【R18】タブーレプリカ

皐月うしこ

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第4章:魔女とデファイ

05:ありがた迷惑

旺盛な食欲は、並べられた食卓の料理を一つ残らずたいらげようとしている。
普段の小食はどこへ行ったのか。礼儀や作法を無視して、大きな口を開けたオフィリアは、新鮮野菜とホウホ肉の燻製を挟んだパンへがぶりとかぶりついていた。


「うまいか?」

「…………ふんっ」


もしゃもしゃと口を動かすオフィリアを眺める視線はサックだが、分厚い前髪が邪魔をして、実際はどんな目で見ているのかはわからない。
わからなくても、素直に「おいしい」とは言わないと、オフィリアは決めている。
だけど美味しい。
サックが嬉しそうな気がするから少し悔しい。


「うまいだろ?」

「…………あーん」


返事の代わりに口を大きく開けて次の要望を無言で告げる。
サックは「くくっ」と喉の奥で笑い声を漏らして、また一口にしては大きすぎるパンを与えてきた。
むしゃり。勢いよく噛みついてみれば「オレの指まで食うなよ」とサックは口角をあげてくる。しかもその指をギザギザの歯をちらつかせた唇で舐めてしまうのだから目のやり場に困ることこの上ない。


「…………ぅー」


解せない。オフィリアは無駄に色気を振りまくサックをにらみつけた。そうしたところでこの男には、何の打撃も与えられないことはわかっている。


「ジャムを挟んだ焼き菓子もあるぞ」

「え……わ……サック。どうしたの、これ、私の好き…な……んんっ、ぅ」


あぶない。
うっかりほだされそうになったのを曖昧な咳払いでごまかした。
サックの態度は変わらない。与えることが使命だといわんばかりに次々と好物を出してくる。


「アヴァルネルトス用の試作でアップルパイも焼いた。食うか?」

「…………ふんっ」

「リンゴの皮で煮出した茶だ。これも好きだろ?」


焼きたての菓子を出されて気が緩んだすきに、リンゴのお茶を差し出される。
甲斐甲斐しく焼かれる世話を嬉しいと思ってはいけない。これはサックのご機嫌取りなのだと、オフィリアはわかって付き合っている。
朝も昼も夜も、連続した行為で体力は底をついた。
人間、身体を回復させるには、十分な休息と栄養が必要だと、オフィリアが全身全霊で訴えてようやく、この食事会は開催されている。
ここで寝室に戻るような失態は犯したくない。


「オフィリア、嬉しそうだねぇ。サックが作ったご飯は美味しい?」


肘をついて真横から観察していたシュガーが、落ちた髪を耳にかけてくれた。その反対側からすかさず伸びてくる手はリンネルのもの。


「オフィリア、くち、ついてる」

「……ぅ……ンッ」


いつもの食卓イスではツラいだろうと、新調してくれた椅子に座っているオフィリアは、左にシュガー、右にリンネルを置いて、斜め左からサックに餌付けされている。
自分で食べたいのに、指先は力が入らず、声がかすれて文句が言えないので仕方がない。
これでは赤子も同然だと、オフィリアは憤慨しながら世話を焼かれていた。
そうなってくると、必然的に他の面々も世話を焼きたがるのは当然のこと。


「冷めぬうちにスープも飲んだ方が良い」

「飲ませて差し上げましょうか?」

「ふんっ」

「無駄な抵抗をしているのか。先ほどは風呂場でも」

「……んなぁ!!」


右斜め前からサブリエとランタンが加勢を告げたと思ったら、背面から覗き込んできたダイスに爆弾を投下される。
食事組に対して、お風呂組まで参戦されるとなす術がない。今日は、ダイスとサブリエとランタンがお風呂組だったが、過敏になった肌を慰める役に適していたかと問われると、返答に困る。


