【R18】帝都遊郭カタルシス

皐月うしこ

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末書:愛を繋ぐ遊郭

01:自由へ翔ける遊女

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帝都麒麟の中央に位置する黄宝館は再建を終え、新たな日常の始まりを告げる。
満月の夜。星がかすむほどの明るさは第弐本帝国ならではだが、今夜は一層明るく感じられた。
新装開店に多くの花が寄せられ、菊、沈丁花、金木犀、クチナシ、蝋梅の色や香りに満ちているせいかもしれない。
遊郭街の提灯は色とりどりの明かりを揺らし、行き交う人々の声は活気に満ちて、夜の訪れを祝っている。その喧騒を盛り上げるように帝都中には花が飾られ、風に煽られて散る花びらが幻想的な世界を映していた。


「あねさん、あねさん。絵姿が飛ぶように売れておりんす」


花魁道中で披露した姿を模写した絵姿が帝都で好評だと、ニガナは買い物から帰ってくるなり嬉しそうに話してくれた。


「蝋梅のかんざし、沈丁花のクシ、金木犀の着物、菊の帯留め、クチナシの花が散らされて、見てください、このあねさんの顔!!」


何枚買ってきたのか。
両手に抱えた一枚を押し付けてくる小さな手に、アザミは苦笑しながら視線を落とす。
結い上げた髪に蝋梅のかんざしと沈丁花のクシを差し、白地に金木犀が刺繍された衣装を着て、金色の菊の帯留めで飾る女。周囲にクチナシの花が散らされているのは、焚き締めた香を連想させるためだろう。


「今回も見事に描いてくれんしたなぁ」

「でしょう!!」

「これだけ絵姿の出来がいいと、本物を見てがっかりされるのでは」

「そんなわけありんせん!!」


思わずこぼれた不安をニガナは乗り出す勢いで否定してくる。なぜか黄色のもふもふまで隣にいるが、いつの間に仲良くなったのか、二人はそろって花魁信仰の信者らしくアザミを褒めたたえている。


「ズイチーリンのアザミ様はこんな絵姿ごときでは表現できないのです。大体、あやつらの象徴が一緒に描かれているのが納得できません。ニガナ殿、この憎き絵姿などすべて土に埋めて、ズイチーリンを横に添えた新たな絵姿に変えるよう伝えるのだ」

「それはダメです、ズイチーリン様。ジン陛下から果物をもらえなくなりますよ?」

「み゛っ………仕方ない。今回は許しましょう」


黄色のイキモノは神妙な面持ちで考えること数秒、真面目な顔でうなずくのだから笑ってしまう。どれだけ果物が好きなんだと感心してしまうが、実際にズイチーリンは果物を与えておくと静かになるので相当だろう。
普段はアザミにべったりと引っ付き、「み音」で鳴き声を発して甘えてくるが、果物とアザミでは果物のほうに軍配があがる。
封花殿ではその習性を利用されて、ジンたちに何度もカゴという名の檻の中に入れられていた。


「天とやらに帰らなくて良いのか?」


もはやカゴの中が定位置と言わんばかりのズイチーリンに、ジンが引きつった顔で尋ねたのが遠いむかしのように感じてしまう。


「ズイチーリンはアザミ様の傍にいるのです」


胸を張ったズイチーリンの体型が、日に日に丸みを帯びているのは、もはや誰も気にとめなくなった。代わりに、ニガナに抱かれて移動している姿を多く目撃するようになったので、こうして一緒にいるのは何も不思議じゃないのかもしれない。


「今夜は新装開店です。あねさんを見に、多くの客人が見えますよ」


言いながら、ニガナはアザミの姿を完成形へと近付けていく。


「あねさんの美しさは絵姿などでは収まりきらず、黄宝館にはアザミ花魁を一目見ようと来場者が殺到しておりんす」

「人の子などいくら集まったところでズイチーリンの腹は満たされないというのに、肝心の果物を与える人の子は、なぜいないのだ?」

「統王様も四獣様方も催事へ列席するために着替えているのですよ、ズイチーリン様。後ほど、たくさん預かった果物の場所まで、ご案内しますね」


ズイチーリンが不満気に愚痴を漏らした通り、ジンやヒスイたち四獣の面々もそれぞれ着飾る必要があるそうで、今は傍にいない。あとで会場で会えるのだから、別に気にする必要はない。わかっていても、ここ数ヶ月四六時中一緒だったからこそ、離れるとどことなく寂しさを感じてしまう。


