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外伝『選良魂殺』
庚
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一年後、武田観月は軍に留まっていた。
命令無視の独断専行から被撃墜、最新鋭機の鹵獲、更には部隊の全滅を招き、隊長を死なせた上に虜囚となった彼女は少尉に降格となった。
それでも一応は機密を漏らさなかったということで、退役だけはどうにか免れたが、彼女に突き刺さる視線は羨望や嫉妬から侮蔑や嘲笑に変わってしまった。
針の筵となった彼女だったが、かといって家を捨てて村を飛び出した彼女に帰る場所など無い。
どんなに惨めでも、居たたまれなくても、軍にしがみ付くより他に無かったのだ。
そんな観月にとって、心の安まる時間が僅かにあった。
軍には華族の子女を一定期間預かって訓練を行う制度があるのだが、それを利用した一人の男爵令嬢が観月の預かりとなっていたのだ。
令嬢の名は水徒端早辺子――観月が家を出る際、身元の引き受けを請け負った水徒端男爵家の次女である。
観月は早辺子に為動機神体の操縦を訓練していた。
これは貴族達にとって、非常に人気の技能だ。
時には公爵家の当主自らがこれを身に付けたいと希望する程である。
「早辺子は筋が良いな」
「ありがとう、観月」
或る夕刻、観月と早辺子はその日の訓練を終えて営内を歩いていた。
彼女と居る一時だけは、観月は己の現況を忘れることが出来る。
教えを請う人間を導くのは、本来こうありたかった自分自身の姿と重なる。
細やかながら、早辺子の存在は観月の救いだった。
「しかし、突然為動機神体の操縦技能を身に付けたいとは、どういった心境なんだ?」
「私には……やらなければならないことがあるのです……」
早辺子の表情に暗い影が差した。
実のところ、観月は早辺子の胸中を薄々察してはいた。
というのも、早辺子が現在為動機神体の訓練を受けられているのは通常あり得ないことなのだ。
「やらなければならないこと……なんとなく解るが、その為に皇道保守黨に入るとはな」
「軍に顔が利かなければ、上級貴族の方々を差し置いて訓練を受けられませんから……」
皇道保守黨とは、軍人や下級貴族の間で密かに党員を増やしている極右政治団体である。
皇國に於いて神皇や皇族は深い崇敬の念を集めているが、皇道保守黨は神皇の親政を求める過激な変革思想を持っている。
「早芙子さんか……。国家に忠誠を誓う軍人の身で言うのも難だが、見付かると良いな」
「ありがとう」
早辺子の姉・水徒端早芙子は水徒端家の令嬢でありながら武装戦隊・狼ノ牙に奔って叛逆者に身を堕としたと聞く。
早辺子はそんな姉を探し出して連れ戻すべく、狼ノ牙に潜入しようと考えているのだ。
身分を偽って自分を売り込む為に、為動機神体の操縦技術を身に付けようという腹積もりなのである。
(水徒端家の令嬢……恵まれた境遇で育った女……ということは、所属は「地上ノ蠍座」の方なんだろうな……なら、今頃彼女は……)
一年前の動乱では、結局狼ノ牙は敗退して勢力を著しく衰退させ、地上ノ蠍座は壊滅した。
早辺子の姉は十中八九、地上ノ蠍座と共に身を滅ぼしているだろう。
しかし、観月には言えなかった。
早辺子を止めてしまえば、自分が救われる時間が終わってしまう。
(うっ……!)
