元奴隷の治癒師ですが、竜騎士団長に溺愛されて逃げられません

wanna

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第一章

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 ──どうしてこんなことになったんだろう。


 黒髪黒目の青年・アマネ・ヴェールは、これから職場となる竜騎士団本部の一室で、椅子の上にちょこんとお行儀よく座りながら真剣にそう考えていた。

 目の前には、燃えるような緋色の髪に、晴天の空を閉じ込めた浅葱色の瞳をした男。
 この国最強の竜騎士団団長──ロアン・イグナリアが、なぜか床に片膝をついて、アマネの足元にじっくりと視線を落とし、ガン見している。

(“国の英雄”と呼ばれるお方を跪かせているこの状況は、いったい何?)

「……やっぱり、ちっちゃい……」
「えっ」

 唐突につぶやかれた声に、アマネが思わず反応する。

「足……かわいい。ちっちゃ……いや! コンパクトだ。靴のサイズ、いくつ?」

 下を向いていた顔が不意にパッと上げられ、ぐいっと身を乗り出してくるロアン。
 きらきらとした浅葱の瞳で真正面から顔を覗き込まれ、アマネもたじろいで背もたれ側に体を反らす。

「えっと……九インチ半くらい……」
「九インチ半……?」
「はい……」
「九インチ半……!?」
「は、はい」
「っ……、かわいい……!」
「はい?」

 ロアンの凛々しい眉がきゅう、とハの字に垂れ下がり、声のトーンが半音上がる。
 頬が上気していて興奮状態なのが見て取れるが、約九インチ半(約二十四点五センチ)に興奮されても怖い。
 確かに自分の身長からすれば小さい方だろうが、それを「かわいい」と称するのはいかがなものか。
 馬鹿にしている……にしては、その表情に揶揄や嘲笑の色は見当たらない。

「俺、ほぼ一フィートあるよ!」
「は、はあ」

 聞いてない。

「親指二本分くらい違うなぁ……んふ。ちょっと失礼」
「あ、ちょっ……!」

 ロアンはご機嫌にそう言うと、止める間もなくアマネの足首をそっと持ち上げた。
 両の手のひらにすっぽりと収めるようにして、恭しく顔の位置まで持ち上げて眺める。

「見てこれ……俺の手に乗っちゃうよ。この小さなあんよでさ、」
「あんよ」
「あの酒場でせっせと働いて、あのステージであんな素晴らしい踊りを踊って……! なんか、感慨深いなって」

 湿っぽくなった語尾を誤魔化すようにへへ、と人懐こい笑みをアマネに向ける。
 まるで大型犬のような愛嬌があるが、人の足を持ち上げて勝手に感傷に浸って「へへ」ではない。

 これから自分の直属の上司となる人間にこんなことをされて、混乱しない人間がどこにいるだろうか。

 竜騎士団正式入団の一週間前。
 配属にあたって必要なものを準備すると言われてついてきたところ、竜騎士団の制服と軍靴を新しく仕立てるための採寸が始まった。
 本来なら、仕立て屋と事務官がいれば事足りるはずの場だ。

 ……それなのに、なぜか団長自ら、最初から最後まで付き添っている。

(いや、ほんとうになんで……?)

 アマネは信じがたい目の前の状況から現実逃避するように天を仰いだ。
 その間にも、ロアンのテンションは右肩上がり。

「ねえアマネ、上着の丈、長めと短めどっちがいい? あんまり長いと動きづらいし、でも長めも似合いそう……ああくそ、素材がいいせいで選択肢が多いな……」
「俺は騎士ではなく治癒師ですので、そこまでこだわらなくても……、皆さんと同じでいいです」
「いやいや大事だよ!? だってさ、毎日着るものなんだから、似合うやつ着てほしいじゃん。見る側のモチベも上がるし」
「見る側のモチベってなに」
「俺のモチベ」

 至って真面目な顔で即答だった。
 アマネはこめかみを抑えた。

 仕立て屋と事務官がロアンの背後でちょっと引きつった笑いを浮かべているのが視界の端に見える。
 その顔を見るに、どうやらこの様子は、竜騎士団内的にも“いつもの団長”ではないらしい。

(この人……本当に、ロアン・イグナリア、なんだよな……?)

 スラム街の出身でこの国一番の軍事力を持つ精鋭部隊・竜騎士団に入団し、わずか24歳という若さで団長まで上り詰めた。
 彼が幼い頃から兄弟のように育ったという相棒の竜は強大な炎属性の魔力を持ち、竜騎士団付きの竜たちの頂点に立つ存在で。

 後ろ盾もなく、並外れた戦闘能力と生まれ持ったリーダーシップで次々と武功を立てて団長に成り上がった彼のことを皆、英雄と呼ぶ。

 その上出自のこともあってか、身分や役職に関わらず誰に対しても分け隔てなく接する明るく気さくな人格者。
 容姿端麗で非の打ち所がない彼には、毎日貴族の娘たちから縁談の申し込みが絶えないという。

 そんな物語に出てくる主人公のようなロアンが、なぜ。
 今、アマネの前で心底楽しそうに靴の採寸を行っているのだろうか。

「よし。靴は絶対ぴったりなもの作ってもらうから。ちょっとでもきついとか、合わないとかあればすぐ言えよ? 我慢したらダメだからな」
「……そこまで気を遣ってもらわなくても、与えられた役目はしっかりこなすつもりです」
「……そんなこと、疑ってないよ。俺が気を遣いたいから遣ってるだけ。だめか?」

 ご機嫌そうな表情から一変、急に真面目な顔に変わって、当たり前みたいな顔で言ってのける。

 アマネは小さくため息をついた。

 覚悟していた未来とは、ずいぶん違って出鼻をくじかれた。
 待っていたのは冷たい鎖と鉄の輪じゃなくて、やたらとあたたかく、やさしい態度。

 これも自分を王都に縛りつけるための罠だろうか?

(いや、よくわからないな……)

 ──ほんとうに、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。


 ことの始まりは、約一ヶ月前。まだアマネが城下町のギルド酒場で受付係として働いていた頃まで遡る。

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