【R18】帝都遊郭カタルシス

皐月うしこ

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参書:四季を冠る香妃

01:変わりゆく日常

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目の前で揺れる金髪が、もはや新鮮ではなく日常に感じるほど、ジンの来訪は頻度をあげてアザミの部屋を陣取っていた。
「許されたい」と口にした言葉は本意なのだと、ジンは土産や贈り物をもってやってくる。毎日とは言わなくても、ヒスイが「さっき会ったばかりなのに」とぼやき、アベニが「くると思った」というほどで、短い時間でも顔を出すジンの姿が目撃されている。
ジンが来ると四獣は席をたつ。
同じ空間で同席することはないに等しい。それが嫉妬心を煽って厄介なことになるので、悩みの種がひとつ増えた。


「アザミちゃん、ジンくんに変なことされなかった?」

「ジンさまは、お茶を飲んで帰っただけでありんす」

「へぇ……ねぇ、アザミちゃん。ボクには淹れてくれないの?」


どちらかというと、ヒスイはこんな形で口実を利用している。ヒスイの言い分では、アザミが「陛下」「統王様」から「ジンさま」とジンの呼び名を変えたことが逆鱗に触れたらしい。それはコウラもアベニも同様で、ジンが去ったあとは匂いも何もかもを塗り替える勢いで迫られる。


「ジンと一定以上の距離に近づくな」

「コウラ様、そうは言って……ッ……」


コウラに至っては、会話すらままならない。
嫉妬を全力でぶつけられるのも、行き過ぎた愛情表現だと思えば嬉しくもなる。素肌を絡み合わせて寝台で一日を終える日も珍しくはない。


「ァッ……どうして、アベニ様……ッ……」

「そろそろジンが来る。ジンが帰れば、存分に可愛がってやるから、それまでお預けだ」

「でも……ッ……ぃ、いかせてくれる……っ、て」

「それなら早々にジンを追い返すんだな」


疼いた欲情を隠してジンに会わされたこともある。
ここ数日、数か月間。これまでの生活とまったく変わってしまった日常に、目が回るほど忙しく感じたのも無理はない。四獣と過ごしているだけでも十分忙しかったのに、ジンが予告なく来訪頻度をあげるせいで、慌ただしさが尋常じゃない。
唯一の救いは、ジンの滞在時間が短いこと。
口づけ以上の行為がないことは、ある意味、平穏でほっと息のつける時間になりつつあった。ジンとはお茶飲み仲間のような、旧来の友人のような、何ともいえない雰囲気の中で互いに近況を語り合う程度の距離を保っている。


「アザミ花魁、統王様でありんす」


最初は緊張して震えていたニガナもジンの来訪を告げる声に随分と馴染みが出てきた。
変化も続けば日常になる。
ジンのお渡りは、アザミが待ち望む間もなく、雨の日も、風の日も、晴れの日も関係なく、指折り数えて待つ必要もない。


「ったく、またいんのかよ」

「イルハ。そなたもここで茶でも飲むといい」

「いらねぇ」


ジンがアザミの部屋で偉そうな態度なのは、ジンが二つの国を統治する王であって、尊い存在なのだから仕方ない。それでも、もう二時間。遊郭街を一望できる窓側の席に座り込み、本を読みふける姿はどうかと思う。
アザミも並んで菓子を食べてお茶を飲んでいたのだから、ジンと二人でなごんでいるような雰囲気に見えたに違いない。四獣と統王が同じ空間で花魁と過ごさないのは暗黙の了承。そのせいで、イルハが超絶不機嫌な態度で隣の監視室へと引っ込んでしまった。


「せっかくうまいと評判の菓子を持ってきたのに」


反抗期かと、嘆息するジンの姿にアザミも困ったように肩を落とす。
イルハの気持ちがわからないでもない。現在、ジンが座る席はイルハが好んで座る席と同じ。アザミを寵愛する権利を持つ頂点がジンなのだから、イルハは譲らざるを得ないのだろうが、少しだけ不憫に思う。


