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プロローグ ある屋敷の人々
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数ある高級住宅地の中でも、本当のお金持ちにしか住むことの許されない土地に、その洋館がたったのはわずか二十年前。物珍しさから、当時は近所の話題になったりもしたが、今では過去のネタとして、誰もその建物を何とも思っていなかった。
けれど、この洋館は地域一帯だけでなく、国内で数本の指に入るくらいには大きな敷地を陣取っている。
広大な敷地に豪華な邸宅。
誰が見ても、ひとめで一般人とはかけ離れた人種が暮らしていることは容易に想像できた。
「ほら、ここよ。あの有名人の家。」
「え?ここなの!?」
高くそびえ立つ門の前を通りすぎるらしい女性の声は、かすかなエンジン音にかき消される。それもそのはずで、彼女たちはタクシーの車内にいた。
もちろん、この辺り一体で運転手のいない車を持っていない者などいない。みな、後部座席で当たり前のように足を組んで目的地まで運ばれる。
けれど時々、こうして高級住宅地観光にくる一般人も少なくない。
「一度でいいから、招待されてみたいわ。」
「やめときなさい。」
通りすぎていく洋館を横目に車内の女性は目を輝かせたが、同席していたもう一人の女性にその願望は否定された。
なぜ?と首をかしげるのは洋館の中の人物に少なからず好意を寄せている証。はぁーと、洋館の前を通りすぎる度に同じ台詞を繰り返さなければならない彼女は、誰も聞いていない車内の中で、何かに怯えるように声を潜めた。
「お願いだから聞かないで。」
思い出したくない。
あの家は、一度招かれたら最後。
人生はとてもつまらないものに塗り変わってしまう。知らぬが仏とは、まさにこのことだと、彼女は友人に忠告する。
「魅壷|(ミツボ)邸は危険なの。」
不思議なことに、あれだけ広い敷地を有していながらメイドや家政婦は雇ってはおらず、人の出入りも少ない。そんな館に招かれたことのある女性は決まって同じ言葉を繰り返した。
「忘れられないほどスゴいんだから。」
身震いするように体を抱き締めた彼女は、すでに背後で姿を小さくした魅壷邸から隠れるようにうずくまる。
心なしか、その顔は真っ赤なリンゴのようになっていた。
「いいなぁ。」
そう思われるのも無理はない。
何故か妖艶な美しさを保ち続けるその家には、その外観に見合うだけの容姿端麗な人々が住んでいた。
本人たちはいたって普通に暮らしているつもりだったが、周りが放っておかない。
会社でも学校でも人気は桁違いだ。
それでもこうしてフワフワと浮いた話題がないのは、それだけ彼らがしっかりしているからなのか?
「───~っ……」
洋館の中では、外の静けさとはうって変わって、もう許してくださいと、か細い女の声がかすかに聞こえる。
次に、断続的な機械の音に混ざって狂気じみた叫びが響けば、庭の草をついばんでいた鳥たちが飛び立っていった。
「許してって、まだ始めたばっかだろうが。」
興味無さそうに、いや、どこか面倒そうに男は手元のリモコンを操る。
すると、女は反射的に体を暴れさせた。
「そうそう、まだ三時間?いや四時間かな?」
「何回でもイキたいって言ったくせに。」
室内に男は五人。
その中心で、女は逃げ出すこともできずに、ただただ懇願の言葉を吐き続けている。それなのに、男たちはクスクスと冷たく笑っていた。
年齢こそバラバラだが、その全員が同じ人間とは思えないほど、端整な顔立ちと独特の色気を身にまとっている。
そんな、男たちの中で女は力を振り絞って、わずかに動く首をふった。
「……イっ…アァ!?」
「えー。またイッちゃったの?」
「早くね?」
涙ながらに快楽をむさぼる女を男たちはあざ笑う。それを引き起こしている原因が自分達にあるにも関わらず、彼らは退屈そうに、胸を激しく上下させる女に冷めた視線をむけていた。
「快楽を与えてもらってばかりではいけないよ。」
椅子に腰かけていた一際落ち着いた紳士な声は、立ち上がると、ゆっくりと彼女を見下ろせる場所まで近寄っていく。
大きな台に固定され、卑猥な形をさらされた女は、唯一自由に動く口で助けを求めた。
「幸彦|(ユキヒコ)さま……ァっ…~~。」
何を言おうとしたのかはわからないが、途中で引き付けを起こしたらしい女の体は宙に浮く。面白い見世物だと言わんばかりに、クスリと口角をあげた"幸彦さま"は、彼女の懇願の声を阻止した彼に視線を流した。
「輝|(テル)の試作品は、失敗かな?」
「成功じゃね?」
幸彦と呼ばれた男とは比べ、答えた輝の声は若い。
女のことなどどうでもいいのか、この数時間ほど操作していたリモコンのネジの調子を整えている。
「でも検体が壊れる商品なんか不良品だと思う~。」
「そうだね。輝の試作品はさておき、陸|(リク)の連れてくる女も悪いと思うよ。」
「え~。晶|(アキラ)の意地悪。」
まだ少年のあどけなさを残した声は、嫌味をとばした声の持ち主をふてくされたように見つめた。
少し膨らませたほほと尖がらせた唇は、彼だからこそ効果のある表情だが、ここに居る者にそれは通用しない。
「戒|(カイ)は、どう思う?」
リモコンをいじりながら投げてよこした輝の問いに、そうですねと新しい丁寧な声がそれに答える。
