日本と皇國の幻争正統記

第一章『脱出篇』

第十三話『最高の譚詩曲を贈ろう』 破

　超ちょう級きゅう為い動どう機き神しん体たい・ミロクサーヌ改内部、「直なお靈ひ彌み玉だま」内操縦席「荒あらみ魂たま座くら」。
　航わたるは席の脇に備え付けられた二つの璧たま――操そう縦じゅう桿かんを握り締めている。
　神しん為いに因よって、全ての感覚が完全に機体と接続されており、航わたるは今、まさに一人の巨人となって格納庫に鎮座していた。

（武者震いがする……。僕ぼくは今日、この時の為ために全てを耐え、積み重ねてきたんだ……！）

　航わたるは二つの記憶を思い起こす。
　一つは、訓練中に沸いた疑問を早さ辺え子こに尋ねた時のことだ。

『それにしても、山間部に隠れているとはいえこんな巨大ロボットが飛び回って、よく気付かれませんね』
『そういう場所を選んでいますので。以前も申し上げましたが、この一帯の自治体は狼おおかみノの牙きばが乗っ取っています。彼らの主義主張の下に山々の土地を所有していた地主は一掃され、組織に全てを収奪されています。故に、この辺りは組織が闘争の為に蓄えた武器弾薬、兵器、それらの生産設備、そして財産の貯蔵庫ばかりとなっているのです』
『へえ。じゃあ万一この辺りに墜落しても、人的な被害は出ないと思って良い訳ですね』
『必ずしもそうではありませんがね。生産設備の中には有人工場も御座いますので。しかし、見られることはまずあり得ませんね。第一、そうでなければ狼おおかみノの牙きばも為い動どう機き神しん体たいを隠しておけないでしょう』

　この時、航わたるは脱出時に少しだけ憂さ晴らしをしてやろうと思っていた。
　しかし、完全に人が居ないというわけではないと聞かされ、一時それは断念していた。
　再びそれを決意したのは、四日前のことだ。

『脱出の時、貴女あなたが教えてくれた全てを駆使して、ここにあるあいつらの設備施設を、貴女あなたを苦しめてきたものを滅め茶ちゃ苦く茶ちゃにしてやります。だから知っている限りの標的を僕ぼくに教えて欲しい。全部壊しますから。最後に屋や渡わたりが何の言い訳も出来ない程の大暴れを、貴女あなたに捧ささげますから』

　あの夜、密ひそかな思い付きは航わたると早さ辺え子この約束事となった。
　周辺設備の詳細を全て訊きき出し、今では正確に狙うべきものが判わかっている。

（そうさ、やってやるさ）

　それは何も早さ辺え子こだけの為ではない。
　何より、航わたるには絶対に許せない相手が居る。

『僕ぼくが、屋や渡わたりに引導を渡します』

　思いを載せた言葉を反はん芻すうした航わたるは、外へと意識を向ける。
　操縦席で発した何気ない言葉、即すなわち音波は外に漏れ出さないのだが、外に伝えるべく発した意思は神しん為いに因って直接感覚に訴えることが出来る。

「ぶっ壊してやるさ、何もかも！」

　航わたるは右手に脱出への不屈の意志を、左手に武ぶ装そう戦せん隊たい・狼おおかみノの牙きばへの激しい怒りを握り締め、強く言い放った。

    ⦿

　その声は空気ではなく、その場に居る者の脳のう裡りに直接響いた。

『ぶっ壊してやるさ、何もかも！』

　背丈が一．五から二米メートルほどの人間にとっては広く、全高二十八米の超ちょう級きゅう為い動どう機き神しん体たいにとっては狭い格納庫の中で、その巨大な腕が振り上げられた。
　そこに備え付けられた砲口が天井を向いている。

「な、何をする気だ!?」

　流石さすがの屋や渡わたりも事態の拙まずさを悟って狼う狽ろたえている。

「お、扇おうぎ！　何をしている！　岬さき守もりを止めろ！　お前の術じゅつ識しき神しん為いで眠らせないか！」
「無理です、屋や渡わたり様！　人的駆動下の為い動どう機き神しん体たいには術じゅつ識しき神しん為いが通用しないのです！」
「な、何だとォ!?」

