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前々から決まっていた婚約者から、発情期が来ないことを理由に婚約破棄された時、僕は父から「出来損ないのオメガ」と罵られた。仕方ないだろう、二十五年生きてきて来ないものは。
亡くした母親譲りの金色の猫っ毛と青い瞳は、どうやらそれなりに魅力的に見えるらしい。だけど肝心の生殖能力とやらがないと、オメガとしての「市場価値」は下がるのだとか。
しばらく経って、新しく婚約の申し込みがあったと知らされる時も、また「出来損ない」と罵られた。
「出来損ないのくせに。ウィリアム、お前のような発情もできないオメガが王弟殿下を引っ掛けるだなんて、どんな手を使ったんだ? 母親譲りの卑しい血がなせる業か?」
使用人だった卑しい僕の母親の誘惑に負けた男(つまり、僕の父親)は、王家の傍流に当たる公爵家当主。なお我が家はその父の散財や事業の失敗がかさんで、財政が斜め三十度くらいに傾いている。私生児の僕なんかを引き取って、政略結婚の駒にして、要人とのコネを作りたがるくらいには。
こんな人に何を言われたとしても、あんまり響かない。僕は薄目を開けて、にこりと微笑んだ。父は不気味なものを見る目つきで、僕をにらむ。
「セドリック殿下もなぜ、こんな生殖能力のない出来損ないを望まれたのか。まったく度し難い」
そこには、まったく同感だ。
僕はオメガとしてそれなりの年月を生きてきて、一度も発情期が来たことがない。普通は思春期の頃に来るはずなのに。
もしかしてベータなのでは、と何度も医師の診察を受けたけど、変わらずオメガと診断された。おかげで父は、僕を「オメガ」という都合のいい駒として扱う当てが外れた。今は、僕を持て余しているみたいだ。
婚約を申し入れてきたセドリックは、僕の年上の幼馴染で、アルファ。物腰柔らかで、王弟という立場を鼻にかけず、僕みたいなのにも穏やかな態度で接してくれる人格者だ。
ついでに頭が良くて、相当な剣の使い手で、かっこよくて、非の打ちどころのない美丈夫。
どうしてそんな完璧な男が、僕なんかに結婚を申し込んでいるのか。
僕にもさっぱり分からないので手紙で問いただしても、「本当に分からないのか?」という返事しか来なかった。分からないから聞いている、と返信すると、次は花束と一緒に手紙が送られてきた。
文面を確認すると、月並みな口説き文句が書いてある。僕が綺麗だとか、愛おしいだとか、俺の子猫だとか、かわいいだとか。
セドリックには妙な癖があって、僕に対して口説くみたいに接することがあるのだ。まったく、困った人だ。僕なんか口説いたところで、何にもならないのに。
呆れながら、手紙を丁寧に畳んで、便箋に入れなおした。机の引き出しにある、手紙入れにしている箱へそっとしまう。
こうなったら、直接問いただそう。僕は諦めて、結婚式を待った。
そしてとうとうやってきた今日という日は、清々しいくらいの秋晴れだった。僕はヴェール越しに、ちらりと隣の「旦那様」を見上げる。
セドリックは僕の視線に気づいたのか、僕へ顔を寄せてきた。緑の瞳をやわらかく細めて、「今日も綺麗だ」と囁く。また口説くみたいなことを言って、本当に困った人だ。
そんなこと言ったら、ゆるくウェーブのかかった黒髪を後ろへ撫でつけて、彫りの深い顔立ちを晒しているセドリックの方が綺麗なのに。仕立てのいい礼服は彼の優れた体格を引き立てて、より頼もしく、かっこよく見せている。
僕はセドリックへ、改めてめろめろになってしまった。
実のところ、僕は昔からずっと、セドリックのことが好きだ。僕は単純だから、優しくしてくれる彼が好きなんだ。それにかっこいいし、強いし、その上で口説き文句みたいなことを言われたら、好きにならない方が難しいと思う。
俯いて、ぼそぼそ「セドリック殿下の方が……」と呟いた。セドリックは「ん?」と優しく首を傾げる。僕は彼の腕に置いた手の指に力を込めて、「なんでもないです」とつんと前を向いた。
「なんだ。気になるな」
からかうような声色が優しくて、ちょっと苦しい。
そして僕たちは、祭壇の前で足を止める。結婚にまつわる説教を聞いて、愛の誓いを交わす。
誓いのキスの感触は、緊張しすぎていて、よく覚えていない。
だけどその後、わっと会場が盛り上がって、祝福の拍手が巻き起こった。ほっと息を吐いて周りを見渡せば、ひそひそと何事か囁いている人たちも目に入る。
僕に、発情期が来ないことを、噂しているんだろうか。
目を伏せると、「ウィリアム」と名前を呼ばれた。顔を上げると、ちゅ、と頬骨の辺りへ唇が落とされる。
「で、殿下」
思わずぱっとそっぽを向いた。からかうみたいに、セドリックが指の背で唇の端を擦った。
「頬が赤いぞ」
うりうりと頬を撫でられて、たまらない。照れ隠しに、できるだけ陰湿な目つきでにらみあげる。セドリックは全然こたえた様子もなく、「子猫みたいでかわいいな」とまた僕の頬へキスをした。
