婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ

文字の大きさ
1 / 12

だいたい十回目の婚約破棄

しおりを挟む
「ロゼ=ローラン。お前との婚約を破棄する!」
「はあ」
 
 私の口から、ものすごく間抜けな声が出た。
 今日で十七歳になる(元)婚約者の、誕生日パーティー。対する私は十六歳の頃から数えて八年目、だいたい十回目の婚約破棄だ。豪華絢爛な会場の真ん中で私を指さす彼の隣には、同じ年ごろの可憐なご令嬢がいる。
 なるほど、今回はこのパターンらしい。

「承知いたしました。お二人の行く末のご多幸を、陰ながらお祈りしております」
「は?」

 私はあっさり受け入れて、優雅なカーテシーを披露する。こればかりは長年社交界で白い目で見られ続けた私に、一日の長があった。

「ま、待って、ロゼ」
「ごきげんよう」

 なぜかうろたえる元婚約者を置いて、私は颯爽と踵を返す。視界の隅っこでは、勝ち誇った笑みを浮かべたあの令嬢が、元婚約者に抱き着いていた。

 七歳も年上の婚約者を異性として見ることができないのは、正直に言って分かるのだ。きっと同年代のかわいい女の子に、ちょっと目が眩んでしまったのだろう。それにそっちの方が、きっと彼のためだ。

 私は八年間も婚約破棄をされ続けている、いわくつきの女なのだから。

「出してちょうだい。ローラン伯爵家へ帰るわ」

 私は馬車に乗り込み、御者に告げた。私の度重なる破局劇に散々付き合わせられている彼はすっかり慣れたもので、返事も寄越さず馬の手綱を握る。
 年齢に見合わない派手なドレス、色の濃いアクセサリー。こんなものが似合う年齢は数年前に過ぎ去っているのに、似合う服は既婚者に見られるから着ることができない。なかなかにままならないわね、と私は窓の外をぼんやり見つめた。

「そうだわ、街の酒屋に寄ってちょうだい。婚約破棄記念よ」
「かしこまりました」

 十六歳の頃から、私の人生はいつもこうだ。
 最初は、相手方の領地問題がうまく解決できなかったから婚約がなくなった。こればかりは運が悪かったと周りも同情してくれたのだけど、そこからが本番だった。

 なぜか婚約相手がたびたび不幸に見舞われたり、不貞行為を働いたり、ちょっと言えないような不祥事を起こしたり、とにかく不都合なことがたくさんあったのだ。
 でも、結婚してからそういうことが発覚しなくてよかった。私は心の底から、自分は幸福だと思う。

 酒屋でいちばん高かった酒瓶を抱えて揺られるうちに、実家へと辿りついた。

「着きましたぜ、お嬢様」

 馬車の扉が開き、御者の手を借りて降りようとする。と、「リゼ!」と私を呼ぶ声がした。

「エドガー」

 私の三つ下の義弟が、黒髪を振り乱し、息を切らして駆け寄ってくる。まるでこいぬのように一生懸命走ってくるものだから、私も慌てて馬車から降りた。

「ロゼ、どうしたの? お土産まで持ってきて。こんなにはやく帰ってくるなんて。何かあったの?」

 赤い瞳を輝かせ、エドガーが私の手をそっと御者から引き取り、酒瓶を没収する。私はされるがままに腰を抱かれて、うふふと笑った。

「あら。お姉さまは、お父さまとお母さまと、あなたが恋しくて帰ってきたのよ」
「もしかして、また? 婚約破棄なんて、もう十一回目じゃないか!」

 私が冗談めかして言うと、さっとエドガーのかわいい顔が曇った。いけない、と彼の額に張り付いた髪を払ってやる。
 十歳でうちの養子に入ってから、ずっとずっとかわいがってきた愛しい弟だ。どうせ見るなら笑顔がいい。

「本当に何もないのよ。さあ、かわいい顔を私に見せてちょうだい」
「ロゼ、俺はもう二十一歳で――」

 エドガーが諭すように私に顔を近づけた瞬間、「ロゼ!」と、私を呼ぶ一組の男女の声がした。ぱっとそちらを向けば、お父さまとお母さまが、紳士淑女らしからぬはやさでこちらへ走ってくるところだ。
 お父さまより身体ひとつぶん早く私たちのもとへ駆けつけたお母さまが、私を抱きしめる。

「まあまあ、おかえりなさい。ロゼ、お腹は減っていないかしら? またお酒は飲みすぎてない?」
「大丈夫よ。こんなこともあろうかと、先にちゃんと食事をとっていたの。お酒はこれから、一緒に飲みましょう」

