元奴隷の治癒師ですが、竜騎士団長に溺愛されて逃げられません

wanna

文字の大きさ
25 / 28
第一章

6-4.これからのこと

しおりを挟む
「…ま。本題に話を戻すが」

 アマネの思考がよくない方向へ滑りかけているのに気付いたのか、ぱちん、とギルバートが仕切り直すように指を弾く。

「問題は、三日後だ」

 竜騎士団──その背後にいる王宮が、正式に交渉の場を設けると言ってきた。
 ロアンの言い方こそ穏やかだったが、その裏にある本音は、どう考えても一つだ。本気で話し合いで終わらせる気があるかどうかなんて、誰だって察している。

「王宮は何がなんでもお前を王都に引っ張るつもりだろうな」

 ギルバートの言葉に、アマネは思わず身を乗り出す。

「……ルシアンみたいに、ここにいながら、王宮に協力するんじゃだめってこと?」
「……今回ばかりは、そうもいかないだろうね」

 淡い希望を込めた問いかけに、ルシアンは少しだけ眼を伏せてから、静かに首を横に振った。

「大魔法使い一人、魔族のトップ一人、そこに、“祝福の治癒師”が一人」

 淡々とした列挙なのに、その一つ一つがやけに重く響く。アマネの喉がひくりと無意識に痙攣した。
 ギルバートが、ソファの背にもたれたまま、片目だけ細める。

「……これだけ戦力が揃ってりゃ、“国家転覆を企んでるんじゃねえか”って疑われても仕方ねえ布陣だ」
「実際、やろうと思えば国のひとつくらいなら相手にできるからね」

 ルシアンはさらっと物騒なことを口にしながら、グラスに水を注ぎ、一口だけ喉を潤す。

「僕の魔法と、ギルが率いる魔族の軍勢。そこに『祝福の治癒師』が加わる。……理屈の上では、戦争もできてしまう。だからこそ、今まで君の存在を“なかったことにする”っていう形で、王都とのバランスを取ってきたんだ」
「そういうこった。お前には、そんな面倒な駆け引きとは無縁で、カウンターでのほほんと受付してて欲しかったってわけ」
「……俺、のほほんとはしてないだろ」

 すかさずツッコミを入れると、「そう? 今や立派な人気の看板息子じゃない」と、ルシアンこそのほほんとした声色で言う。

 スケールが大きい話だが、実際この六年間、二人の存在の大きさを目の当たりにしているアマネにとって……冗談、と笑い飛ばすには、あまりにも現実味がありすぎる。

 数時間前の、近衛騎士がギルバートに向けた言葉が脳裏に蘇る。

『引き渡しを拒めば、お前も国家反逆の共犯として』

 その言葉は、脅しでも大袈裟な誇張でもなく、今目の前にある未来として存在するのだと、思い知らされる。
 だからこそ今、二人は真剣な顔でこうして向き合って話している。

 アマネは、膝の上で握りしめていた自分の手を見つめた。

「……俺のせいで」

 ずっと胸の奥に溜まっていた言葉が、ほろりとこぼれ落ちる。

「俺がここにいるせいで、ルシアンも、ギルも、この店も……王都に目をつけられる。そんなの……」
「君のせいじゃない」

 ルシアンの声が、静かにそれを遮った。

「アマネ。君の存在が“国にとって厄介”なのは事実だ。でも、それを理由に“君自身が厄災だ”という話にすり替えるのは、あの闇ギルドにいた連中と同じ発想だ」

 その言葉に、ひゅっとアマネの喉が鳴る。
 金色の目はそんなアマネを逃さないとばかりに、正面からまっすぐ見つめてくる。

「厄災なのは、人を道具としてしか見ないような連中の方だよ」

 ギルバートもまた、前のめりに肘を膝へ預けながら、赤い瞳でアマネを見た。

「お前がこの六年間ここにいたから、助かった命も、守れた日常も、腐るほどある」
「……そんなの、」
「初心者パーティにバカ丁寧に説明してガイド渡してたのも、店先の掲示板情報こまめに更新してたのも、全部お前だろうが」
「……」
「それ全部無視して、“自分のせいで厄介ごとが増えたから厄災です”って結論出されたら、流石に腹が立つ」