ニコリと笑うこともなく、戒と呼ばれた男は、幸彦に見下ろされながら荒く胸を上下させる女のもとへと、向かっていった。
「──ッ!!? ~ぅあぁ~…ゃっ…イャァ…──…ふッ~っ」
「まだ、いい声が出るじゃないですか。輝は、いつもツメが甘いですからね。」
「殺さねーだけマシだろ。」
苦しげな呻き声をあげ続ける女の声など無視するかのように、男たちは会話を続けていた。その片手間ともいえる遊びにも近い気だるさで、拘束された女の脚の間に刺さっている"試作品"を戒は握りしめる。
たったそれだけなのに、女は狂ったように泣き声をあげた。
「やめてあげませんよ。」
三日月に歪む唇で凌辱する。
そんな戒の行動に、先ほど陸をたしなめた男は、呆れたようにため息をこぼしたあと、ニコリと口を開いた。
「戒は本当に壊すのが好きだね。」
「晶には、言われたくありませんよ。」
「───イヤァァァァッ!?」
「こんなにして、何が嫌なんでしょうね?」
「俺にも、もっとしてほしいって聞こえるよ。」
「それは仕方がないことなのだよ。女は嘘つきな生き物だからね。」
自分を見下ろす三人の男たちの楽しそうに微笑んだ顔は、女の目には恐怖にうつっていた。
彼らの歪んだ口元に反して、その冷めた瞳が更に欲情を煽っていく。まるで自分が何かの生贄のようにすら感じるが、どうしてこうなってしまったのかと考える力は残っていなかった。
あるのは、絶頂と快楽だけ。
「ゆッ…幸彦さ…まぁぁ。」
「なんだい?」
女は嘘つきだと言い切った男は、大人な笑みで女を見下ろす。
しかし女は気を失ったようでそれ以上、言葉を発しなかった。
涙や唾液に濡れた顔は恍惚にあとを残し、痙攣を繰り返すその体は愛液の爪痕を部屋中に振り撒いていた。真っ昼間の明るい室内で交わされる情事としては、いささか淫妖すぎるといえる。
「ちぇ。もう終わりぃ?」
「陸がもっとましな女を連れてこないからですよ。」
「え~。だって結構しつこかったよ?その人。」
アゴで気を失った女をさした陸は、不機嫌な戒の言葉を無視するかのように、もっと粘ると思ってたんだけどなぁと肩を落とす。
「後片付けは、陸に頼もう。」
「ちょっ!? 父さんっ。」
「反論は、しない。」
拒否を許さない幸彦の笑みに、陸はグッと押し黙ってしぶしぶ了承した。
美しいバラには、トゲがある。
手を伸ばして安易に触れようものなら、その美麗な容姿からは想像もつかない牙が姿をみせる。
───魅壷|(ミツボ)家。
一代で世界有数の玩具メーカーを築きあげたのが、先ほど女に"幸彦さま"と呼ばれた魅壷幸彦|(ユキヒコ)。
柔らかな笑みに反した冷めた瞳と、独特の色気を持つ長男の晶|(アキラ)。
リモコンを操作していたのは、試作品を作った張本人の次男、輝|(テル)。
丁寧な物言いと、冷酷な眼差しで検体を壊したのは三男の戒|(カイ)。
そして片付けを押し付けられたのが、末っ子の陸|(リク)。
今回はこの末弟の陸が連れてきた女が餌食になったようだが、なにもそれは今に始まったことではない。
彼らの容姿から言い寄ってくる女があとを絶たないのに、フワフワと浮いた話題がないのは、きっとこれが原因だろう。
───試作品
───検体
───トップの玩具メーカー会社
言い寄ってくる女の末路は、二つしか存在しない。
彼らをあきらめ、自由な人生を謳歌するか。彼らの検体になり身も心も囚われるか。
前者には幸福を
後者には快楽を
どちらを選んでも結局彼らは手に入らないのに、犠牲者は日に日に増えていくばかり。
「ねぇ、起きてよ~。」
「……ぅっ…。」
「あっ、起きた?」
顔を歪ませながら目を覚ました女に、陸は素直な笑みを向ける。一瞬、驚いたように飛び起きたものの、服を着ていることに安堵したのか、女はホッとした顔つきで陸に腕をのばした。
「満足出来てよかったね。」
「!!?」
ピタリと伸ばした腕を固まらせて、カッと顔を赤くしたまま声も出せない女に陸は続ける。
「父さんがね。店の商品に手をつける秘書は、いらないってさ。」
「!!?」
予想していなかったに違いない。
体が情事を鮮明に覚えている中で、女が現実を理解するには、少し無理があったらしい。
数秒の間があいたあと、女は顔を青く変えながら「そんなっ」と、絶句した。その衝撃は、陸を求めて行き場を失った手が、慌てて口をおおったことでも見てとれた。
「だから僕、言ってあげたのに。」
可憐な少年が残念そうな表情を浮かべるが、本心なのかどうなのかはよくわからない。
「手は出さない方がいいよって。」
「で…でも…。」
「なに? "私は、陸くんだけしかいらない"とか言っといて、結局、輝の試作品でイっちゃったこと忘れちゃった?」
「……。」
「僕のはもちろんあげないし、やっぱりキミにはあげられないよね。」
17歳とは思えないほど可愛い少年。彼の口から本当に発せられた言葉なのだろうか。
あまりにアンバランスすぎて、女はゴクリとのどを鳴らしたあと、不安定に首を揺らしながら違うと否定する。
「違うわ。あれは無理矢理あなたたちがっ───。」
「う~ん。僕の記憶が正しかったらキミが望んでしたことだよね?」
「………えっ?」
「輝の試作品に興味があったんでしょ?耐えられたら私のものよって、キミが提案したんじゃん。」
忘れちゃった?と、陸は数時間前の女性がとった物真似をしながら可愛く笑う。