「アザミ」

「……はい。なんでありんしょう」

「そなたはわかりやすいな」


穏やかに微笑んだジンの手が、読んでいた本を閉じてアザミを招く。
おいでおいでと優しく振られる手に従ってみれば、アザミはジンの足の間に座らされた。


「こういう感情を妬けるというのだろうな」

「なにか言いんしたか?」

「アザミが日に日に愛しく感じると言ったのだ」


後ろから腕を回して軽く抱きしめられる。そのついでに、うなじに顔を埋めて呟かれた言葉を聞き取れるほど心中は穏やかでいられない。
ジンとの距離を正直まだつかめていない。
戸惑いが隠せないのは、愛情表現がわからないほど子どもでもなく、素直にすべてを許せるほど大人でもないからだろう。


「名残惜しいが、わたしは戻る。あとはイルハと食べるといい」

「でも、イルハ様は多分」


食べないと思う。と続くはずの言葉は、柔らかく重なった唇にさえぎられる。
ほんのりとした甘みを感じるのは、ジンが口にしていた菓子のせいか、アザミが口にしていた菓子のせいか。お茶で流す前に混ざってしまえば、どちらとも言えない甘味が重なる唇の合間から広がっていく。


「イルハが食べないのであれば、ニガナにでもやるといい」

「それは喜びんす」


本を持って立ち上がるということは、本当に帰るに違いない。
コウラが帰って、イルハが来るまでの隙間を狙ったとジンは言うかもしれないが、実際はコウラを早々に追い返したことをアザミは知っている。


「コウラは少し、アザミに肩入れしすぎだ」

「惚れた女の傍にいたいと思って何が悪いのです?」

「アザミの傍にいるなと言っているのではなく、仕事をしろといっている」

「そっくりそのまま同じ言葉を返しますよ。最近、わざわざ時間を作って足をお運びになっているそうではありませんか。多忙な統王様が随分と暇なようですね」

「わたしが来訪して不機嫌なのはわかるが、香妃が黒珠館の経費について相談したいとわたしに直接文を寄こしたぞ」


そうして持ってきた文をコウラに押し付けて、ジンは入れ替わるようにアザミの傍にいる権利を奪った。コウラは文に目を通すなり、渋々といった様子で帰っていったのはいうまでもない。
強く抱きしめ、ジンに見せつけるような深い口づけを残していくのを忘れないあたり、さすがコウラというべきかもしれないが、こうしてジンとも去り際の口づけを交わしていると、誰も変わらないのだなという感想が浮かんでくる。
そして同時に「香妃(かひ)」という存在を思い出す。
香妃とは妓楼で、容姿、技術、才能に恵まれた妓女の頂点が得る称号のこと。特に、四獣がそれぞれの領で管轄している高級妓楼は黄宝館と並んで、人気や格式が高く、歴史も古い。ゆえに、それら四人の香妃もアザミに匹敵するほど名が通りやすい。
例えば、コウラが管理する玄武領の黒珠館(コクジュカン)にはラミア、イルハが管理する白虎領の白珠館(ハクジュカン)にはフヨウ、アベニが管理する朱雀領の朱珠館(シュジュカン)にはクイナ、ヒスイが管理する青龍領の青珠館(セイジュカン)にはダナエがいて、彼女たちは四大香妃と呼ばれている。
ジンが帝都麒麟にある黄宝館を管轄しているのと同じように、四獣もそれぞれの領で築いた遊郭街を運営し、人々は各妓楼の香妃に憧れを抱くという。


「ジン様は、香妃様方に会ったことがありんすか?」


唇が離れた瞬間に問う言葉として、計算していないところがアザミらしい。
嫉妬のにじまない声色で、少し責めた口調なところが困ったものだと、ジンは眉を下げてアザミの肩を引き寄せた。


「香妃は妓楼の顔だ。黄宝館にも挨拶に来ただろう?」


問われて、アザミは首をかしげる。
遠い記憶をたどってみれば、十五歳のとき、四獣への顔見世の際に同席していた美女たちがいた。こんな風になれるのかと、尻込みしたことまで思い出して苦い顔になってしまったのは仕方がない。
当時の顔ぶれには代替わりした香妃もいるというが、挨拶に来た記憶はない。文のやり取りをする間柄でもない。交流の機会もないのだから、どう答えたものかと言葉を渋る。


