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第三十五話 嵐の前の…
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翌朝——雨音で目を覚ますと、晴人は布団の中にいた。少しはだけてはいるが、きちんと浴衣を身につけている。
——あれ、俺確か昨夜、風呂の中で…
ぼんやりとした意識のまま、上半身を起こし、辺りを見回す。すると、三毛猫の姿になった百八が、晴人の枕元で丸くなっているのが見えた。髭をピクピクさせながら、安らかな寝息を立てて眠っている。
——もしかして、こいつが俺をここまで運んで、浴衣まで着させてくれたのか…?
「晴人…」
百八が目を閉じたま、呟くように寝言を言う。晴人は、思わず柔らかい笑みを口元に浮かべながら、そっとその頭を撫でてやった。まだ夢の中にいる百八がゴロゴロと喉を鳴らす。
平和そのものといった様子のその姿を眺め、心が緩やかに解けていく。昨夜はとても疲れたはずなのに、何故か心も体も軽い。静かに降り続ける雨が、まるで心地よい音楽のようにきこえる。
「サンキューな…」
しかし——
そっとそう呟くと同時に、部屋の中に電話の音が鳴り響いた。その瞬間、昨夜のレイの言葉が、頭の中に蘇る。
(では、明日9時にこの場所に集合して、今後のスケジュールについて話し合いましょう)
壁に掛けられた時計を見ると、時刻はすでに9時15分。慌てて布団から飛び出し、部屋に設置された固定電話の受話器を取る。
「もっ、もしもし!」
「晴人さん、おはようございます。どうされましたか?待ち合わせの時間は過ぎていますが」
感情のこもらないレイの声が、受話器の向こうからきこえてくる。恐らくロビーからかけているのだろう。ザワザワとした雑音が、晴人の意識を一気に現実に引き戻す。
「す、すみません、今すぐ行きます…!」
——やばい、新人が遅刻するなんてあり得ない!
晴人は、つい今しがたまで感じていた静かな平穏を浴衣と一緒に脱ぎ捨てると、まだむにゃむにゃと寝言を言っている百八を揺り起こした。
「おい!起きろ、ロビーに行くぞ」
百八が、とろんとした表情のまま瞼を開ける。
「ん?どうした晴人、朝からヤるのか?」
「馬鹿、遅刻だよ遅刻。打ち合わせの時間に遅れてるんだ」
「んー、もっと寝てたい」
「駄目だ!」
荷物の中を漁り、適当なシャツとパンツを身につけてから、百八の首根っこを捕まえて叫ぶ。
「いいから起きろー!」
すると、百八が目をぱちくりさせて言った。
「晴人、今朝はやけに元気だな」
***
「も、申し訳ありませんでした!」
数分後、ダッシュでロビーへ向かった晴人を待ち受けていたのは、フロント近くのソファに腰を掛けた第4グループのメンバーの冷たい視線だった。
レイは相変わらずの無表情、一葉とミヤビはあからさまに不機嫌そうな顔で、こちらを見つめている。唯一、あっけらかんとした表情の響だけが、晴人に向かって手を上げ、「おう」と一言、短い挨拶をしてくれた。
「だいぶお疲れだったようですね」
レイが、抑揚のない声で晴人に向かって言う。
「いえ、マジで、あ、いや本当にすみません」
三毛猫姿の百八を肩に乗せたまま、土下座しそうな勢いで深々と頭を下げると、ミヤビが静かに口を開いた。
「時間厳守はグループ行動の鉄則だ。小学生じゃあるまいし、遅刻なんてもってのほかだろ」
その冷たい声に、下げた頭を上げることができない。
「まあまだ新人だし、1回目は大目に見てあげるけど、次からは絶対なしだからね」
一葉の厳しい声が、さらに追い打ちをかけるように晴人の頭上に降ってくる。
「は、はい…」
——最悪だ。昨日少しは活躍できたと思ったのに…これで全部チャラじゃん…
