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第5章:聖女アヴァル
【追憶】知らない歴史
晴れた青空から降り注ぐ陽の光。クレドコンパスの木々は木漏れ日を落として、柔らかな風を届けていく。
太古より大地に根を張る木々は、見上げてもどこか遠く、広がる枝葉はどこまでも大きい。自然豊かな森。人間が最後の楽園と呼んだ場所で、先祖が愛した土地に生きる人々は明るい。
「ああ、お帰りになられた」
「ジーアグロー様だ」
「ジーアグロー様が帰られたぞ」
「おかえりなさい、ジーアグロー様」
近くに流れる川を水源としているのだろう。大きな水車が回る音がして、村を囲む塀が口を開ける。門ともいえるそれをくぐれば、そこはひとつの集落。いや、集落というにはあまりにも失礼かもしれない。
集まった老若男女は簡素な服を着ているが、黄金細工の飾り物を首元だけでなく、耳や腕にもぶらさげていた。見れば、色とりどりの魔石も宝飾品として使用している。
高度な加工技術がある証明。事実、鉱石や魔石を扱う技術は世界でも名高く、クレドコンパスを楽園と謳わせる煌びやかさをまとう。
ここは、スヴァハの民と呼ばれる人々の王国であり、おごそかな空気に満ちた場所。豊かな暮らしは歴史を紡ぎ、守るべき秩序と文明をもってそこにある。
「みんな、ただいま」
壮年の男は両手を広げて、歓迎する村人たちに笑顔をみせる。端正な顔は、はつらつとして、けれど冒険でもしてきたみたいに、随分と汚れた服を身にまとっていた。
「ジーアグロー様、旅はどうだったの?」
「ジーアグロー様、デファイをやっつけた?」
「こら、子どもたち。まずはジーアグロー様を休ませておやり、さあさ、ジーアグロー様。食事を用意しますので、湯浴びでもなさいませ」
駆け寄ってきた小さな子どもたちに取り囲まれたジーアグローを年長の村人が一括して、引きはがす。子どもたちは興奮した様子を消しはしなかったが、大人のいうことをよく聞いて「じゃあ、あとでね」と元気な声で走り去っていった。
「まったく、子どもたちはいつまでたってもジーアグロー様に馴れ馴れしい」
「いいではないか。子どもたちが元気だとわたしも安心する」
「そうやって甘やかすから、王としての威厳がないと言われるんですよ」
自然と共存共栄する村は、苔むした丸太の壁と石を利用して、各々に家を構えている。文明と呼ぶには自然と調和しすぎている気もするが、随所に高度な工夫が施され、豊かな暮らしをしているようにみえた。
川から引いた水は生活用水として清潔を保ち、広大な畑と民家を区切る。
そこら辺で草を食べるのは、食肉にもなるひとつ目の鳥。ホウホと変な声で鳴いて、村の中心にあるりんごの木を登っていく。
「今年も作物には困らないようだ」
「魔石のおかげで、ここは瘴気も薄く、安定した場所ですから。さあ、ジーアグロー様」
「いや、まずは皆に話したい」
「かしこまりました。すでに揃っております」
ジーアグローは年長の案内役の後ろに続いて歩き、村のなかで一番大きな建物へと入っていく。
集会所の役割があるのか。
村の大人たちが集まっていた。
「ジーアグロー様」「ジーアグロー様」
ここでも人々はジーアグローに頭を下げて出迎える。ジーアグロー本人はそのつもりがなくても、村人たちは未来ある男を王として慕い、誇りに思っているといった顔つきだった。
「集まってくれてありがとう」
そう前置きしたうえで、ジーアグローは集まった顔ぶれを見つめながら真剣な顔つきに変わる。それは、先ほどまでの明るさとは異なり、王と呼べる威厳ある風格だったのだから誰も文句はなく、耳を傾けるようにしてジーアグローを見つめ返した。
「瘴気の範囲が広がっている。クレドコンパスの外に暮らしを求めた人々は、魔石の力を得て、高度な文明を発展させる一方で、戦争を繰り返し、あちこちで衝突しあっている。瘴気の脅威を説いて回ったが、知りたがるのは魔石を扱う方法だけ、どこへ行っても争いと飢えが支配し、誰も耳を傾けてはくれなかった」
旅の結果を報告したジーアグローに部屋はしんと静まり返る。
どこかで「ジーアグローなら」と期待していたのだろう。自分たちが崇め、信頼を寄せる王の言葉であれば、他の国の人々も耳を傾けてくれると信じていたのかもしれない。
ジーアグローは世界でも有数の魔石使いとして、周辺諸国へ魔石の使い方を伝授していた。文明は魔石と共に発展し、いくつもの国がその恩恵を基盤に暮らしている。その実績があるからこそ期待していたが、残念な結果しか持ち帰れなかったことにジーアグロー自身も「すまない」と声を落としていた。
