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第5章:聖女アヴァル
05:先導する光明
吹き荒れる風もないのに、窓から入り込んできた砂は四人の男たちの顔面目掛けて飛んでいく。
粒子が目に突き刺さるのか、光る魔石に照らされる影は、しきりに目を抑えてうめき、悶えては膝をついて、丸まっていた。
「痛い、目が、砂がどうして」
「くそっ、口の中にも、甘い……っ、なんだ、これは」
「舌が変だ……砂糖、いや、砂か……ぐ、ぅ……う」
異常事態。そう断言していいだろう。
オフィリアも状況が把握できずに、ただ眺めていることしかできない。警戒心が全身を包んでいるから、心拍は早鐘を打ったままだが、浅い呼吸の中でも得られる情報は複数ある。
「甘い、なぜ、砂が甘い……っ、ぁ」
「痛い、目が、あかな……ぃ、何が、どうなっている」
目や口に入った砂は、どうやら甘いらしい。
いや、甘さを訴えない男もいるから、砂でいいのかもしれない。
男たちの顔面を襲う粒子は、手で払い、唾を混ぜて吐き出しても、身体から出ていかない。男たちは四人とも、芋虫のように床にはいつくばって、悪態を吐き続けている。
「うぅ、砂が……取れなっ…く」
「これは…ッ…ぁ……変だ、変だぞ」
「ただの砂じゃない、アァ…食われ...る……目が、食われる!!」
「一体何をした、魔女め!!」
ほえられても答えようがない。オフィリアは何もしていない。
彼らの痛がりようは尋常ではないが、何もしていないもの、何も答えられない。
答えられなくても、オフィリアの神経は四人の男から離れない。
いつ、また襲い掛かってくるか、わからないのだから無理もない。
「けがれた、魔女が……ッ、この、魔女が」
だけど襲われる心配はなさそうだった。
オフィリアに無害な砂嵐は、男たちだけを包んでいる。
「っ、ぁ……ぐあぁ゛あぁぁッ」
そのとき、目を抑えてうずくまる四人の男の間に、落ちたナイフを見つけた。
オフィリアは這いよって後ろ手でそれを掴むと、足を縛っていた紐を切って、手首の紐も切ってほどいた。
「何をしている……っ、ぅう……どこへ行くつもりだ」
「見えない。くそ、何も見えない」
「痛い、目が焼ける……ああ……目がぁ」
「お前たち早く捕らえろ。魔女が逃げる、魔女が逃げるぞ!!」
ナイフを持ったまま、光がついた魔石を手に取ってオフィリアは牢を飛び出す。刺さっていたカギで四人を牢内に閉じ込めることも考えたが、目や口がよほど痛むのか。全員床にはいつくばって立ち上がることもできない彼らは、もう脅威ではない。
「魔女が逃げた、捕らえた魔女が、魔石を持って……っ、ぐぁ…あぁあぁ゛あぁ」
石造の回廊は音が響く。
テンバス協会の偉い誰からしい男の叫び声は、すぐに騎士たちを呼び寄せるに違いない。
実際、廊下の奥の方から走る音が近づいてくるような気がした。
「…………っ」
判断は早いに限る。
オフィリアは、騒ぎに気付いた別の騎士たちが現れる前に、その場から逃走する方を選んだ。結果的に、それは正解だったのだろう。
オフィリアが立ち去ってすぐあと、見回りに来た騎士が異常事態に気づき、ティファレトの塔全体へ厳戒態勢をしいた。
「協会長と騎士三人がやられた」
「なんだと、騎士殺しは重罪だぞ。相手は誰だ」
黒いマントの下に黄金の甲冑を着込んだ複数の兵がティファレトの塔を巡回している。
腰にぶら下げた剣は飾りではない。すぐに敵を切りつけられるように、緊迫した面持ちで彼らは至極真面目な態度で魔女を探しているようだった。
「相手は本物の魔女だ。全員、目が食われて、今も昏睡状態らしい」
「舌も溶けて、話すことも難しい状態だと聞く」
「治療魔法も効かないそうだ。全身が食われるのも時間の問題だろう」
「なんとむごい。市街地に逃げ出される前に捕まえなければ市民が危ない」