「名前を知っているだけで、お会いしたことはありんせん」


そもそも、国でも五本の指に入る香妃たちを挨拶に来させるなど気が引ける。
天女に選ばれた成り行きの花魁と違い、彼女たちは自己の研鑽と努力で香妃にまで昇り詰めた。アザミも妓楼育ちなので、それが並大抵のものではないことくらいわかる。


「先帝が花魁道中を取り止めて、各妓楼の交流は減ったと聞いていたが」

「花魁道中?」


ジンのつぶやきにアザミは反応する。
花魁道中。その言葉は聞いたことがある。


「聞いたことがありんす。四大香妃が黄宝館に集う際、領地から帝都までを練り歩く姿は華美で豪華だと。国一番の催事は、祭りとして実に見事で、他国からも観光に来るほど盛り上がるとか」

「わたしも実際には見たことがない。蔵書や家臣の見聞で知っている程度だ。かつては年に一度開かれる国事だったのだがな。王と四獣の関係が良好であることを示唆する意味もあったそうだ」


各領地との交流が途絶えて五十年。
先帝が花魁を独占しすぎた影響は大きい。
四獣だけではなく、民衆からも花魁を隠し、信用を失った国は坂道を転がり落ちるように困窮していったと聞く。貧富の差は広がり、他国からの侵略を許し、陰禍を払うことなく邪獣の被害も多かった。
ジンはそれを二十年かけて復興してきたのだろう。
それでも、先帝の時代にまかれた種は各地で芽吹き、花咲いたままでいる。


「花魁道中をしてみるか?」


口にできなかった心境を言葉にされて、アザミはハッと顔をあげた。
いつからジンは、こんなに優しい顔で見つめてくるようになったのだろう。琥珀に閉じ込められたみたいに、ジンの瞳に映るアザミの頬も緩んでいく。


「いいの、ですか?」


外に出られない身では、すべて、与えられなければ得られない。
どれほど願ったところで、祈ったところで、どうぞと差し入れられたものでなければ、手に入ることはない。


「そなたが望むのであれば」


そうして再び重なる唇の柔らかさに、込み上げてくる喜びは隠せない。
花魁道中を過去に体験したことのある人は、決まって「あの頃はよかった」と話す。当時を語り継ぐ歌や書物には、こぞってその素晴らしさが詰め込まれている。アザミでなくても、花街に生きるもの、帝国で暮らすものなら誰もが一度は夢をみる。
それが花魁道中であり、帝国を代表する祭典のひとつ。


「してみたい、で、ありんす」

「では、花魁道中を行おう」

「ありがとうございんす、ジンさま」


興奮気味に口にしたアザミをみて、ジンも嬉しそうに笑う。
ジンにしか与えられないもの。ジンだからこそ与えられるものを差し出してくれることが、素直に嬉しいと感じる。


「花魁として忙しくなるだろうが、無理はするなよ」

「忙しいのは嫌いじゃありんせん」

「それは頼もしいな。ところでアザミ、そなたの一番得意な芸は笛でよかったか?」


なぜそんなことを聞くのだろう。再び首を傾げたアザミに、ジンはいたずらな顔で「花魁の芸が一番の見せ場だ」と語った。


「…………あ」


忘れていた。花魁道中は、市中を練り歩く香妃と同じく、花魁が披露する芸事を取り上げる描写が多々ある。
それを実感した途端、急に緊張してきたが、今さらイヤだとは言いにくい。


「やはりやめるか?」


ジンの顔も憎らしい。負けず嫌いを煽ってくるせいで、アザミの自尊心が鎌首をもたげる。
首を横に振ることが確定している問いかけに、悔しい気持ちが唇をとがらせる。


「……やります」

「楽しみにしている」


小さな声で承諾を呟くアザミを抱きしめてジンは帰っていった。
入れ替わりでやってきたイルハにそのことを伝えると、何ともいえない複雑な顔で「そうかよ」とだけ返事をされた。
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