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13. 生活能力皆無の漫画家、担当編集と買い物に行く
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僕は休日の電車に揺られて、佐原さんとの待ち合わせ場所に向かっていた。
指定されたのは、大きな駅だ。電車に乗っていることを報告すると、何線で来るのか尋ねられる。
それに答えると、「わかりました」と端的な返事があった。
電車で降りて、裸のICカードで改札にタッチして出る。忘れないうちに立ち止まって、財布へしまった。
「野木先生!」
声をかけられて振り向くと、佐原さんが手を振っていた。当たり前だけどスーツ姿じゃない。なぜか胸がどきりと跳ねた。
「ごめんね、待たせちゃった?」
駆け寄って尋ねる。なんだこのデートみたいなやり取りは。
佐原さんは「全然」と笑って、手を差し出した。
「行きましょう」
僕はフリーズして、佐原さんを見上げた。
佐原さんはぎくりと固まって、差し出した手を引っ込める。
「すみません。なんでもないです」
そう言って、彼は歩きはじめた。僕も慌てて彼の後を追う。
今日行くお店は、駅ビルに入っているらしい。てっきりドラッグストアに行くものだと思っていたから驚いたけど、佐原さんは他にも買いたいものがあるんだとか。
「俺の買い物のついでです」
そんなことを言いながら、流れるような手つきでお茶のペットボトルが差し出される。僕は恐縮しながらそれを受け取って、封を切った。
駅ビルに入って、エスカレーターで階をあがっていく。
雑貨屋の入っている階で降りて、僕はシャンプーのコーナーにやってきた。
佐原さんは迷いのない足取りで、きらびやかな場所を歩く。僕みたいな陰の者にはまぶしすぎる。
なんとかついていくと、佐原さんが一本のボトルを差し出してきた。
「先生。これとかどうですか?」
よく分からないまま、「うん」とうなずく。佐原さんはカゴにそのボトルと、もう一本を放り込んだ。
「せっかくですし、入浴剤も買いますか?」
その提案に僕は首を傾げた。
「にゅうよくざい? なんで?」
「あったほうが気持ちいいですよ」
そういうものか。僕はまたうなずいて、佐原さんの後に続いた。
入浴剤コーナーには、また目眩がしそうなくらいたくさんの商品が並んでいた。
僕が怯んでいる間に、佐原さんは商品をじっくり吟味していく。
「これの香り、マリンノートなんですって」
サンプルを嗅がせてもらうと、爽やかでいい香りだ。佐原さんは僕の表情を見つめた後、「これにしましょう」とカゴにどんどん放り込んでいく。
そんなに買っても使うだろうか。というか、いくら僕の財布だからって、こんなに買うだろうか。
訝しんでいる間に、佐原さんはレジの列に並んでいった。僕も後をついていく。
しばらく無言でいたけど、列の前に値引き品コーナーがあった。今年の四月始まりの手帳が四割引になっていて、はっとする。
予定管理といえば手帳だ。これを買えば、少しは僕のずぼらもマシになるんじゃないか……。
そんなことを考えながら、一冊そっとカゴに入れる。佐原さんは何も言わなかった。
会計の順番が回ってきた。店員さんが品物をレジに通している間に、僕はもたもたと財布を取り出す。
「すみません、クレジットカードでお願いします」
脇からすっと佐原さんがカードを差し出す。僕は愕然として、佐原さんを見上げた。
そのまま会計は進んで、佐原さんがエコバッグに品物を詰める。僕はあぜんとして、しばらく言葉が出なかった。
エスカレーターを降りて、駅ビルから駅の構内に入る。
そこになってやっと、「佐原さん」と口が動いた。
「お、お金……何円でしたか?」
「いいです。別に」
佐原さんは素っ気なく言って、僕に袋を押し付ける。僕は「ええ」とうめいて、それを受け取った。
「でも……」
「じゃあ今度、いいコーヒーでも飲ませてください」
佐原さんはにこりと微笑んで、僕から離れた。
僕はうなずいて、小さく手を振る。
「ありがとう。またね」
そして逃げるように踵を返して、改札へと飛び込んでいった。
佐原さんは、どう思っただろう。
こんなのはよくないと思う。日用品を買いに、仕事相手の編集さんについてきてもらって、お金も出してもらうなんて。
なのに僕は――どうしようもなく、うれしかった。
僕なんかのためにここまでしてくれて、うれしかった。
望まれた大学へ行けなかっただけで軽蔑してきた家族より、漫画が好きだというだけで罵ってきた家族より、佐原さんの方がずっと恋しい。
だけどこんなのはダメだ。佐原さんへの負担が大きすぎる。
どうして僕なんかのために、ここまでしてくれるんだろう?
