、うむ……」
「そうだね。がんばれ、がんばれ」

 ずんずんと突き上げられて、僕は「ちがう」と悲鳴をあげた。

「うむ、から……パパが、産む、ばしょ、ふさいじゃダメ……」
「ははは、パパかぁ」

 とろとろに甘ったるい声で、ルカが言った。僕は「やぁ」と必死で拒絶した。

「たまご、うまれる、……うまれる、から、ぬいて……!」

 このままだと、卵が産まれてこられない。僕のログとルカのログが合わさった、愛の結晶がこの世へ出てこられない。
 僕とルカが交わっているのは、アナルじゃない。卵を産むための、僕の産道だ。ルカが邪魔。
 僕は必死で腰を振って、ルカを追い出そうとした。お腹はどんどん張ってくる。卵がどんどんさがってくる。

「あ、うまれ、うまれゆ、う……」
「かわいい……ぐずぐずだ」

 すすり泣く僕の頬を、ルカの舌が舐める。僕のお腹が収縮して、卵が産道をくだっていくのが分かった。あ、あ、あ、とだらしない声が漏れるのを抑えられない。

「い、あ……、だめ、ぬいて、ぬいてぇ! たまご、たまご産む……!」
「うん、そっか。じゃあ、抜くから、がんばって」

 ぢゅう、と音が立って、ルカのものが抜ける。途端に、僕の産道から、ぽんと何かが飛び出した。卵だ。鶏卵と同じくらいの大きさだ。それがぽんぽんと、次々産まれてくる。

「あ、あぇ……あ、あぅ……」

 卵が止まらない。どんどんお腹が空っぽになっていく。身体が軽くなっていって、ばち、ばち、と身体の内側で接続が切れていく。これが肉体からの離脱だと、分かった。
 分かった。これで僕の精神は完全に肉体から離れて、サーバー上の人格へと移行した。

「ふ……ぁ……」

 僕は精神と、その安全毛布としての仮初の肉体――アバターだけの、バーチャルな存在になった。
 改めて思うと、すごいことだな、と思う。

「ニタ」

 ルカが僕の頬を撫でる。気づけば、僕は寝巻きを着ていた。高校時代のジャージだ。三年前、ルカが姿を消したとき、捨てたはずのものだ。

「久しぶり、ニタ」

 懐かしい声だ。僕は反射的に拳を振り上げ、ベッドを叩いた。
 言いたいことが、無限にある。
 そして何よりもまず、罵りたかった。

「どうして、僕の前から消えたんだ!」

 セックス後の浮かれた衝動はだんだん治まって、バイタルが安定していく。精神は少しずつ電子の世界へ順応して、肉体の感覚を思い出しつつあった。
 涙の伝う感触があった。落涙オプションまで付けるだなんて、どうかしてる。
 ルカは困ったように笑った。

「ごめんね。……まず、突然消えて、ごめん」

 そして、ルカは全てを説明してくれた。
 家族から突然、ライフログを手渡されたこと。これまでの一生分のライフログを全て与えるからと、バーチャル世界へ転生することを強いられたらしい。
 よくある悲劇だ。人類は死を克服してもなお、生殖という呪いにかかっている。
 生殖しない人間は、現実世界という巨大なパイの分前をもらうことを、ひどくしぶられることがある。

「……だから、急に消えたみたいになった。ごめんなさい」

 そして次に、いきなりセックスしたことを謝られた。僕もそれはどうかと思ったので、謝罪を受け入れた。
 いいよ、と首を横に振ると、ルカは苦い顔で笑う。

「ニタに俺の中のライフログを注いだのは、俺のエゴだ。ごめん」
「ううん、嬉しい。嬉しいよ、ルカ」

 正直に言えば、嬉しいのだ。
 僕のお金で移せるライフログには限りがあったし、そうしたら、今ここにいるのは、僕ではない僕だったかもしれない。
 だけどルカがログを補ってくれたから、僕は現実とバーチャルの連続性を保てた。
 いいや。僕は僕でいいんだと、思えた。

「僕が君を好きだったこと、ちゃんと覚えていたんだね」

 ルカは複雑そうに顔をしかめて、「まあね」と認めた。

「ログと相違があったらごめん」

 少し不貞腐れたような顔に愛しくなって、僕は真新しい身体で、ルカに抱きついた。

「全然違わない。完璧に一致だよ」

 たしかに、僕は純正の「僕」じゃなくなった。他者の記憶で整形されたこのアバターは、どこまで僕で、どこからがルカの記憶なのか分からない。実際、乳首の感度は違った。
 だけど僕はそれを、悲観する気にならないのだ。
 今目の前にいるのは、僕の恋人。そして主観人物は、僕。
 ルカとニタという自意識を持った、バーチャル世界に生きる人間だ。
 現実世界のルカとニタはもういない。その記憶を引き継ぐ僕らが何者であろうと、僕はどうでもいい。

 現実で「ニタ」が目論んだ再会は、こうしてちゃんと果たされた。
 今ここにいる僕たちは自由だ。記憶がどうであろうとも、自我の連続性が不確かでも、確かなことはひとつだけでいい。

「ルカ、愛してる。ルカも、そうでしょ?」

 僕の言葉に、僕の恋人は照れくさそうに頷いた。
 バーチャル受肉した僕らが何者であろうと、僕たちの愛が本物であることは、誰にも否定させるものかと思う。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

肉体言語コミュニケーション!

丸井まー(旧:まー)
BL
冒険者をしているプラシドは、とある触手モンスターをずっと探していた。ダンジョンのトラップに引っかかった結果、大好きな友達だった触手モンスターと再会する。 一途な美青年と触手のハートフルストーリー。 触手✕一途な美青年。 ※産卵します。 ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

食べて欲しいの

夏芽玉
BL
見世物小屋から誘拐された僕は、夜の森の中、フェンリルと呼ばれる大狼に捕まってしまう。 きっと、今から僕は食べられちゃうんだ。 だけど不思議と恐怖心はなく、むしろ彼に食べられたいと僕は願ってしまって…… Tectorum様主催、「夏だ!! 産卵!! 獣BL」企画参加作品です。 【大狼獣人】×【小鳥獣人】 他サイトにも掲載しています。

雄牛は淫らなミルクの放出をおねだりする

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

刑事は無様に育った胸のみでよがり狂わされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

男は悪趣味な台の上で破滅色の絶頂へと上り詰めさせられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

気絶したと思ったら闇落ち神様にお持ち帰りされていた

ミクリ21 (新)
BL
闇落ち神様に攫われた主人公の話。

処理中です...