「穴という穴をブラシで磨き尽くしたときのオフィリアの顔は最高でしたよ。ホウホ鳥の鳴き真似も上手でしたし」

「あれはよかった。突起物も撫でるだけで取れてしまいそうでなぁ。溺れるのが怖いと、わしにすがりついたのは何度あったか」

「薬を塗ってやった部分はマシになったか?」


ぼんっと、オフィリアの顔は真っ赤に染まる。風呂場での出来事がよみがえったのだろう。
明るい浴室で端正な美形三人に囲まれるだけでも目のやり場が定まらないのに、彼らは自分たちも全裸になれば問題ないとでも思ったのか。つるりとした肌を惜しげもなくさらして、世話を焼いてきたのだから神経がすり減った。


「オフィリア、もう一度ホウホ鳥の鳴き真似を。サックやシュガー、リンネルにも聞かせてあげてはいかがです?」

「へぇ、それは聞いてみたいな。オフィリア、その可愛い声で何度鳴いたの?」


ランタンの悪戯に、シュガーが悪乗りをしてくる。
頬を染めたオフィリアに反撃の言葉はない。ぱくぱくと言葉にならない空気を吐き出し、逃げられないこの場から逃走しようと指先が揺れるだけ。


「数えてはいないが、大体の数を告げようか」

「ダイスが数であれば、わしは鳴いていた時間を告げてやってもいい」

「それはいいですね。ダイスとサブリエに告げてもらえば、オフィリアも鳴き方を思い出すかもしれません」

「おーい、オフィリア。口が止まってるぞ。まだ食い足りねぇだろ?」

「ふふっ、オフィリアってば可愛い。その小さな脳みそで何を考えてるのかな」

「オフィリア、顔、赤い。熱、ある?」

「……………っ」


ついに、鼻をならすこともできずに、オフィリアはぐっとうつむいて押し黙る。
最近、彼らとの距離が近い気がする。
前はもっと遠巻きにしていた。
一定の距離を保っていた。はず。オフィリアも自分で服を着たり、食事をとったりしていた。もちろん、お風呂もひとりで入っていた。いつからこんな風になったのだろう。
彼らと住みはじめて十二年。
彼らに抱かれて過ぎる日々はあっという間で、時間の感覚が曖昧な点を除けば、それなりの年数が経過した気がする。


「ッ、ぅ………痛」


六賢人との日々を思い返そうとして、また頭が痛みだす。
咄嗟に額を抑えた自分の手が妙に冷たい気がするのは、湯冷めだろうか。自分の手のひらを見つめてみても、見慣れた手相があるだけで、特に変わった様子はない。
指の数も爪の形も自分の身体だと認識できる。
それなのに、この違和感はなんだろう。
ぐにゃりと世界が歪んで見える。時系列がわからなくなる。


「…………わたし」


どうして、ここにいるのだろう。
ふと、そんな感覚が意識を曇らせる。


「オフィリア」


焼き菓子を与えることをやめたサックの呼び掛けに、オフィリアは意識を戻して顔をあげた。
苦しそうに浅い息をしているのはなぜか。
所在なく瞳が揺れているのはなぜか。
半分開いた唇から「わたし、わたし」と繰り返すのはなぜか。


「オフィリア」


もう一度、サックが名前を呼んでくる。
リンネルによしよしと頭を撫でられて呼吸が落ち着いてくる。視界の端でシュガーがサックに何かを渡しているのが見えた。真っ黒な角砂糖。時々、シュガーが口の中に放り込んでくる意味の分からない塊。サックはそれをホウホ鳥の卵で作った柔らかいものと一緒にスプーンに乗せる。


「腹、減ってるだろ。ほら、口開けろ」

「………ん」


抵抗はない。
それこそ赤子のようにオフィリアは従うだけ。口のなかに広がる旨味を堪能しながらオフィリアはじっとサックの顔を眺めているが、その焦点が合っているのかどうかは疑わしい。
六賢人は何も言わない。彼らもじっとオフィリアを眺めるだけ。
その時、ポツリとオフィリアが呟いた。