 赤い瞳が、少しだけ細められる。そこに宿るのは鋭さではなく、言い聞かせるような真っ直ぐな光だ。

「リサも生きてる。今日だってそうだ。あいつが今、裏で寝ていられんのは、誰が治したからだ?」

 アマネは唇を噛んだ。

「……っでも、俺がいなければ、リサさんは怪我しなくて済んだ」
「それは違う」

 即座にルシアンの声がそれを切り捨てる。

「君がいなければ、彼女は今頃死んでいた。ギルも、酒場も、もっとひどいことになっていた」
「それにな」

 ギルバートが、片眉を上げた。

「王命だろうがなんだろうが、逆らう力なら、こっちはもう持ってんだよ。厄介ごとはお前のせいで増えたわけじゃねえ。元からだ」

 その言葉は、妙なくらいまっすぐだ。
 世辞や取り繕いが苦手な男だからこそ、その言葉が飾りではないことはわかる。それが余計にアマネの心を傷ませる。

 本当は、嬉しい。
 そんなふうに言ってもらえるのは、どうしようもなく、救いだ。

 けれど同時に。

(……この人たちは、本気で王宮を敵に回すつもりだ)

 そう理解してしまった瞬間、別の重さがのしかかってくる。

 王命に牙を剥くということが、どれほどの意味を持つのか。
 アマネは、闇ギルドで『国に刃向かった人間たちの末路』を、嫌というほど見てきた。

 罪に巻き込まれるのは、本人だけじゃない。
 仲間も、店も、下手したら街さえも。まとめて汚れた場所として、扱われる。

 目の前で真っ直ぐに、「国を敵に回したっていい」というこの二人に、そんなものを背負わせていいのか。


「……アマネ。君は何も心配しなくていい。自分のことだけを第一に、考えていたらいいよ」

 ルシアンはアマネの膝の上で固く握っていた手を、そっと解くように手を重ねた。
 力を込め過ぎて白くなっていた拳を、少しずつ緩めさせるように指先を絡めていく。

「三日後の交渉は避けられない。けれどそこで、『王命だから』とか『みんなに迷惑をかけるから』じゃなくて、君自身の意思で、僕たちを……自由を、選んでほしい」

 言葉を区切りながら、ゆっくりと続ける。
 アマネは、胸の奥の空気を入れ替えるように、深く息を吸った。

 頭のどこかでは、奴隷時代に叩き込まれた言葉がまだ反芻している。

 ──お前は厄災だ。
 ──周りを不幸にする。

 けれど、その声を、今この部屋で響いている別の声が、少しずつ塗り替えていく。

「少なくとも俺は、お前がここからいなくなるより、国一つ敵に回す方が何倍もマシだわ」
「僕も同じだよ。大事に大事にしてきたうちの子が、ろくでもない連中の都合で振り回される方が、よっぽど不幸だ」

 さらりと、まるで当たり前のことのように、とんでもないことを言われて、アマネの胸の奥がかすかに火が灯る。
 洗脳のように染みついた黒く冷たい言葉に、じわじわとその熱が上から重なっていく。

「……俺たちを信じろ、アマネ」

 その言葉に、アマネはすっと瞼を閉じて俯いた。

 信じていないわけではない。
 むしろ、この世界で本当に信じられる人間は、ルシアンとギルバートだけだ。

 アマネがこの三日のうちに、一言でも「逃げたい」と零せば、二人は迷わずアマネを連れて国外へ逃亡を図るかもしれない。
 築き上げた地位も名誉も、大切な居場所さえも捨てて。

 自己肯定感の低いアマネでも、そこまで想像できるくらいには、この六年間、二人に与えられたものが多すぎる。

 ありがたい。
 そのことが、アマネには痛いくらいありがたい。

 だからこそ、胸のどこかで、静かに別の結論が固まり始める。

(……だったら、俺が行けばいいだけだ)

