【R18】双璧の愛交花 -Twin Glory-

皐月うしこ

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第拾章:あるべき姿へ

07:生い立ち

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触れた瞬間、光の渦に似た何かに引きずり込まれるようで、けれどすぐに、それが堂胡の記憶だとわかる。
胡涅が最後に会った姿と変わらない。
食事会のときにみたのと同じ、年老いて、それでも肉をもりもりと美味しそうに食べている。
場所は、胡涅が朱禅と炉伯と暮らす棋風院邸。ただ、ほんの少しだけ、古い家が新しく見えた。


「父さん、話がある」


食卓の上座にいる堂胡に向かって、部屋の入り口側の席にいたのはまだ若い男性。二十代後半、いや、三十代前半か。堂胡が八十近い年齢なので、「父さん」にしては違和感があると、胡涅は目を向けて驚いた。


「……写真の人だ」


あの日、家の古い本の中から見つけた写真の人物がそこにいる。
写真は破られて、もう手元にはないが、たしかに「父と母」らしき人物がそこにいた。
堂胡と男性にコーヒーを運んできたのだろう。堂胡にコーヒーを置いた若い女性は、父と呼んでいいのか確証のない男性の横に立ち、現在進行形でテーブルにコーヒーを置いている。それを当然の光景として受け止めながら、堂胡はふんっと鼻をならした。


「幹久(みきひさ)、わしがお前の話しを聞くことはない」

「父さん。美都嘉(みとか)との結婚を許してくれ」

「馬鹿をいうな。こんな女中と結婚などあり得ん。大体、先日この件に関しては」

「子どもが出来たんだ。名前ももう決めてある」


その瞬間、女性の悲鳴が響き、コーヒーカップが床に落ちて割れ、幹久が椅子ごと吹き飛び、堂胡が息を荒げて自分の拳を握っていた。


「幹久さんっ!?」

「この、恩知らずが」

「やめてください、堂胡さま」

「ええい、気安く触れるな」

「美都嘉!?」


倒れた幹久を再度殴りに行こうとした堂胡を止めるために飛び出た美都嘉が、堂胡の振り上げた腕に当たってよろける。
咄嗟にお腹をかばう仕草をしたのは、妊娠している証拠でもあるのだろう。
かけよった幹久の姿もそれが事実であると裏付けているようで、堂胡の顔はわかりやすく真っ赤に染まった。


「認めることはできん。金はやる、今すぐおろさせろ」

「父さん」

「ならん。この女は、おまえの子を孕ますために雇ったわけではないぞ」

「………そんな、言い方」

「血の繋がらない養子を迎えたのは、わしの築いた財産を渡すためではない。世間体を誤魔化すため仕方なく育ててやったというのに、まさかこれほど愚かとは」


頭を冷やせといって、堂胡は部屋を出ていった。
あとに残された二人は身を寄せあって、悲しそうな顔をしている。けれどすぐに微笑んで、互いの無事にほっと肩の息をおろしていた。


「幹久さま、ケガの具合は?」

「わたしは大丈夫だ。それよりも美都嘉は、大事ないか?」

「はい、無事です」

「よかった。さあ、早く座ってツワリが酷いだろう」

「ありがとうございます、幹久さま……あの……堂胡さまは、やはりお許しには」

「今は気にするな」


椅子に座らせ、よしよしと美都嘉の頭を撫でる幹久の顔は優しい。
たしかに堂胡とは似ていない。
胡涅が堂胡に似ていないのは、血が繋がっていないからだと、改めて思う。


「お腹にいるわたしたちの子を守ろう」

「……はい」

「財産は父さんに頼らなくても三人で暮らしていけるくらいには用意してある。仮に父さんの許しが無理なら、この町を出て、やっていけばいい。仕事のつてだってある」

「……幹久さま」


ふたりを包む空間は温かい。
それでも暗転したそこは、惨劇が広がっていた。


「幹久!?」


叫ぶのは堂胡。
よほど焦ってきたのか、寝巻きの上に羽織ったガウンは半分脱ぎかけている。


「くそっ、あやつ、どこへいった!?」

「旦那さま、先ほどの叫び声はいったい……ッ、幹久さま…っ…幹久さまぁ…いやぁぁあぁぁ」


夜明けらしい部屋の中央に、血溜まりと、うつ伏せで倒れる幹久の姿。堂胡と同じく、寝巻き姿で現れた美都嘉は、絶叫に近い呼び掛けのあと、大きく膨らんだお腹を押さえて膝をつく。


「………まさか」


苦しみに顔をしかめて膝をついた美都嘉を置いて、堂胡はどこへ行くつもりなのか。突然走り出したその姿は、老人であることを忘れさせる。
胡涅としては両親の行方が気になるが、これは堂胡の記憶を主軸にしてある。部屋の記憶よりも、より強い堂胡の言動に風景は引きずられていくのだろう。


