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第一夜 あらわれた姫巫女(上)
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もう、ここがどこだかわからない。
気がつけば森の奥深くを歩き、四方八方を高い木々に囲まれ、見知らぬ動植物が睨みをきかせている中を進んでいた。
「ダメ…っ…さすがに休もう」
はぁと、歩き通しで疲れた足を休めるために腰をおろしかけたところで、優羽は大きな遠吠えを耳にする。その瞬間、硬直しかけた身体は木々に寄り添うように茂みの一角に逃げ込んだ。
「また、だ」
息を潜めてやりすごすしかない。
とても効果のある方法とは思えなかったが、それでも森の一部と化してしまえば無事にやり過ごせるんじゃないかと本気で思っていた。
狼なんて怖くない。
強く握りしめた右手を左手で包み込みながら、優羽はジッと息を殺していた。
ここ数日、歩けば歩くほど狼の遠吠えを耳にする機会が増えていく気がする。
「まだ、この辺には野生の狼がいるんだ」
震える身体を落ち着かせるように、優羽は鼻から深い息を吐き出す。噛み締めた唇は、あたりを伺うように神経をとがらせて震えていた。
「でも…っ…どうしよう」
流行り病で両親と村を無くした後、身寄りを求めて故郷を離れてはみたが、不作続きでどこにも受け入れてもらえなかった。
見知らぬ土地は冷たい。余所者だというだけで、関わりを持つことを嫌う傾向にあるのか、お腹をすかせた孤児を迎え入れてくれる場所などどこにもなかった。
「お腹すいた」
何日もまともに物を口にしていない。
幸い、五体満足で生きているが、野盗や山賊に襲われないとも限らない。女一人、旅をするなど、気がふれたと思われるのもわかっている。
それでも、なんとかここまで進んできた。宛のない旅。木の実と水でしのぐ日々を送ってきたが、間もなく季節は変わろうとしている。このままどこにも定住できなければ、どういう結果が訪れるかなど、言われなくても想像できた。
けれど内心、焦ったところでどうにもならない。
「はぁ」
物憂げなタメ息が優羽の口からこぼれ落ちる。頭の中には先ほど立ち寄った村の映像が浮かんでいた。
少し声をかけただけなのに、迎え入れてくれるどころか、若い娘を求める男たちから逃げる羽目となってしまった。運よく逃げきれそうな森を見つけて足を踏み入れてみたものの、何故か進む道はあるのに帰る道がない。
振り返っても歩いてきた道は草木に隠されたかのように姿を消し、薄暗い視界も相まって、優羽の方向感覚はすっかり役にたたないものになっていた。
「だからって、このままここにいるわけにもいかないし」
木漏れ日の隙間からほんのわずかに覗く空は、黄金色の中に星まで見せ始めている。秋も深まってくると、夜は寒くなる上に、夜目(ヤメ)がきかない身としては自身を守ることさえままならない。このままあてもなくさ迷っていると、危険なことは目に見えてあきらかだった。
その時、誰かが近づいてくる気配を落ち葉が叫ぶ。
「おい、女はどこ行きやがった」
「ッ!?」
さっき、まいたはずの声が聞こえてくる。
「ったく、貴重な若い娘だってのに。よりにもよってイヌガミ様の森に入るたぁいい度胸してやがる」
「んだ。姫巫女になりだくなくて、里の女はどんどんいなぐねっからな」
「最後の生き神かぁ知らねっけど、迷惑な話だぜ」
「でもこのままじゃ、おらたちも危ねぇよ」
やはり、最後におとずれた村の男たちだった。
話してる内容はよくわからなかったが、木を一本隔てた先にいる二人の男はどこか怯えているように見えなくもない。
「わかってっけどよ」
周囲を警戒しているのか、二人の視線は定まらず、優羽を探すこと以外に何か別の理由がありそうだった。
「この森はイヌガミ様の縄張りだぁ。暗くなる前に出ねぇと、おらたちが食われちまうよ」
「だったらおめぇ、あの女が白い狼どもに見つかったらどぉすんだ?」
「したら、おらたちの村の女ってことにしで、来年の姫巫女を無くしてもらうってのはどぅだ?」
成る程と相方の男が嫌な顔を見せた。
そして、二人で顔を見合わせると、うんっと小さくうなずきあう。
「ッ!?」
その時また、遠吠えが聞こえた。
一目散に走っていった二人の村人の話から想像するに、この遠吠えの持ち主は狼で間違いないらしい。
だが、よくわからなかった。
「イヌガミ様ってなんだろ?」
閉鎖的な村には、他人には到底理解できない因習があると聞いたことがある。
イヌガミ様と狼は似て非なるものなのか。同じものなのか。先ほどの会話だけで断定するのは難しい。
「ひめ、み、こ……しろい、狼?」
優羽は耳にしたことのない言葉に首をかしげるしかない。
