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第二話:連行される先
杉村と呼ばれた家族の結末を想像したくはなかったのに、実の父親を罵倒する彼女の悲鳴に察しがついてしまった。
「はい、無事に奥まで中出しされたのを確認しました。それではお父さんはシャワーを浴びて、ゆっくりなさってください」
にこりと、優しい医者の声が診察室から出てきた父親の背後を追いかける。
「娘さんの乳首と陰核の肥大手術は希望されますか?」
「ああ、はい」
「ではここに、同意の署名をお願いします」
診察室の入口で普通に交わされる異常なやりとり。けれど、誰もそれを止めない。
ここにいる全員が聞こえているはずなのに、誰もその異様さを指摘しない。
「ああそうだ、その手術中は同席していても?」
「もちろんです」
「あと、わたしの友人が娘を犯すところをみてもいいかね?」
「それは構いません。全員分、見ていかれます?」
「そうだな。可能なら」
「では椅子を用意させます」
どこか満足そうな父親が、静かに準備が整うのを待っているのとは対照的に、少しあいた診察室の扉の隙間からは、自殺をしそうな勢いで暴れる娘と、その娘をベッドの上に押さえつけて拘束具をつけている複数の男性が見えていた。
「…………っ」
怖い。
単純に悪寒が駆け抜けた背筋に、佳帆は自分の顔が真っ青になっていくことに気づく。
血の気が引いていく音。
本当にサーと血が流れる幻聴さえ聞こえてくるようだった。
「あれ、伸也先輩じゃないっすか」
心臓が止まるほど驚いたのも無理はない。
突然現れた白衣の若い医者が、硬直する佳帆と、優雅に足を組んで、病院のパンフレットを覗き込んでいた義父の目の前で足を止めた。
「良太か、久しぶりだな」
「何してんすか、こんなとこで」
「見てわかるだろう」
引き寄せていた身体の上を滑るようにして移動した義父の綺麗な指が、佳帆のアゴを持ち上げる。
その顔を見下ろすように、「ああ」と良太と呼ばれた若い医者は納得の表情でうなずいた。
「佳帆ちゃん。いい格好っすね」
「最後の自由を楽しんだ罰だよ。ちょうどよい教材だったしね。にしても、珍しいな。良太が自分から出迎えに来るなんて」
「当然じゃないっすか。これでも、佳帆ちゃんに会えるの楽しみにしてたんすよ」
ニコリと笑いかけられた顔は見覚えがある。こんな場所や状況じゃなければ惚れていたかも知れない、いや、実際少し意識していた。
義父が高校時代からの後輩だという真崎良太。一度だけ、会ったことがある。優しくて、紳士的で、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなとドキドキもした。もう一度会えたらいいなと思っていた。
その一度は、こんな場所ではない。
別のどこかで再会したかった。
「久しぶり、佳帆ちゃん」
アイドルみたいな華がある雰囲気のくせに、ポンポンと頭を撫でる手が「逃がさない」と言ってるみたいで身構える。義父の伸也と同じで、身長が高いからかもしれない。白衣のせいで痩せて見えがちだが、私服のときは、もう少し肩幅が広かった気がする。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。お父さんに犯されるとこは、僕が見ていてあげるからね」
「ッ!?」
「あはは、いいね。僕、そういう顔大好き」
冗談に聞こえないからかいを、まるで冗談のように口にする彼を、狂っていると認識するのは間違っているのだろうか。
この状況から助けてくれる人を望んでいた。次に現れる人が、そうであることを願ってた。それなのに、良太は助けてくれる人ではない。
この人たちは手を組んでいる。それはつまり、佳帆にとって敵と同じ。
「僕をにらんだって無駄だよ。これは決まりなんだから。佳帆ちゃんだって、痛いのはイヤでしょ?」
そう言って頭に手を置いたまましゃがんで、視線を合わせてきた良太の瞳に悪寒が走る。
