日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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序章

幕間一『君が見た色彩』

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 二〇二二年元旦、とある駅の改札。

「二人とも、明けましておめでとう」
「おめでとう」
さきもり君、うるさん、今年もよろしくね」

 さきもりわたるうることずみふたの三人ははつもうでへ行くために待ち合わせていた。
 わたるにとって、ことと初詣に行くのは久し振りだ。

「じゃ、行こうか」
「ええ」
わたし、初めてだな。友達と初詣に行くのって」

 三人は目的地の神社へと向かった。
 人通りは多少あるものの、どことなく街が白息の中で冬眠している――そんな、正月独特の光景を歩いて行く。

「寒いね……」

 わたるはコートを重ね着しているにもかかわらず腹を抱えて震えた。
 そんな彼に、ことは黙ってかいを差し出す。

「いつもすまないねえ……」
「風邪でも引かれたら面倒だから」
「助かる……」

 懐炉を受け取ったわたるは惜しむことなく暖を取り、少しほおを緩ませた。

わたるは昔から寒さに弱いのよね」
きみみたいに猛暑日でも真冬日でも平然としてる方がおかしいんだよ」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、よ」

 そんな二人の様子を、ふたは脇から意味深な笑みを浮かべて見守っていた。

うるさんのかばんって結構なんでも出てくるよね」
「ああ、昔からそうだね」
「この間、下校中に転んじゃったときもすぐにばんそうこうが出てきたし」
「ああ、去年最後の雪の日、だったわね」

 そんなことを話していると、神社が見えてきた。

ずみさん、わたしの服装、何処どこか乱れは無い?」

 くるりと回ってみせることの姿を、ふたはじっと見詰める。
 歳の割にシックで大人びたコートが印象的だが、新調したようにれいに整えられている。

こと、今年は制服じゃないんだね」
「本来参拝はそうあるべきだと思うけれど、ずみさんが私服を見たいって言うから、多少のカジュアルさならたまには良いか、ということでね」

 ことは神社参拝に妙なこだわりがあり、初詣のときは毎回制服姿だったのだ。
 ただ、今年は初めてふたと休日を過ごすというTPOを重視したのだとう。

「そんな、これから色々な所へ出掛ければ別に良いのに……」
「……そうね」

 白息を添えられたことの表情はどこか浮かなかった。

 鳥居をくぐる前に、ことは一礼した。
 参道はなるべく脇を歩き、手水舎ちょうずやへと向かう。

「はい、手巾ハンカチ
わざわざ全員分用意しているのか」
「どこかの誰かさんが忘れていたことがあったからね。寒さに弱い癖に」
「小学生の頃だろ」
「そう言いつつ、毎年わたしのを使うじゃない」

 ちなみに、手巾ハンカチの柄はしろうさぎである。
 ことの好きな動物らしい。
 ふたは自分の物を持って来ていた。

 ことわたる手巾ハンカチを渡すと、手水舎へ軽く一礼した。
 ずは右手でしゃくを持って水をすくい、左手から洗っていく。
 次に左手に持ち替え、右手を洗う。
 今度はまた右手に持ち替え、左手に水をめてその水で口をすすぐ。
 もう一度左手を洗い、両手で静かに柄杓を立てて柄の部分を水で流し、柄杓を元の位置へ戻す。
 手巾ハンカチで口と手を拭いて、最後に再び軽く一礼し、参拝前の手水ちょうずを終了とする。

「へー、そういう作法なんだ……」
「毎度毎度御苦労なことだね」
「でも、すごく綺麗だったよ」

 ふたの云う事はわからないでもない。
 わたるは毎度、ことのこの一連の動作を見届けてから手水を取っている。
 作法に自信が無いから参考にしている、という意味が強いが、純粋に参拝することの姿は絵になるので、れてしまう部分もある。

