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第漆章:怒り狂う男たち

04:隊列を組む愚かな子

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「こちらです」


案内された場所は清潔な検査室が延々と続く廊下のうち、一番手前の部屋。
ここから見える部屋が何のために存在しているかは知らない。胡涅が検査を受けるのと同じように、治験に参加した一般人が使用する部屋か、何かか。朱禅と炉伯の二人は、将充に堂胡の行き先を案内させる流れで、ここにたどり着いただけのこと。
堂胡の屋敷内を地下一階に降り、家の裏手に回るような長い廊下の突き当たりにある一番奥の扉を抜けて階段を上り、現れたのが現在の場所。
誰もいない廊下。足音だけが静かに反響する空間。
無機質で無駄なものが一切ない空間なのはかまわないが、延々と検査室らしい部屋だけが続く廊下。その手前の部屋の扉をあけられて「こちらです」とは、随分と味気がない。
当然、目立ちすぎる美麗な男たちは不機嫌さを隠しもせず「ふざけているのか?」と案内した将充を脅していた。


「ま、まま待って下さい。ここはただのカモフラージュというか、通過点で」


なんでもかんでも暴力で解決しようとしないでほしい。和装は邪魔になると、スーツ姿で抜刀のかまえを見せた二人の言動に、将充は冷や汗を流しながら部屋へ引き込む。


「一般の人もいるんですから、あまり騒がないでください」


扉をくぐって足を踏み入れた室内は、想像とは少し違った。
これまでの無機質さは一掃され、長年使われてきた部屋だということが一目でわかった。明かりを取り入れるための大きな窓、様々な試験管やフラスコやガラス瓶が並ぶ広い机、積まれた書籍からは付箋が飛び出し、寝泊まりしている雰囲気が見られるソファーにブランケット、一見して、誰かの部屋だと認識できる。誰かは、おそらく、いま目の前にいる将充だろう。


「我らは堂胡の元へ案内しろといったのだ」

「誰がてめぇの部屋へ連れて行けといった?」

「我らは時間が惜しい」


最後通告だといわんばかりに地を這うような低い声で朱禅が告げれば、将充がまたおびえたような声をあげた。


「わかってます、わかってますから、その怖い顔やめて」


しくしくと今にも泣きだしそうな声をあげて、将充はちらりと炉伯が腕で抱えている人物に目をやる。人質だと認識するには随分と複雑な感情。とはいえ、今は朱禅と炉伯の要望に応える方が先だろう。


「この向こうに、保倉家が代々研究場所として使用してきた部屋があります」


ぶつくさと文句を言いながら、将充は今にも暴れだしそうな朱禅と炉伯の間を抜けて、隣の部屋とつながっているらしい扉を指した。部屋の中に設けられた隣室へと繋がる扉。
朱禅と炉伯が怪訝な顔をしたのは仕方がない。


「堂胡はここを通ったのか?」


炉伯の問いかけには答えずに、将充は扉をあけてそちら側へいってしまった。


「真裏か」


仕方なく続いてきた炉伯が壁を見てつぶやく。何かに気づいたのだろう。


「……はい」


肯定した将充に、朱禅も部屋に入るなり目を細めて壁を見つめた。


「なるほど、あちらからは見えぬが、こちら側からは存分に観察ができると」


将充の部屋を媒介に侵入した扉の先は、様々な実験具が並ぶ研究室そのものだった。
その部屋の中央へと目を向けてみれば、壁一枚隔てて、胡涅が幼少期に軟禁され、現在は月に一度の検査で使用する部屋があるのだとわかる。実際に、ベッドの頭側に位置するだろう妙な壁は、動物園や水族館のように室内を自由に観察できる造りになっていた。


「堂胡が身を潜めていた屋敷と研究施設が、こうも妙な造りでつながっているとは」


もと来た方向を振り返れば、将充の部屋がそこにある。扉が開いたままなのは、朱禅が身体の半分をまだそこに置いているからだろう。


「この部屋で採取した胡涅の血を解析していたか」


無人化された研究室内では、今日採取された胡涅の血が何かの装置の中に流れ込んでおり、それがデータとなってパネル上に浮かんでいる。朱禅と炉伯を捕縛していた際に保倉が興奮していたデータであり、将充が堂胡に告げた検査結果の数値だろうそれらは、解析終了の合図を表示させたまま固まっていた。


「にしても、炉伯の力の影響も受けぬ部屋とは」


くつくつと朱禅が笑うのも無理はない。胡涅の検査室は氷漬けになっているのに、この部屋は変わらずに機能している。


「あの……父は」

「生きている」


炉伯が人質として脇に抱える枯れ枝のような老人が、果たして本当に父なのか、だんだんと信憑性が薄れてきたせいかもしれない。将充は疑うような視線で炉伯が抱える人物を盗みみたが、「それがどうした」と意に介さない二人の態度に将充は肩を落とした。


「で、俺たちをこの部屋に案内してどうする。堂胡はどこだ」


ひん死に近い人間を抱えたまま室内を物色し始める。
マイペースというより我が道を行く。他人などお構いなしに本能に忠実なところが人間とは違う文明や文化を表徴している気がして、将充は遠巻きにその姿を眺める。


「おい、将門之助」

「は、はい。今度はなんでしょう?」

「燃やすぞ」

「はい……え、はい?」


承諾を得るつもりが本当にあったのかどうかを問いたい。ぼっと火がつくような音がして、ついでに痩身の保倉を抱える腕とは逆の手の平の上で火玉を作った炉伯に将充は慌てて近くにあった消火器をかけた。


「な、なななんな何をするつもりですか!?」


突然、シューという白い煙を吹きかけられたせいで、拍子抜けした炉伯はもちろん朱禅までもが丸く目を見開いた状態で固まっている。
対して、息を切らせて現状の沈下に成功した将充は脱力したようにその場にへたり込んでいた。けれどすぐに顔をあげて、暴挙に出た双子夜叉を怒鳴りつける。


「こっこここ、この部屋の設備がいくらすると思ってるんですか?」

「そんなことは知らん」

「こっ、この部屋には僕が丹精込めて大切に育てた仙蒜(せんひる)もあるんですよ。燃えたらどうするんですか、燃やすなんてありえません。絶対にやめてください」


目を向けてみれば確かに、胡涅の血を解析する設備のほかに、植物栽培らしき場所が室内の一角に設けられている。数秒。十秒ほどか。炉伯は自分の手を眺めてから、朱禅は顎に手を添えてから、んーと意味の分からない息を吐くと、同時に刀を抜いて部屋を壊滅状態に追いやった。


「………は?」


温室野菜やキノコ栽培のようにLEDライトに照らされて部屋一面の棚で育っていた仙蒜たちがしおれていく。
言い間違えでなければ「丹精込めて大切に育てた」植物で、「絶対にやめて」とお願いした瞬間に、無残に散らされては立つ瀬がない。一瞬、何が起こったのか理解できなかったらしい将充だったが、つーと無音で伝うしずくに、泣いているのだと認識した途端、先ほどから手にしていた消火器を振り回して双子夜叉に襲い掛かっていた。


「信じられない、許せない、何の権利があってこんなことするんですか。この薬草は、あらゆる病を治す万能薬になるかもしれない、本当に希少なもので、もうどこにも存在しない絶命した植物なんですよ」


うわーんと泣きながら暴れる三十路の男の攻撃など、朱禅と炉伯にとっては脅威にもならない。「知るか」と一括したうえで、温情も情けも容赦なく破壊行動を終えていた。


「胡涅を弄ぶな、外道が」

「御前の加護がなければ、お前も一緒に切り刻んでやるものを」

「それに薬草などと言うてくれるな、これは我ら夜叉を死へと誘う悪しき草だ。滅んで然るべきものよ」

「ひとりで復活させたなら、さすが将門之助としか言えねぇがな」


泣き崩れた将充にはそれこそ関係のないはなし。自分が大事に時間やお金をかけて育ててきたものが一瞬にして散ってしまった。それだけで双子を恨み、報復するには十分な理由になると、みどり色から真っ黒な炭色に変わっていく植物を見つめている。
すっかり勢力をなくし、大の男がさめざめと泣く姿に、さすがに悪いことをしたと自覚したのか、朱禅と炉伯が顔を見合わせて嘆息する。


「貴様は無知のくせに無駄に能力があるから厄介だ」

「普通は仙蒜など一介の人間には育てられん」

「さりとて、胡涅を死に至らしめる草は滅ぼすに限る」

「お前も胡涅が好きなら現実を知り、受け入れろ」


そう慰められても心が追いつかない。大体、なぜこの二人に自分の恋心が知られているのかもわからない。喋ったこともないはずなのに、ほぼ初対面で指摘される理不尽さに打ちのめされる。


「胡涅の名前を呼ぶときの声の柔らかさに自覚がないのか?」

「胡涅の名前を聞いた時の心拍や呼吸の乱れも自覚がないらしい」


はぁっとそろって吐かれる息に、急激に羞恥が芽生えてくる。そんなにわかりやすい態度をしていたのかと、将充は涙をふいて口をとざした。


「おおかた、貴様が仙蒜にこだわるのは胡涅のためであろう?」


そうとどめをさされてはぐうの音も出ないと、将充はついに真っ赤な顔で下を向いた。


「……そうだよ。何か悪いのか?」


羞恥からくる開き直りか、仙蒜を失ったことによる諦めか。怯えの消えた将充の様子に、朱禅と炉伯が嬉しそうに口角をあげる。


「胡涅ちゃんを……好きな子の病気を治したいと思って何が悪い」

「悪いなんて言ってねぇよ」

「貴様が無知だといっただけだ」

「だったら、お前らは知ってるっていうのか。胡涅ちゃんが生きられる方法を」


青と赤の瞳が美しく輝く。本当に宝石のように光るのだなと、他人事のように思ったのは、あまりに人間離れした雰囲気のせいかもしれない。
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