「僕は佳帆ちゃんの担当医になれて嬉しかったのに、一日お預けくらったんだから。本当なら痛いことされても文句は言えないんだよ」
ピンっと指先で弾かれた乳首に、おおげさな反応を示した自分の身体が恨めしいと佳帆は良太をにらみ続ける。断じて屈しない。震える身体は隠せなくても、その意思が少しでも伝わればいい。
「良太。あまり佳帆を怖がらせないように」
「いやいや、ノーパンノーブラでワンピースの上から亀甲縛りさせた伸也先輩にだけは、言われたくないっす」
「似合ってるだろう?」
「そりゃ似合ってるけど。首輪はもう少し可愛いのなかったんすか?」
「どうせ、お前が用意してるだろ」
「あ、バレてました。患者につける決まりなんすよね。首輪。佳帆ちゃんのために、めちゃくちゃ吟味して厳選したから、あとでつけてあげるね」
二人は佳帆を起点に会話しながら各々に好きなことを口走っている。当事者が発言できないのをいいことに、何が可決されようとしているのか。
怯えた瞳は逆効果だと知りながら、それでも怖がらないでいられるなら、そうでありたい。
「伸也先輩、もう受付で説明聞きました?」
「ああ。身体測定と全身脱毛をこれから施すときいた」
「そうっす。準備させてるんで、いきましょう。あ、佳帆ちゃんは自分で歩かせます?」
「ここにはバイブつきじゃない普通の車イスは置いてないだろう。歩かせるよ」
佳帆としてもその方がありがたい。
バイブ付きの車いす。そんなものがこの世にある方が、どうかしている。
「僕が抱っこしてもいいっすよ?」
それは御免だと、佳帆はふんっと鼻を鳴らして立ち上がる。自分で歩けるならそれがいい。
「振られたな、良太」
「そういう伸也先輩だって随分嫌われてるじゃないっすか。あんなに懐いてたのに」
「ただの反抗期だよ」
見当違いの美形を無視して、佳帆はキョロキョロと顔を動かす。
行動制限がかけられるより、隙をみて逃亡できる可能性がほんのわずかでもあるなら、そちらのほうがいい。そのとき、自分が座っていた待合室の椅子のシートが確かに濡れているのが視界に入って、慌てて視線を逸らすことになった。
「あーあ、佳帆ちゃんってば、こんなところにマーキングなんかしちゃって」
白衣のポケットから取り出したハンカチで軽くふきながら、からかいを投げてくる良太に、佳帆の顔は赤く染まっていく。言い返せないのが悔しい。自分が濡れているか、濡れていないか。彼らに指摘されなくても知っている。
「躾のなっていない娘ですまないね」
「いいんすよ。それも佳帆ちゃんの愛嬌っすから」
彼らはなぜか嬉しそうな顔で見下ろしてきたが、それには気づかないふりをして、佳帆は赤くなった顔を俯かせる。目を合わせたくなかったのに、首輪についたリードを引っ張られて顔を上に向かせる羽目になった。
「佳帆、行くよ」
ここで逆らっても逃げ場はないと理解したのか、佳帆は素直に頷き、歩き始めた彼らのあとに続いた。
「佳帆ちゃん、こっちだよ」
縛られている身体は、思ったよりも歩きにくい。それでも足の可動域は保たれているため、不自由というわけではない。
後ろ手で縛られ、猿轡を噛まされている身からすれば、むしろ呼吸のほうが苦しい。
「ッ………ぅ、ぁ」
いったいどこまで続いているのか。
病院ではなくマンションと認識したほうがいいかもしれない。等間隔で診察室や処置室といった部屋が続き、そのどれもから悲鳴や泣き声が聞こえてくる。
部屋の前で祈るように待っている男の人もいれば、扉をあけて覗きながら応援している人もいた。
「こら、興味があるのはわかるけど。佳帆ちゃんはこっち」
「佳帆、来なさい」
首輪を引っ張られて数歩よろける。
なんとか転ばずに追い付くことが出来たが、そこに階段があって、佳帆は安易に上るのかと首をかしげた。それを柔らかく「違うよ」と訂正した良太の手が、佳帆の腰に回り背中を押して歩き出す。