「藤蜜っ!!」


息を切らせて堂胡がたどり着いたのは、地下室の一番奥にある観音開きの扉のなか。


「………ここは」


なぜか、知っている。
家に地下室はないはずなのに、訪れたこともないはずなのに、ここが棋風院邸の地下室だとわかった。
窓のない薄暗い空間が、明けていくはずの夜の終わりに、暗い影を落としている。


「藤……蜜……藤蜜、あ、ぁあ…わしの、わしの藤蜜が」


部屋の中央。一瞬、それが、両手足を四方に捕らえられた藤蜜姫だとわからなかった。
床まで長い白銀の髪に、象牙のように白く滑らかなツノ、身体の半分以上が木となり床に根をはっているのだろう。
元は美しい裸体が、ところどころ木に侵食されて、金色の瞳はうつろに光を失っている。
そんな藤蜜姫の喉元に、食らいついているのは見たことのない人間の男。人間といっても、常人の雰囲気はどこにもない。ふーふーと息を荒げ、無我夢中で藤蜜姫に噛みついている。


「堂胡様。幹久様になにが、夜叉姫は……ああ、なんということだ」


堂胡と違い、幾分か若い保倉昌紀が姿を見せた。よれた白衣もまだ年期が浅い。
そんな昌紀の白衣を掴んで、堂胡が命じた。


「あの男を殺せ。ただの強盗ならまだしも、生かしてはおけん」

「は、はい!!」


昌紀の声が弱腰なのは、おそらく変化を見せ始めた強盗のせいだろう。
黒い髪が白く染まっていく。
筋肉が浮き上がり、血走った目に興奮が宿っていく。


「……愚叉」


そう呟いたのは誰だったか。胡涅は、保倉医師と自分の声が重なったような音に、生来の愚叉の姿を目の当たりにする。


「ッ」


咄嗟に朱禅と炉伯の名前を口にしようとして、これが俗にいう走馬灯だと理解した。堂胡の走馬灯に招かれたのは胡涅の実態ではない。透けた身体で見る光景に、声を吐き出せるわけもない。


「ぎゃ…ぎゃぎゃ…ぎゃ」


壊れて、さび付いた人形のほうが、まだ可愛い。ホラー映画やゾンビ映画に出てくるように作られたものではない。
生きた化け物が、そこにいる。
目の前で進化していく。
白に染まる髪、額から生えたいびつな角、よだれを垂らした口からは牙がのぞき、空間から出現した日本刀を握る異形の化け物。夜叉を模したヒトガタの何か。


「コロス……邪魔するヤツ…ころ…ス」


これまで見てきた愚叉との違いを一言で表すなら、意志があるということだろう。
愚叉が「喋った」だけで、全身に悪寒が駆け抜けて、鳥肌がたつのを実感する。狗墨がひとりで戦っていた彼らは、この一体にも及ばないと直感でわかる。
動物的な感覚とゾンビに似た退廃的な肉体で、意識的に襲われたら、ただの人間はひとたまりもない。事実、何メートルも離れた場所にいたはずの愚叉は、たった一度の脚力で距離を縮め、堂胡と昌紀の頭上から光る刃を振り下ろそうとしていた。


「うぎゃ、ぎゃぎゃぎ…ッ…ぐ」


しかし、大量の吐血。
藤蜜姫の現状をみれば、愚叉の変身が未完成なのだとわかる。それでも襲ってくる迫力に気圧される。
空中に赤が散って、堂胡が狂ったように「早く殺せ」と叫んでいる。


「姫、山へカエル……コノ屋敷のニンゲン殺す…ッ…ゴロ…ぅ」


吐血しながら襲い掛かってくる愚叉の刀が、床に刺さり、天井をかすめ、壁を切って、部屋中を飛び回る。
そのたびに、堂胡と昌紀が一緒になってぐるぐると逃げまどっていたが、やがて壁にかかっていた猟銃を持った昌紀の顔に勝利が浮かんだ。ところが、次の瞬間には「やめろ」と堂胡が昌紀を突き飛ばしていた。


「藤蜜に当たりでもしたらどうする!?」

「その前に死ねば、すべて終わりでしょうが」

「ぎゃっ」


予想以上に大きな音と振動に、堂胡が驚いたと腰を抜かしたが、胡涅も驚いたと、保倉医師の意外な特技に息をのむ。
そもそも猟銃がこの部屋にあることに驚いた。対、夜叉用に壁にかけてあったに違いない。一発の銃声は、堂胡の心配を無視して、的確に愚叉の胸を撃ち抜いていた。


「ッ…ぐ、ぅ……藤蜜御前ヲ、山に…かぇ、す……邪魔するもの、コロス」


さすがに胸に大きな穴が開けば、名もなき愚叉の身体も床に崩れ落ちる。
胡涅が知っている愚叉は、ここまで強靭ではない。しかも、致命傷を負ったその肉体は、すぐに灰にならずに原型をとどめている。
胸を撃ち抜かれても、まだ生きている。


「貸せっ!!」


昌紀から猟銃を奪った堂胡が走りよって、頭を一発撃ち抜いて、ようやくその生き物は死滅したようだった。
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