オフィリアも彼らの立場であれば、同じことを思っただろう。
だけど弁解させてもらえるなら、決してあれはオフィリアの意図したことではない。命令をしたつもりもなければ、確証もない。
砂と砂糖。その言葉に思い浮かぶのは二人しかいない。
でも、それを確認する手段がない。今は六賢人と連絡を取る方法すらわからないのだから。
「逃げたと言っても女の足だ、我々の包囲網を突破できるはずはない」
「魔女は聖女アヴァル様に似ているという。我々をかく乱させてくる可能性もあるからな、気を引き締めてかからねば」
「卑怯な女だ。よりにもよって聖女アヴァル様を真似るとは」
「なんとしても捕まえるぞ。ティファレトの塔から生きて出られた魔女はいないんだ、本物だろうが、偽物だろうが。絶対見つけてやる」
騎士の数は想像していたよりも多かったらしい。
オフィリアは着の身着のまま。武器はさっき奪ったナイフひとつ。彼らの本拠地でもある建物内で見つかるのは時間の問題だった。けれど、幸運なことに、オフィリアはまだ見つかっていない。
騎士たちがバタバタと走っていく廊下の隙間で、息をひそめてじっとしていた。
「どうしよう……っ、いったい、どっちへ行けば」
右手に持ったナイフの代わりに、左手で握りしめた光る魔石をそっと覗いてみる。
光る魔石はなぜかとても優秀で、騎士が近づいてくると灯りが消え、騎士が周囲からいなくなると明るくなる。オフィリアは魔力がない。魔石を扱える力はないからこそ、その不思議な現象はとてもありがたく、心の支えになっていた。
「次はどっち……あっち、かしら」
騎士たちが去った方向とは逆の方へ足を向けて魔石に問いかける。
すると、魔石は光る力を小さくして、オフィリアが足を一歩踏み出すと、余計に小さな光に変わった。
「…………ちがう、のね」
体の向きを変えると魔石は点滅で正解だと示す。
ほのかに光る力を強めて「そうだよ」と言っているような気がした。
「こっちに行くの?」
分かれ道では、進むべき道を点滅で示してくれる。
騎士と同じ方向でも、魔石がそうだというのであれば、それに従った方が賢明に違いない。複雑に入り組んだ塔内は、うかつに歩けば騎士に見つかり、あっという間に終わる。今度こそ命の保証はない。助かる可能性は、ここまで無事に連れてきてくれた魔石に従うことだけ。
慎重に進めば、いつか、きっと。
「…………わかった。行きましょう」
必然的に独り言が増え、オフィリアは魔石と会話するようにして建物の内部を進んでいた。
ティファレトの塔は、ジーアグローの処刑された断頭台があることから、魔女裁判の場所としても名高い。
魔女を捕まえて連れてくるなら、ティファレトの塔は正しく、納得できる。
「だけど本当に魔女として連れてこられるなんて、思ってもみなかったわ」
アヴァルネルトスの前に、忌まわしき魔女を処刑することがルナティックメシアの最終目的ともいえるが、実際に魔女として、ここで裁かれたものは少ない。
どちらかといえば「私は魔女ではない」と、身の潔白を証明するために訪れる聖地であり、オフィリアも過去に訪れたことがある。
「……あれ、私、どうして来たんだっけ?」
思い出せない。訪れたことは確かにあるはずなのに、詳細を思い出せない。
オフィリアは首をかしげながらも、魔石の明かりだけが頼りの道をひとりで進む。
「さすが、ティファレトの塔ね」
悪趣味と言えればいいが、ここはテンバス協会の本拠地であり、聖女アヴァル信仰の聖地でもある。建物の内部は、至る所に聖女への愛が刻まれ、テンバス協会の栄光が散りばめてある。
そのひとつ、スヴァハの民の迫害は、代表的だと納得できた。
デファイと共に生きる世界を受け入れ、高度な文明を持ったクレドコンパスの先住民。
もういない人々。
代々、テンバス協会の協王がティファレトの塔で暮らすのは、新時代の幕開けを掴んだ勝者の証でもあるのだろう。