僕は電車の中で、目元を手首で押さえた。
そうでもしないと、泣いてしまいそうだった。怖くて、嬉しくて、心の中はぐちゃぐちゃだ。
とにかく僕は、ちゃんとした人間になりたい。
そうでもなければ、佐原さんに申し訳ない。
佐原さんに迷惑をかけたくない。それで対等な関係になりたい。
今は全然対等なんかじゃない。このままだと、いずれ破綻してしまう。
それに僕たちが対等な関係になったら、きっともっと、お互いを認められると思う。
だからまずは、予定管理からだ。
僕はエコバッグの持ち手を、ぎゅっと握りしめた。
指定されたのは、大きな駅だ。電車に乗っていることを報告すると、何線で来るのか尋ねられる。
それに答えると、「わかりました」と端的な返事があった。
電車で降りて、裸のICカードで改札にタッチして出る。忘れないうちに立ち止まって、財布へしまった。
「野木先生!」
声をかけられて振り向くと、佐原さんが手を振っていた。当たり前だけどスーツ姿じゃない。なぜか胸がどきりと跳ねた。
「ごめんね、待たせちゃった?」
駆け寄って尋ねる。なんだこのデートみたいなやり取りは。
佐原さんは「全然」と笑って、手を差し出した。
「行きましょう」
僕はフリーズして、佐原さんを見上げた。
佐原さんはぎくりと固まって、差し出した手を引っ込める。
「すみません。なんでもないです」
そう言って、彼は歩きはじめた。僕も慌てて彼の後を追う。
今日行くお店は、駅ビルに入っているらしい。てっきりドラッグストアに行くものだと思っていたから驚いたけど、佐原さんは他にも買いたいものがあるんだとか。
「俺の買い物のついでです」
そんなことを言いながら、流れるような手つきでお茶のペットボトルが差し出される。僕は恐縮しながらそれを受け取って、封を切った。
駅ビルに入って、エスカレーターで階をあがっていく。
雑貨屋の入っている階で降りて、僕はシャンプーのコーナーにやってきた。
佐原さんは迷いのない足取りで、きらびやかな場所を歩く。僕みたいな陰の者にはまぶしすぎる。
なんとかついていくと、佐原さんが一本のボトルを差し出してきた。
「先生。これとかどうですか?」
よく分からないまま、「うん」とうなずく。佐原さんはカゴにそのボトルと、もう一本を放り込んだ。
「せっかくですし、入浴剤も買いますか?」
その提案に僕は首を傾げた。
「にゅうよくざい? なんで?」
「あったほうが気持ちいいですよ」
そういうものか。僕はまたうなずいて、佐原さんの後に続いた。
入浴剤コーナーには、また目眩がしそうなくらいたくさんの商品が並んでいた。
僕が怯んでいる間に、佐原さんは商品をじっくり吟味していく。
「これの香り、マリンノートなんですって」
サンプルを嗅がせてもらうと、爽やかでいい香りだ。佐原さんは僕の表情を見つめた後、「これにしましょう」とカゴにどんどん放り込んでいく。
そんなに買っても使うだろうか。というか、いくら僕の財布だからって、こんなに買うだろうか。
訝しんでいる間に、佐原さんはレジの列に並んでいった。僕も後をついていく。
しばらく無言でいたけど、列の前に値引き品コーナーがあった。今年の四月始まりの手帳が四割引になっていて、はっとする。
予定管理といえば手帳だ。これを買えば、少しは僕のずぼらもマシになるんじゃないか……。
そんなことを考えながら、一冊そっとカゴに入れる。佐原さんは何も言わなかった。
会計の順番が回ってきた。店員さんが品物をレジに通している間に、僕はもたもたと財布を取り出す。
「すみません、クレジットカードでお願いします」
脇からすっと佐原さんがカードを差し出す。僕は愕然として、佐原さんを見上げた。
そのまま会計は進んで、佐原さんがエコバッグに品物を詰める。僕はあぜんとして、しばらく言葉が出なかった。
エスカレーターを降りて、駅ビルから駅の構内に入る。
そこになってやっと、「佐原さん」と口が動いた。
「お、お金……何円でしたか?」
「いいです。別に」
佐原さんは素っ気なく言って、僕に袋を押し付ける。僕は「ええ」とうめいて、それを受け取った。
「でも……」
「じゃあ今度、いいコーヒーでも飲ませてください」
佐原さんはにこりと微笑んで、僕から離れた。
僕はうなずいて、小さく手を振る。
「ありがとう。またね」
そして逃げるように踵を返して、改札へと飛び込んでいった。
佐原さんは、どう思っただろう。
こんなのはよくないと思う。日用品を買いに、仕事相手の編集さんについてきてもらって、お金も出してもらうなんて。
なのに僕は――どうしようもなく、うれしかった。
僕なんかのためにここまでしてくれて、うれしかった。
望まれた大学へ行けなかっただけで軽蔑してきた家族より、漫画が好きだというだけで罵ってきた家族より、佐原さんの方がずっと恋しい。
だけどこんなのはダメだ。佐原さんへの負担が大きすぎる。
どうして僕なんかのために、ここまでしてくれるんだろう?
僕は電車の中で、目元を手首で押さえた。
そうでもしないと、泣いてしまいそうだった。怖くて、嬉しくて、心の中はぐちゃぐちゃだ。
とにかく僕は、ちゃんとした人間になりたい。
そうでもなければ、佐原さんに申し訳ない。
佐原さんに迷惑をかけたくない。それで対等な関係になりたい。
今は全然対等なんかじゃない。このままだと、いずれ破綻してしまう。
それに僕たちが対等な関係になったら、きっともっと、お互いを認められると思う。
だからまずは、予定管理からだ。
僕はエコバッグの持ち手を、ぎゅっと握りしめた。
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