「ジーアグロー様のせいではございません。同じ人間でもあの者たちとわしらは違う」
年長者の言葉が、落ち込んだ室内の空気を祓っていく。
その声が発端となって「そうだそうだ」と村人たちは声を上げ始めた。
「あいつらは先祖が守ってきた森を焼き、瘴気を生む。瘴気は元からあったのに、それを濃く、広く変えていったのは森への敬意を忘れたあいつらのせいだ」
「デファイの根絶をうたっているのを聞いた。瘴気をすべて無くせると、本気で思っているらしい」
「正気とは思えんな。石も植物も獣も、みな少なからず瘴気を含んでいる。我々の身体にもまた、瘴気は含まれる。それがわかれば、デファイにしても恐れることはないというのに。魔石に魅せられて以降、デファイを消滅させることしか考えていない」
「魔石を掘り、大樹を切る。そりゃわたしたちだって暮らしていくためにそうすることがある。だけど、やつらはちょっと異常だよ。この世のすべてが自分たちの思い通りだとでも思ってるのかね?」
「硬貨や甲冑を作るためだけに山を削り、根こそぎ持っていこうとする。緩んだ地盤が崩れても知らんぷりよ」
「森で生まれ、育ったにも関わらず、嘆かわしいことだ。利権のために鉱石を掘り、魔石を奪い合い、森を焼き、自然を壊す。その結果、より凶暴なデファイを生んでいるのがわからんとは」
「このまま瘴気が濃くなり、範囲が広がり続ければ、やがてクレドコンパス全域にデファイの牙が届くだろう」
全員の見解は一致しているのに、解決策が見つからずに肩を落とす。見慣れた光景であり、何年も繰り返してきた議論でもあった。
だからこそ、ジーアグローは旅へ出た。
それでも結果は変わらない。
時代の流れとはそういうものかもしれない。
どこかで受け入れながら、言葉にできない思いがつのる。
しんと静寂が落ちて、重苦しい空気が満ちるなか、ジーアグローだけがふっと肩の力を抜いた。
「わたしはまだ諦めていない。今回訪れた国々では無理だったが、いつか必ず、わたしたちの声に耳を傾けてくれる国があるだろう」
ジーアグローがそういうのであれば、それに従うしかない。
自分たち以上に先見の明を持ち、実際に足を運んでいる王がそういうのであればと、その場はそれで収まった。
「そういえば、あの子の姿が見えないな」
「ああ、あの子でしたら、裏の畑で種をまいていますよ」
集会を終えて、一息つこうとしたところで、ジーアグローはいつもであれば一番最初に駆け寄ってくる姿がないことに気付いた。
太古より大地に根を張る木々は、見上げてもどこか遠く、広がる枝葉はどこまでも大きい。自然豊かな森。人間が最後の楽園と呼んだ場所で、先祖が愛した土地に生きる人々は明るい。
「ああ、お帰りになられた」
「ジーアグロー様だ」
「ジーアグロー様が帰られたぞ」
「おかえりなさい、ジーアグロー様」
近くに流れる川を水源としているのだろう。大きな水車が回る音がして、村を囲む塀が口を開ける。門ともいえるそれをくぐれば、そこはひとつの集落。いや、集落というにはあまりにも失礼かもしれない。
集まった老若男女は簡素な服を着ているが、黄金細工の飾り物を首元だけでなく、耳や腕にもぶらさげていた。見れば、色とりどりの魔石も宝飾品として使用している。
高度な加工技術がある証明。事実、鉱石や魔石を扱う技術は世界でも名高く、クレドコンパスを楽園と謳わせる煌びやかさをまとう。
ここは、スヴァハの民と呼ばれる人々の王国であり、おごそかな空気に満ちた場所。豊かな暮らしは歴史を紡ぎ、守るべき秩序と文明をもってそこにある。
「みんな、ただいま」
壮年の男は両手を広げて、歓迎する村人たちに笑顔をみせる。端正な顔は、はつらつとして、けれど冒険でもしてきたみたいに、随分と汚れた服を身にまとっていた。
「ジーアグロー様、旅はどうだったの?」
「ジーアグロー様、デファイをやっつけた?」
「こら、子どもたち。まずはジーアグロー様を休ませておやり、さあさ、ジーアグロー様。食事を用意しますので、湯浴びでもなさいませ」
駆け寄ってきた小さな子どもたちに取り囲まれたジーアグローを年長の村人が一括して、引きはがす。子どもたちは興奮した様子を消しはしなかったが、大人のいうことをよく聞いて「じゃあ、あとでね」と元気な声で走り去っていった。
「まったく、子どもたちはいつまでたってもジーアグロー様に馴れ馴れしい」
「いいではないか。子どもたちが元気だとわたしも安心する」
「そうやって甘やかすから、王としての威厳がないと言われるんですよ」