最後に訪れた村人たちは祭りが終わったばかりだと疲れたような顔をしていたが、何か関係があるのだろうか。あの男たちの様子から考える限り、好んで参加する祭りではなさそうだった。
「とりあえず───」
どちらにしろ、野生の肉食獣が近くにいることに違いはない。
「───危険らしいことはわかった」
うんっと、茂みから抜け出して男たちが去っていった方向に身体をむけてみた。が、また道が消えている。
「どうなっているの?」
このまま永遠に森から出られないんじゃないかという嫌な考えは、再びこだまする遠吠えによって、見事なまでにかき消されていった。
例えば肉食の狼がこの森にいたとして、さ迷って死ぬのも、食われて死ぬのも願い下げだが、このままジッとしていてもいい方向に転ぶはずはない。
森は昼でも色んな生き物の声に溢れているとはいえ、夜行性の動物の方が危険なことは知っている。
「はぁ」
深い森の奥地での野宿は避けたいが、このままだとそうも言っていられそうにない。せめて民家のひとつでも見える場所があるのなら希望も持てるのにと、優羽は肩を落としながら道を見つめていた。
「進むしかない…っ…か」
導かれるように、優羽は顔をあげる。
どこに繋がっているかはわからないが、消失してしまった不気味な帰り道を探すより、足下の獣道らしき道を歩いた方が安心に思えた。ただでさえ、山の中は何の装備もない少女の体力を奪っていく。
「よし」
気合いを入れて山登りを再開させる以外に、道は残されていなかった。
「はぁ…はぁ…ッ…あっ!!」
そこから獣道が教える通りに上ってきたところで、優羽は森の木々の隙間がわずかに光りを放っているのを発見した。疲れているはずの足どりが軽くなり、気付いた時には軽く駆け出していた。
「やっと……やっと、森を抜けられる、ッ!?」
一瞬。あまりの光に優羽は視界を片腕でおおい隠した。それでもすぐに、勝てない好奇心に細めた目で視界を開ける。
「ぅ…ッ…わぁ~」
思わず感嘆の息が漏れた。
目の前には澄みきった池が広がり、黄昏時の太陽の光を受けて金色に輝いている。
残念ながら、期待していた人里とは程遠いが、疲れた体に潤いを与えられる場所であることにかわりなかった。
「みっ、水だぁ」
酷使した身体に休息を与えようと、優羽はふらふらと泉に足を踏み出す。
「……ぅ…ッ」
茂みから体を踏み出す直前で、優羽はピタッと足を止めた。湧き水が作り出した泉の近くに何かいる。
巨大な岩。いや、生き物か。
「そこで何をしている?」
「…………」
驚いたなんてものじゃない。
確認した姿に思わず息を飲んだ。
元は白銀の毛並みなのだろう。夕暮れの光を浴びて全身を金色に輝かせた大きな狼。その澄みきった瞳が、まっすぐに優羽を見つめていた。
「あっ――――」
「こっから出てけッ!!」
今度こそ心臓が止まったかと思った。
まさかの出来事に、狼も怪訝な顔をしたように見えた。
「お前だろ」
優羽が狼に口を開くのと同時に、少し離れた先から姿を見せたのは、小さな男の子。
「ねっちゃんを返せ!!」
突然の遭遇者に、優羽は言葉を奪われていた。狼の視線に答えようとした身体は自然に止まり、木陰に隠れるようにしてその様子を見つめることしか出来ない。
「お前たちが姉ちゃんを…っ…イヌガミ様だかなんだか知らんけんど、こっ…こっから出てけ、消えちまえ」
「なぜだ?」
それは、とても純粋な問いかけに聞こえた。
だが、震える男の子にはわからなかったのだろう。必死に足を踏ん張らせながら、恐らくイヌガミだろう狼を涙目で睨んでいる。
「ここは、おいらたちの土地だ!」
茂みから身をのりだし、果敢にも狼に威勢を放つ少年。その訴えは秋風に乗って優羽の耳にもはっきりと聞こえていた。
「勘違いするな」
そのゆっくりした低い声に、少年も優羽も思わず唇を噛み締める。
目をそらせない不思議な力がそこにあった。
「人間風情が笑わせてくれる。俺たちが、この土地に住まわせてやっているんだ。嫌ならお前たちが出ていけばいい」
「おいらたちがいなくなったら、餌がなくなってイヌガミ様たちが困るんだぞ!!」
「別に困りはしない」
淡々と答える狼の姿に、興奮状態の男の子は怒ったように鼻をならす。
それに興味がそがれたのか、イヌガミと呼ばれた狼はフッと視線を泉へと戻した。
「バカにするなっ!!」
「危ないッ!!」
バシッと顔面に当たった石に視界がぼやける。何も考えずに飛び出してしまった優羽は、静まり返った空気にハッと我に返った。
「あ…っ…えっと」
一瞬何が起こったのか、誰も理解出来なかったに違いない。イヌガミに向けて石を投げつけた男の子は、まさか人が飛び出してくるとは予想もしていなかったのか、石を投げた格好のまま固まっていた。本来なら石をぶつけられていただろう狼までもが、驚いたように目を見開いている。