「…………あ、ここって」
デファイに対抗できる力を持つ唯一の民族、スヴァハの王として君臨したジーアグローは、生前ティファレトの塔に立てこもり、テンバス騎士団と交戦したという。
「ジーアグロー、ここに眠る」
その石碑があっても不思議ではない。
石碑は、複数の色ガラスで作られた巨大な聖女アヴァルの絵姿を眺める形で置かれている。
ジーアグローの墓所は、テンバス協会の礎として観光名所のひとつにもなっているのだから、目立つ場所に鎮座しているのは当然なのかもしれない。
「デファイ信仰を世に広めようとしたジーアグローは、六つの魔石を用いて十国を滅ぼそうとした。テンバス騎士団はこれを討ち取り、デファイの脅威から世界を救ったのである」
オフィリアは石板に書かれた文字を読んで、なんともいえない気持ちになる。
この歴史は、書物によって見解が異なる。
テンバス協会が発行印を押してあるものは、等しくジーアグローを悪としているが、闇市で手に入るような本は、大抵がジーアグローの悲劇を物語っている。
たしか最近、ダイスが買ってくれた本でも、そう書いてあった。
「スヴァハの民は魔石の力で、クレドコンパスを結界で包んだ。これにより瘴気は濃度を増し、人間が住めない森となったが、スヴァハの尊厳は永遠に守られたのである」
スヴァハの尊厳とは何だろう。
人類の大いなる遺産。テンバス協会が「聖女の守護防壁」と呼ぶそれは、スヴァハの民が、自国を守るために施した防御結界だとする説を思い出す。
そして同時に、シュガーとの会話がよみがえってきた。
「スヴァハの民は滅亡したのに、どうやって守護防壁を維持してるの?」
あのとき、シュガーは何と言ったか。
耳に響く甘い声で、少し悪戯に笑ったシュガーは、何といったか。
「人柱だよ」
ぞわりと神経が波打ったのは否定しない。
なぜか鮮明に、あの時の会話が脳に響く。
「魔石に若くて美しい乙女の肉体を食わせるんだ。いまは魔女狩りっていう恰好の口実があるわけだし、ルナティックメシアだっけ、協会も上手にやってると思うよ」
「シュガー、守護防壁はデファイじゃないんだけど」
「瘴気に侵されたものはなんだって、モノも動物も植物も関係なくデファイ化する。人間だってそうだよ、オフィリア」
妙に寒い気がして、オフィリアはぶるりと身体を震わせた。
途端、ここが異常な気がして、すぐに逃げ出したくなってくる。
ここにいてはいけない気がして、どこかへ去ってしまいたくなる。
「くそっ、魔女は一体どこへ消えた」
「物陰に潜み、隠れているかもしれん。影や飾りの隙間もよく探せ」
「魔女は聖女アヴァル様を真似ている。見かけに騙されるな」
魔石が光を消失してくれて、間一髪、石碑の影に隠れることができた。
騎士の足がすぐそこに見える。息を殺してじっとするにしても、目と鼻の先。こんなところで死ぬわけにはいかないのに、殺されるかもしれないという恐怖が全身を包んでくる。
そのとき、小走りに駆け寄ってくる甲冑の音が聞こえて、騎士たちの意識がそちらに向いた。
「伝令、パウルス協王様より、伝令」
「どうした、魔女でも見つかったか」
「いえ、そうではなく。大至急、所定の位置についてほしいとのこと」
隊のまとめ役に耳打ちした内容は聞き取れなかったが、どうやら死は免れたらしい。騎士たちが急いで走り去っていき、魔石が再び明るく灯ったのを確認するなり、オフィリアはその場にへたり込んだ。
「…………ぅうぅ、ありがとう」
握りしめた魔石にお礼を言う。
「ぐずぐずしていられないわね。今のうちに行きましょう」
魔石はいつの間にか、地下へ地下へとオフィリアを案内していく。
静寂な空間。騎士たちの足音は聞こえない、気配も感じない。
気付けば、鍾乳洞を作るような水の音が響く、くり抜かれた洞窟のような道を進んでいた。
「ここ………私、知ってる」
ひときわ大きな空間が現れて、豪華な扉がそびえたつ。