「見たとおり、一階は処置室や診察室があって、定期検診や診察などを行う場所。二階、三階はコンビニや食堂、大浴場とか。地下には手術室があるけど、まぁ、緊急処置とか足の健を切るとか以外には今のところ使い道は予定してないね。四階から上は各自の居住区として当てられて、佳帆ちゃん以外の患者様は基本的に五階、ナースステーションもそこ。これから向かう一階奥は、集中治療室や特別室があるんだ」
奥に進めば進むほど、静かな世界が広がっていく。たしかに病院だと言われれば、納得ができる静寂さだが、壁が分厚さを増しているのかもしれない。
窓の数が減り、コンクリートのような無機質な壁が音を吸収しているせいもあるだろう。
「………ッきゃ」
突然、後ろからぶつかってきた何かに佳帆の身体が揺れる。咄嗟に支えてくれた伸也と良太のおかげで転ばずに済んだが、代わりに佳帆の足元では、別の女性が転んでいた。
「っぶな。佳帆ちゃん、怪我はない?」
「佳帆、怪我はないか?」
心配そうに頭の先から足の先まで眺めてくる伸也と良太に、佳帆はうなずく。自分のことよりも足元で転ぶ全裸の女性の心配をしてほしいが、彼ら二人には彼女が視界に映っていないらしい。
頭の先から足の先まで、前も後ろも念入りに、怪我がないか確認するのが終わるまで彼らは佳帆以外を視界に入れるつもりもないのか。
「……んー、んっ」
もう大丈夫だと佳帆が抗議の姿勢をみせて、彼らはようやく少し体を離してくれた。
ぶつかってきた勢いをどこにやったのだろう。倒れる彼女はびくりとも動かない。さすがに医者として見過ごせなかったのか、良太がその女性に腕を伸ばしたときだった。
「真崎院長、すみません。六階のクリアルームに運ぶ前に逃亡したようで」
「麻酔が効くまで目を離すなよ」
「ですよね。すみません。これから全員で公開種付けするんで、よかったら見にきてください」
爽やかな笑顔で、気を失った女性を姫抱きにして連れていった医者をどういう心情で見送ればいいのだろう。やはり例に漏れず、彼女の親族らしい男性、看護師三名がそれに近寄り、さらに追加でもう二名が一緒にぞろぞろと階段をのぼっていった。
公開種付けと言っていた通り、彼らの行為を観賞するつもりなのか。
見渡してみれば四組ほど、年の差が目立つ男女の群れが同じように階段をのぼっていく。大抵は佳帆のように縛られているか、または眠らされて抱えられているか。大人しくついていく女性もいる。
痛みを訴えている患者はいないようだが、不可解な顔で佳帆が視線を良太から義父に戻す頃、再び抵抗の声が院内に響き渡った。
「品素のないメスが多いな。本当に選別したのか?」
騒がしい階段の様子から察すると、目覚めたうちの一人が暴れだしたのだろう。見学をやめて、個室に帰ろうと、数人が彼女をなだめながら階段を降り、エレベーターのある廊下に消えていくのが見えた。
「聞き分けの悪い子にはしっかりとした教育をしてもらいたい」
綺麗な義父の顔を見上げた佳帆の顔は、びくりと過剰に反応する。その冷めた瞳から連想できる教育方法とは、佳帆の思う教育と、随分違う方法を意味するに違いない。
「あまりに品がなさすぎる」
安易にこの場に居続けることを拒否する義父の声が聞こえてきた。
「そうっすね。特別室は佳帆ちゃん専用にずっと押さえてますから」
「助かるよ」
「外部から遮断された個室で、一通りのことはそこで完結させられるようになってるんで、こんな騒がしさも無縁っす」
にこやかに笑う彼と、永遠に無縁になればいい。
特別室がどんなものかわからないが、この異常な病院の院長らしい彼が推奨する特別室に通されたが最後、たぶん想像以上の絶望しか待っていないような気がした。
「佳帆ちゃん、ついたよ。ちゃんとお父さんについてこれて偉いね」
その優しい声と柔らかな笑顔に、一体何人が犠牲になったのだろう。
「おーい。用意できてるか?」
指紋認証らしい扉の鍵を開けて、中に入った声の変化に警戒心が増していく。
鼻歌まで奏でそうなほど上機嫌な医者と、身なりを整えた紳士的な男。誰もが羨む美貌を兼ね備えた男たちの中央で青ざめた少女が、縄で縛られた状態で連行されていく。
異様な光景。
けれど、この病院では珍しくない風景のひとつでしかない。
「ひッ!?」
通された特別室は、本当に悪い意味で佳帆の想像を見事に裏切ってくれた。
「はい、無事に奥まで中出しされたのを確認しました。それではお父さんはシャワーを浴びて、ゆっくりなさってください」
にこりと、優しい医者の声が診察室から出てきた父親の背後を追いかける。
「娘さんの乳首と陰核の肥大手術は希望されますか?」
「ああ、はい」
「ではここに、同意の署名をお願いします」
診察室の入口で普通に交わされる異常なやりとり。けれど、誰もそれを止めない。
ここにいる全員が聞こえているはずなのに、誰もその異様さを指摘しない。
「ああそうだ、その手術中は同席していても?」
「もちろんです」
「あと、わたしの友人が娘を犯すところをみてもいいかね?」
「それは構いません。全員分、見ていかれます?」
「そうだな。可能なら」
「では椅子を用意させます」
どこか満足そうな父親が、静かに準備が整うのを待っているのとは対照的に、少しあいた診察室の扉の隙間からは、自殺をしそうな勢いで暴れる娘と、その娘をベッドの上に押さえつけて拘束具をつけている複数の男性が見えていた。
「…………っ」
怖い。
単純に悪寒が駆け抜けた背筋に、佳帆は自分の顔が真っ青になっていくことに気づく。
血の気が引いていく音。
本当にサーと血が流れる幻聴さえ聞こえてくるようだった。
「あれ、伸也先輩じゃないっすか」
心臓が止まるほど驚いたのも無理はない。
突然現れた白衣の若い医者が、硬直する佳帆と、優雅に足を組んで、病院のパンフレットを覗き込んでいた義父の目の前で足を止めた。
「良太か、久しぶりだな」
「何してんすか、こんなとこで」
「見てわかるだろう」
引き寄せていた身体の上を滑るようにして移動した義父の綺麗な指が、佳帆のアゴを持ち上げる。
その顔を見下ろすように、「ああ」と良太と呼ばれた若い医者は納得の表情でうなずいた。
「佳帆ちゃん。いい格好っすね」
「最後の自由を楽しんだ罰だよ。ちょうどよい教材だったしね。にしても、珍しいな。良太が自分から出迎えに来るなんて」
「当然じゃないっすか。これでも、佳帆ちゃんに会えるの楽しみにしてたんすよ」
ニコリと笑いかけられた顔は見覚えがある。こんな場所や状況じゃなければ惚れていたかも知れない、いや、実際少し意識していた。
義父が高校時代からの後輩だという真崎良太。一度だけ、会ったことがある。優しくて、紳士的で、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなとドキドキもした。もう一度会えたらいいなと思っていた。
その一度は、こんな場所ではない。
別のどこかで再会したかった。
「久しぶり、佳帆ちゃん」
アイドルみたいな華がある雰囲気のくせに、ポンポンと頭を撫でる手が「逃がさない」と言ってるみたいで身構える。義父の伸也と同じで、身長が高いからかもしれない。白衣のせいで痩せて見えがちだが、私服のときは、もう少し肩幅が広かった気がする。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。お父さんに犯されるとこは、僕が見ていてあげるからね」
「ッ!?」
「あはは、いいね。僕、そういう顔大好き」
冗談に聞こえないからかいを、まるで冗談のように口にする彼を、狂っていると認識するのは間違っているのだろうか。
この状況から助けてくれる人を望んでいた。次に現れる人が、そうであることを願ってた。それなのに、良太は助けてくれる人ではない。
この人たちは手を組んでいる。それはつまり、佳帆にとって敵と同じ。
「僕をにらんだって無駄だよ。これは決まりなんだから。佳帆ちゃんだって、痛いのはイヤでしょ?」
そう言って頭に手を置いたまましゃがんで、視線を合わせてきた良太の瞳に悪寒が走る。
「僕は佳帆ちゃんの担当医になれて嬉しかったのに、一日お預けくらったんだから。本当なら痛いことされても文句は言えないんだよ」