束の間の沈黙。
静まり返った空気を動かそうと視線をさ迷わせる優羽の代わりに、意外にも狼の方が先に口火をきった。
「面白い」
背後に感じた声に悪寒を感じて、優羽は驚愕のまなざしで振り返る。なぜか、咄嗟に男の子を背にかばっていた。
「なぜ助ける?」
それは、自分でもよくわからない。
「怪我を負わせたことを詫びもしないやつをかばうのか。いいのか、童(ワッパ)は行ってしまったぞ?」
背にかばった見ず知らずの少年が逃げ去ってしまうことは無理もないと思う反面、みずから危険な状況に飛び込んだ自分を優羽は呪った。
かけぬけた背筋の何かに本能が危険を察知したとはいえ、一人身となった優羽を助けてくれる人は残念ながら存在しない。
「どうした。腰が抜けたついでに、声までも落としたか?」
フッと笑みを浮かべながらまっすぐに見下ろしてくる銀色の瞳に、優羽は引き込まれるのを感じていた。
「────きれい」
言ってからしまったと気付く。
思わず見惚れてしまったが、この状況を客観的に見てみれば、肉食獣に狙われたただの獲物。逃げなければ命はない。
そんな状況下でつぶやく一言にしては、あまりにも非現実過ぎる。
それなのに、さっきまで殺気をまとっていた狼の緊張が、わずかにやわらいだ気がした。
なぜかはわからない。
でも、直感的にそう思えた途端、優羽は人知れずホッと小さく胸をなで下ろしていた。
「え、あ…っ…あの」
優羽はジッと見つめてくる狼の瞳を見つめ返す。
銀色の瞳はゆらゆらと好機と興味を含んだように優羽を眺めていた。
「…っ……」
ドキドキする。
怖いはずの存在が不思議と怖くなかった。代わりに、優羽の心臓は意味のわからない鼓動を訴えている。感じたことのない緊張感。息ができない錯覚に陥ってしまいそうだった。
「返事はもういい」
そう告げられて、改めて、優羽は自分が見当違いなことを口走ってしまった羞恥に口を閉ざす。
何をどう受け取ったのかは知らないが、その名前も知らない白銀のイヌガミ様はニヤリと意地悪く笑った気がした。
「お前のせいで今晩の食事が逃げた」
「え?」
ぐさりと胸に突き刺さるような物言いに、優羽は力を抜いた身体を再び硬直させる。
「村でもひとつ襲ってくるか」
「そんな……っ」
なんでもないように吐き出された言葉に驚いて、優羽は思わず身を乗り出していた。どこか不敵に見下ろしてくる狼は、優羽の青ざめた顔を見て面白そうにふんっと小さく鼻をならす。
「お前がエサになるか?」
その問いに、答えられるわけがない。
戸惑いに視線をそらした優羽に興味を無くしたのか、その狼は背を向けてどこかに立ち去ろうとしている。
「まっ、待ってください!」
またも口を開いてから、しまったと思った。面倒そうに視線だけで振り返ってきた立派な狼は、片腕を伸ばしたまま顔をひきつらせる優羽を見て眉をしかめる。「まだ何かあるのか」目がそういっていた。
「ど、どこの村かわかりませんけど、わっ私が餌になったら、村を襲わないでいただけますか?」
「は?」
われながら悪くない取引だと口にしてみたが、その狼の間の抜けた返答に優羽の勢いはそがれる。
目の前で村を襲うと断言した狼を放っておくわけにはいかない、などというのは建前(タテマエ)で、本当はただの偽善なことはわかっていた。
こんな貧相な少女ひとりと、多くの村人たち。どちらが彼の飢えを満たすことが出来るかなど、さっき逃げた男の子でさえわかる問題だった。
「なるほど。村を襲わぬ代わりとして、お前がエサになる、と」
だが、目の前の狼は違ったらしい。
どこかに行こうとしていた身体をもとに戻し、夕日を浴びて黄金色に輝く毛を見せつけながらその瞳を細めてきた。
「ッ?!」
その圧力に冷や汗が流れていくのがわかる。でも、何の意地なのかわからない。もしかしたら恐怖から来る現実逃避かも知れない。
それでも、優羽は震える声で巨大な獣の問いを肯定していた。
「………はい」
答えてから体が震え出す。
情けないと笑われても仕方がない。
この状態で次にどうなるのか。考えただけでも恐ろしいが、反対にもうどうにでもなれと内心で思っている自分もいる。
それに、なぜか眼前の白狼から目がそらせなかった。
「うまそうだ」
何をだろうと訪ねるより前に、優羽は狼に起こった変化についていけず、口をあけたまま固まっていた。
これは夢じゃないかと思う。いや、夢でなければ何というのだろう。
狼が人間の姿に変わっただけでも驚きなのに、名も知らないイヌガミ様は浮世離れするほどに美しかった。整った顔立ち、均整のとれた肉体美、変身の過程を目撃していなければ、夢だと勘違いしたかもしれない。
「額に傷を負わされ、かばってくれたことに礼をのべない村人に律儀なことだな」