女は思い当たるふしがあるのか、グッと押し黙って視線をそらした。
「本当、残念だなぁ。お姉さんは本気かと思ってたのにね。まっ、僕を本気で好きなら他の男に足は開かなかったんだろうけど。
結局、僕らなら誰でもよかったんでしょ?」
言い返す言葉も思い付かずに、女はついに涙をこぼした。
「違っ!? そんなこと……」
「なに? 言い訳に涙みせたって無理だからね。」
「ひど…ひどいわっ!! こんなのってないッ!」
「どっちが酷いのさ。」
急に下がった声の質に驚いて女が泣き顔をあげると、今まで笑顔だった年下の可憐な少年の顔からは、完璧に笑顔が消えていた。
「嫌がってる僕を最初に犯そうとしたのはキミだし、父さんの秘書として雇われているのに、業務をほったらかして男と遊んでたのもキミだよね?」
うっと、女は口をとざす。
「裏切ったのはキミでしょ?自業自得じゃん。」
そう言いながら、陸は足元がおぼつかない女の腕を引っ張りおこす。そうして、馬鹿みたいに現実逃避を繰り返す女の腕を陸は玄関まで無言で運んだ。
「ひとつ確認したいんだけど。」
ただ前を歩く陸の背中に付き従っていた女は、世界中の女性が夢にまでみた魅壷家の入口で陸を見上げる。
「な…っなに?」
時間にすれば、ほんの数秒の間合いも肌を刺すほどに痛い。
「僕らに近づいたのは、誰かの差し金?」
「え?」
何を聞かれているかわからないといった感じで、彼女は首をかしげた。その顔が本当に理解不能だと物語っていたので、陸はニコリと愛想笑いを浮かべて、女性を玄関扉へと誘導する。
「そっか。じゃ、よかった。」
そうして、呼び寄せておいた車に女を無理矢理押し込んだ。
「二度と僕らに近寄らないで。」
近寄ったらどうなるかわかってるよね?と、耳打ちすると、女はブルッと体を震わせた。
快楽からではない、恐怖に震える女を確認すると、陸は軽く車体をたたく。すると、車は音をたてて動き出した。
物言わぬ運転手は何も語らない。
ただ与えられた仕事をこなすだけだと言わんばかりに、知らん顔で洋館から遠ざかっていく。
閉じられた車内の中では、女が諦めと後悔をその背中ににじませながら、名残惜しそうに窓の外を見つめていた。
「はぁ。」
その車を冷めた目で見送った後、もう仕事は終わったとばかりに陸は大きく息を吐いた。
閑静な住宅街に人通りはない。
そもそも、お抱えの運転手が存在する連中が暮らしている住宅街で、歩いている人がいること自体珍しい。
────カシャンっ
軽い音をたてて遥か先にある門扉が閉まる。その音を背中で聞きながら、陸は物語に出てくるような玄関扉を再びくぐろうとした。
刹那、携帯がなる。
「陸、父さんから話があるみたいだから、それが終わったら来てくれるかな。」
「うん。もうとっくに終わってるから、すぐ行く。」
タイミングがいい電話越しの晶にむかって二つ返事で了承した陸は、話ってなんだろうと首をかしげながら携帯をポケットへと押し込んだ。
玄関を抜け、右手側に見える観音開きの扉を目指す。
「陸、遅かったですね。」
家族全員が座れる長いテーブルのおかれたダイニングでは、すでに全員がそろって腰かけていた。
「戒が無茶するからでしょー。」
「まぁまぁ、陸。とりあえず席につこうか。」
開口一番に遅刻を指摘されるような言い方はおかしいと、陸は戒の態度に難色を示す。けれど、口では文句を言いながらも、陸は晶の言うことを素直に聞いて自分のイスに腰かけた。
「で、話ってなに?」
見渡すように全員の顔を見てみたが、どうやら誰も知らないらしい。
不適な笑みを浮かべて、一番奥の誕生日席を陣取るこの館の主以外は。
「どうせ、新しい事業の展開とかってとこだろ?」
「輝。残念だが、はずれているよ。」
興味なさそうな輝の言葉に、一家の大黒柱である幸彦はいたずらな顔をむける。
ニヤニヤと、からかうような笑みが、息子たちを一瞥(イチベツ)した。
「今回は、新しい事業の展開ではない。新しく迎え入れる家族を報告しようと思ってね。」
はっ?とか、えっ?という驚きの声は聞こえず、呆れた顔の彼らからこぼされる言葉は、まさに文句そのもの。
「新しくもなにも今さらでしょう。」
「男ばっか増えてもなぁ。むさくるしくなるだけだろ。」
「輝は、どうして僕の方をむくのさ。」
「まぁ、輝の視線はおいといて、そうだね。部屋はあるから問題ないとは思うよ。」
長男の晶が、無駄に広い室内を見渡す。
たしかに、たった五人で暮らすには、もったいないほど広い。それでも今更、新しく家族を迎えると言われても、心が踊らない。男ならさらに息苦しくなるだけだと、誰もが言葉を濁した。
「お前たちの反応は想定の範囲内だ。」
ふっと口角をあげた幸彦は、着ていた背広の内側から一枚の写真を取り出す。
もとから、賛成の声があがることはないと重々承知の上での発言だったらしく、幸彦はポンッと彼らの中央にそれを落とした。
「"女"なら文句ないだろう?」
その写真を覗き込んだ彼らは、瞬時に顔色を変える。驚いたことに、誰もが信じられないと目を見開いて固まっていた。
「おい……まじかよ。」
「え?ちょ…どういうこと?」
「信じられません。」
「父さん、どこでこれを?」
口々に心のまま声を出した兄弟たちの最もな疑問を晶が代表して幸彦へと問いかける。
いや、そうせざるを得なかった。
確かな答えが今すぐほしい。
「これが運命だからだ。」
「「「「──っ!?」」」!