落ち込む晴人を見兼ねたのか、「まあまあ」と言いながら、響が間に入るように口を開いた。
「もののけとの戦いにまだ慣れてないんだからしょうがないだろ。知らんうちに霊力をたっぷり消耗してるんだ。休める時にゆっくり休まないと。なあリーダー?」
その言葉を受け、レイが無表情のまま小さく頷いた。
「まあ、いくら彼を責めても過ぎた時間は元に戻りません。とりあえず打ち合わせを始めましょうか」
不服そうなミヤビの視線を肌に感じながら、晴人はもう一度小さく「すみません」と呟き、一つだけ空いていたソファへ静かに腰を掛けた。
「では、改めて——」
レイの一言を合図に、空気がピリッと引き締まるのが分かる。
「昨日は皆さんお疲れ様でした。無事に『後始末』は終わり、新幹線も午後には運転を再開できるようです」
「結局、あのもののけは一体何だったの?」
一葉が、腕を組んだままレイに尋ねる。
「分かりません。ただ、状況から考えて、先日ミヤビと晴人さんが遭遇したという、庁舎内でのもののけ出現事件と類似していることは確かです」
「ああ、鵺の亜種が出たってやつだろ?」
響が身を乗り出して言った。
「真っ昼間の、しかもあんな人が多いところにもののけが現れることなんて滅多にないからな。確かに妙っちゃ妙だが…」
「やっぱり、カグラの復活と何か関係があるんでしょうか?」
ミヤビが尋ねると、レイが首を横に振って答える。
「推測はいくらでもできます。ですが、今私たちが果たすべきなのは、ひとまず局長の指示に従って行動することです」
「で、その局長さんとやらは、何か具体的に言ってるの?」
一葉が言った。
「私たち、ただ京都に行け、としか指示されてないんですけど」
その言葉を受け、レイがソファに座った全員を見回して言葉を繋ぐ。
「はい、つい先ほど、鶴原局長から第4グループに対し、正式な指令が出ました」
そのセリフに、場の空気が変わるのを肌で感じる。晴人は、思わずごくりと唾を飲み込みながら、続きの言葉を待った。他のメンバーも、それぞれに真剣な顔をしているのが分かる。
その張り詰めた静寂の中、レイは、わずかに沈黙した後、一言こう言った。
「京都にて、安倍晴清様と合流し、『三隠者』を討伐せよ、と——」
——あれ、俺確か昨夜、風呂の中で…
ぼんやりとした意識のまま、上半身を起こし、辺りを見回す。すると、三毛猫の姿になった百八が、晴人の枕元で丸くなっているのが見えた。髭をピクピクさせながら、安らかな寝息を立てて眠っている。
——もしかして、こいつが俺をここまで運んで、浴衣まで着させてくれたのか…?
「晴人…」
百八が目を閉じたま、呟くように寝言を言う。晴人は、思わず柔らかい笑みを口元に浮かべながら、そっとその頭を撫でてやった。まだ夢の中にいる百八がゴロゴロと喉を鳴らす。
平和そのものといった様子のその姿を眺め、心が緩やかに解けていく。昨夜はとても疲れたはずなのに、何故か心も体も軽い。静かに降り続ける雨が、まるで心地よい音楽のようにきこえる。
「サンキューな…」
しかし——
そっとそう呟くと同時に、部屋の中に電話の音が鳴り響いた。その瞬間、昨夜のレイの言葉が、頭の中に蘇る。
(では、明日9時にこの場所に集合して、今後のスケジュールについて話し合いましょう)
壁に掛けられた時計を見ると、時刻はすでに9時15分。慌てて布団から飛び出し、部屋に設置された固定電話の受話器を取る。
「もっ、もしもし!」
「晴人さん、おはようございます。どうされましたか?待ち合わせの時間は過ぎていますが」
感情のこもらないレイの声が、受話器の向こうからきこえてくる。恐らくロビーからかけているのだろう。ザワザワとした雑音が、晴人の意識を一気に現実に引き戻す。
「す、すみません、今すぐ行きます…!」
——やばい、新人が遅刻するなんてあり得ない!