「……早く会いたい」


思わず口からこぼれた本音。
花魁として、黄宝館の顔として、しっかりしなくてはいけないのに、勝手に口からこぼれた言葉にアザミの顔が赤く染まる。ニガナとズイチーリンは果物の話に夢中で聞こえていなかったかもしれないが、これではただの恋する女だと、目の前にある鏡に映る顔を見て、アザミは照れたように口角をあげた。


「さすがに重いんすなぁ」


衣地全面に紫色の菊を模した刺繍。合わせた帯は四種の花が重なりあう見事なもの。結い上げた髪には豪華な生花を花飾りとしてあしらい、金細工のかんざしやクシが華奢に揺れる。
いつもの髪結いだけでなく、花の重さや髪飾りの重さが相まって、頭が一回りも二回りも大きくなったように感じる。


「これだけの花を頭にのせると、角隠しみたいで素敵!!」

「ニガナ。わっちは、黄宝館の花魁でありんすよ」

「花魁というより、これはもう花嫁です!」


ふんっと鼻息を鳴らすニガナは一仕事終えたとでもいうように、額の汗をぬぐった。
そして輝く瞳で見つめてくると、うっとりとした顔で頬を赤らめる。


「あねさん、キレイ」


最高の出来栄えを間近で鑑賞できる喜びにひたっているのか。指を組んで拝まれるとどうしていいかわからない。
黄宝館の看板娘として、妓女であり続ける人生だと思っていた。
一夜限りの寵愛を得るための存在であり、それ以上を求めてはいけないと思っていた。
教養を身に着け、技術を研鑽し、美を磨くことを役割と思い、過ぎていく時間は胸に秘めとどめておくか、忘れるものだと思っていた。
統王のお渡りがない哀れな花魁として、一生を終えると思っていた。


「アザミ花魁、おねーりー」


それぞれの色をまとった五人の元へ、アザミはゆっくりと歩いていく。
何百人の妓女、客、侍女、芸子、番頭などがいるはずなのに、視界には彼らしか映らない。ジン、コウラ、イルハ、ヒスイ、アベニも他は視界に映らないのか、じっと見つめてくれている。まるで、この世界にはたった六人しか存在しないみたいに。
そう言えば、うぬぼれていると笑われるかもしれない。
それでも、そう思えるくらいには、とても静かで愛に満ちている気がした。


「アザミは本当に美しいな。菊の衣をまとうアザミと共にあれて、わたしは幸せ者だ」

「改まってそういわれると顔が喜んでしまいんす」

「それは困る。愛しいアザミの顔は多くに見せたくはない」


隣に腰かけるなり、口説くだけでは飽き足らず、手の甲に口づけを送ってくるジンの行為にざわっと会場が揺らめいたのは気のせいではない。赤面した女性が息をのみ、慌てて口元を隠しているのが伝わってくる。


「ジン陛下、公共の場です。挨拶が先ですよ」


無事に仮面を張り付けたコウラの声が苛立ちを含んでいる。顔は笑っているのに、雰囲気で怒るとは随分器用だなと、ジンも負けじと表情だけでそれを退けていた。


「明日には手の甲に口づけするのが流行になるね。青珠館で手袋を欲しがる女の子が増えるだろうから、イルハの実家も忙しくなるよ」

「なってたまるか」

「んじゃ、イルハも何かアザミに求婚の印象でもつけてこいよ」


ヒスイとアベニの言葉で、イルハが何をどう考えたのかはわからない。けれど、ジンが挨拶のために姿勢を正し、乾杯を述べようとしたそのすきに、イルハは横からアザミに口づけをしていたのだから、それはもう阿鼻叫喚の嵐だった。
特に、普段は人前で無表情・無感情といわれる氷帝のコウラが激怒したせいで、新たな伝説が誕生したのは言うまでもない。
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