父の……いや、正確には養父の発言に、息子たちはそろってその顔をひきつらせた。全然答えになっていないばかりか、いい年をした中年の男が、サラリと口にしていい台詞ではない。
数々の発言の中で、一番耳を疑った。
「冗談じゃないよねっ!?」
「陸、父さんが嘘をついたことがあったかな?」
「「「「………。」」」」
どの口がモノを言うのだろうか。
彼らの目は全員がそう言っていたが、見つめられた幸彦は、依然楽しそうな笑みを崩さない。
いつも崇高なたたずまいを崩さない息子たちの驚愕の表情など、滅多に拝めるものじゃないだけに、自然と優越な笑みがこぼれていた。
「たしか、もう18になるのだったかな。」
彼らが穴があくほど見つめている写真を手で持ち上げながら、幸彦はわざとらしくその写真をふった。
子猫のように、写真を追いかける彼らの首はそろって揺れる。
「まさか!」
はっと、我にかえったように陸がイスから立ち上がった。
「結婚するつもり!?」
「「「!!?」」」
勢いにまかせて口走った陸の言葉を認識するや否や、仲良く写真を追いかけていた彼らの視線は、それだけは絶対に許さないと言わんばかりに敵意を添えて幸彦を睨み付ける。
そうした一挙一動が面白いのか、幸彦は演技じみた泣き真似で、心底残念そうに首を横にふった。
「本当はそうしたかったのだが、妻となると色々面倒が多いと思ってね。」
「あったりまえだ。」
「養女として迎え入れるしかなかったのだよ。」
その答えに、誰ともなくはぁーっと、胸を撫で下ろす。
「冗談が過ぎますよ。」
心臓に悪いと、戒は幸彦の発言をたしなめた。そして、再び写真の少女を見ようと視線を幸彦からそらす。
「あー。よりによって、また親父が第一発見者かよ……。」
「輝、なにか不満かな?」
「ありまくりだ。」
「でも父さん、よく見つけたね。」
晶が幸彦の手の中の写真を奪い取った。
そこに写るのは、どこにでもいそうな普通の少女。とりたてて、美人でもなくスタイルがいいわけでもない。
失礼ながらも、これならいつも言い寄ってくる彼女たちの方が容姿の面では良いと言えた。
「偶然だ。」
ピクリとその場の空気が凍りつく。
それは、幸彦が言葉の中に密かに滲ませた寂しさに対してではない。
何か思い出したくもない記憶があるのか、まるで部屋自体が怒りに震えているようだった。
いや、実際は殺気が肺に直接入ってくるような錯覚さえ感じられる。
幸彦はそれを見ることで、少し父親らしい表情をみせた。
「だが、ちゃんと会えた。」
安堵の息は室内を切なさと憂いで満たす。しかし、それも一瞬で、幸彦はフッと口角をあげると、余裕の表情で彼らを見下ろした。
「ようやく望む形で手に入る。」
息をのむほどの沈黙は、笑みを消した幸彦の前では意味をなさない。
"一生"手元に置こうと思う。
声高らかに宣言した父に、複雑に顔をゆがませていた一同は深くため息を吐いて了承した。
幼い頃から世話になっているだけでなく、こうして家族以上な家族として暮らしている仲である。こうなった父が止められないことは、わかりきっていた。
文字通り"報告"。
"相談"ではない。
すでに決定事項ゆえに反論したところで幸彦は、写真にうつる少女を引き取ることを止めはしないだろう。
「一応聞いておく、名前は?」
「優羽だ。」
幸彦の唇がかたどったその名前に、彼らは目を閉じて思いを飲み込んだ。
「本物なんだな?」
「当たり前だろう。」
「それで、いつ来るの?」
「明日。」
「明日ですか?また、急ですね。」
とことん用意周到な男だと諦めざるを得ない。たぶん、この調子だと写真の中の少女も事情を知らないんじゃないかとさえ思える。
だけど今はそんなこと、どうでもよかった。
「お前たちを子供扱いはしない。」
幸彦の発言に、気の引き締まる沈黙が部屋を支配する。
「どうしようとかまわないが、ルールは必ず守りなさい。」
もともとは、血の繋がりのない彼らが家族として生きていくためのルール。
どこの家庭でもありそうだが、それはこの魅壷家の人々にとっても例外ではない。
ルールは、円滑にことを運ぶためにあるもの。
優羽という新しい家族を受け入れることが、もはや決定事項である以上、やることは決まっていた。
誰もがそろって席をたつ。
明日やってくる少女のために、彼らは無言でその部屋を後にした。
───Prorogue end.
