【R18】狂存トライアングル

皐月うしこ

文字の大きさ
104 / 123
第六章 華麗なる暗躍者

第八十九話 誘拐劇の終幕

しおりを挟む
何かが音をたてて切れた気がして、左頬の痛みがジンジンしているのも拍車をかけた。熱が感情を焦がすみたいに、じっとしていられない。


「え、なに、アヤ、ぅ、わぁ、ちょっと、アヤ!?」


アヤは床に広がるゴシップ誌を持ち上げ、数秒眺め、ひとつ目を閉じて息を吐き、ビリッと破く。それから次にロイの首根っこを掴んで、スヲンとランディの間をわざと通るように引きずりながら、メリルの前まで連れていく。


「……な…っ…なによ」


メリルが一歩引くのにも苛立ちが増す。
アヤは手が届くか届かないかの位置で立ち止まると、ロイを掴んでいた手を離し、メリルの目の前でビリビリと紙面を小さく、小さく破いていく。
ビリビリ、ビリビリ。
紙の裂ける音だけが響く空気は異常だろう。メリルの顔が不可解なものを見る目で崩れている。引きつった顔で、不気味なものを見る目でそこに立っている。
それでいい。


「ロイにふさわしいのは私よ」


アヤは千切り終えた紙面をメリルの顔面にぶつけるように投げつけた。


「なっ」


彼女が何を言おうとしたのかは知らない。
知りようもない。
アヤはロイの首を思いっきり引き寄せて、メリルの目の前でキスを贈り、ゴシップ誌にあった写真をそっくり真似た。


「…………っは」


重なるだけのつもりが、喜んだロイのせいで、想定以上に深く、長くなったとだけ言っておこう。食いつくされるのではないかと思うくらいのキスをされて、なぜかアヤの膝がかくんと落ちた。


「おっと」


難なく腰を抱き止めて、ついでに自分の胸に引き寄せたロイの温もりに、アヤはギュッとすり寄る。
メリルにも、誰にも渡さない。
その気持ちが溢れて離れられない。
やはり正解は自分なのだと、嬉しさがロイのキスの余韻を連れてくる。


「ゲイリー」

「……おっ、おう!」

「アヤに免じて見逃してあげる」


両手をあげたままずっとそこにいたゲイリーが、ようやく腕を下ろしてホッと息を吐くのがわかった。
サングラスを外して、帽子を脱いで、首元を緩める。そこから現れた顔に、アヤは目を見開いて固まった。


「ロイっ、ロイっ」

「なに、アヤ?」


子どもみたいに興奮して飛び跳ねるアヤに、ロイの手が抱き締める力を込めながら問いかける。
おおかた、言おうとしていることがわかるのか。スヲンとランディらしき黒いマントたちも心なしか「はぁ」と息を吐いた気がした。


「あの人見たことある。映画に出てた! めちゃくちゃ有名な人!!」

「そりゃ出てるよ。ゲイリーは俳優だもん」


当然のように言われても困る。さすがに美形集団に慣れたとはいえ、映画館や駅はもちろん、雑誌やレンタルショップで見たことがある顔がそこにあるとテンションはあがる。


「俳優、すごい。本物!?」

「本物だよ」

「生で俳優見たの初めて。テレビで見るより大きいし、やっぱりかっこいい」


それはよかったねーと、間延びした声でロイが距離を詰めてくる。ついでにスヲンとランディも近付いてきて、視界の面積が極端に狭くなった。


「そういえば、スヲン、ランディも。どうしてそんな格好してるの?」

「話せば長くなるから、アヤは俺たちと行こうか」

「え、どこに?」

「大人しくさらわれとけ」

「………え、どこに?」


頭に疑問符しか浮かばない。スヲンもランディも縛ったままの方が良かったと言いたげだが、すでに自由の身になったアヤはそうも行かない。


「ねぇ、ショーは?」

「ああ、そこからだな」


スヲンがよしよしと頭を撫でて、額や頬にキスをしてくれる。それは愛を感じて嬉しいが、答えになっていないと不満の声をあげようとしたとき、ランディにお姫様だっこで担ぎ上げられた。