 王都が欲しいのは、自分一人だ。
 ルシアンでもギルバートでも、ギルドでもなく、“祝福の治癒師”という札だけだ。

 ならば、その札を差し出せばいい。
 そうすれば、この場所に向けられた『反逆の疑い』という視線は、きっと薄れる。

 それが正しいかどうかなんて、本当はわかっていないしどうでもいい。
 大切な居場所ができたからこそ、自分の大切な人が傷つくより、昔と同じ地獄に飛び込む方がよっぽどマシだと思えた。

 少し時間をかけてから、アマネはようやく口を開いた。


「……話してくれて、ありがとう。三日後は、ちゃんと逃げずに向き合うから」

 その言葉を聞いたルシアンの口元が、ほっとしたように満足げに緩んだ。

「……うん、ぜったいに大丈夫。僕らに、任せてくれたらいいからね」

 アマネはそこでようやく、ゆっくりと背もたれに体を預けた。
 身体の中の熱は、まだ完全には引いていない。
 けれど、さっきまで胸を締めていたどうしようもない不安は、少しだけ形を変え始めていた。

「今夜はもう、休みなさい」

 ルシアンが立ち上がり、アマネの頭を軽く撫でる。

「リサのことは、僕とギルで見ておく。君は起きあがろうとしないで」
「……はい」

 アマネが小さく頷くと、ギルバートもベッドから腰を上げた。扉の方へ歩きかけて、そのまま出ていくかと思いきや、ふと振り返る。

「アマネ」
「なに」
「『俺のせいで』、って言葉。次言ったらぶっ飛ばすからな」

 乱暴な言い方なのに、そこには揺るぎない優しさがあることを、アマネは知っている。

「……気を付ける」

 アマネがそう返すと、ギルバートが満足げに片手をひらひらと振り、ルシアンと共に部屋を出ていった。

 扉が閉まる。

 ようやく静かになった部屋に、ランタンの灯が揺れる。
 
(三日後、か)

 考えるだけで頭が重くなるような気がして、アマネは椅子から立ち上がると、そのままベッドに身を横たえた。

 ルシアンとギルバートは、どこまでいってもアマネの味方でいてくれるだろう。

 それでも、目を閉じると最初に浮かんだのは、血に濡れたリサの虚な瞳と、無茶苦茶な包帯を巻いたギルバートの顔。
 そして──酒場の前でアマネの手を取った、ロアンの温かい手の感触だった。

 鼓動の速さを数えるうちに、意識は少しずつ、静かな闇へと沈んでいった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ
BL
聡明な魔女だった祖母を亡くした後も、孤独な少年ハバトはひとり森の中で慎ましく暮らしていた。ある日、魔女を探し訪ねてきた美貌の青年セブの治療を、祖母に代わってハバトが引き受ける。優しさにあふれたセブにハバトは次第に心惹かれていくが、ハバトは“自分が男”だということをいつまでもセブに言えないままでいた。このままでも、セブのそばにいられるならばそれでいいと思っていたからだ。しかし、功を立て英雄と呼ばれるようになったセブに求婚され、ハバトは喜びからついその求婚を受け入れてしまう。冷静になったハバトは絶望した。 “きっと、求婚した相手が醜い男だとわかれば、自分はセブに酷く嫌われてしまうだろう” そう考えた臆病で世間知らずなハバトは、愛おしくて堪らない英雄から逃げることを決めた。 【堅物な美貌の英雄セブ×不憫で世間知らずな少年ハバト】 ※セブは普段堅物で実直攻めですが、本質は執着ヤンデレ攻めです。 ※受け攻め共に、徹頭徹尾一途です。 ※主要人物が死ぬことはありませんが、流血表現があります。 ※本番行為までは至りませんが、受けがモブに襲われる表現があります。

結婚することになったんだけど、相手が死人でした

河野彰
BL
俺、里見ヒカル。  この度、「死人」の花嫁になることになりました。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

処理中です...