けれど、この洋館は地域一帯だけでなく、国内で数本の指に入るくらいには大きな敷地を陣取っている。
広大な敷地に豪華な邸宅。
誰が見ても、ひとめで一般人とはかけ離れた人種が暮らしていることは容易に想像できた。
「ほら、ここよ。あの有名人の家。」
「え?ここなの!?」
高くそびえ立つ門の前を通りすぎるらしい女性の声は、かすかなエンジン音にかき消される。それもそのはずで、彼女たちはタクシーの車内にいた。
もちろん、この辺り一体で運転手のいない車を持っていない者などいない。みな、後部座席で当たり前のように足を組んで目的地まで運ばれる。
けれど時々、こうして高級住宅地観光にくる一般人も少なくない。
「一度でいいから、招待されてみたいわ。」
「やめときなさい。」
通りすぎていく洋館を横目に車内の女性は目を輝かせたが、同席していたもう一人の女性にその願望は否定された。
なぜ?と首をかしげるのは洋館の中の人物に少なからず好意を寄せている証。はぁーと、洋館の前を通りすぎる度に同じ台詞を繰り返さなければならない彼女は、誰も聞いていない車内の中で、何かに怯えるように声を潜めた。
「お願いだから聞かないで。」
思い出したくない。
あの家は、一度招かれたら最後。
人生はとてもつまらないものに塗り変わってしまう。知らぬが仏とは、まさにこのことだと、彼女は友人に忠告する。
「魅壷|(ミツボ)邸は危険なの。」
不思議なことに、あれだけ広い敷地を有していながらメイドや家政婦は雇ってはおらず、人の出入りも少ない。そんな館に招かれたことのある女性は決まって同じ言葉を繰り返した。
「忘れられないほどスゴいんだから。」
身震いするように体を抱き締めた彼女は、すでに背後で姿を小さくした魅壷邸から隠れるようにうずくまる。
心なしか、その顔は真っ赤なリンゴのようになっていた。
「いいなぁ。」
そう思われるのも無理はない。
何故か妖艶な美しさを保ち続けるその家には、その外観に見合うだけの容姿端麗な人々が住んでいた。
本人たちはいたって普通に暮らしているつもりだったが、周りが放っておかない。
会社でも学校でも人気は桁違いだ。
それでもこうしてフワフワと浮いた話題がないのは、それだけ彼らがしっかりしているからなのか?
「───~っ……」
洋館の中では、外の静けさとはうって変わって、もう許してくださいと、か細い女の声がかすかに聞こえる。
次に、断続的な機械の音に混ざって狂気じみた叫びが響けば、庭の草をついばんでいた鳥たちが飛び立っていった。
「許してって、まだ始めたばっかだろうが。」
興味無さそうに、いや、どこか面倒そうに男は手元のリモコンを操る。
すると、女は反射的に体を暴れさせた。
「そうそう、まだ三時間?いや四時間かな?」
「何回でもイキたいって言ったくせに。」
室内に男は五人。
その中心で、女は逃げ出すこともできずに、ただただ懇願の言葉を吐き続けている。それなのに、男たちはクスクスと冷たく笑っていた。
年齢こそバラバラだが、その全員が同じ人間とは思えないほど、端整な顔立ちと独特の色気を身にまとっている。
そんな、男たちの中で女は力を振り絞って、わずかに動く首をふった。
「……イっ…アァ!?」
「えー。またイッちゃったの?」
「早くね?」
涙ながらに快楽をむさぼる女を男たちはあざ笑う。それを引き起こしている原因が自分達にあるにも関わらず、彼らは退屈そうに、胸を激しく上下させる女に冷めた視線をむけていた。
「快楽を与えてもらってばかりではいけないよ。」
椅子に腰かけていた一際落ち着いた紳士な声は、立ち上がると、ゆっくりと彼女を見下ろせる場所まで近寄っていく。
大きな台に固定され、卑猥な形をさらされた女は、唯一自由に動く口で助けを求めた。
「幸彦|(ユキヒコ)さま……ァっ…~~。」
何を言おうとしたのかはわからないが、途中で引き付けを起こしたらしい女の体は宙に浮く。面白い見世物だと言わんばかりに、クスリと口角をあげた"幸彦さま"は、彼女の懇願の声を阻止した彼に視線を流した。
「輝|(テル)の試作品は、失敗かな?」
「成功じゃね?」
幸彦と呼ばれた男とは比べ、答えた輝の声は若い。
女のことなどどうでもいいのか、この数時間ほど操作していたリモコンのネジの調子を整えている。
「でも検体が壊れる商品なんか不良品だと思う~。」
「そうだね。輝の試作品はさておき、陸|(リク)の連れてくる女も悪いと思うよ。」
「え~。晶|(アキラ)の意地悪。」
まだ少年のあどけなさを残した声は、嫌味をとばした声の持ち主をふてくされたように見つめた。
少し膨らませたほほと尖がらせた唇は、彼だからこそ効果のある表情だが、ここに居る者にそれは通用しない。
「戒|(カイ)は、どう思う?」
リモコンをいじりながら投げてよこした輝の問いに、そうですねと新しい丁寧な声がそれに答える。
ニコリと笑うこともなく、戒と呼ばれた男は、幸彦に見下ろされながら荒く胸を上下させる女のもとへと、向かっていった。
「──ッ!!? ~ぅあぁ~…ゃっ…イャァ…──…ふッ~っ」
「まだ、いい声が出るじゃないですか。輝は、いつもツメが甘いですからね。」
「殺さねーだけマシだろ。」