「ニャッ…ちょ…何するの!?」


背が高く、体躯のいいランディに担がれると簡単には下ろしてもらえない。
しかもどこへ向かうのか、明かりのない暗い空間を颯爽と移動して、やがてそれは一台の車の元へたどり着いた。


「オープンカー…っ…にゃ」


オープンカーに初めて乗るが、ドアは普通開けるものじゃないだろうか。そのまま飛び乗るように足をかけたランディごと、後部座席に乗り込むのがわかる。
そうしてようやく、アヤはここが駐車場なのだと理解した。
どこの駐車場なのか、とか。誰の車なのか、とか。そういう疑問を口にする前に、転がり落ちそうな体をランディに巻き付けることで回避する。


「そうやってしがみついてろ」


ランディにしがみついていないと、また離れてしまうかもしれない。ぎゅっと抱きついて目を閉じているうちに、無事に車に乗り込んだようだった。


「なに、ランディどこに行くの?」


目が慣れてくれば、そこが閑散とした駐車場の一角だとわかる。前には運転席があるものの、果たしてこれからどうなるのか。


「アヤいるか?」

「スヲン?」

「危ないからランディから離れるなよ」


どこからともなくスヲンの気配が前方に乗りこんで、声だけが飛んでくる。


「………うん」


言われなくてもそうしている。
指摘されたので、さらにきつく抱きつく口実にしたが、ランディの方が離してくれないからその心配は無用だろう。


「ランディ、アヤはオッケー?」


ロイの声が追いかけてきて、スヲンがエンジンをかけたらしい。何やら騒がしい声が響いているのをかき消して、スヲンがアクセルを踏んだ。


「行くぞ」


楽しそうな声。法廷速度を無視した運転さばきは芸術ものだが、この状況で煽るロイの異常ぶりよりマシかもしれない。
飛び出していく。
暗い駐車場にタイヤの擦れる甲高い音が響いて、それはどこかへ向かって駆けだしていく。


「………ふわぁ…」


前方から潮風がなだれ込んでくる。爆走するオープンカーは、船の駐車場から飛び出して、波止場の駐車場を駆け抜けて、幹線道路にでようとしているらしい。
外は夜。けれど、現代文明のおかげで、視界はすこぶる良好になった。
豪華客船を横目に、駐車した数台の合間を縫って、白線を無視して、オープンカーは走っていく。
黒い壁のような船は、遠ざかるようで存在感がなかなか消えない。そこは晴れた夜の海。まだ早い時間なのか、港や町の電気が遠目に拝めるが、船が浮かぶ海は墨のような暗がりに蠢いている。


「………きゃ…」


走る車の上空、ヘリコプターから照射されたライトが眩しい。
どこへ向かうのか、ヘリコプターが何かを叫んでいる気もするが、無視して加速したオープンカーには無駄だと悟ったのか。旋回を繰り返していたヘリコプターは、やがて諦めて、どこかの空へ消えていった。


「あ、メッセージ来た」


スヲンと仲良く並ぶロイが、携帯を取り出して、スヲンに見せたあと後方のランディにも画面を見せる。
つまり、必然的にアヤにもその画面が見えたわけだが、その内容は意外なものだった。


「ご、合格?」


可愛らしい女性が投げキッスする写真と「合格おめでとう」の文字が点滅するスタンプ。ちかちかと夜の不気味な潮風に場違いの彩りだが、これだけ情報のない場面で見間違えようもない。


「これでハートン家も公認だな」


アヤと違って事情を知るランディが胸を撫で下ろし、力を抜いた。


「ママは運命大好きだからね」


よかったね、アヤ。と微笑まれた顔がホラーに見えたのは気のせいではない。実際に悪寒が走ったのは何故だろう。
オープンカーが普通の車に戻っていく。ゆっくりと天井が迫ってきて、ついでに静寂も戻ってきた。
それは自分が知らないうちに外堀が埋まってしまった感覚。世界中どこにも逃げ場がなくなったと言い換えてもいい。
牢獄の鍵が閉まった現実を味わう前に、今、この場で今日の真相を確認しておくべきか。
悩んだけれど、今日は色々ありすぎて、脳がそれを拒否している。
とりあえず今は、上機嫌な三人の気配が夜の道を走っているのを眺めておこう。アヤは深く考えないようにして、大人しくさらわれることにした。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...