　早さ辺え子この同様と狼ろう狽ばいは全て演技だが、この弁明自体に嘘うそ偽りは無い。
　為い動どう機き神しん体たいは操縦士の神しん為いに因って動いている為、そこに外部から無関係の神しん為いが干渉すると運用出来なくなる。
　そこで操縦に影響を及ぼさないよう、一定以上の水準で外部からの神しん為いを無効化してしまうのである。
　尚なお、人工知能による自動操縦に切り替えた場合は、この限りではない。

　要するに、今この格納庫の中に航わたると超ちょう級きゅう為い動どう機き神しん体たい・ミロクサーヌ改を止める手段を持つ者は誰も存在しないということだ。
　まさに早さ辺え子こが言っていた様に、航わたるは自由へ向けて脱出する翼を手に入れたのである。
　振り上げられたミロクサーヌ改の右腕の砲口の奥に白色の光が灯ともる。

「や、やめろオオオオッッ!!」

　航わたるに屋や渡わたりの懇願を聞き入れる理由は皆無である。
　超ちょう級きゅう為い動どう機き神しん体たいの光線砲は、その気になれば都市一つを容た易やすく灰かい燼じんに帰すことが出来る。
　その光は極めて広い周波数帯域と著いちじるしく狭い指向性、そして何より、恐ろしく甚大な破壊力を持つ。
　その凄絶無比な暴威が、格納庫の天井に向けて解き放たれた。

「うおあアアアアアッッ!?」

　一発、に見える光の帯が山肌までの分厚い天盤・岩盤・土砂を貫通し、空まで突き抜けた。
　当然、夥おびただしい瓦が礫れきや土木が格納庫内に降り注ぐ。

「うわあああっ!!」
「きゃああああっ!!」

　狼おおかみノの牙きばは勿もち論ろんのこと、早さ辺え子こや航わたるの仲間達も慌てて逃げ惑う。

「無む茶ちゃをするな、岬さき守もり！」
「死んじゃう、死んじゃう！」

　虎こ駕がと繭まゆ月づきが抗議と泣き言の声を上げたが、実のところ被害は抑えられている。
　本来はこの狭い格納庫など崩れた土砂で埋まってしまうのだが、光線砲の威力が大半を消し飛ばしてしまった為、彼らは生き埋めにならずに逃げ回ることが出来ていた。

「何という威力だ……！　これが、超ちょう級きゅう為い動どう機き神しん体たいの破壊能力……！」

　驚きょう愕がくに目を瞠みはり、全身を戦おの慄のかせているのは、八はっ卦け衆しゅうの一人・仁に志し旗き蓮れんである。
　彼は最高幹部となって日が浅く、稼働する超ちょう級きゅう為い動どう機き神しん体たいを初めて目撃したのだ。

「おそらくただのビーム光ではあるまい。間違い無く、攻撃の原理に神しん為いが作用している。一体どのような技術なのだ……」
「感心している場合か、仁に志し旗き！」
「そうだな、流石にこれは想定外だ。まさかこんなことになるとは」
「想定外で済むか！」

　屋や渡わたりの反応の方が正常であるが、責任もまた彼にある。
　それに、航わたるは何の目的も無く天井を破壊した訳ではなく、まだ何も終わっていない。
　可能な限り瓦礫や土砂を消滅させる為に何発も掛けて、丁寧に見晴らしの良い大窓を穿うがっていく。
　これから起きる一いっ世せ一いち代だいの大暴れを、確しっかりと眼めに焼き付けて貰もらわねばならない。

「どういうことだ扇!!　何故なぜ岬さき守もりを搭乗させた!!」
「何を仰おっしゃいますか屋や渡わたり様！　私わたくしはちゃんと貴方あなたにお伺いを立てました！　貴方あなたの許可の下もとで整備を任せたのですよ！」

　この辺り、早さ辺え子こも抜かりは無かった。
　彼らがそんな口論をしている内に、ミロクサーヌ改は自ら開けた大穴から格納庫外へ空高く飛び出した。

『屋や渡わたり、僕ぼくはこの土地、山々に苦い記憶しか無い。崖から落とされたこと、急流に叩たたき落おとされたこと、山から山へと飲まず食わずで移動させられたこと、地獄の様な日々だった。だがお陰で、お前達が人目を逃れて活動している場所は大方把握したぞ。人の生活していない土地なら、何の遠慮も要らないよな！』

