日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第九十三話『枯死』 序

 時をややさかのぼる。
 街中で戦いを繰り広げるうることつきしろさくだったが、形勢は一方的なまま変わらなかった。

「ぐっ……! はぁ、はぁ……」

 つきしろは既にまんしんそうで、ながやりを握る手にも力が入っていない。
 はや勝敗は決したと言って良いだろう。
 いな、それは最初から明らかだったかも知れない。

「もう一度くわよ。ずみさんを何処どこへやったの?」

 一方で、ことの表情にも余裕は無い。
 戦いは完全に制している。
 だが、彼女はつきしろの耐久力に不気味なものを感じていた。

「ふむ、口惜しいが仕方あるまい……」

 つきしろは何かを決意したらしく、静かに構えを解いた。

「そんなに知りたいのなら教えてやろう、ずみふたの居場所をな」
「あら、突然素直になるのね」
「事情が変わったのでな。わたしもまた、早々に別件へ向かわねばならんらしい」

 ことに敵意を宿したまま、つきしろに近付く。
 余計なことをしようものなら容赦無くたたくと、無言のうちにそう語っている。

ずみふたの安否だが、我々はあの女に一切危害を加えてなどいないし、監禁や拘束などの行動制限も課してはいない。おとはただ、あの女から電話を拝借して貴様に掛けただけだ。用が済めば素直に電話を返し、そしてそのまま行かせている」
「何をふざけたことを。そんな話を信用するとでも? ずみさんがおとにスマホを貸す訳が無いでしょう」
「ククク……」

 つきしろは不気味に笑っている。
 ことはそんな彼の態度がかんに障り、拳を振り上げた。

「おっと待て。流石さすがわたしもこれ以上貴様の拳をもらいたくはない。ここは拳を降ろして、話の続きを聴いてもらおうか」
「降ろさないから心してしやべりなさい」
おとはな、一度ずみふたに取引を持ち掛けている。椿つばきようどうじようふとしから解放するための取引だ」
「取引?」
「知らなかったのか? すめらぎかなの政治生命に止めを刺すべく、秘書として見た不正行為を記者にばくすることだ」

 ことの拳がつきしろを殴り飛ばした。
 巨体の後頭部がてつもない勢いで土瀝青アスファルトたたけられ、すさまじい衝突音が響く。

「ぐうう……!」
「次下らないことを言うようなら、そんな口は要らないわ。お前から聞くのは諦めて自力で探すことにするから」
「フン、まあ良いさ。肝心なのはあの女が今無事ということなのだからな」
「ならさっさと居場所を吐きなさい」

 ことつきしろの髪をつかんで立たせた。
 つきしろは動じず、言葉を続ける。

ずみふたはある女との約束で、『かな』という喫茶店に向かっている。あの女が通っていた高校の近くらしい」
「喫茶店『かな』……」
「確かめるなら早く行った方が良いぞ。あの辺りには最近、やつが潜んでいるからな」
「奴?」
「知れたこと、どうじようふとしよ」

 つきしろゆがんだ笑みを浮かべた。

どうじようは今、潜伏先の付近でろうぜきを繰り返している。革命に必要な資金や根城、そして女を手に入れる為にな。そして、『かな』はまさにその危険区域にある。遭遇する可能性は大だ」

 ことどうもくし、つきしろの身体を突き飛ばした。
 つきしろから言葉以上の悪意を受け取っていた。
 彼の目的は自分の足止めだという。
 ならば、このまま素直に自分を行かせるだろうか。

 行かせた先にも二段構えの足止め策を講じ、次の刺客を用意しているのではないか。
 ならばずみふたどうじようと遭遇するのは、可能性が大というよりも仕組まれた必然ではないのか。

「お前ら……!」
「助けたければ行くが良い。もつとも、それが貴様にとって賢明かは知らんがな。何せあの女は、貴様らを記者に売り飛ばす裏切り者なのだからな!」
「黙れ!」

 ことつきしろを蹴り飛ばした。
 巨体が地をうボレーシュートの様に飛んで行き、ビルへと突き刺さる。
 彼女はそのまま背を向けて、つきしろに目もくれずに再び駆け出した。



  ⦿⦿⦿



 時を戻す。
 満身創痍のつきしろさくは、折れた長槍の柄で身体を支えながら歩いている。
 一歩一歩進む度に血が滴り落ちる姿は、おとせいよりもはるかに弱っていた。

「おいおいつきしろ、手を貸してくれるのは有難いが、大丈夫なのか?」
「悪いが大丈夫ではないな。手を貸すと言っても形勢を逆転するのは到底無理だ。出来るのは精々、撤退を助けることくらいだろう。わたしうることにぶつけたのは貴様なのだからな、そこは大目に見てもらおう」

 つきしろは片膝を突いた。

「出来ればもう少し足止めしておきたかったがな。流石のわたしも限界だった。そんな折、こうもくてんから貴様が危ないとのしらせが入ったから、もう一人の刺客の方へと誘導してちらへ駆け付けたという訳だ」
「成程、賢明な判断だよ。実際、きみが来てくれていなかったらぼくは石化させられ、全てを吐かされていただろう」

 おとつきしろの方へと勢い良く駆け出した。
 が、さきもりわたるとつに飛び付いて押し倒す。

「ぐっ、この凡夫が! 邪魔をするな!」
「狙いは見え透いているんだよ、おと! 逃がしてたまるか!」

 わたるおとにしがみ付いたまま離さない。
 言葉通り、彼らがどうやってこの場を切り抜けようとしているのかは大方予想が付いている。

 今の状態のつきしろが戦力にならないことは一目でわかる。
 それは本人が誰よりも承知のはずだ。
 しかし、二人はこの場から逃れられると確信している。
 そして実際、彼らにはその手段があるだろう。