晴人は、つい今しがたまで感じていた静かな平穏を浴衣と一緒に脱ぎ捨てると、まだむにゃむにゃと寝言を言っている百八を揺り起こした。
「おい!起きろ、ロビーに行くぞ」
百八が、とろんとした表情のまま瞼を開ける。
「ん?どうした晴人、朝からヤるのか?」
「馬鹿、遅刻だよ遅刻。打ち合わせの時間に遅れてるんだ」
「んー、もっと寝てたい」
「駄目だ!」
荷物の中を漁り、適当なシャツとパンツを身につけてから、百八の首根っこを捕まえて叫ぶ。
「いいから起きろー!」
すると、百八が目をぱちくりさせて言った。
「晴人、今朝はやけに元気だな」
***
「も、申し訳ありませんでした!」
数分後、ダッシュでロビーへ向かった晴人を待ち受けていたのは、フロント近くのソファに腰を掛けた第4グループのメンバーの冷たい視線だった。
レイは相変わらずの無表情、一葉とミヤビはあからさまに不機嫌そうな顔で、こちらを見つめている。唯一、あっけらかんとした表情の響だけが、晴人に向かって手を上げ、「おう」と一言、短い挨拶をしてくれた。
「だいぶお疲れだったようですね」
レイが、抑揚のない声で晴人に向かって言う。
「いえ、マジで、あ、いや本当にすみません」
三毛猫姿の百八を肩に乗せたまま、土下座しそうな勢いで深々と頭を下げると、ミヤビが静かに口を開いた。
「時間厳守はグループ行動の鉄則だ。小学生じゃあるまいし、遅刻なんてもってのほかだろ」
その冷たい声に、下げた頭を上げることができない。
「まあまだ新人だし、1回目は大目に見てあげるけど、次からは絶対なしだからね」
一葉の厳しい声が、さらに追い打ちをかけるように晴人の頭上に降ってくる。
「は、はい…」
——最悪だ。昨日少しは活躍できたと思ったのに…これで全部チャラじゃん…
落ち込む晴人を見兼ねたのか、「まあまあ」と言いながら、響が間に入るように口を開いた。
「もののけとの戦いにまだ慣れてないんだからしょうがないだろ。知らんうちに霊力をたっぷり消耗してるんだ。休める時にゆっくり休まないと。なあリーダー?」
その言葉を受け、レイが無表情のまま小さく頷いた。
「まあ、いくら彼を責めても過ぎた時間は元に戻りません。とりあえず打ち合わせを始めましょうか」
不服そうなミヤビの視線を肌に感じながら、晴人はもう一度小さく「すみません」と呟き、一つだけ空いていたソファへ静かに腰を掛けた。
「では、改めて——」
レイの一言を合図に、空気がピリッと引き締まるのが分かる。
「昨日は皆さんお疲れ様でした。無事に『後始末』は終わり、新幹線も午後には運転を再開できるようです」
「結局、あのもののけは一体何だったの?」
一葉が、腕を組んだままレイに尋ねる。
「分かりません。ただ、状況から考えて、先日ミヤビと晴人さんが遭遇したという、庁舎内でのもののけ出現事件と類似していることは確かです」
「ああ、鵺の亜種が出たってやつだろ?」
響が身を乗り出して言った。
「真っ昼間の、しかもあんな人が多いところにもののけが現れることなんて滅多にないからな。確かに妙っちゃ妙だが…」
「やっぱり、カグラの復活と何か関係があるんでしょうか?」
ミヤビが尋ねると、レイが首を横に振って答える。
「推測はいくらでもできます。ですが、今私たちが果たすべきなのは、ひとまず局長の指示に従って行動することです」
「で、その局長さんとやらは、何か具体的に言ってるの?」
一葉が言った。
「私たち、ただ京都に行け、としか指示されてないんですけど」
その言葉を受け、レイがソファに座った全員を見回して言葉を繋ぐ。
「はい、つい先ほど、鶴原局長から第4グループに対し、正式な指令が出ました」
そのセリフに、場の空気が変わるのを肌で感じる。晴人は、思わずごくりと唾を飲み込みながら、続きの言葉を待った。他のメンバーも、それぞれに真剣な顔をしているのが分かる。
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