8 / 38
第八話 訪問者
しおりを挟む
その日は結局、父だけでなく二人の兄も深夜まで戻らず、母と二人きりの夕餉になった。
恐らく、思った以上の大仕事だったのだろう。翌朝になっても、彼らは眠り続けて自室から出てこず、晴人はすでに朝食を済ませた母親の世間話を適当に聞き流しながら、大きな居間で一人、味噌汁とご飯と焼き魚を黙々と咀嚼し続けた。
百八は、もちろん離れに閉じ込めたままだ。閉じ込めているといっても、彼がその気になれば一瞬で抜け出せるだろうが、晴人と誓約を交わした手前、百八もそう好き勝手はできないはずだと、彼は踏んでいた。それに——
——昨夜はあんなことまでさせたんだ…当分大人しくしてくれるだろう…
そう考えた瞬間、晴人の脳裏に「昨日百八としたこと」の詳細が浮かび上がりそうになり、思わず首を大きく横に振る。昨夜感じた快楽の名残が蘇り、思わず体が落ち着かなくなる。
——いや、あれは決して俺の意志なんかじゃない。きっと、あいつが「淫」の属性を持つ式神だからだ。
「どうしたの急に?」
隣で朝のニュースを見ていた母親が、目を丸くしてこちらへ視線をやる。
「な、何でもないよ…ちょっと味噌汁でむせそうになって」
「気をつけなさいよ、朝ご飯はゆっくり落ち着いて食べないと。あ、このニュース、ほらあんたの通ってる大学の近くじゃない?」
そう言われ、ぎくりとしながらテレビの画面を見ると、案の定、そこには昨日晴人がもののけと遭遇した路地裏が映し出されていた。
「…警察が到着した際、すでにもののけの遺骸は消失していましたが、周囲の状況や、近隣住民の証言から、連続して人間を襲っていたもののけは祓われたものと見て、陰陽庁は厳重警戒を解除しました…」
アナウンサーが、淡々とニュース原稿を読み上げる中、あのもののけの放っていた黒い瘴気を思い出し、皮膚が粟立つ。
「まあ良かった、母さん何気に心配してたのよ。あんた丸腰で、ろくに陰陽術も身につけてないから——」
晴人は、食事に集中しているふりをして目を伏せながら、「そうだね、俺も安心したよ」とだけ返事を返し、味噌汁の最後の一口を飲み干した。
***
「おい、戻ったぞ」
朝食を済ませた後、大学に向かう準備をするために離れへ向かうと、そこには愛らしい三毛猫の姿になった式神がいた。
「にゃあ」
彼の正体——筋骨隆々の青年——とのギャップに、いささかの萌えを感じながらも、晴人は無表情を装い、髪を整え、淡々と着替えを済ませる。
リュックを背負う段階になって、ようやく彼はあることに思い当たり、ベッドの上で伸びをしている式神に向かって尋ねた。
「なあ百八、俺はこれから学校に行くけど、お前はどうする?さすがに大学には連れて行けないから、もしこの部屋にいるなら大人しくしといてもらう必要があるけど…」
「心配はいらない」
三毛猫型のまま人語を喋られると、何だか妙な気分になる。
「すでに誓約の証はお前の体内に根付いた。お前がどこにいても、俺はいつでもお前のそばにいる。何かあれば、俺の名を呼べ。そうしたらすぐに、俺はお前の元へいく」
「へえ…随分ありがたい話」
晴人がそう言うと、百八はぎらりと瞳を光らせた。
「もちろん、したくなったらいつでも参上するぞ。晴人もまだ若い。性欲が有り余っている頃だろう」
——こいつ、やっぱりうざい…
見た目に騙されてはいけない、とあらためて胸の中で誓う。そんな晴人をじっと見つめながら、「まあそれは式神ジョークとして…」と、百八はさらに言葉を繋いだ。
「気をつけろよ、晴人。一度もののけを祓った陰陽師には、奴らの匂いがつく」
「…どういうこと?」
「もののけたちは仲間の匂いに敏感だ。昨日祓ったのは古い稲荷で、かなり強い霊臭を纏っていた。よって…今後、お前は恐らく奴らに狙われやすくなる」
「な、それ早く言ってよ…!」
「こんなことぐらい一般常識の範疇だ。知らない方が悪い。ま、これも運命だと思って諦めるんだな」
「諦めるとか諦めないとかそういう問題じゃないだろ?」
「だけどそれも悪いことばかりじゃない。お前が俺を呼び出してもののけを祓えば祓うほど、その後に得られる快楽も強くなると言うもの。昨夜あれほど乱れていたことを忘れたとは言わせんぞ」
「…っ!あれはお前が…」
そこまで言いかけた時、離れに誰かが近づいてくる足音が聞こえ、晴人は思わず自分の口を押さえて百八を抱き上げると、ベッドの下に押し込んだ。
——やばい、こいつとの会話を誰かに聞かれたら…
数秒後、案の定ドアをノックする音とともに、心なしか不安げな色を含んだ母親の声が聞こえた。
「晴人ー、もう支度済んだ?あんたにお客さんよ!…け、警察の人が、聞きたいことがあるって——」
恐らく、思った以上の大仕事だったのだろう。翌朝になっても、彼らは眠り続けて自室から出てこず、晴人はすでに朝食を済ませた母親の世間話を適当に聞き流しながら、大きな居間で一人、味噌汁とご飯と焼き魚を黙々と咀嚼し続けた。
百八は、もちろん離れに閉じ込めたままだ。閉じ込めているといっても、彼がその気になれば一瞬で抜け出せるだろうが、晴人と誓約を交わした手前、百八もそう好き勝手はできないはずだと、彼は踏んでいた。それに——
——昨夜はあんなことまでさせたんだ…当分大人しくしてくれるだろう…