魔石がそこへ案内している以上、進む先は扉の向こうなのだろう。だけど本当に侵入していいのだろうか。これは罠かもしれないと、急に不安に感じたそのとき、オフィリアは背後からの衝撃を受けて、再び気を失っていた。
粒子が目に突き刺さるのか、光る魔石に照らされる影は、しきりに目を抑えてうめき、悶えては膝をついて、丸まっていた。
「痛い、目が、砂がどうして」
「くそっ、口の中にも、甘い……っ、なんだ、これは」
「舌が変だ……砂糖、いや、砂か……ぐ、ぅ……う」
異常事態。そう断言していいだろう。
オフィリアも状況が把握できずに、ただ眺めていることしかできない。警戒心が全身を包んでいるから、心拍は早鐘を打ったままだが、浅い呼吸の中でも得られる情報は複数ある。
「甘い、なぜ、砂が甘い……っ、ぁ」
「痛い、目が、あかな……ぃ、何が、どうなっている」
目や口に入った砂は、どうやら甘いらしい。
いや、甘さを訴えない男もいるから、砂でいいのかもしれない。
男たちの顔面を襲う粒子は、手で払い、唾を混ぜて吐き出しても、身体から出ていかない。男たちは四人とも、芋虫のように床にはいつくばって、悪態を吐き続けている。
「うぅ、砂が……取れなっ…く」
「これは…ッ…ぁ……変だ、変だぞ」
「ただの砂じゃない、アァ…食われ...る……目が、食われる!!」
「一体何をした、魔女め!!」
ほえられても答えようがない。オフィリアは何もしていない。
彼らの痛がりようは尋常ではないが、何もしていないもの、何も答えられない。
答えられなくても、オフィリアの神経は四人の男から離れない。
いつ、また襲い掛かってくるか、わからないのだから無理もない。
「けがれた、魔女が……ッ、この、魔女が」
だけど襲われる心配はなさそうだった。
オフィリアに無害な砂嵐は、男たちだけを包んでいる。
「っ、ぁ……ぐあぁ゛あぁぁッ」
そのとき、目を抑えてうずくまる四人の男の間に、落ちたナイフを見つけた。
オフィリアは這いよって後ろ手でそれを掴むと、足を縛っていた紐を切って、手首の紐も切ってほどいた。
「何をしている……っ、ぅう……どこへ行くつもりだ」
「見えない。くそ、何も見えない」
「痛い、目が焼ける……ああ……目がぁ」
「お前たち早く捕らえろ。魔女が逃げる、魔女が逃げるぞ!!」
ナイフを持ったまま、光がついた魔石を手に取ってオフィリアは牢を飛び出す。刺さっていたカギで四人を牢内に閉じ込めることも考えたが、目や口がよほど痛むのか。全員床にはいつくばって立ち上がることもできない彼らは、もう脅威ではない。
「魔女が逃げた、捕らえた魔女が、魔石を持って……っ、ぐぁ…あぁあぁ゛あぁ」
石造の回廊は音が響く。
テンバス協会の偉い誰からしい男の叫び声は、すぐに騎士たちを呼び寄せるに違いない。
実際、廊下の奥の方から走る音が近づいてくるような気がした。
「…………っ」
判断は早いに限る。
オフィリアは、騒ぎに気付いた別の騎士たちが現れる前に、その場から逃走する方を選んだ。結果的に、それは正解だったのだろう。
オフィリアが立ち去ってすぐあと、見回りに来た騎士が異常事態に気づき、ティファレトの塔全体へ厳戒態勢をしいた。
「協会長と騎士三人がやられた」
「なんだと、騎士殺しは重罪だぞ。相手は誰だ」
黒いマントの下に黄金の甲冑を着込んだ複数の兵がティファレトの塔を巡回している。
腰にぶら下げた剣は飾りではない。すぐに敵を切りつけられるように、緊迫した面持ちで彼らは至極真面目な態度で魔女を探しているようだった。
「相手は本物の魔女だ。全員、目が食われて、今も昏睡状態らしい」
「舌も溶けて、話すことも難しい状態だと聞く」
「治療魔法も効かないそうだ。全身が食われるのも時間の問題だろう」
「なんとむごい。市街地に逃げ出される前に捕まえなければ市民が危ない」
オフィリアも彼らの立場であれば、同じことを思っただろう。