自然と共存共栄する村は、苔むした丸太の壁と石を利用して、各々に家を構えている。文明と呼ぶには自然と調和しすぎている気もするが、随所に高度な工夫が施され、豊かな暮らしをしているようにみえた。
川から引いた水は生活用水として清潔を保ち、広大な畑と民家を区切る。
そこら辺で草を食べるのは、食肉にもなるひとつ目の鳥。ホウホと変な声で鳴いて、村の中心にあるりんごの木を登っていく。
「今年も作物には困らないようだ」
「魔石のおかげで、ここは瘴気も薄く、安定した場所ですから。さあ、ジーアグロー様」
「いや、まずは皆に話したい」
「かしこまりました。すでに揃っております」
ジーアグローは年長の案内役の後ろに続いて歩き、村のなかで一番大きな建物へと入っていく。
集会所の役割があるのか。
村の大人たちが集まっていた。
「ジーアグロー様」「ジーアグロー様」
ここでも人々はジーアグローに頭を下げて出迎える。ジーアグロー本人はそのつもりがなくても、村人たちは未来ある男を王として慕い、誇りに思っているといった顔つきだった。
「集まってくれてありがとう」
そう前置きしたうえで、ジーアグローは集まった顔ぶれを見つめながら真剣な顔つきに変わる。それは、先ほどまでの明るさとは異なり、王と呼べる威厳ある風格だったのだから誰も文句はなく、耳を傾けるようにしてジーアグローを見つめ返した。
「瘴気の範囲が広がっている。クレドコンパスの外に暮らしを求めた人々は、魔石の力を得て、高度な文明を発展させる一方で、戦争を繰り返し、あちこちで衝突しあっている。瘴気の脅威を説いて回ったが、知りたがるのは魔石を扱う方法だけ、どこへ行っても争いと飢えが支配し、誰も耳を傾けてはくれなかった」
旅の結果を報告したジーアグローに部屋はしんと静まり返る。
どこかで「ジーアグローなら」と期待していたのだろう。自分たちが崇め、信頼を寄せる王の言葉であれば、他の国の人々も耳を傾けてくれると信じていたのかもしれない。
ジーアグローは世界でも有数の魔石使いとして、周辺諸国へ魔石の使い方を伝授していた。文明は魔石と共に発展し、いくつもの国がその恩恵を基盤に暮らしている。その実績があるからこそ期待していたが、残念な結果しか持ち帰れなかったことにジーアグロー自身も「すまない」と声を落としていた。
「ジーアグロー様のせいではございません。同じ人間でもあの者たちとわしらは違う」
年長者の言葉が、落ち込んだ室内の空気を祓っていく。
その声が発端となって「そうだそうだ」と村人たちは声を上げ始めた。
「あいつらは先祖が守ってきた森を焼き、瘴気を生む。瘴気は元からあったのに、それを濃く、広く変えていったのは森への敬意を忘れたあいつらのせいだ」
「デファイの根絶をうたっているのを聞いた。瘴気をすべて無くせると、本気で思っているらしい」
「正気とは思えんな。石も植物も獣も、みな少なからず瘴気を含んでいる。我々の身体にもまた、瘴気は含まれる。それがわかれば、デファイにしても恐れることはないというのに。魔石に魅せられて以降、デファイを消滅させることしか考えていない」
「魔石を掘り、大樹を切る。そりゃわたしたちだって暮らしていくためにそうすることがある。だけど、やつらはちょっと異常だよ。この世のすべてが自分たちの思い通りだとでも思ってるのかね?」
「硬貨や甲冑を作るためだけに山を削り、根こそぎ持っていこうとする。緩んだ地盤が崩れても知らんぷりよ」
「森で生まれ、育ったにも関わらず、嘆かわしいことだ。利権のために鉱石を掘り、魔石を奪い合い、森を焼き、自然を壊す。その結果、より凶暴なデファイを生んでいるのがわからんとは」
「このまま瘴気が濃くなり、範囲が広がり続ければ、やがてクレドコンパス全域にデファイの牙が届くだろう」
全員の見解は一致しているのに、解決策が見つからずに肩を落とす。見慣れた光景であり、何年も繰り返してきた議論でもあった。
だからこそ、ジーアグローは旅へ出た。
それでも結果は変わらない。
時代の流れとはそういうものかもしれない。
どこかで受け入れながら、言葉にできない思いがつのる。
しんと静寂が落ちて、重苦しい空気が満ちるなか、ジーアグローだけがふっと肩の力を抜いた。
「わたしはまだ諦めていない。今回訪れた国々では無理だったが、いつか必ず、わたしたちの声に耳を傾けてくれる国があるだろう」
ジーアグローがそういうのであれば、それに従うしかない。
自分たち以上に先見の明を持ち、実際に足を運んでいる王がそういうのであればと、その場はそれで収まった。
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