苦しげな呻き声をあげ続ける女の声など無視するかのように、男たちは会話を続けていた。その片手間ともいえる遊びにも近い気だるさで、拘束された女の脚の間に刺さっている"試作品"を戒は握りしめる。
たったそれだけなのに、女は狂ったように泣き声をあげた。
「やめてあげませんよ。」
三日月に歪む唇で凌辱する。
そんな戒の行動に、先ほど陸をたしなめた男は、呆れたようにため息をこぼしたあと、ニコリと口を開いた。
「戒は本当に壊すのが好きだね。」
「晶には、言われたくありませんよ。」
「───イヤァァァァッ!?」
「こんなにして、何が嫌なんでしょうね?」
「俺にも、もっとしてほしいって聞こえるよ。」
「それは仕方がないことなのだよ。女は嘘つきな生き物だからね。」
自分を見下ろす三人の男たちの楽しそうに微笑んだ顔は、女の目には恐怖にうつっていた。
彼らの歪んだ口元に反して、その冷めた瞳が更に欲情を煽っていく。まるで自分が何かの生贄のようにすら感じるが、どうしてこうなってしまったのかと考える力は残っていなかった。
あるのは、絶頂と快楽だけ。
「ゆッ…幸彦さ…まぁぁ。」
「なんだい?」
女は嘘つきだと言い切った男は、大人な笑みで女を見下ろす。
しかし女は気を失ったようでそれ以上、言葉を発しなかった。
涙や唾液に濡れた顔は恍惚にあとを残し、痙攣を繰り返すその体は愛液の爪痕を部屋中に振り撒いていた。真っ昼間の明るい室内で交わされる情事としては、いささか淫妖すぎるといえる。
「ちぇ。もう終わりぃ?」
「陸がもっとましな女を連れてこないからですよ。」
「え~。だって結構しつこかったよ?その人。」
アゴで気を失った女をさした陸は、不機嫌な戒の言葉を無視するかのように、もっと粘ると思ってたんだけどなぁと肩を落とす。
「後片付けは、陸に頼もう。」
「ちょっ!? 父さんっ。」
「反論は、しない。」
拒否を許さない幸彦の笑みに、陸はグッと押し黙ってしぶしぶ了承した。
美しいバラには、トゲがある。
手を伸ばして安易に触れようものなら、その美麗な容姿からは想像もつかない牙が姿をみせる。
───魅壷|(ミツボ)家。
一代で世界有数の玩具メーカーを築きあげたのが、先ほど女に"幸彦さま"と呼ばれた魅壷幸彦|(ユキヒコ)。
柔らかな笑みに反した冷めた瞳と、独特の色気を持つ長男の晶|(アキラ)。
リモコンを操作していたのは、試作品を作った張本人の次男、輝|(テル)。
丁寧な物言いと、冷酷な眼差しで検体を壊したのは三男の戒|(カイ)。
そして片付けを押し付けられたのが、末っ子の陸|(リク)。
今回はこの末弟の陸が連れてきた女が餌食になったようだが、なにもそれは今に始まったことではない。
彼らの容姿から言い寄ってくる女があとを絶たないのに、フワフワと浮いた話題がないのは、きっとこれが原因だろう。
───試作品
───検体
───トップの玩具メーカー会社
言い寄ってくる女の末路は、二つしか存在しない。
彼らをあきらめ、自由な人生を謳歌するか。彼らの検体になり身も心も囚われるか。
前者には幸福を
後者には快楽を
どちらを選んでも結局彼らは手に入らないのに、犠牲者は日に日に増えていくばかり。
「ねぇ、起きてよ~。」
「……ぅっ…。」
「あっ、起きた?」
顔を歪ませながら目を覚ました女に、陸は素直な笑みを向ける。一瞬、驚いたように飛び起きたものの、服を着ていることに安堵したのか、女はホッとした顔つきで陸に腕をのばした。
「満足出来てよかったね。」
「!!?」
ピタリと伸ばした腕を固まらせて、カッと顔を赤くしたまま声も出せない女に陸は続ける。
「父さんがね。店の商品に手をつける秘書は、いらないってさ。」
「!!?」
予想していなかったに違いない。
体が情事を鮮明に覚えている中で、女が現実を理解するには、少し無理があったらしい。
数秒の間があいたあと、女は顔を青く変えながら「そんなっ」と、絶句した。その衝撃は、陸を求めて行き場を失った手が、慌てて口をおおったことでも見てとれた。
「だから僕、言ってあげたのに。」
可憐な少年が残念そうな表情を浮かべるが、本心なのかどうなのかはよくわからない。
「手は出さない方がいいよって。」
「で…でも…。」
「なに? "私は、陸くんだけしかいらない"とか言っといて、結局、輝の試作品でイっちゃったこと忘れちゃった?」
「……。」
「僕のはもちろんあげないし、やっぱりキミにはあげられないよね。」
17歳とは思えないほど可愛い少年。彼の口から本当に発せられた言葉なのだろうか。
あまりにアンバランスすぎて、女はゴクリとのどを鳴らしたあと、不安定に首を揺らしながら違うと否定する。
「違うわ。あれは無理矢理あなたたちがっ───。」
「う~ん。僕の記憶が正しかったらキミが望んでしたことだよね?」
「………えっ?」
「輝の試作品に興味があったんでしょ?耐えられたら私のものよって、キミが提案したんじゃん。」
忘れちゃった?と、陸は数時間前の女性がとった物真似をしながら可愛く笑う。
女は思い当たるふしがあるのか、グッと押し黙って視線をそらした。
「本当、残念だなぁ。お姉さんは本気かと思ってたのにね。まっ、僕を本気で好きなら他の男に足は開かなかったんだろうけど。
結局、僕らなら誰でもよかったんでしょ?」
言い返す言葉も思い付かずに、女はついに涙をこぼした。
「違っ!? そんなこと……」
「なに? 言い訳に涙みせたって無理だからね。」
「ひど…ひどいわっ!! こんなのってないッ!」
「どっちが酷いのさ。」
急に下がった声の質に驚いて女が泣き顔をあげると、今まで笑顔だった年下の可憐な少年の顔からは、完璧に笑顔が消えていた。
「嫌がってる僕を最初に犯そうとしたのはキミだし、父さんの秘書として雇われているのに、業務をほったらかして男と遊んでたのもキミだよね?」
うっと、女は口をとざす。
「裏切ったのはキミでしょ?自業自得じゃん。」
そう言いながら、陸は足元がおぼつかない女の腕を引っ張りおこす。そうして、馬鹿みたいに現実逃避を繰り返す女の腕を陸は玄関まで無言で運んだ。
「ひとつ確認したいんだけど。」
ただ前を歩く陸の背中に付き従っていた女は、世界中の女性が夢にまでみた魅壷家の入口で陸を見上げる。
「な…っなに?」
時間にすれば、ほんの数秒の間合いも肌を刺すほどに痛い。
「僕らに近づいたのは、誰かの差し金?」
「え?」
何を聞かれているかわからないといった感じで、彼女は首をかしげた。その顔が本当に理解不能だと物語っていたので、陸はニコリと愛想笑いを浮かべて、女性を玄関扉へと誘導する。
「そっか。じゃ、よかった。」
そうして、呼び寄せておいた車に女を無理矢理押し込んだ。
「二度と僕らに近寄らないで。」
近寄ったらどうなるかわかってるよね?と、耳打ちすると、女はブルッと体を震わせた。
快楽からではない、恐怖に震える女を確認すると、陸は軽く車体をたたく。すると、車は音をたてて動き出した。
物言わぬ運転手は何も語らない。
ただ与えられた仕事をこなすだけだと言わんばかりに、知らん顔で洋館から遠ざかっていく。
閉じられた車内の中では、女が諦めと後悔をその背中ににじませながら、名残惜しそうに窓の外を見つめていた。
「はぁ。」
その車を冷めた目で見送った後、もう仕事は終わったとばかりに陸は大きく息を吐いた。
閑静な住宅街に人通りはない。
そもそも、お抱えの運転手が存在する連中が暮らしている住宅街で、歩いている人がいること自体珍しい。
────カシャンっ
軽い音をたてて遥か先にある門扉が閉まる。その音を背中で聞きながら、陸は物語に出てくるような玄関扉を再びくぐろうとした。
刹那、携帯がなる。
「陸、父さんから話があるみたいだから、それが終わったら来てくれるかな。」
「うん。もうとっくに終わってるから、すぐ行く。」
タイミングがいい電話越しの晶にむかって二つ返事で了承した陸は、話ってなんだろうと首をかしげながら携帯をポケットへと押し込んだ。
玄関を抜け、右手側に見える観音開きの扉を目指す。
「陸、遅かったですね。」
家族全員が座れる長いテーブルのおかれたダイニングでは、すでに全員がそろって腰かけていた。
「戒が無茶するからでしょー。」
「まぁまぁ、陸。とりあえず席につこうか。」
開口一番に遅刻を指摘されるような言い方はおかしいと、陸は戒の態度に難色を示す。けれど、口では文句を言いながらも、陸は晶の言うことを素直に聞いて自分のイスに腰かけた。
「で、話ってなに?」
見渡すように全員の顔を見てみたが、どうやら誰も知らないらしい。
不適な笑みを浮かべて、一番奥の誕生日席を陣取るこの館の主以外は。
「どうせ、新しい事業の展開とかってとこだろ?」
「輝。残念だが、はずれているよ。」
興味なさそうな輝の言葉に、一家の大黒柱である幸彦はいたずらな顔をむける。
ニヤニヤと、からかうような笑みが、息子たちを一瞥(イチベツ)した。
「今回は、新しい事業の展開ではない。新しく迎え入れる家族を報告しようと思ってね。」
はっ?とか、えっ?という驚きの声は聞こえず、呆れた顔の彼らからこぼされる言葉は、まさに文句そのもの。
「新しくもなにも今さらでしょう。」
「男ばっか増えてもなぁ。むさくるしくなるだけだろ。」
「輝は、どうして僕の方をむくのさ。」
「まぁ、輝の視線はおいといて、そうだね。部屋はあるから問題ないとは思うよ。」
長男の晶が、無駄に広い室内を見渡す。
たしかに、たった五人で暮らすには、もったいないほど広い。それでも今更、新しく家族を迎えると言われても、心が踊らない。男ならさらに息苦しくなるだけだと、誰もが言葉を濁した。
「お前たちの反応は想定の範囲内だ。」
ふっと口角をあげた幸彦は、着ていた背広の内側から一枚の写真を取り出す。
もとから、賛成の声があがることはないと重々承知の上での発言だったらしく、幸彦はポンッと彼らの中央にそれを落とした。
「"女"なら文句ないだろう?」
その写真を覗き込んだ彼らは、瞬時に顔色を変える。驚いたことに、誰もが信じられないと目を見開いて固まっていた。
「おい……まじかよ。」
「え?ちょ…どういうこと?」
「信じられません。」
「父さん、どこでこれを?」
口々に心のまま声を出した兄弟たちの最もな疑問を晶が代表して幸彦へと問いかける。
いや、そうせざるを得なかった。
確かな答えが今すぐほしい。
「これが運命だからだ。」
「「「「──っ!?」」」!
父の……いや、正確には養父の発言に、息子たちはそろってその顔をひきつらせた。全然答えになっていないばかりか、いい年をした中年の男が、サラリと口にしていい台詞ではない。
数々の発言の中で、一番耳を疑った。
「冗談じゃないよねっ!?」
「陸、父さんが嘘をついたことがあったかな?」
「「「「………。」」」」
どの口がモノを言うのだろうか。
彼らの目は全員がそう言っていたが、見つめられた幸彦は、依然楽しそうな笑みを崩さない。
いつも崇高なたたずまいを崩さない息子たちの驚愕の表情など、滅多に拝めるものじゃないだけに、自然と優越な笑みがこぼれていた。
「たしか、もう18になるのだったかな。」
彼らが穴があくほど見つめている写真を手で持ち上げながら、幸彦はわざとらしくその写真をふった。
子猫のように、写真を追いかける彼らの首はそろって揺れる。
「まさか!」
はっと、我にかえったように陸がイスから立ち上がった。
「結婚するつもり!?」
「「「!!?」」」
勢いにまかせて口走った陸の言葉を認識するや否や、仲良く写真を追いかけていた彼らの視線は、それだけは絶対に許さないと言わんばかりに敵意を添えて幸彦を睨み付ける。
そうした一挙一動が面白いのか、幸彦は演技じみた泣き真似で、心底残念そうに首を横にふった。
「本当はそうしたかったのだが、妻となると色々面倒が多いと思ってね。」
「あったりまえだ。」
「養女として迎え入れるしかなかったのだよ。」
その答えに、誰ともなくはぁーっと、胸を撫で下ろす。
「冗談が過ぎますよ。」
心臓に悪いと、戒は幸彦の発言をたしなめた。そして、再び写真の少女を見ようと視線を幸彦からそらす。
「あー。よりによって、また親父が第一発見者かよ……。」
「輝、なにか不満かな?」
「ありまくりだ。」
「でも父さん、よく見つけたね。」
晶が幸彦の手の中の写真を奪い取った。
そこに写るのは、どこにでもいそうな普通の少女。とりたてて、美人でもなくスタイルがいいわけでもない。
失礼ながらも、これならいつも言い寄ってくる彼女たちの方が容姿の面では良いと言えた。
「偶然だ。」
ピクリとその場の空気が凍りつく。
それは、幸彦が言葉の中に密かに滲ませた寂しさに対してではない。
何か思い出したくもない記憶があるのか、まるで部屋自体が怒りに震えているようだった。
いや、実際は殺気が肺に直接入ってくるような錯覚さえ感じられる。
幸彦はそれを見ることで、少し父親らしい表情をみせた。
「だが、ちゃんと会えた。」
安堵の息は室内を切なさと憂いで満たす。しかし、それも一瞬で、幸彦はフッと口角をあげると、余裕の表情で彼らを見下ろした。
「ようやく望む形で手に入る。」
息をのむほどの沈黙は、笑みを消した幸彦の前では意味をなさない。
"一生"手元に置こうと思う。
声高らかに宣言した父に、複雑に顔をゆがませていた一同は深くため息を吐いて了承した。
幼い頃から世話になっているだけでなく、こうして家族以上な家族として暮らしている仲である。こうなった父が止められないことは、わかりきっていた。
文字通り"報告"。
"相談"ではない。
すでに決定事項ゆえに反論したところで幸彦は、写真にうつる少女を引き取ることを止めはしないだろう。
「一応聞いておく、名前は?」
「優羽だ。」
幸彦の唇がかたどったその名前に、彼らは目を閉じて思いを飲み込んだ。
「本物なんだな?」
「当たり前だろう。」
「それで、いつ来るの?」
「明日。」
「明日ですか?また、急ですね。」
とことん用意周到な男だと諦めざるを得ない。たぶん、この調子だと写真の中の少女も事情を知らないんじゃないかとさえ思える。
だけど今はそんなこと、どうでもよかった。
「お前たちを子供扱いはしない。」
幸彦の発言に、気の引き締まる沈黙が部屋を支配する。
「どうしようとかまわないが、ルールは必ず守りなさい。」
もともとは、血の繋がりのない彼らが家族として生きていくためのルール。
どこの家庭でもありそうだが、それはこの魅壷家の人々にとっても例外ではない。
ルールは、円滑にことを運ぶためにあるもの。
優羽という新しい家族を受け入れることが、もはや決定事項である以上、やることは決まっていた。
誰もがそろって席をたつ。
明日やってくる少女のために、彼らは無言でその部屋を後にした。
───Prorogue end.
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