「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜

鳥羽ミワ

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 そこからお屋敷に戻って、僕は新婚夫婦の寝室にいた。身体もとっくに清められて、ほかほかだ。つまり初夜が行われるのだと、このお屋敷のみんなが期待しているんだろう。
 セドリックは、まだ来ていない。一人の寝室で、ひとり、広いベッドへ寝転んでいる。さらさらの絹の寝巻きの肌触りは抜群だ。こんなの、着たことない。帯を指でいじりながら、ぼんやり天井を見上げる。
 はっきり言って、憂鬱だった。
 この身体は、一度も発情期に入ったことがない。こんな身体じゃ、セドリックと番にもなれないだろう。子どもができないことを理由に、すぐ離縁されるかも。
 いや、逆に、それでよかったのかもしれない。なんでセドリックが僕なんかを娶ったのかは分からないけど、どうせ、僕は出来損ないのオメガだ。
 いつものように自分を卑下してみて、悲しんでいる自分に気づいた。
 そうだ。僕は、悲しい。本当は政略結婚の駒になんかなりたくなかった。母さんと貧しい二人暮らしでいた方が幸せだったのに、あの父親に連れ戻されて。挙げ句の果てに、母さんは父の番……正妻からの酷い折檻を受けて、亡くなってしまった。そのつらさを引き受ける間もなく、僕は「良家の子女」としての教育を詰め込まれた。
 前の婚約者は歳の離れた中年オヤジで、目つきがいやらしくて、きらいだった。そんな中で婚約が破談になって嬉しかったはずだ。
 セドリックが結婚を申し込んでくれて、もっと嬉しかった。なのにどうせダメだろうと、もう諦めている。
 自覚すると、もっと悲しくなってきた。涙を隠すために、枕へ顔を押し付ける。幸せなはずなのに、もうどうせダメになるのに、と悲しんでいるのが申し訳ない。
 泣いているうちに、得体の知れない苦しさまで込み上げてきた。ますます涙が止まらない。こんな顔、花嫁がするべきじゃないのに。
 なんとか泣き止もうと息を止めても、涙が止まらない。止めなければ。必死で枕を抱きしめる。
 不意に身体が持ち上げられた。枕は上へと引っ張られて、取り上げられる。
 ころりと仰向けにされて、セドリックと目が合った。

「ウィリアム。どうしたんだ」

 セドリックは、気遣わしげな顔でこちらを見ていた。僕の目元に指が這って、そのひたりと吸い付くような感触で、肌が濡れていると分かった。

「泣いていたのか」

 目尻を撫でられる。
 そしてセドリックはくしゃりと顔を歪めて、苦しそうに笑った。

「……お前にとって、この結婚が意に沿わないものだということは、分かっている」
「ううん。そんなことない」

 敬語を使わなくてはいけないのに、上手く言葉が出てこない。
 たしかに、この結婚は僕が望んだものではない。だけどこれまでと比べれば、格段によかった。

「セドリック殿下」

 名前を呼ぶと、彼の緑の瞳が、真っ直ぐ僕を見据えた。僕は彼の手を取って、唇を噛んだ。
 ためらって、彼の顔を目だけで見上げる。その視線が、まるで逃げることを許さないように鋭いから、観念して口を開いた。

「……どうして、僕と結婚なさったんですか」

 結局、直接的な物言いになってしまった。セドリックは訝しげな表情で、「言っただろう」と僕の顔を覗き込んできた。

「お前が愛おしいからだ。その美しい髪や瞳を思うだけで、俺の胸は高鳴り、世界が明るくなる」
「そんなあいさつみたいな御託はいいんです。本当は何を考えているんですか」

 不安で仕方ないとはいえ、あまりにも歯に衣着せぬ物言いだった。はっと我に帰って、「申し訳ありません」と俯く。さっきのは、いくら親しい相手と言っても、ない。
 身体が震える。セドリックの大きな手が、僕の肩に触れた。そのままセドリックは、穏やかにそこを撫でさすって、「ウィリアム」と囁きかける。

「俺の心からの言葉を、どうして受け取ってくれない?」

 ぱっと顔を上げると、セドリックは、額を合わせた。薄い皮膚を隔てて、こつんと、彼の骨を感じる。
 気づくと「だって」と、言い訳じみた声が口をついていた。

「僕なんか口説いても、仕方ないでしょう」

 本当は、全部嬉しかった。
 口説き文句ひとつひとつにときめいていたし、その言葉の甘さに喜んでいた。
 でも僕なんか口説いたところで、何の意味もない。僕は政略結婚の駒だ。たとえ「出来損ない」だったとしても、僕は婚姻という仕組みのために使われるはずだった。
 セドリックと、どうにかなれるはずもなかった。

「本音を申せば、残酷だと思っていました。僕は父の言う通り、婚姻のための道具です。なのにそんな、甘い言葉をかけるだなんて、無意味なことを……」

 言葉を切る。その一瞬の間に、僕はセドリックに抱きしめられていた。
 たくましい腕が、ぎゅうぎゅうと僕を締め付ける。その温かさと苦しさに、またほろりと涙がこぼれた。
 セドリックは「ウィリアム」と、僕を呼ぶ。大きな掌が頭を撫でて、僕はうっとり目を閉じた。

「だとしても、俺の言葉は信用してくれ。俺は本当に、その……お前を愛しく思っているんだ」
「その『愛しく』って、なんなんですか。難しい言葉はピンと来ません」

 噛み付く声は鼻がかっていたし、なんだか甘えたな口調になってしまった。僕はますますみじめになって、セドリックへしがみつく。
 セドリックはしばらく唸って、「すまん」と僕の背中を叩いた。

「す、好きだ。好き、なんだ」

 ぎこちない言葉に、ぱっと顔をあげる。セドリックは唇を噛んで、悔しそうな表情で、でも耳まで真っ赤だった。

「お前がずっと、好きだ。そう伝えているつもり、だったんだが……」

 苦笑いするセドリックに、たまらなくなった。飛びついて、僕からキスをする。
 今度は、セドリックの唇のかさついた感触が、よく分かった。

「僕も。僕も、好きです」

 また、涙があふれる。目を閉じると、温かくてやわらかいものが頬を擦った。唇だろうか。
 目を開けると、セドリックが困った顔で笑っていた。

「……分かってくれたか?」
「はい。十分に」

 そしてまた、僕たちはキスをした。お互いの唇を食み、身体の内側の熱を感じ合った。
 セドリックが、僕の寝巻きの帯に手をかける。するりと音を立てて引き抜かれると、はらりと前が開いた。そして肩に引っかかった布も取り払われる。
 そして裸になった僕の身体を、セドリックがそっと押した。ベッドの上で、僕の身体がやわらかく弾む。
 そしてセドリックが、僕に覆い被さって、顔を覗き込んだ。

「いやか?」

 まったく、意地悪な人だ。僕は腕を伸ばして、セドリックの首の裏で指を組んだ。そして引き寄せて、「ずるい」と囁く。

「僕を脱がせたのに、どうしてあなたは服を着ているんですか?」
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