だけど弁解させてもらえるなら、決してあれはオフィリアの意図したことではない。命令をしたつもりもなければ、確証もない。
砂と砂糖。その言葉に思い浮かぶのは二人しかいない。
でも、それを確認する手段がない。今は六賢人と連絡を取る方法すらわからないのだから。
「逃げたと言っても女の足だ、我々の包囲網を突破できるはずはない」
「魔女は聖女アヴァル様に似ているという。我々をかく乱させてくる可能性もあるからな、気を引き締めてかからねば」
「卑怯な女だ。よりにもよって聖女アヴァル様を真似るとは」
「なんとしても捕まえるぞ。ティファレトの塔から生きて出られた魔女はいないんだ、本物だろうが、偽物だろうが。絶対見つけてやる」
騎士の数は想像していたよりも多かったらしい。
オフィリアは着の身着のまま。武器はさっき奪ったナイフひとつ。彼らの本拠地でもある建物内で見つかるのは時間の問題だった。けれど、幸運なことに、オフィリアはまだ見つかっていない。
騎士たちがバタバタと走っていく廊下の隙間で、息をひそめてじっとしていた。
「どうしよう……っ、いったい、どっちへ行けば」
右手に持ったナイフの代わりに、左手で握りしめた光る魔石をそっと覗いてみる。
光る魔石はなぜかとても優秀で、騎士が近づいてくると灯りが消え、騎士が周囲からいなくなると明るくなる。オフィリアは魔力がない。魔石を扱える力はないからこそ、その不思議な現象はとてもありがたく、心の支えになっていた。
「次はどっち……あっち、かしら」
騎士たちが去った方向とは逆の方へ足を向けて魔石に問いかける。
すると、魔石は光る力を小さくして、オフィリアが足を一歩踏み出すと、余計に小さな光に変わった。
「…………ちがう、のね」
体の向きを変えると魔石は点滅で正解だと示す。
ほのかに光る力を強めて「そうだよ」と言っているような気がした。
「こっちに行くの?」
分かれ道では、進むべき道を点滅で示してくれる。
騎士と同じ方向でも、魔石がそうだというのであれば、それに従った方が賢明に違いない。複雑に入り組んだ塔内は、うかつに歩けば騎士に見つかり、あっという間に終わる。今度こそ命の保証はない。助かる可能性は、ここまで無事に連れてきてくれた魔石に従うことだけ。
慎重に進めば、いつか、きっと。
「…………わかった。行きましょう」
必然的に独り言が増え、オフィリアは魔石と会話するようにして建物の内部を進んでいた。
ティファレトの塔は、ジーアグローの処刑された断頭台があることから、魔女裁判の場所としても名高い。
魔女を捕まえて連れてくるなら、ティファレトの塔は正しく、納得できる。
「だけど本当に魔女として連れてこられるなんて、思ってもみなかったわ」
アヴァルネルトスの前に、忌まわしき魔女を処刑することがルナティックメシアの最終目的ともいえるが、実際に魔女として、ここで裁かれたものは少ない。
どちらかといえば「私は魔女ではない」と、身の潔白を証明するために訪れる聖地であり、オフィリアも過去に訪れたことがある。
「……あれ、私、どうして来たんだっけ?」
思い出せない。訪れたことは確かにあるはずなのに、詳細を思い出せない。
オフィリアは首をかしげながらも、魔石の明かりだけが頼りの道をひとりで進む。
「さすが、ティファレトの塔ね」
悪趣味と言えればいいが、ここはテンバス協会の本拠地であり、聖女アヴァル信仰の聖地でもある。建物の内部は、至る所に聖女への愛が刻まれ、テンバス協会の栄光が散りばめてある。
そのひとつ、スヴァハの民の迫害は、代表的だと納得できた。
デファイと共に生きる世界を受け入れ、高度な文明を持ったクレドコンパスの先住民。
もういない人々。
代々、テンバス協会の協王がティファレトの塔で暮らすのは、新時代の幕開けを掴んだ勝者の証でもあるのだろう。
「…………あ、ここって」