瞬間、観月は体の奥底に込み上げるものを感じた。
「どうしたのですか、観月?」
「いや、何でもない」
平気な顔を早辺子に向ける観月だが、彼女の中ではぐつぐつとある衝動が煮え滾っていた。
それはふとした切掛で蘇る心的外傷にも似ている。
「じゃあ観月、私は此処で」
「ああ、気を付けて帰れよ」
門での別れ際、早辺子は観月に深々と頭を下げた。
やはり、叛逆者に関わろうとする早辺子のことは止めるべきだろう。
しかし、観月にはどうしても出来なかった。
彼女は最早、狼ノ牙や地上ノ蠍座のことは平常心で考えられないのだ。
(駄目だ……早く戻らないと……)
彼女は急いで、営内の宿舎へと向かった。
⦿⦿⦿
近年、自衛隊では勤務環境の改善が行われ、自衛官に個室を与えられるようになってきているらしい。
皇國の軍でもまた、同様の改革が行われていた。
とはいえ、個室が与えられるのは将校以上に限られる。
観月の降格が少尉に留まったのは非常に幸いであった。
「うぅ……はぁ、はぁ……」
何故なら彼女は時折、どうしても自分を慰めずにはいられなくなってしまうからだ。
引き金となるのは、一年前に地頭恭輔から受けた凌辱を思い出してしまうこと。
また、それに起因した今の惨めな境遇に思いを馳せてしまっても、同じ様な衝動に駆られる。
「おぉぉぅっ、んおぉぉっ……」
今日も観月は布団の上で自分の秘部を指で掻き回し、当時の記憶を思い起こしながら自慰行為に耽っていた。
ただそれは、彼女にとって決して甘美な一時ではない。
(やめろ……やめろ……!)
観月が反芻するのは苦痛と恐怖、屈辱と屈服の記憶である。
腹への執拗な拳打で痛め付けられ無理矢理犯されて感じた苦痛、その仕打ちに因って植え付けられてしまった恐怖、心が折れて敵に許しを乞いながら床に失禁し小便を舐めさせられた屈辱、首を絞められながら犯されて中に出されて絶頂した屈服。
それら全てが暗い悦楽として彼女を苛み、どうしようも無く体を熱くさせるのだ。
「ああアッ、糞! 糞!」
だが勿論、このような行為は観月が本来望むところではない。
本来は選良として人の上に立つ筈だったのに、その道も絶たれて斯様な有様を演じている。
その落差から来る惨めさが、更に観月を昂ぶらせてしまう。
「イっグッッ! イグイグイグゥゥッ!!」
そして遂には、秘部を激しく掻き回しながら、みっともない声を上げて絶頂してしまうのだ。
これでもかと体を仰け反らせ、足を伸ばして痙攣し、暗い快楽の波に揺られる。
そして一頻り快楽を貪った後、観月は濡れた布団に力無く寝そべる。
(私は……私は最低だ……。いつまでこんなことを……。もう死にたい……)
自己嫌悪の毛布が彼女を包む。
だがこの日はこれで終わりではなかった。
彼女の電話端末が鳴り、或る人物からの連絡を告げていた。
命令無視の独断専行から被撃墜、最新鋭機の鹵獲、更には部隊の全滅を招き、隊長を死なせた上に虜囚となった彼女は少尉に降格となった。
それでも一応は機密を漏らさなかったということで、退役だけはどうにか免れたが、彼女に突き刺さる視線は羨望や嫉妬から侮蔑や嘲笑に変わってしまった。
針の筵となった彼女だったが、かといって家を捨てて村を飛び出した彼女に帰る場所など無い。
どんなに惨めでも、居たたまれなくても、軍にしがみ付くより他に無かったのだ。
そんな観月にとって、心の安まる時間が僅かにあった。
軍には華族の子女を一定期間預かって訓練を行う制度があるのだが、それを利用した一人の男爵令嬢が観月の預かりとなっていたのだ。
令嬢の名は水徒端早辺子――観月が家を出る際、身元の引き受けを請け負った水徒端男爵家の次女である。
観月は早辺子に為動機神体の操縦を訓練していた。
これは貴族達にとって、非常に人気の技能だ。
時には公爵家の当主自らがこれを身に付けたいと希望する程である。
「早辺子は筋が良いな」
「ありがとう、観月」
或る夕刻、観月と早辺子はその日の訓練を終えて営内を歩いていた。
彼女と居る一時だけは、観月は己の現況を忘れることが出来る。
教えを請う人間を導くのは、本来こうありたかった自分自身の姿と重なる。
細やかながら、早辺子の存在は観月の救いだった。
「しかし、突然為動機神体の操縦技能を身に付けたいとは、どういった心境なんだ?」
「私には……やらなければならないことがあるのです……」