目のやり場に困るほど美しい麗人は、徐々に近づいてきながら不敵な笑みを浮かべている。
「自身の代わりに食われるかもしれない少女を置き去りにした村人の代わりに、お前は俺たちに身を投稿するのか?」
思わず後ずさりしてしまうほど、近づいてきた"男"に、優羽はゴクリとのどを鳴らす。影は縫い付けられたのか、指先まで見惚れてしまったようだった。
どこか遠く、けれど、確実に近くで聞こえる声が再度問いかけてくる。
「食われる意味を理解しているか?」
「えっ……まぁ……」
そこまで深くは考えていなかったが、スッとほほに当てられた彼の手に動揺して優羽は言葉をなくす。
「あの村に何か深い思い入れでもあるのか?」
「えっ?」
純粋に尋ねられて、優羽は茫然と彼を見つめた。
ホホを撫でる指先が必要以上に優しいことにも驚いたが、彼の質問の意味を理解することも難しい。
「あの村?」
優羽は自然と首を傾けて聞き返していた。
「ふもとの村だ」
今度は少し不機嫌そうに目の前の男の目が細く変わる。
ふもとの村と聞いて優羽が真っ先に浮かんだのは、因習に縛り付けられた、人を寄せ付けない雰囲気をもつ、最後に立ち寄った村だった。脳裏をよぎったその村が、例の二人組の男たちや、さっきの男の子が住む村をさしているのだろうことはすぐにわかった。
「思い入れなどありません」
少し物悲しそうに優羽は瞳をふせる。
「私は、故郷を流行り病でなくしました」
狼男の指が優しいからだろうか。
優羽は小さな声でポツリと、ここに至った経緯を口にした。
「身寄りがないので、どこか暮らしていけそうな人里を探していただけです。あの村は、最後に立ち寄りましたけど、厄介払いされてしまって─────」
そう口にしているうちに、どんどん情けなくなってくる。
あてもなく一人で流浪(ルロウ)の旅を続け、ようやく村を見つけたと思えば、追い払われたあげく、男たちに追い回され、不気味な森に迷いこんだ。最終的に、命さえ危険にさらしているとなれば、情けなさが胸を打つ。
「─────本当…っ…どうかしてますよね」
男の言う通りだと痛感せざるを得ない。
自分はいったい何をやっているんだと、冷静さが戻ってきた気持ちは、どんどん滅入っていく。
「そうか気に入った」
「なにがで、ッ」
沈んだ雰囲気で視線を落とした優羽は、突然、人間の姿をしたイヌガミ様が、額に出来た傷を舐めあげるように舌をはわせ、甘く髪をすき始めたことに驚き、身を硬直させた。
案外男らしい手に従って、絡み付いた髪が流れるのを横目に、痺れるほどの電流が走った額にギュッと目を閉じると、今度はそのまま地面に押し倒される。
「ン…ッ…ちょ…待っ、あ……」
どさっと柔らかな土の上に体が横たわり、真上から降り注いでくる圧力に押しつぶされそうになる。優しく包むようにかばわれた後頭部と、引き寄せるように回された腰の腕には逆らえない。
てっきり、狼である彼に八つ裂きにされるとばかり思い込んでいた優羽は、首筋に顔をうずめてくる柔らかな感触に驚いて身をよじらせた。
「ヤっ、やめ…ッ…~あっ」
全身がゾクゾクと甘い痺れをもたらし、鼻から抜けるような吐息が勝手に口からもれだしていく。
「ふっ…ンッ~っ……アッ、ゃ、ンッ」
バッと慌てて、優羽は自分の口を両手でふさいだ。
恥ずかしい。
自分の口から出したとは思えない声に、優羽は顔が赤くなるのを感じていた。けれど、ペロペロと舐めあげてくる彼の舌は、額と首筋を往復する動きをやめてくれない。時々、耳にかかる熱い吐息に翻弄され、吐いたことのない息が変な声をあげそうになる。
「ふ、んっ……ヒぁ…ヤッ……」
いつのまにか、耳の裏まで執拗に舐めてくる彼の肩を、優羽は震えるように掴んでいた。無意識に閉じられた目と同様、彼の肩をつかむ手にもだんだん力がこもっていく。
自分でも聞いたことのない声が、出したくもないのに勝手に口からこぼれてしまう。これ以上は羞恥に耐え切れないと、真っ赤な顔で逃げることを想像しているのに、優羽は必死に全身に力をこめ、狼の行為に耐えるしかなかった。
「い…やっ…ッ……まっ、て」
何が起こっているのか、まったくわからない。
イヌガミ様が舌をはわせるたびに、勝手に反応した神経が身体を動かしていく。びくびくと小刻みに揺れる体の異変に理解がおいつかないまま、がっしりと押さえ込まれた頭と体に混乱が広がっていく。
「あ……~~ッ」
優羽が身動きが取れないで悶えているのをいいことに、秀麗な男は好きなように全身を舐めまわそうとしてくる。それこそ、時々自分のものだという証を残すように強く吸い上げながら優羽の肌を堪能していた。
「大人しくしていろ」
「ッ!?」
上から密着させるように覆い被さってくる狼が、全裸なことが余計に悪い。
「んッ…ぁ…ぅ…はぁ…ん、っ~~」