ピンっと指先で弾かれた乳首に、おおげさな反応を示した自分の身体が恨めしいと佳帆は良太をにらみ続ける。断じて屈しない。震える身体は隠せなくても、その意思が少しでも伝わればいい。
「良太。あまり佳帆を怖がらせないように」
「いやいや、ノーパンノーブラでワンピースの上から亀甲縛りさせた伸也先輩にだけは、言われたくないっす」
「似合ってるだろう?」
「そりゃ似合ってるけど。首輪はもう少し可愛いのなかったんすか?」
「どうせ、お前が用意してるだろ」
「あ、バレてました。患者につける決まりなんすよね。首輪。佳帆ちゃんのために、めちゃくちゃ吟味して厳選したから、あとでつけてあげるね」
二人は佳帆を起点に会話しながら各々に好きなことを口走っている。当事者が発言できないのをいいことに、何が可決されようとしているのか。
怯えた瞳は逆効果だと知りながら、それでも怖がらないでいられるなら、そうでありたい。
「伸也先輩、もう受付で説明聞きました?」
「ああ。身体測定と全身脱毛をこれから施すときいた」
「そうっす。準備させてるんで、いきましょう。あ、佳帆ちゃんは自分で歩かせます?」
「ここにはバイブつきじゃない普通の車イスは置いてないだろう。歩かせるよ」
佳帆としてもその方がありがたい。
バイブ付きの車いす。そんなものがこの世にある方が、どうかしている。
「僕が抱っこしてもいいっすよ?」
それは御免だと、佳帆はふんっと鼻を鳴らして立ち上がる。自分で歩けるならそれがいい。
「振られたな、良太」
「そういう伸也先輩だって随分嫌われてるじゃないっすか。あんなに懐いてたのに」
「ただの反抗期だよ」
見当違いの美形を無視して、佳帆はキョロキョロと顔を動かす。
行動制限がかけられるより、隙をみて逃亡できる可能性がほんのわずかでもあるなら、そちらのほうがいい。そのとき、自分が座っていた待合室の椅子のシートが確かに濡れているのが視界に入って、慌てて視線を逸らすことになった。
「あーあ、佳帆ちゃんってば、こんなところにマーキングなんかしちゃって」
白衣のポケットから取り出したハンカチで軽くふきながら、からかいを投げてくる良太に、佳帆の顔は赤く染まっていく。言い返せないのが悔しい。自分が濡れているか、濡れていないか。彼らに指摘されなくても知っている。
「躾のなっていない娘ですまないね」
「いいんすよ。それも佳帆ちゃんの愛嬌っすから」
彼らはなぜか嬉しそうな顔で見下ろしてきたが、それには気づかないふりをして、佳帆は赤くなった顔を俯かせる。目を合わせたくなかったのに、首輪についたリードを引っ張られて顔を上に向かせる羽目になった。
「佳帆、行くよ」
ここで逆らっても逃げ場はないと理解したのか、佳帆は素直に頷き、歩き始めた彼らのあとに続いた。
「佳帆ちゃん、こっちだよ」
縛られている身体は、思ったよりも歩きにくい。それでも足の可動域は保たれているため、不自由というわけではない。
後ろ手で縛られ、猿轡を噛まされている身からすれば、むしろ呼吸のほうが苦しい。
「ッ………ぅ、ぁ」
いったいどこまで続いているのか。
病院ではなくマンションと認識したほうがいいかもしれない。等間隔で診察室や処置室といった部屋が続き、そのどれもから悲鳴や泣き声が聞こえてくる。
部屋の前で祈るように待っている男の人もいれば、扉をあけて覗きながら応援している人もいた。
「こら、興味があるのはわかるけど。佳帆ちゃんはこっち」
「佳帆、来なさい」
首輪を引っ張られて数歩よろける。
なんとか転ばずに追い付くことが出来たが、そこに階段があって、佳帆は安易に上るのかと首をかしげた。それを柔らかく「違うよ」と訂正した良太の手が、佳帆の腰に回り背中を押して歩き出す。