「別に強制はしないけれどね。あ、わたる手巾ハンカチ返して」
「いや、洗って返すよ」
「変な事に使われたくないから今すぐ返して」

 手水を終えたわたるから釈然としない思いと共に返された手巾ハンカチを、ことはチャック付きのビニール袋に入れてから鞄にった。

「……何?」
「いや、何でもないです。そうだよね、他の物がれちゃうし。扱いが悪い気がしたのは錯覚だよね」

 二人のりを、ふたはまた笑いながら見守っていた。

 三人は参道の脇を通り、神前へと向かう。
 すでに参拝客で列が出来ていた。

「今のうちにさいせんを用意しておこうか」
「五円が良いんだっけ?」
「語呂合わせには特に意味は無いし、逆に細かい貨幣は今年から入金に手数料が掛かるようになるから、かえって困るらしいわよ」

 二〇二二年から銀行への大量硬貨の預け入れに手数料が掛かるようになっており、場合によっては預け金よりも高額となる。

「じゃあ一寸ちょっと奮発しとくか」
わたしもそうしよっと」
「ふふ……」

 百円を取り出すわたるふたに対し、ことが取り出したのは貨幣ではなかった。

「相変わらず思い切るなあ……」
「封筒? もしかして、お札が入ってるの?」
「裏面に氏名と住所を書いておけば、毎日のとうで神主さんが読み上げてくれるのよ」

 列の順番が巡ってきた。
 さいせんばこの前でしゃくしてから、それぞれの賽銭を入れる。

 拝礼は二拝二拍手一拝といって、深く頭を下げる事二回、拍手を打ち鳴らす事二回、両手を合わせて祈った後、改めて頭を下げる事一回、という手順を取る。
 拍手の際は胸の高さで両手を合わせ、右手を少し手前に引き、肩幅程度に両手を開いて二回打つ。

「今度、東京神社庁の参拝作法のページを送っておくわね、ずみさん」
「う、うん……。ま、まあ正しく参拝して神様に願い事を聞いてもらえたらうれしいし」

 ふたは苦笑いを浮かべてことの善意に応えた。

ずみさんの願い事?」
「うん。わたし、漫画家になりたいから」
「そ、じゃあかなったら是非神様に御報告と感謝を伝えに来ましょう」

 わたるはふと、自分の願い事について考えた。
 彼にはふたの様な将来の夢など無い。
 ただ、これからもこととの関係がつつがく続けば良いと思っている。

 ことの方はどうなのだろう。
 毎年これだけ参拝方法に拘って、何か大事な願い事があるのだろうか。

「さ、何処かでお昼ご飯でも食べて帰りましょうか」
うるさんはまたあんぱん?」
せっかく外へ出たことだし、今回はお店で普通に食べましょう」
「お店といってもファストフードくらいしか無いだろうけどな」

 こうして、三人は神社を後にした。



    ⦿⦿⦿



 店に入り、席にすわったわたる達に注文が届けられた。
 四人席を利用しているが、テーブルの半分を占拠してハンバーガーが山を作っている。

うるさん、それ全部食べるの……?」
「こいつ、あんぱんだと一個で満足するけど本来はちゃちゃ大食いなんだよ」
「言っているでしょう、あんぱんは完全食だって。それに比肩するにはこれくらい必要なのよ」

 ことの前に積み上がった山はどんどん小さくなっていく。
 食べ方こそ上品だが、勢いがすさまじいので注目の的になっている。

「うーん、これは一寸恥ずかしいかも……」
「珍しいね、ずみさんがことに文句だなんて」
「あ、別にそういうのじゃないけど」
「良いんだよ、別に。ことは意見したくらいでどうこうするような心の狭いやつじゃないから」
「そうよ。最低限の礼節をわきまえていれば問題無いわ。こんなわたるとも何とか本当にギリギリで続いているくらいだから、ずみさんが気にするようなことは何も無いわ」
「じゃ、心配しなくて良いか。さきもり君が大丈夫なら納得」
ずみさん、最近結構言うようになったよね。ま、良いんだけどさ」

 三人の関係に慣れてきたあかしだろうと、わたるふたの変化を肯定的に捉えることにした。

 食事を終えた三人が店を出ると、かすかに雪がちらついていた。
 わたるは再びことから懐炉をもらい暖を取る。
 そんな様子を見て、ふたはまたしても嬉しそうに笑っていた。
 三人の服に小さな雪が砂糖の様に被り、淡い透明となって消えていく。

「今年最初の雪の日、ね……」

 白く染め行く街の中、三人は帰路に就いた。
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