さきもり君、よくやったぞ。そのまま離すな」
「解っていますよ。さんはつきしろを頼みます」

 きゆうつきしろに一歩一歩迫る。

つきしろさく、お前のことも石化させてもらう。おとの自爆は封じたが、お前にはそれが残されているからな」
「くっ……!」

 つきしろは顔をしかめた。
 どうやらわたるの読みは当たっていたらしい。
 というより、二人して力を使い果たしたしんえいたいてんのうがこの場から逃げるには、どちらかが自爆するしかないだろう。

 しかし、その最後の手段も破られた。
 今度こそ二人は一巻の終わり、そう思われた。

『おやおや、ふた共絶体絶命ではありませんか』

 その時だった。
 何処からともなく、更に別の男の声が聞こえたきた。

「今度は誰だ……?」

 声の方を見上げたわたるきようがくに目をみはった。
 そこには覚えのある光景があったからだ。
 目の前に立ち込める黒いもやを、わたるは知っている。
 その闇の奥から、一人の男の頭部が浮き上がって来る。

「お前は……!」

 最初に闇からあらわれたのは猫面だった。
 そして半身を乗り出すように、上半身から徐々にその全貌を見せていく。
 背の高い、軍服を着た猫面の男――わたるはこの男に会ったことがある。

「久しいのうさきもりわたる。あれからもう六年になるか……」

 仮面の下から老翁が狂気の眼をのぞかせている。
 目の前に足を着けた男は、かつわたるの高校を襲ったテロリスト「じんかいかいてん」の中心人物の一人で、仲間を裏切ってただ一人あの場を立ち去った「猫面の男」に他ならなかった。

さきもりさん、そのまま伏せていてください!」

 びやくだんあげが老翁に向けて右手を突き出している。
 彼女のじゆつしきしんは、空気を揺らして催眠効果を持つ「音」を作り出して幻惑するのが主な能力だが、応用すれば音波による破壊圧を相手に向けることも可能なのだ。
 その猛威が老翁に襲い掛かる。
 だが彼は一瞬にして姿をくらまし、びやくだんの背後に回り込んでいた。

「話にならんのう

 老翁はびやくだんを激しく蹴り飛ばす。
 彼女はわたるの脇に倒れ込んだ。
 そして同時にわたるも気が付く。
 いつの間にか、わたるの腕からおとの身体が抜け出していた。

「ふう、一時はどうなることかと思ったよ」

 おとは老翁と隣り合って立っていた。
 更にその脇にはつきしろも控えている。
 この男もまたしんえいたいてんのうの一員だとわたるもすぐに理解した。
 そして、その正体も。

「貴様……『こくてん』、ごくさぶろうか……」
「ヒヒヒ……」

 老翁はかんだかい笑い声を漏らした。
 六年前にわたるが襲われた時と同じ、腐った性根がきしむような声だ。

「お前はわしまごの一人じゃな? にもわしは嘗てごくさぶろうを名乗っていた男じゃ。しかし、今のわしひめさまより別の名を賜っておる」

 けの紋章が記された手袋が猫面を掴み、自身の顔からった。
 仮面の裏から顕れた老翁の顔には、確かに嘗てうる家に飾られていたごくさぶろうの面影がある。

「今のわしの名は『うるみつなり』。うるう年のうるに、門構えに月のみつなりさんはいると書く」
うる……みつなり……」

 わたるうるの顔をまじまじと見詰めながら、びやくだんを抱えて立ち上がった。
 この男こそがうる家の宿命の元凶、つまりうることを死地へとった張本人だ。
 そう思うと、わたるの腹の底が沸々と煮えてくる。
 険しい表情でうるにらおおむね同じ思いだろう。

 一方、うるはそんな二人をあざけるような視線を返している。
 それでいて、眼にはぞうほのおが宿っている。

「全く、今更になってわしらのことを嗅ぎめぐりおって。うつとうしいことこの上無い。それに、まさかぞうじようてん様ともんてん様まで追い詰められるとは……。我が不肖の息子は随分と面倒なこんを残してくれたものじゃ」

 だが言葉とは裏腹に、うるは口角を歪み上げた。
 邪で、攻撃的な、悪意に満ちた笑みである。

「そこまで知りたいならば教えてやろうか? 我々が何処から来て、何処へ行こうとしているのか……」
「何?」

 うるの意外な言葉に、わたるは思わず身構えた。
 驚きを禁じ得なかった二人であるが、それは相手側のおとつきしろも同じらしい。

「聞き間違えかな? ぼく達のことをわざわざ教えようとしていると聞こえたが……?」
「なんのつもりだ、こくてん
ひめさまの意思じゃよ」

 おとつきしろは顔を顰めたが、それ以上は口をつぐんだ。
 うるが出した「ひめさま」という言葉が二人を制したのだろう。
 不穏な静寂が辺りにひろがる中、うるは続ける。

ひめさま……こうもくてん様はおつしやった。我らの悲願はじようじゆの時を迎えようとしている。みかどに連なる者共をかたくにへと誘い、あしわらのなかつくにの大地をつちで覆い尽くし、我ら『朝敵』のらくえんが来たると。その前に、滅び行く者共には自分が何者に滅ぼされるのかを知り、後悔と絶望を味わわせてやるのが面白い、とのう……」

 うるおぞましい笑い声を漏らし始めた。

「御二人をここまで追い詰めた褒美じゃ。貴様らに我ら『しんえいたいてんのう』の何たるか、しかと教えて進ぜよう」

 不気味によどむ空の下で今、恐るべき真実が明かされようとしていた。
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