男の経験なんてない上に、彼を見ているだけで気持ちが変になりそうだった。
気がつけば森の奥深くを歩き、四方八方を高い木々に囲まれ、見知らぬ動植物が睨みをきかせている中を進んでいた。
「ダメ…っ…さすがに休もう」
はぁと、歩き通しで疲れた足を休めるために腰をおろしかけたところで、優羽は大きな遠吠えを耳にする。その瞬間、硬直しかけた身体は木々に寄り添うように茂みの一角に逃げ込んだ。
「また、だ」
息を潜めてやりすごすしかない。
とても効果のある方法とは思えなかったが、それでも森の一部と化してしまえば無事にやり過ごせるんじゃないかと本気で思っていた。
狼なんて怖くない。
強く握りしめた右手を左手で包み込みながら、優羽はジッと息を殺していた。
ここ数日、歩けば歩くほど狼の遠吠えを耳にする機会が増えていく気がする。
「まだ、この辺には野生の狼がいるんだ」
震える身体を落ち着かせるように、優羽は鼻から深い息を吐き出す。噛み締めた唇は、あたりを伺うように神経をとがらせて震えていた。
「でも…っ…どうしよう」
流行り病で両親と村を無くした後、身寄りを求めて故郷を離れてはみたが、不作続きでどこにも受け入れてもらえなかった。
見知らぬ土地は冷たい。余所者だというだけで、関わりを持つことを嫌う傾向にあるのか、お腹をすかせた孤児を迎え入れてくれる場所などどこにもなかった。
「お腹すいた」
何日もまともに物を口にしていない。
幸い、五体満足で生きているが、野盗や山賊に襲われないとも限らない。女一人、旅をするなど、気がふれたと思われるのもわかっている。
それでも、なんとかここまで進んできた。宛のない旅。木の実と水でしのぐ日々を送ってきたが、間もなく季節は変わろうとしている。このままどこにも定住できなければ、どういう結果が訪れるかなど、言われなくても想像できた。
けれど内心、焦ったところでどうにもならない。
「はぁ」
物憂げなタメ息が優羽の口からこぼれ落ちる。頭の中には先ほど立ち寄った村の映像が浮かんでいた。
少し声をかけただけなのに、迎え入れてくれるどころか、若い娘を求める男たちから逃げる羽目となってしまった。運よく逃げきれそうな森を見つけて足を踏み入れてみたものの、何故か進む道はあるのに帰る道がない。
振り返っても歩いてきた道は草木に隠されたかのように姿を消し、薄暗い視界も相まって、優羽の方向感覚はすっかり役にたたないものになっていた。
「だからって、このままここにいるわけにもいかないし」
木漏れ日の隙間からほんのわずかに覗く空は、黄金色の中に星まで見せ始めている。秋も深まってくると、夜は寒くなる上に、夜目(ヤメ)がきかない身としては自身を守ることさえままならない。このままあてもなくさ迷っていると、危険なことは目に見えてあきらかだった。
その時、誰かが近づいてくる気配を落ち葉が叫ぶ。
「おい、女はどこ行きやがった」
「ッ!?」
さっき、まいたはずの声が聞こえてくる。
「ったく、貴重な若い娘だってのに。よりにもよってイヌガミ様の森に入るたぁいい度胸してやがる」
「んだ。姫巫女になりだくなくて、里の女はどんどんいなぐねっからな」
「最後の生き神かぁ知らねっけど、迷惑な話だぜ」
「でもこのままじゃ、おらたちも危ねぇよ」
やはり、最後におとずれた村の男たちだった。
話してる内容はよくわからなかったが、木を一本隔てた先にいる二人の男はどこか怯えているように見えなくもない。
「わかってっけどよ」
周囲を警戒しているのか、二人の視線は定まらず、優羽を探すこと以外に何か別の理由がありそうだった。
「この森はイヌガミ様の縄張りだぁ。暗くなる前に出ねぇと、おらたちが食われちまうよ」
「だったらおめぇ、あの女が白い狼どもに見つかったらどぉすんだ?」
「したら、おらたちの村の女ってことにしで、来年の姫巫女を無くしてもらうってのはどぅだ?」
成る程と相方の男が嫌な顔を見せた。
そして、二人で顔を見合わせると、うんっと小さくうなずきあう。
「ッ!?」
その時また、遠吠えが聞こえた。
一目散に走っていった二人の村人の話から想像するに、この遠吠えの持ち主は狼で間違いないらしい。
だが、よくわからなかった。
「イヌガミ様ってなんだろ?」
閉鎖的な村には、他人には到底理解できない因習があると聞いたことがある。
イヌガミ様と狼は似て非なるものなのか。同じものなのか。先ほどの会話だけで断定するのは難しい。
「ひめ、み、こ……しろい、狼?」
優羽は耳にしたことのない言葉に首をかしげるしかない。
最後に訪れた村人たちは祭りが終わったばかりだと疲れたような顔をしていたが、何か関係があるのだろうか。あの男たちの様子から考える限り、好んで参加する祭りではなさそうだった。
「とりあえず───」
どちらにしろ、野生の肉食獣が近くにいることに違いはない。
「───危険らしいことはわかった」
うんっと、茂みから抜け出して男たちが去っていった方向に身体をむけてみた。が、また道が消えている。
「どうなっているの?」
このまま永遠に森から出られないんじゃないかという嫌な考えは、再びこだまする遠吠えによって、見事なまでにかき消されていった。
例えば肉食の狼がこの森にいたとして、さ迷って死ぬのも、食われて死ぬのも願い下げだが、このままジッとしていてもいい方向に転ぶはずはない。
森は昼でも色んな生き物の声に溢れているとはいえ、夜行性の動物の方が危険なことは知っている。
「はぁ」
深い森の奥地での野宿は避けたいが、このままだとそうも言っていられそうにない。せめて民家のひとつでも見える場所があるのなら希望も持てるのにと、優羽は肩を落としながら道を見つめていた。
「進むしかない…っ…か」
導かれるように、優羽は顔をあげる。
どこに繋がっているかはわからないが、消失してしまった不気味な帰り道を探すより、足下の獣道らしき道を歩いた方が安心に思えた。ただでさえ、山の中は何の装備もない少女の体力を奪っていく。
「よし」
気合いを入れて山登りを再開させる以外に、道は残されていなかった。
「はぁ…はぁ…ッ…あっ!!」
そこから獣道が教える通りに上ってきたところで、優羽は森の木々の隙間がわずかに光りを放っているのを発見した。疲れているはずの足どりが軽くなり、気付いた時には軽く駆け出していた。
「やっと……やっと、森を抜けられる、ッ!?」
一瞬。あまりの光に優羽は視界を片腕でおおい隠した。それでもすぐに、勝てない好奇心に細めた目で視界を開ける。
「ぅ…ッ…わぁ~」
思わず感嘆の息が漏れた。
目の前には澄みきった池が広がり、黄昏時の太陽の光を受けて金色に輝いている。
残念ながら、期待していた人里とは程遠いが、疲れた体に潤いを与えられる場所であることにかわりなかった。
「みっ、水だぁ」
酷使した身体に休息を与えようと、優羽はふらふらと泉に足を踏み出す。
「……ぅ…ッ」
茂みから体を踏み出す直前で、優羽はピタッと足を止めた。湧き水が作り出した泉の近くに何かいる。
巨大な岩。いや、生き物か。
「そこで何をしている?」
「…………」
驚いたなんてものじゃない。
確認した姿に思わず息を飲んだ。
元は白銀の毛並みなのだろう。夕暮れの光を浴びて全身を金色に輝かせた大きな狼。その澄みきった瞳が、まっすぐに優羽を見つめていた。
「あっ――――」
「こっから出てけッ!!」
今度こそ心臓が止まったかと思った。
まさかの出来事に、狼も怪訝な顔をしたように見えた。
「お前だろ」
優羽が狼に口を開くのと同時に、少し離れた先から姿を見せたのは、小さな男の子。
「ねっちゃんを返せ!!」
突然の遭遇者に、優羽は言葉を奪われていた。狼の視線に答えようとした身体は自然に止まり、木陰に隠れるようにしてその様子を見つめることしか出来ない。
「お前たちが姉ちゃんを…っ…イヌガミ様だかなんだか知らんけんど、こっ…こっから出てけ、消えちまえ」
「なぜだ?」
それは、とても純粋な問いかけに聞こえた。
だが、震える男の子にはわからなかったのだろう。必死に足を踏ん張らせながら、恐らくイヌガミだろう狼を涙目で睨んでいる。
「ここは、おいらたちの土地だ!」
茂みから身をのりだし、果敢にも狼に威勢を放つ少年。その訴えは秋風に乗って優羽の耳にもはっきりと聞こえていた。
「勘違いするな」
そのゆっくりした低い声に、少年も優羽も思わず唇を噛み締める。
目をそらせない不思議な力がそこにあった。
「人間風情が笑わせてくれる。俺たちが、この土地に住まわせてやっているんだ。嫌ならお前たちが出ていけばいい」
「おいらたちがいなくなったら、餌がなくなってイヌガミ様たちが困るんだぞ!!」
「別に困りはしない」
淡々と答える狼の姿に、興奮状態の男の子は怒ったように鼻をならす。
それに興味がそがれたのか、イヌガミと呼ばれた狼はフッと視線を泉へと戻した。
「バカにするなっ!!」
「危ないッ!!」
バシッと顔面に当たった石に視界がぼやける。何も考えずに飛び出してしまった優羽は、静まり返った空気にハッと我に返った。
「あ…っ…えっと」
一瞬何が起こったのか、誰も理解出来なかったに違いない。イヌガミに向けて石を投げつけた男の子は、まさか人が飛び出してくるとは予想もしていなかったのか、石を投げた格好のまま固まっていた。本来なら石をぶつけられていただろう狼までもが、驚いたように目を見開いている。
束の間の沈黙。
静まり返った空気を動かそうと視線をさ迷わせる優羽の代わりに、意外にも狼の方が先に口火をきった。
「面白い」
背後に感じた声に悪寒を感じて、優羽は驚愕のまなざしで振り返る。なぜか、咄嗟に男の子を背にかばっていた。
「なぜ助ける?」
それは、自分でもよくわからない。
「怪我を負わせたことを詫びもしないやつをかばうのか。いいのか、童(ワッパ)は行ってしまったぞ?」
背にかばった見ず知らずの少年が逃げ去ってしまうことは無理もないと思う反面、みずから危険な状況に飛び込んだ自分を優羽は呪った。
かけぬけた背筋の何かに本能が危険を察知したとはいえ、一人身となった優羽を助けてくれる人は残念ながら存在しない。
「どうした。腰が抜けたついでに、声までも落としたか?」
フッと笑みを浮かべながらまっすぐに見下ろしてくる銀色の瞳に、優羽は引き込まれるのを感じていた。
「────きれい」
言ってからしまったと気付く。
思わず見惚れてしまったが、この状況を客観的に見てみれば、肉食獣に狙われたただの獲物。逃げなければ命はない。
そんな状況下でつぶやく一言にしては、あまりにも非現実過ぎる。
それなのに、さっきまで殺気をまとっていた狼の緊張が、わずかにやわらいだ気がした。
なぜかはわからない。
でも、直感的にそう思えた途端、優羽は人知れずホッと小さく胸をなで下ろしていた。
「え、あ…っ…あの」
優羽はジッと見つめてくる狼の瞳を見つめ返す。
銀色の瞳はゆらゆらと好機と興味を含んだように優羽を眺めていた。
「…っ……」
ドキドキする。
怖いはずの存在が不思議と怖くなかった。代わりに、優羽の心臓は意味のわからない鼓動を訴えている。感じたことのない緊張感。息ができない錯覚に陥ってしまいそうだった。
「返事はもういい」
そう告げられて、改めて、優羽は自分が見当違いなことを口走ってしまった羞恥に口を閉ざす。
何をどう受け取ったのかは知らないが、その名前も知らない白銀のイヌガミ様はニヤリと意地悪く笑った気がした。
「お前のせいで今晩の食事が逃げた」
「え?」
ぐさりと胸に突き刺さるような物言いに、優羽は力を抜いた身体を再び硬直させる。
「村でもひとつ襲ってくるか」
「そんな……っ」
なんでもないように吐き出された言葉に驚いて、優羽は思わず身を乗り出していた。どこか不敵に見下ろしてくる狼は、優羽の青ざめた顔を見て面白そうにふんっと小さく鼻をならす。
「お前がエサになるか?」
その問いに、答えられるわけがない。
戸惑いに視線をそらした優羽に興味を無くしたのか、その狼は背を向けてどこかに立ち去ろうとしている。
「まっ、待ってください!」
またも口を開いてから、しまったと思った。面倒そうに視線だけで振り返ってきた立派な狼は、片腕を伸ばしたまま顔をひきつらせる優羽を見て眉をしかめる。「まだ何かあるのか」目がそういっていた。
「ど、どこの村かわかりませんけど、わっ私が餌になったら、村を襲わないでいただけますか?」
「は?」
われながら悪くない取引だと口にしてみたが、その狼の間の抜けた返答に優羽の勢いはそがれる。
目の前で村を襲うと断言した狼を放っておくわけにはいかない、などというのは建前(タテマエ)で、本当はただの偽善なことはわかっていた。
こんな貧相な少女ひとりと、多くの村人たち。どちらが彼の飢えを満たすことが出来るかなど、さっき逃げた男の子でさえわかる問題だった。
「なるほど。村を襲わぬ代わりとして、お前がエサになる、と」
だが、目の前の狼は違ったらしい。
どこかに行こうとしていた身体をもとに戻し、夕日を浴びて黄金色に輝く毛を見せつけながらその瞳を細めてきた。
「ッ?!」
その圧力に冷や汗が流れていくのがわかる。でも、何の意地なのかわからない。もしかしたら恐怖から来る現実逃避かも知れない。
それでも、優羽は震える声で巨大な獣の問いを肯定していた。
「………はい」
答えてから体が震え出す。
情けないと笑われても仕方がない。
この状態で次にどうなるのか。考えただけでも恐ろしいが、反対にもうどうにでもなれと内心で思っている自分もいる。
それに、なぜか眼前の白狼から目がそらせなかった。
「うまそうだ」
何をだろうと訪ねるより前に、優羽は狼に起こった変化についていけず、口をあけたまま固まっていた。
これは夢じゃないかと思う。いや、夢でなければ何というのだろう。
狼が人間の姿に変わっただけでも驚きなのに、名も知らないイヌガミ様は浮世離れするほどに美しかった。整った顔立ち、均整のとれた肉体美、変身の過程を目撃していなければ、夢だと勘違いしたかもしれない。
「額に傷を負わされ、かばってくれたことに礼をのべない村人に律儀なことだな」
目のやり場に困るほど美しい麗人は、徐々に近づいてきながら不敵な笑みを浮かべている。
「自身の代わりに食われるかもしれない少女を置き去りにした村人の代わりに、お前は俺たちに身を投稿するのか?」