デファイに対抗できる力を持つ唯一の民族、スヴァハの王として君臨したジーアグローは、生前ティファレトの塔に立てこもり、テンバス騎士団と交戦したという。
「ジーアグロー、ここに眠る」
その石碑があっても不思議ではない。
石碑は、複数の色ガラスで作られた巨大な聖女アヴァルの絵姿を眺める形で置かれている。
ジーアグローの墓所は、テンバス協会の礎として観光名所のひとつにもなっているのだから、目立つ場所に鎮座しているのは当然なのかもしれない。
「デファイ信仰を世に広めようとしたジーアグローは、六つの魔石を用いて十国を滅ぼそうとした。テンバス騎士団はこれを討ち取り、デファイの脅威から世界を救ったのである」
オフィリアは石板に書かれた文字を読んで、なんともいえない気持ちになる。
この歴史は、書物によって見解が異なる。
テンバス協会が発行印を押してあるものは、等しくジーアグローを悪としているが、闇市で手に入るような本は、大抵がジーアグローの悲劇を物語っている。
たしか最近、ダイスが買ってくれた本でも、そう書いてあった。
「スヴァハの民は魔石の力で、クレドコンパスを結界で包んだ。これにより瘴気は濃度を増し、人間が住めない森となったが、スヴァハの尊厳は永遠に守られたのである」
スヴァハの尊厳とは何だろう。
人類の大いなる遺産。テンバス協会が「聖女の守護防壁」と呼ぶそれは、スヴァハの民が、自国を守るために施した防御結界だとする説を思い出す。
そして同時に、シュガーとの会話がよみがえってきた。
「スヴァハの民は滅亡したのに、どうやって守護防壁を維持してるの?」
あのとき、シュガーは何と言ったか。
耳に響く甘い声で、少し悪戯に笑ったシュガーは、何といったか。
「人柱だよ」
ぞわりと神経が波打ったのは否定しない。
なぜか鮮明に、あの時の会話が脳に響く。
「魔石に若くて美しい乙女の肉体を食わせるんだ。いまは魔女狩りっていう恰好の口実があるわけだし、ルナティックメシアだっけ、協会も上手にやってると思うよ」
「シュガー、守護防壁はデファイじゃないんだけど」
「瘴気に侵されたものはなんだって、モノも動物も植物も関係なくデファイ化する。人間だってそうだよ、オフィリア」
妙に寒い気がして、オフィリアはぶるりと身体を震わせた。
途端、ここが異常な気がして、すぐに逃げ出したくなってくる。
ここにいてはいけない気がして、どこかへ去ってしまいたくなる。
「くそっ、魔女は一体どこへ消えた」
「物陰に潜み、隠れているかもしれん。影や飾りの隙間もよく探せ」
「魔女は聖女アヴァル様を真似ている。見かけに騙されるな」
魔石が光を消失してくれて、間一髪、石碑の影に隠れることができた。
騎士の足がすぐそこに見える。息を殺してじっとするにしても、目と鼻の先。こんなところで死ぬわけにはいかないのに、殺されるかもしれないという恐怖が全身を包んでくる。
そのとき、小走りに駆け寄ってくる甲冑の音が聞こえて、騎士たちの意識がそちらに向いた。
「伝令、パウルス協王様より、伝令」
「どうした、魔女でも見つかったか」
「いえ、そうではなく。大至急、所定の位置についてほしいとのこと」
隊のまとめ役に耳打ちした内容は聞き取れなかったが、どうやら死は免れたらしい。騎士たちが急いで走り去っていき、魔石が再び明るく灯ったのを確認するなり、オフィリアはその場にへたり込んだ。
「…………ぅうぅ、ありがとう」
握りしめた魔石にお礼を言う。
「ぐずぐずしていられないわね。今のうちに行きましょう」
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気付けば、鍾乳洞を作るような水の音が響く、くり抜かれた洞窟のような道を進んでいた。
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