【本編完結】生活能力皆無の漫画家、お世話係の遊び人編集者をうっかり沼らせてしまう

鳥羽ミワ

文字の大きさ
15 / 26

15. 生活能力皆無の漫画家と担当編集の雑談

しおりを挟む
 これはやったかもしれない、と考えながらコーヒーを淹れている。

 佐原さんが来るのを見越してコーヒーを淹れる。そして佐原さんは時間通りにやってきて、僕の淹れた熱々のコーヒーを飲む。そして「ありがとう」とお礼を言ってくれる。

 ここ一ヶ月くらい、僕は佐原さんの訪問予定をきちんと思い出して、ちゃんと出迎えられている。
 つまり予定管理ができるようになってきたってことだ。

 佐原さんはといえば、最近表情が暗い。
 ときどき思い詰めたような表情で僕を見る。
 だけど最近は、僕が家のことをやっても、「やらなくてもいい」と言わなくなった。物言いたげにはしているけれど、止めはしない。

 気づけば季節は冬になっていた。佐原さんが担当になってから、だいたい一年だ。

「年末はどうするんですか?」

 佐原さんとコーヒーを飲んでいたら、そういえばという軽い口調で尋ねられる。僕は「そうだね」と首を傾げた。

「ずっとここで仕事かな。年越しのイラストも、SNSにあげたいし」
「ご実家には帰らないんですか?」

 踏み込んだことを尋ねられて、びっくりした。僕の顔を見て、佐原さんが少しだけ顔を曇らせる。

「……帰らないよ」

 咄嗟に言葉が口をついていた。微笑んで、気にしていないと首を横に振る。


「佐原さんは?」
「実は俺も、帰省しないでこっちにいようかと。ひとりで」
「ひとりで?」

 またびっくりして声を上げると、佐原さんは「はい」と頷く。

「まあ、遠いですし。実家は愛知で」
「名古屋なの?」
「いえ、名古屋じゃなくて……」

 佐原さんはそこまで言って、気まずそうに目を逸らした。

「すみません。神奈川出身と横浜出身みたいなやつです」
「あ、なるほど」

 そういえば、佐原さんから個人的な話を聞くのは初めてな気がする。僕は少しの期待を込めて、佐原さんに尋ねた。

「どういうとこなの?」

 佐原さんは目を瞬かせて、「あ」と呟いた。

「そうですね……」

 それから、ぽつりぽつりと地元の話をしてくれた。
 車がないとどこにも行けないこと。電車は一時間に四本で、バスは一時間に二本。
 田舎の中では栄えている方で、高校時代は電車通学だったこと。

「その電車が半年に一回、鹿や猪を跳ねて止まるんです」
「鹿や猪を!?」

 僕は驚いて、声を上げて笑った。こんなにかっこいい人にも高校時代があって、通学に使う電車が野生動物を跳ねるような田舎から来る。
 それが無性におかしかった。

「五センチの積雪でも止まります」

 佐原さんは薄く笑って、さらに続けた。僕はけらけら笑って「そっか」と呟く。

「僕はこっちの出身だから、そんなに面白い話はないなぁ」

 いい思い出もあまりない。佐原さんはコーヒーを口に含んで、僕を上目遣いに見た。

「……もっとしましょうか? 地元の話」
「うん。聞きたい」

 僕のリクエストに応えて、佐原さんはいろんな話をしてくれた。
 学生時代はハンドボール部だったこと。地元ではハンドボールがメジャーなスポーツで、部活は結構厳しかったこと。
 でも本当は、美術部に入りたかったこと。

 お世話を一年されてきて、初めて知ることばかりだった。

「ありがとう、佐原さん」

 思わず漏れたお礼に、佐原さんは「え?」と首を傾げた。
 僕は照れ臭くてはにかみながら、「ありがとう」と続ける。

「面白かったから」

 佐原さんは、ぽかんと僕を見つめていた。その顔がじわじわと赤くなって、うつむいていく。

「……よかったです」

 それきり、僕たちは黙り込んだ。なぜだか僕まで身体が熱くなって、佐原さんを見ていられなくなる。

「そ、そういえば、佐原さんは帰省しないんだよね」
「は、はい」

 どもりながら声を上げると、佐原さんもどもった。
 僕は「その」と言葉を選びながら、佐原さんを見つめる。

「……よかったら、一緒に忘年会しない?」
「は、い。ふたり、で?」

 佐原さんの言葉に、僕は一瞬固まった。
 だけどすぐに我に返って、大きくうなずく。

「うん。ふたりで」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

「大人扱いしていい?」〜純情当主、執務室で策士な従兄の『相性確認』にハメられる〜

中山(ほ)
BL
「ルイン、少し口開けてみて」 仕事終わりの静かな執務室。 差し入れの食事と、ポーションの瓶。 信頼していた従兄のトロンに誘われるまま、 ルインは「大人の相性確認」を始めることになる。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

30歳の誕生日、親友にプロポーズされました。

BL
 同性婚が認められて10年。世間では同性愛に対する偏見は少なくなってきた。でも結婚自体、俺には関係ないけど…  缶ビール片手に心を許せる親友と一緒に過ごせればそれだけで俺は満たされる。こんな日々がずっと続いてほしい、そう思っていた。  30歳の誕生日、俺は親友のガンちゃんにプロポーズをされた。  「樹、俺と結婚してほしい」  「樹のことがずっと好きだった」  俺たちは親友だったはずだろ。結婚に興味のない俺は最初は断るがお試しで結婚生活をしてみないかと提案されて…!?  立花樹 (30) 受け 会社員  岩井充 (ガンちゃん)(30) 攻め   小説家

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。 挿絵をchat gptに作成してもらいました(*'▽'*)

『定時後の偶然が多すぎる』

こさ
BL
定時後に残業をするたび、 なぜか必ず同じ上司が、同じフロアに残っている。 仕事ができて、無口で、社内でも一目置かれている存在。 必要以上に踏み込まず、距離を保つ人―― それが、彼の上司だった。 ただの偶然。 そう思っていたはずなのに、 声をかけられる回数が増え、 視線が重なる時間が長くなっていく。 「無理はするな」 それだけの言葉に、胸がざわつく理由を、 彼自身はまだ知らない。 これは、 気づかないふりをする上司と、 勘違いだと思い込もうとする部下が、 少しずつ“偶然”を積み重ねていく話。 静かで、逃げ場のない溺愛が、 定時後から始まる。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

処理中です...