思わず後ずさりしてしまうほど、近づいてきた"男"に、優羽はゴクリとのどを鳴らす。影は縫い付けられたのか、指先まで見惚れてしまったようだった。
どこか遠く、けれど、確実に近くで聞こえる声が再度問いかけてくる。
「食われる意味を理解しているか?」
「えっ……まぁ……」
そこまで深くは考えていなかったが、スッとほほに当てられた彼の手に動揺して優羽は言葉をなくす。
「あの村に何か深い思い入れでもあるのか?」
「えっ?」
純粋に尋ねられて、優羽は茫然と彼を見つめた。
ホホを撫でる指先が必要以上に優しいことにも驚いたが、彼の質問の意味を理解することも難しい。
「あの村?」
優羽は自然と首を傾けて聞き返していた。
「ふもとの村だ」
今度は少し不機嫌そうに目の前の男の目が細く変わる。
ふもとの村と聞いて優羽が真っ先に浮かんだのは、因習に縛り付けられた、人を寄せ付けない雰囲気をもつ、最後に立ち寄った村だった。脳裏をよぎったその村が、例の二人組の男たちや、さっきの男の子が住む村をさしているのだろうことはすぐにわかった。
「思い入れなどありません」
少し物悲しそうに優羽は瞳をふせる。
「私は、故郷を流行り病でなくしました」
狼男の指が優しいからだろうか。
優羽は小さな声でポツリと、ここに至った経緯を口にした。
「身寄りがないので、どこか暮らしていけそうな人里を探していただけです。あの村は、最後に立ち寄りましたけど、厄介払いされてしまって─────」
そう口にしているうちに、どんどん情けなくなってくる。
あてもなく一人で流浪(ルロウ)の旅を続け、ようやく村を見つけたと思えば、追い払われたあげく、男たちに追い回され、不気味な森に迷いこんだ。最終的に、命さえ危険にさらしているとなれば、情けなさが胸を打つ。
「─────本当…っ…どうかしてますよね」
男の言う通りだと痛感せざるを得ない。
自分はいったい何をやっているんだと、冷静さが戻ってきた気持ちは、どんどん滅入っていく。
「そうか気に入った」
「なにがで、ッ」
沈んだ雰囲気で視線を落とした優羽は、突然、人間の姿をしたイヌガミ様が、額に出来た傷を舐めあげるように舌をはわせ、甘く髪をすき始めたことに驚き、身を硬直させた。
案外男らしい手に従って、絡み付いた髪が流れるのを横目に、痺れるほどの電流が走った額にギュッと目を閉じると、今度はそのまま地面に押し倒される。
「ン…ッ…ちょ…待っ、あ……」
どさっと柔らかな土の上に体が横たわり、真上から降り注いでくる圧力に押しつぶされそうになる。優しく包むようにかばわれた後頭部と、引き寄せるように回された腰の腕には逆らえない。
てっきり、狼である彼に八つ裂きにされるとばかり思い込んでいた優羽は、首筋に顔をうずめてくる柔らかな感触に驚いて身をよじらせた。
「ヤっ、やめ…ッ…~あっ」
全身がゾクゾクと甘い痺れをもたらし、鼻から抜けるような吐息が勝手に口からもれだしていく。
「ふっ…ンッ~っ……アッ、ゃ、ンッ」
バッと慌てて、優羽は自分の口を両手でふさいだ。
恥ずかしい。
自分の口から出したとは思えない声に、優羽は顔が赤くなるのを感じていた。けれど、ペロペロと舐めあげてくる彼の舌は、額と首筋を往復する動きをやめてくれない。時々、耳にかかる熱い吐息に翻弄され、吐いたことのない息が変な声をあげそうになる。
「ふ、んっ……ヒぁ…ヤッ……」
いつのまにか、耳の裏まで執拗に舐めてくる彼の肩を、優羽は震えるように掴んでいた。無意識に閉じられた目と同様、彼の肩をつかむ手にもだんだん力がこもっていく。
自分でも聞いたことのない声が、出したくもないのに勝手に口からこぼれてしまう。これ以上は羞恥に耐え切れないと、真っ赤な顔で逃げることを想像しているのに、優羽は必死に全身に力をこめ、狼の行為に耐えるしかなかった。
「い…やっ…ッ……まっ、て」
何が起こっているのか、まったくわからない。
イヌガミ様が舌をはわせるたびに、勝手に反応した神経が身体を動かしていく。びくびくと小刻みに揺れる体の異変に理解がおいつかないまま、がっしりと押さえ込まれた頭と体に混乱が広がっていく。
「あ……~~ッ」
優羽が身動きが取れないで悶えているのをいいことに、秀麗な男は好きなように全身を舐めまわそうとしてくる。それこそ、時々自分のものだという証を残すように強く吸い上げながら優羽の肌を堪能していた。
「大人しくしていろ」
「ッ!?」
上から密着させるように覆い被さってくる狼が、全裸なことが余計に悪い。
「んッ…ぁ…ぅ…はぁ…ん、っ~~」
男の経験なんてない上に、彼を見ているだけで気持ちが変になりそうだった。
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