そう考えた瞬間、晴人の脳裏に「昨日百八としたこと」の詳細が浮かび上がりそうになり、思わず首を大きく横に振る。昨夜感じた快楽の名残が蘇り、思わず体が落ち着かなくなる。
——いや、あれは決して俺の意志なんかじゃない。きっと、あいつが「淫」の属性を持つ式神だからだ。
「どうしたの急に?」
隣で朝のニュースを見ていた母親が、目を丸くしてこちらへ視線をやる。
「な、何でもないよ…ちょっと味噌汁でむせそうになって」
「気をつけなさいよ、朝ご飯はゆっくり落ち着いて食べないと。あ、このニュース、ほらあんたの通ってる大学の近くじゃない?」
そう言われ、ぎくりとしながらテレビの画面を見ると、案の定、そこには昨日晴人がもののけと遭遇した路地裏が映し出されていた。
「…警察が到着した際、すでにもののけの遺骸は消失していましたが、周囲の状況や、近隣住民の証言から、連続して人間を襲っていたもののけは祓われたものと見て、陰陽庁は厳重警戒を解除しました…」
アナウンサーが、淡々とニュース原稿を読み上げる中、あのもののけの放っていた黒い瘴気を思い出し、皮膚が粟立つ。
「まあ良かった、母さん何気に心配してたのよ。あんた丸腰で、ろくに陰陽術も身につけてないから——」
晴人は、食事に集中しているふりをして目を伏せながら、「そうだね、俺も安心したよ」とだけ返事を返し、味噌汁の最後の一口を飲み干した。
***
「おい、戻ったぞ」
朝食を済ませた後、大学に向かう準備をするために離れへ向かうと、そこには愛らしい三毛猫の姿になった式神がいた。
「にゃあ」
彼の正体——筋骨隆々の青年——とのギャップに、いささかの萌えを感じながらも、晴人は無表情を装い、髪を整え、淡々と着替えを済ませる。
リュックを背負う段階になって、ようやく彼はあることに思い当たり、ベッドの上で伸びをしている式神に向かって尋ねた。
「なあ百八、俺はこれから学校に行くけど、お前はどうする?さすがに大学には連れて行けないから、もしこの部屋にいるなら大人しくしといてもらう必要があるけど…」
「心配はいらない」
三毛猫型のまま人語を喋られると、何だか妙な気分になる。
「すでに誓約の証はお前の体内に根付いた。お前がどこにいても、俺はいつでもお前のそばにいる。何かあれば、俺の名を呼べ。そうしたらすぐに、俺はお前の元へいく」
「へえ…随分ありがたい話」
晴人がそう言うと、百八はぎらりと瞳を光らせた。
「もちろん、したくなったらいつでも参上するぞ。晴人もまだ若い。性欲が有り余っている頃だろう」
——こいつ、やっぱりうざい…
見た目に騙されてはいけない、とあらためて胸の中で誓う。そんな晴人をじっと見つめながら、「まあそれは式神ジョークとして…」と、百八はさらに言葉を繋いだ。
「気をつけろよ、晴人。一度もののけを祓った陰陽師には、奴らの匂いがつく」
「…どういうこと?」
「もののけたちは仲間の匂いに敏感だ。昨日祓ったのは古い稲荷で、かなり強い霊臭を纏っていた。よって…今後、お前は恐らく奴らに狙われやすくなる」
「な、それ早く言ってよ…!」
「こんなことぐらい一般常識の範疇だ。知らない方が悪い。ま、これも運命だと思って諦めるんだな」
「諦めるとか諦めないとかそういう問題じゃないだろ?」
「だけどそれも悪いことばかりじゃない。お前が俺を呼び出してもののけを祓えば祓うほど、その後に得られる快楽も強くなると言うもの。昨夜あれほど乱れていたことを忘れたとは言わせんぞ」
「…っ!あれはお前が…」
そこまで言いかけた時、離れに誰かが近づいてくる足音が聞こえ、晴人は思わず自分の口を押さえて百八を抱き上げると、ベッドの下に押し込んだ。
——やばい、こいつとの会話を誰かに聞かれたら…
数秒後、案の定ドアをノックする音とともに、心なしか不安げな色を含んだ母親の声が聞こえた。
「晴人ー、もう支度済んだ?あんたにお客さんよ!…け、警察の人が、聞きたいことがあるって——」
15
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
歌えなくなったオメガを匿った夜から、ふたりの秘密が始まった
スピカナ
BL
医師の陽一がコンサートの帰りに路地を通ると、嘔吐で苦しんでいる子に遭遇。
かわいそうになり連れて帰るが、それはさっきまで舞台で歌っていた歌手の柚音(芸名・ゆおん)だった。
治療するも声が出ない上に高熱で起きることも出来ない。精神科の医師として見過ごせない状態で、事務所が捜索しているのはTVで分かったが、訳ありで逃げ出したことを考慮して匿うことにした。
寝たきりの颯太(本名・そうた)を治療していくが、回復するにつれ陽一も楽しい毎日。そんなある日、自分を捨てたはずの父が現われ、衝撃的な展開になる。いつも颯太を助けて守る佐久間陽一精神科医。
少しずつふれあい、愛し合うようになり、声と心を取り戻していく愛と再生の物語。
全体が架空のゆるゆる設定。ふんわりとお楽しみください。
3月17日116話にて最終回。
3月18日より続編「歌えるようになったオメガと院長・ふたりだけの秘密の続き」を毎日1話19時更新です。どうぞお楽しみに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる