淫の陰陽師—式神と夜の契り—

よしの

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第十八話 苦くて甘い夜

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 結局、父は夜になっても戻らなかった。どうやら、今回の討伐対象は相当な大物のようだ。少し心配ではあるが、ややホッとする。

 晴人が仮免状を持ち帰って恐る恐るそれを見せると、母親は一瞬顔を曇らせたが、事情を丁寧に説明し、後日必ず最終試験を受けるという約束をかわすことで、何とか納得してもらえた。

「鵺の亜種か、そりゃ大変だったなぁ晴人」

 夕食の席——まだわずかに渋い顔をする母親の横で、兄の晴臣は、そう労いの言葉をかけてくれた。

「だけどその、ミヤビってやつも大したもんだな。お前とそんなに歳は変わらないんだろ?第二位っつったら、俺らと同レベルだぞ」

 次兄の晴政が納豆をかき混ぜながら言う。

 ——あんまりあいつの話題は出したくないんだけどな…

 晴人はそう思いながら、「そうだね」と一言呟くように言った。そこに、すかさず母親が口を挟んでくる。

「そうよね。分かったでしょ、晴人?これがちゃんと修業をしてきたか、してこなかったかの差なのよ。あんたも安倍の家の血を引いてるんだから、これからもっと鍛錬に励んで、その子に追いつかなきゃダメよ」

 無言で頷く晴人の横で、まだ三毛猫姿のままの百八がうずくまりながらあくびをしている。一応目は覚ましているようだが、何だかとろんとして眠そうだ。

 ——この様子なら、今夜は俺を抱く気力もないかも?

 しかし、晴人は気づいていた。安堵する心の奥底に、少しだけ彼に抱かれることを期待している自分がいることを。
 あの快楽を思い出し、疼き出す体を無理やり鎮めるように、冷めかけた味噌汁をかっこむ。

「にしてもさ、最近もののけの数、増えてないか?」

 内心で煩悶するハルトをよそに、晴政が、何気ない口調で言った。「言われてみればそうだな…」と晴臣がそれに応じる。

「実際、今までもののけとは無縁だった晴人が、たった二日間で四体の奴らと遭遇してる。俺らへの仕事の依頼も、多分先月よりかなり増えてるんじゃないかな」

「だろ?親父もまだ出張から帰ってこないし、何より陰陽庁の庁舎内にもののけが出るなんて異例中の異例だぜ?絶対なんかおかしいよ」

「ふむ」

 晴臣は何かを考えるように食卓を見つめていたが、やがて珍しく小さな声でこう呟いた。

「もしかして、カグラが…」

 その言葉を聞いた瞬間、丸まっていた百八の耳がピクリと動き、周囲をキョロキョロ見回す。

 ——カグラ。最近どっかでその名前聞いたような…

「いや、それはあり得ないだろ。だってあいつはかなり前に親父たちが封印したはずだぜ」

「…だよな。だが、もののけたちが活性化してるって考えたら、何となく奴の名が頭に浮かんだんだ」

「にゃあ」

 その時、百八が、唐突に鳴き声を発した。母親が、それに反応し、頭を撫でる。

「あんたもお腹空いたの?これからたーっぷり、力を使うんだから、腹ごしらえしとかないとね」

 そう言って、横目でチラリと晴人を見る。その視線に気がつかないふりをしながら、兄たちに向かって晴人は尋ねた。

「あ、あのさ、そのカグラって…?」

 晴臣は、彼の質問に一瞬口をつぐんだが、すぐに真剣な表情になり、晴人に向かって言った。

「…もののけどもの大将みたいなもんだ。『祓い組』でも手に負えなくて、結局親父に討伐の依頼が回ってきた。親父も、一人では対処しきれないと踏んで、何人かの同業者と一緒に闘ったんだが…」

「完全に祓うことはできず、仕方なく封印することになったってわけだ」

 晴政が言葉を繋ぐ。二人の顔は、珍しく固い。

 ——そんなにヤバい奴もいるのか…俺が今日あったもののけなんて比べ物にならないくらい…

 晴人は、二人の表情にただならないものを感じながら、再びうずくまった百八を見つめる。

「まあいいじゃない、昔のことは」

 食卓に沈黙が降りる中、どことなく澱んでしまった空気を振り払うかのように、母親が口を開いた。

「そんなことより晴人、あんたなるべく早く最終試験受けるのよ。仮免だなんて、中途半端な状態じゃ、かえって恥ずかしいんだからね。さあ、さっさと食べて式神を養いなさい。どうせ母屋には『声』なんて聞こえやしないんだから」

 ——…母さん、それが息子に向かって言うことですか?

 晴人は黙って俯きながら、一言「はい…」と返事をするしかなかった——

***

 追い立てられるように離れへ向かい、扉を閉めると、不意に背後から巨大な手が伸び、晴人の体を大きなものが包み込んだ。

「うわっ、何だよお前!」

 振り返ると、すっかり白い着物姿の青年へと姿を変えた百八が、いつもの好色そうな笑みを浮かべこちらを見つめている。

「何だよとは何だ?お前ももう分かっているだろう?ここで俺たちがすることは一つだ。さあ、大人しく俺に抱かれろ」

「…さっきまであんなに弱ってたくせに」

 晴人が、身をかわしながらそう言うと、百八が答えた。

「奴の名を聞いて一気に目が覚めた。俺はもっとお前とまぐわって、誓約の力を深めなければならない。さっきのもののけに苦戦しているようでは、まだまだ本調子じゃないってことだ。だから…」

 百八は、まるで突進するかのように晴人に近づいてくると、半ば無理やり唇を奪った。温かい舌が、容赦なく彼の口腔に侵入してくる。

「っん…ん…は、あ」

 息切れしそうなほど激しいキスに、晴人は思わず喘ぎ声を漏らした。力強い腕に肩を抱かれながら、いつの間にか抵抗しようとしていた心が霧消していく。

「…ん、百八、もっと…優しく」

「無理だ。俺は今、お前が欲しくてたまらない…」

 百八が、晴人の首筋に舌を這わせながらそう囁く。その声が、驚くほど淫靡に彼の体を刺激する。

 ——何でこんなエロくなってるんだ俺…

 服を脱がされながら、甘い快楽に意識が遠のいていく。

「晴人、いいぞ。今日のお前はめちゃくちゃ美味そうだ。俺たちの誓約が根付いている証拠だな。ほら、もうこんなになってるじゃないか」

 いつの間にか全裸になり、ベッドに身を横たえていた晴人のそれを、百八はまるで大切な宝物を扱うように握り、優しくその手を上下させた。

「はっ…あ…うっ…ああっ」

 これまで感じたことのない刺激に、思わず背中が弓なりに反る。

 ——ダメだ、また俺…すぐに…

 そんな晴人の心を読んだのか、百八が愛撫を続けながら、耳元で囁いた。

「晴人、まだ駄目だぞ。今日はたくさん霊力を使ったから、たっぷりお前と楽しまなくちゃな。報酬は高くつくと言っただろ?」

 そう言って微笑む百八の顔を見つめながら、晴人はさらなる快楽の予感を感じていた——
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