亡くした母親譲りの金色の猫っ毛と青い瞳は、どうやらそれなりに魅力的に見えるらしい。だけど肝心の生殖能力とやらがないと、オメガとしての「市場価値」は下がるのだとか。
しばらく経って、新しく婚約の申し込みがあったと知らされる時も、また「出来損ない」と罵られた。
「出来損ないのくせに。ウィリアム、お前のような発情もできないオメガが王弟殿下を引っ掛けるだなんて、どんな手を使ったんだ? 母親譲りの卑しい血がなせる業か?」
使用人だった卑しい僕の母親の誘惑に負けた男(つまり、僕の父親)は、王家の傍流に当たる公爵家当主。なお我が家はその父の散財や事業の失敗がかさんで、財政が斜め三十度くらいに傾いている。私生児の僕なんかを引き取って、政略結婚の駒にして、要人とのコネを作りたがるくらいには。
こんな人に何を言われたとしても、あんまり響かない。僕は薄目を開けて、にこりと微笑んだ。父は不気味なものを見る目つきで、僕をにらむ。
「セドリック殿下もなぜ、こんな生殖能力のない出来損ないを望まれたのか。まったく度し難い」
そこには、まったく同感だ。
僕はオメガとしてそれなりの年月を生きてきて、一度も発情期が来たことがない。普通は思春期の頃に来るはずなのに。
もしかしてベータなのでは、と何度も医師の診察を受けたけど、変わらずオメガと診断された。おかげで父は、僕を「オメガ」という都合のいい駒として扱う当てが外れた。今は、僕を持て余しているみたいだ。
婚約を申し入れてきたセドリックは、僕の年上の幼馴染で、アルファ。物腰柔らかで、王弟という立場を鼻にかけず、僕みたいなのにも穏やかな態度で接してくれる人格者だ。
ついでに頭が良くて、相当な剣の使い手で、かっこよくて、非の打ちどころのない美丈夫。
どうしてそんな完璧な男が、僕なんかに結婚を申し込んでいるのか。
僕にもさっぱり分からないので手紙で問いただしても、「本当に分からないのか?」という返事しか来なかった。分からないから聞いている、と返信すると、次は花束と一緒に手紙が送られてきた。
文面を確認すると、月並みな口説き文句が書いてある。僕が綺麗だとか、愛おしいだとか、俺の子猫だとか、かわいいだとか。
セドリックには妙な癖があって、僕に対して口説くみたいに接することがあるのだ。まったく、困った人だ。僕なんか口説いたところで、何にもならないのに。
呆れながら、手紙を丁寧に畳んで、便箋に入れなおした。机の引き出しにある、手紙入れにしている箱へそっとしまう。
こうなったら、直接問いただそう。僕は諦めて、結婚式を待った。
そしてとうとうやってきた今日という日は、清々しいくらいの秋晴れだった。僕はヴェール越しに、ちらりと隣の「旦那様」を見上げる。
セドリックは僕の視線に気づいたのか、僕へ顔を寄せてきた。緑の瞳をやわらかく細めて、「今日も綺麗だ」と囁く。また口説くみたいなことを言って、本当に困った人だ。
そんなこと言ったら、ゆるくウェーブのかかった黒髪を後ろへ撫でつけて、彫りの深い顔立ちを晒しているセドリックの方が綺麗なのに。仕立てのいい礼服は彼の優れた体格を引き立てて、より頼もしく、かっこよく見せている。
僕はセドリックへ、改めてめろめろになってしまった。
実のところ、僕は昔からずっと、セドリックのことが好きだ。僕は単純だから、優しくしてくれる彼が好きなんだ。それにかっこいいし、強いし、その上で口説き文句みたいなことを言われたら、好きにならない方が難しいと思う。
俯いて、ぼそぼそ「セドリック殿下の方が……」と呟いた。セドリックは「ん?」と優しく首を傾げる。僕は彼の腕に置いた手の指に力を込めて、「なんでもないです」とつんと前を向いた。
「なんだ。気になるな」
からかうような声色が優しくて、ちょっと苦しい。
そして僕たちは、祭壇の前で足を止める。結婚にまつわる説教を聞いて、愛の誓いを交わす。
誓いのキスの感触は、緊張しすぎていて、よく覚えていない。
だけどその後、わっと会場が盛り上がって、祝福の拍手が巻き起こった。ほっと息を吐いて周りを見渡せば、ひそひそと何事か囁いている人たちも目に入る。
僕に、発情期が来ないことを、噂しているんだろうか。
目を伏せると、「ウィリアム」と名前を呼ばれた。顔を上げると、ちゅ、と頬骨の辺りへ唇が落とされる。
「で、殿下」
思わずぱっとそっぽを向いた。からかうみたいに、セドリックが指の背で唇の端を擦った。
「頬が赤いぞ」
うりうりと頬を撫でられて、たまらない。照れ隠しに、できるだけ陰湿な目つきでにらみあげる。セドリックは全然こたえた様子もなく、「子猫みたいでかわいいな」とまた僕の頬へキスをした。
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