　航わたるの宣言に、屋や渡わたりは息を呑のんで声を引ひき攣つらせた。

「や、やめろ……！」

　航わたるはやめない。
　早さ辺え子こから、人的な犠牲を出さずに破壊出来る狼おおかみノの牙きばの設備は全て聞いている。
　彼らが蓄えている武器・弾薬・兵器・それらを増産する無人設備・隠し財産を、一つ一つ光線砲で破壊していく。

「やめろ！　好い加減にやめろ!!」

　破壊の轟ごう音おんに煽られながら、屋や渡わたりは半狂乱になって叫ぶ。
　航わたる達をそれら設備の周辺へ連れ回したのは、他ならぬ屋や渡わたりである。
　屋や渡わたりから受けた怨恨によって山々を破壊され、その巻き添えに組織の蓄財を喪失するのは、彼の自じ業ごう自じ得とくでしかない。

　目に見える範囲で、航わたるの標的となる山はあと一つとなった。
　腕の砲口を向けられたその場所には、航わたるの仲間達も覚えがある。
　その山はまさに、最初に航わたる達が閉じ込められ、人為的な土砂崩れに因って谷底へ落とされた山だった。

「ま、待て待て待て!!　そこだけは、そこだけはマジでやめろ!!」

　先程から「やめろ」と喚わめいてばかりの屋や渡わたりだが、今度の危機感は特別だった。
　彼の態度に不安を覚えたのか、首しゅ領りょうДデーも思わず訊たずねる。

「あ、あそこには何があるのかね？」
「と、東とう瀛えい丸がんの生産設備です……！」
「何だと!?」

　首しゅ領りょうДデーまで狼狽が伝達したのを横目に、早さ辺え子こは密かにほくそ笑む。

（良いですよ。存分に見せ付けてやってください）

　彼女は航わたるに、この場所だけは確実に、それと解わかるように破壊するよう言こと付づけていた。
　何故ならば、東とう瀛えい丸がんの生産は皇こう國こくにとっても国運に関わる基幹事業である為、設備の存在自体が限定的なのだ。
　狼おおかみノの牙きばが奪い取って所有しているのは、碧あお森もり支部のあの山に一箇所だけである。
　その喪失による被害は、他とは比較に出来ない致命的なものになるだろう。

『二に井い原はら雛ひな火びに懺ざん悔げしろ！　屋や渡わたりイイイッッ!!』

　ミロクサーヌ改の光線砲はその山を、航わたる達の忌まわしい記憶を容赦無く焼き払った。
　その閃ひらめきは怒りの灯である。

「なんてことをしてくれたんだ……」

　狼おおかみノの牙きばにとって最悪の事態に、屋や渡わたりは膝から崩れ落ちた。

「二に井い原はら雛ひな火び……あの餓鬼か……。下らん難癖を付けやがって。我々は皇こう國こくを相手にしているんだぞ？　時代後れの帝国主義を振ふり翳かざす世界一の巨悪を打倒しようとしているんだぞ？　それがどれ程の絶望的闘争か、お前達は何も知らんのだ。必死の抵抗で生じた些さ細さいな失敗を一々大袈裟に、鬼の首を取ったように騒いで邪魔立てしやがって……」
「この世界線の日本人も狗いぬの民族ということだね、忌々しい……」

　屋や渡わたりと首しゅ領りょうДデーが発した、無道極まる暴論――これが反皇こう國こく政府過激派組織「武ぶ装そう戦せん隊たい・狼おおかみノの牙きば」である。
　彼らは「皇こう國こくに抵抗するという困難の為に仕方の無いもの」として「些細な失敗」で済ませようとするが、十五歳の少女の命が軽い訳が無い。

　その独善とも呼べぬ身勝手な論理に、どれだけの命を弄もてあそんだのか。
　その裏に隠せぬ悪辣な本音の為に、どれだけの人を苦しめたのか。
　少なくとも航わたる達にとって、狼おおかみノの牙きばは正義の味方たり得ない。
　航わたる達を虐げたのは、ただ破滅すべき「悪」でしかない。

「クク、見苦しくほざきやがって。偽善者共にはお似合いだぜ」

　そして、もう一人の悪がこの機に乗じて動き出そうとしていた。

「この状況で大人しくしている理由はねえな。一人二人ぶち殺してしまわねえと、俺おれの気が済まねえぜ」

　混乱の中、殺人鬼・折おり野の菱りょうが舐なめ回まわす様に周囲の様子を窺うかがっていた。