「見たとおり、一階は処置室や診察室があって、定期検診や診察などを行う場所。二階、三階はコンビニや食堂、大浴場とか。地下には手術室があるけど、まぁ、緊急処置とか足の健を切るとか以外には今のところ使い道は予定してないね。四階から上は各自の居住区として当てられて、佳帆ちゃん以外の患者様は基本的に五階、ナースステーションもそこ。これから向かう一階奥は、集中治療室や特別室があるんだ」
奥に進めば進むほど、静かな世界が広がっていく。たしかに病院だと言われれば、納得ができる静寂さだが、壁が分厚さを増しているのかもしれない。
窓の数が減り、コンクリートのような無機質な壁が音を吸収しているせいもあるだろう。
「………ッきゃ」
突然、後ろからぶつかってきた何かに佳帆の身体が揺れる。咄嗟に支えてくれた伸也と良太のおかげで転ばずに済んだが、代わりに佳帆の足元では、別の女性が転んでいた。
「っぶな。佳帆ちゃん、怪我はない?」
「佳帆、怪我はないか?」
心配そうに頭の先から足の先まで眺めてくる伸也と良太に、佳帆はうなずく。自分のことよりも足元で転ぶ全裸の女性の心配をしてほしいが、彼ら二人には彼女が視界に映っていないらしい。
頭の先から足の先まで、前も後ろも念入りに、怪我がないか確認するのが終わるまで彼らは佳帆以外を視界に入れるつもりもないのか。
「……んー、んっ」
もう大丈夫だと佳帆が抗議の姿勢をみせて、彼らはようやく少し体を離してくれた。
ぶつかってきた勢いをどこにやったのだろう。倒れる彼女はびくりとも動かない。さすがに医者として見過ごせなかったのか、良太がその女性に腕を伸ばしたときだった。
「真崎院長、すみません。六階のクリアルームに運ぶ前に逃亡したようで」
「麻酔が効くまで目を離すなよ」
「ですよね。すみません。これから全員で公開種付けするんで、よかったら見にきてください」
爽やかな笑顔で、気を失った女性を姫抱きにして連れていった医者をどういう心情で見送ればいいのだろう。やはり例に漏れず、彼女の親族らしい男性、看護師三名がそれに近寄り、さらに追加でもう二名が一緒にぞろぞろと階段をのぼっていった。
公開種付けと言っていた通り、彼らの行為を観賞するつもりなのか。
見渡してみれば四組ほど、年の差が目立つ男女の群れが同じように階段をのぼっていく。大抵は佳帆のように縛られているか、または眠らされて抱えられているか。大人しくついていく女性もいる。
痛みを訴えている患者はいないようだが、不可解な顔で佳帆が視線を良太から義父に戻す頃、再び抵抗の声が院内に響き渡った。
「品素のないメスが多いな。本当に選別したのか?」
騒がしい階段の様子から察すると、目覚めたうちの一人が暴れだしたのだろう。見学をやめて、個室に帰ろうと、数人が彼女をなだめながら階段を降り、エレベーターのある廊下に消えていくのが見えた。
「聞き分けの悪い子にはしっかりとした教育をしてもらいたい」
綺麗な義父の顔を見上げた佳帆の顔は、びくりと過剰に反応する。その冷めた瞳から連想できる教育方法とは、佳帆の思う教育と、随分違う方法を意味するに違いない。
「あまりに品がなさすぎる」
安易にこの場に居続けることを拒否する義父の声が聞こえてきた。
「そうっすね。特別室は佳帆ちゃん専用にずっと押さえてますから」
「助かるよ」
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特別室がどんなものかわからないが、この異常な病院の院長らしい彼が推奨する特別室に通されたが最後、たぶん想像以上の絶望しか待っていないような気がした。
「佳帆ちゃん、ついたよ。ちゃんとお父さんについてこれて偉いね」
その優しい声と柔らかな笑顔に、一体何人が犠牲になったのだろう。
「おーい。用意できてるか?」
指紋認証らしい扉の鍵を開けて、中に入った声の変化に警戒心が増していく。
鼻歌まで奏でそうなほど上機嫌な医者と、身なりを整えた紳士的な男。誰もが羨む美貌を兼ね備えた男たちの中央で青ざめた少女が、縄で縛られた状態で連行されていく。
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