 冗談めかして言えば、まあ……と、お母さまの瞳が潤んでいく。お父さまはお母さまごと私を抱いて、「大変な思いをしたね」とさめざめと泣いた。

「今度こそ、いい子だと思ったんだがなあ。あの年にしては律儀で、お前への態度も悪くなかった。彼からは信頼されていたんだろう?」
「ええ。跡取りとしての重圧や友人関係や、いろいろなお悩みをお聞きしておりましたわ」
「なのに、こんなにあっさりと婚約をなかったことにするだなんて。分からないものね」

 いい年の大人が二人そろって、娘を抱きしめておいおいと泣く。私がかなりの回数の婚約破棄であまり心を病んでいないのは、この愛すべき暑苦しい両親とお酒のおかげだ。
 エドガーはそっと私を引き抜いて、その逞しい胸で抱きしめる。ふわりと香るパルファムの香りに、彼も随分と大人になったものだと目を閉じた。

「あんな見る目のない男のところに、ロゼが行かなくてよかった」

 そう言って、エドガーは私を撫でる。その手の熱くて大きいことに、どきんと心臓が跳ねた。ロゼ、と囁く声がなんだか甘くて、くらくらする。

「いけないわ! もう、私をからかっているのね」

 私は、強引にエドガーから離れた。彼はいたずらなところがあって、それからあまりにも私が大好きだ。だから、こんな恋人にするような真似を平気でする。
 エドガーは御者に酒瓶を渡し、「からかってなんかいないさ」と私をエスコートするように手を差し出した。それに甘えて手を乗せると、大事なものを触る切ない強さで握られる。

「俺は、ロゼを愛しているだけだよ」
「うん? ええ、私も愛しているわよ」

 それから、冗談めかして言ったのだ。

「あなたが婚約者だったら、喜んで結婚するのに。もちろん姉弟だからできないけど!」

 そしてエドガーはこう言った。

「もちろん、俺はあなたを愛し続けるからね。ありとあらゆる、合法的な方法で」

 なんだかずれている気がしないでもないけれど、賢い弟のことだから、何か考えがあるのだろう。

 そして二日後に、義弟は宰相代理になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

折角転生したのに、婚約者が好きすぎて困ります!

たぬきち25番
恋愛
ある日私は乙女ゲームのヒロインのライバル令嬢キャメロンとして転生していた。 なんと私は最推しのディラン王子の婚約者として転生したのだ!! 幸せすぎる~~~♡ たとえ振られる運命だとしてもディラン様の笑顔のためにライバル令嬢頑張ります!! ※主人公は婚約者が好きすぎる残念女子です。 ※気分転換に笑って頂けたら嬉しく思います。 短めのお話なので毎日更新 ※糖度高めなので胸やけにご注意下さい。 ※少しだけ塩分も含まれる箇所がございます。 《大変イチャイチャラブラブしてます!! 激甘、溺愛です!! お気を付け下さい!!》 ※他サイト様にも公開始めました!

語彙が少ない副団長の溺愛 〜婚約者なのにずっと現場モードです〜

春月もも
恋愛
私の婚約者は、近衛騎士団の副団長。 「下がれ」 「危険だ」 「俺の後ろ」 語彙は主にこの三つ。 街を歩けば警戒。 菓子を選んでも警戒。 なぜか婚約者にも警戒。 どうやら副団長様は、 恋愛でも現場感が抜けないらしい。 語彙が少ない騎士様と、 少しずつ距離が近づいていく婚約生活。 不器用すぎる副団長の、 過保護で静かな溺愛物語。

愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa
恋愛
今まで虐げられ続けて育ち、愛を忘れてしまった男爵令嬢のミレー。 彼女の義妹・アリサは、社交パーティーで出会ったオリヴァーという公爵家の息子に魅了され、ミレーという義姉がいることを一層よく思わないようになる。 そこでミレーを暴漢に襲わせ、あわよくば亡き者にしようと企んでいたが、それを下町に住むグランという青年に助けられ失敗し、ミレーはグランの家で保護され、そのまま一緒に暮らすようになる。 そしてそのグランこそがアリサが結婚を望んだオリヴァーであり、ミレーと婚約することになる男性だった。 やがてグランが実は公爵家の人間であったと知ったミレーは、公爵家でオリヴァーの婚約者として暮らすことになる。 だが、ミレーを虐げ傷つけてきたアリサたちを許しはしないと、オリヴァーは密かに仕返しを目論んでいた。 ※アリサは最後痛い目を見るので、アリサのファンは閲覧をオススメしません。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...