「………おい、しい」

「それはよかった。エンデバに作り方を聞いた甲斐がある」

「もっと……食べたい……ねぇ、サック。さっきの、ちょうだい」

「あと一口だけな」

「やだ、サック……おねがい、もっと…おなか、すいたの」


あれほど食べたにも関わらず、空腹を訴えるオフィリアの異常を誰も指摘しない。
むしろ、そうであることが当然だと言いたげな空気が漂っている。


「いっぱい、食べたい、ね」

「うん、リンネル。いっぱい、食べたい」

「今年はアヴァルネルトスだからいっぱい食べられるよ」

「シュガー。ほんと?」

「とても良い傾向ですね」

「ああ、前より感覚が近付いてるな。オフィリア、いま何が見える?」


サックの問いかけに、オフィリアは首をかしげる。客観的に見て、オフィリアの瞳に映るのは六人の美麗な男たちだが、サックが聞いているのはそれではないのだろう。
サックでもランタンでも、リンネルやシュガー、ダイス、サブリエでもないもの。
美味しい料理。使い慣れた家具や調度品。匂いの染みついた古い家の壁。


「どれ、少しばかり手を貸してやろう」

「……んっ、ぅ」


砂嵐にかき消されるように、視界に違う風景が映りこんでくる。
次々と切り替わる映像は、一体何を教えようとしているのか。ぼうっとしたオフィリアは、口だけをもそもそと動かして、悲しそうな顔をしていた。


「…………あか、い、色」


燃え盛る炎。散る赤い液体。
駆け寄り、頭を下げる人々。
ホウホ鳥に餌を与えるサック、馬の駆け抜ける音。床に落ちて割れた食器。
本を読むサブリエ、広々とした畑、頬を打つ雨音、黒いローブ、昼寝をするリンネル、黄金の甲冑、リンゴジュースの入った器、笑いあう少女たち。髪を編み込むシュガー、花の咲いた鉢植え、拍手、光る短剣、逃げまどう人々、聖女アヴァルへの祈りの斉唱、組まれた薪木、また燃え盛る赤い炎。
ダイスと出かけた闇市、消えていく花畑。立ち上る黒煙。
デファイの咆哮。魔石の腕輪。ヴィラジルエットの人たち。玄関で出迎えるランタンの黒い炎。それが消えた次は、石を削って造られた地下聖堂のような場所。


「くら、い………地下の………っ、ぅ」


何かを告げようとしたオフィリアの様子は、瞬間、いつもの頭痛をこらえるような顔つきに変わっていた。


「オフィリア、お茶を飲むといい」


ダイスがオフィリアにお茶を飲ませる。
唇に近づけられるまま、オフィリアは素直にそれを飲み干す。
喉をならして飲み干せば、少し落ち着きが戻ってきたのか。オフィリアは深く息を吐いて力を抜いていた。


「…………つかれ、た」


「うん、そうだね」とシュガーが言えば、「眠ればマシになる」とサブリエが付け足す。


「アヴァルネルトスも近いですし、ルナティックメシアの火に焼かれないようにしたいですが、今回も同じでしょうか」

「同じにはしたくねぇが、あそこは瘴気が薄すぎる」

「オフィリア、危険、よくない」

「前回は惜しかったし、今回は成功するはずなんだけど。目的を果たせないうえに損害が大きくなるのは避けたいよね」


ランタンとサックに続いたリンネルとシュガーへ、断言したダイスの発言は沈黙を落とす。


「次は本懐を遂げる」


再び、六つの視線は中心のオフィリアに集まるが、当の本人は頭を揺らして微睡み始めていた。やがて、力尽きたように眠りにつく。
おそらく数日は眠ったままだろう。
その理由はオフィリアではなく、なぜか、六賢人である彼らの方が知っている。けれど、教えるつもりはないらしい。


「砂は落ちた、あとは逆さに流れればよい」

「わたしたちも万能ではない。サブリエの砂も、わたしの賽も、振れるときは突然くる」

「些細な違和感を意識するしかなさそうですね」


椅子に座っていたオフィリアをランタンが抱き上げる。
乾いた髪もしなだれた手足も素直にランタンに寄り添って、静かに目を閉じていた。
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