早辺子の表情に暗い影が差した。
実のところ、観月は早辺子の胸中を薄々察してはいた。
というのも、早辺子が現在為動機神体の訓練を受けられているのは通常あり得ないことなのだ。
「やらなければならないこと……なんとなく解るが、その為に皇道保守黨に入るとはな」
「軍に顔が利かなければ、上級貴族の方々を差し置いて訓練を受けられませんから……」
皇道保守黨とは、軍人や下級貴族の間で密かに党員を増やしている極右政治団体である。
皇國に於いて神皇や皇族は深い崇敬の念を集めているが、皇道保守黨は神皇の親政を求める過激な変革思想を持っている。
「早芙子さんか……。国家に忠誠を誓う軍人の身で言うのも難だが、見付かると良いな」
「ありがとう」
早辺子の姉・水徒端早芙子は水徒端家の令嬢でありながら武装戦隊・狼ノ牙に奔って叛逆者に身を堕としたと聞く。
早辺子はそんな姉を探し出して連れ戻すべく、狼ノ牙に潜入しようと考えているのだ。
身分を偽って自分を売り込む為に、為動機神体の操縦技術を身に付けようという腹積もりなのである。
(水徒端家の令嬢……恵まれた境遇で育った女……ということは、所属は「地上ノ蠍座」の方なんだろうな……なら、今頃彼女は……)
一年前の動乱では、結局狼ノ牙は敗退して勢力を著しく衰退させ、地上ノ蠍座は壊滅した。
早辺子の姉は十中八九、地上ノ蠍座と共に身を滅ぼしているだろう。
しかし、観月には言えなかった。
早辺子を止めてしまえば、自分が救われる時間が終わってしまう。
(うっ……!)
瞬間、観月は体の奥底に込み上げるものを感じた。
「どうしたのですか、観月?」
「いや、何でもない」
平気な顔を早辺子に向ける観月だが、彼女の中ではぐつぐつとある衝動が煮え滾っていた。
それはふとした切掛で蘇る心的外傷にも似ている。
「じゃあ観月、私は此処で」
「ああ、気を付けて帰れよ」
門での別れ際、早辺子は観月に深々と頭を下げた。
やはり、叛逆者に関わろうとする早辺子のことは止めるべきだろう。
しかし、観月にはどうしても出来なかった。
彼女は最早、狼ノ牙や地上ノ蠍座のことは平常心で考えられないのだ。
(駄目だ……早く戻らないと……)
彼女は急いで、営内の宿舎へと向かった。
⦿⦿⦿
近年、自衛隊では勤務環境の改善が行われ、自衛官に個室を与えられるようになってきているらしい。
皇國の軍でもまた、同様の改革が行われていた。
とはいえ、個室が与えられるのは将校以上に限られる。
観月の降格が少尉に留まったのは非常に幸いであった。
「うぅ……はぁ、はぁ……」
何故なら彼女は時折、どうしても自分を慰めずにはいられなくなってしまうからだ。
引き金となるのは、一年前に地頭恭輔から受けた凌辱を思い出してしまうこと。
また、それに起因した今の惨めな境遇に思いを馳せてしまっても、同じ様な衝動に駆られる。
「おぉぉぅっ、んおぉぉっ……」
今日も観月は布団の上で自分の秘部を指で掻き回し、当時の記憶を思い起こしながら自慰行為に耽っていた。
ただそれは、彼女にとって決して甘美な一時ではない。
(やめろ……やめろ……!)
観月が反芻するのは苦痛と恐怖、屈辱と屈服の記憶である。
腹への執拗な拳打で痛め付けられ無理矢理犯されて感じた苦痛、その仕打ちに因って植え付けられてしまった恐怖、心が折れて敵に許しを乞いながら床に失禁し小便を舐めさせられた屈辱、首を絞められながら犯されて中に出されて絶頂した屈服。
それら全てが暗い悦楽として彼女を苛み、どうしようも無く体を熱くさせるのだ。
「ああアッ、糞! 糞!」
だが勿論、このような行為は観月が本来望むところではない。
本来は選良として人の上に立つ筈だったのに、その道も絶たれて斯様な有様を演じている。
その落差から来る惨めさが、更に観月を昂ぶらせてしまう。
「イっグッッ! イグイグイグゥゥッ!!」
そして遂には、秘部を激しく掻き回しながら、みっともない声を上げて絶頂してしまうのだ。
これでもかと体を仰け反らせ、足を伸ばして痙攣し、暗い快楽の波に揺られる。
そして一頻り快楽を貪った後、観月は濡れた布団に力無く寝そべる。
(私は……私は最低だ……。いつまでこんなことを……。もう死にたい……)
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