日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十五話『償還過程』 急

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 はなは激しく吐した。
 地に着けたほおを伝って血だまりが広がっていく。

「はぁ……はぁ……。く……そ……。もう……ほとん……ど……しやべれ……な……」

 どうやら自分の毒が回って一気に衰弱したらしい。
 このままでは非常に危険である。

「ふん、言いのこす言葉の一つくらいは聞いてやるわ」

 とおどうの体が光を放ち、光ははなの周囲に散らばった。
 何やら能力を行使した様である。

「別宇宙の物理法則を入れ替えた。体力も多少はかいふくし、喋ることくらいは出来るじゃろう。さっさと話せ」

 とおどうは依然としてはなにらんで見下ろしている者の、先程まで憎しみで険しくゆがんだ様子は幾分か緩和されていた。
 まゆづきとの対話で、少しだけ心のもんが開いたのだろう。

「ふふ……甘いばあさんだ、とおどうあや……」
「そうでもないぞ。我がこの場で殺さんでも、無力となった貴様に待つ運命は死罪のみじゃ。貴様は聞き入れられぬ弁明をただえるに過ぎぬ」

 どうやらとおどうはなを見逃すつもりは無いらしい。

「良いさ。それなら精々、胸に傷を残してから死んでやる」

 はなは皮肉な笑みで返した。

わたしのことを話す上で、妹のたまのことを言わなければならない。容姿に恵まれ、優秀で、おまけにあいきようも良く、誰しもに好かれるだった……」

 妹を思い出すはなの表情は険しかった。
 言葉とは裏腹に、苦い記憶があるのだろうか。

「誰もが妹をちようはなよとわいがり、はやした。わたし達の親も、かく妹を溺愛していた。わたしのことはそっちのけで、ひいしていた。お陰でわたしは、幼い頃からろくに褒められず、与えられずに惨めな思いばかりしていた……」
「ならば親と妹を憎めば良いじゃろうが。社会に仇なす理由になるものか」
とおどうさん、話を最後まで聴きませんか?」

 まゆづきとがめられ、とおどうはばつが悪そうに舌打ちした。
 はなは話を続ける。

わたしが妹を憎めば良かっただと? 確かに、それならばわたしの人生は随分と変わっただろうな。出来ればだけれどな」
「どういうことじゃ?」
たまはな、良いだったんだよ。優しかった。両親に怒られるわたしをよくかばってくれたし、慰めてもくれた。周りからのプレゼントも分け与えてくれたよ。愛されるに足る、博愛に満ちた良いだった。嫌なやつなら嫌いになれた。けれども贔屓の搾取を受けたわたしにとってすら、可愛い妹だったのさ。それが余計に惨めだった」

 はなは上半身を起こし、息を乱しながらその場に膝を立ててすわった。
 どうやら少しずつ毒から復調してきているらしい。

「心底痛感したよ。わたしの生まれてきた意義は、存在価値は、妹の輝きに尽くすことなんだと……。妹を幸せにすることが、わたしの全てなのだと……」
「貴様はそれで良かったのか?」
「良くはないさ。妹の幸せをわたしの幸せとまでは思えちゃいない。妹なんか生まれてこなければ良かったと何度思ったか。そうすれば、少しはわたしに与えられた幸せもあったはずだ。でも、仕方が無いじゃないか。生まれてきてしまった妹には何の罪も無いし、良いだったんだから。妹を幸せにするための引き立て役でも、人生に意味があるだけマシだ」

 とおどうはいつの間にかはなの話に聴き入っていた。
 彼女もまた、目線を合わせようとしているのか、はなの前に正座した。
 そのとおどうの両にらけ、はなけんしわを刻む。

「その意味すら奪ったのが、こうこくの貴族社会だ」
「何?」
「子爵令息・いのくまともひろ。妹を見初めた旧華族だった。皆に愛された妹は、ついに華族から求婚の声が掛かったのさ。次男坊とはいえ、わたし達平民にとっては雲上人だ。妹の幸せは約束されたと、少しはわたしも報われたと、そう思っていた……」
「……どうなったのじゃ?」

 ことのてんまつはなに問うとおどうだが、共に話を聴いていたまゆづきには予想が付いた。
 おそらく、とおどうも半ば分かってはいるだろう。

「死んだ。殺された! 妹をめとった悪徳貴族・いのくまともひろに!!」

 はなは大声を張り上げた。
 更に、うらつらみのこもった声で早口に話を続ける。

いのくま子爵家の次男坊はぎやく趣味の変態野郎だった! いのくま家は、他の貴族から嫁を入れると相手の家と遺恨が生じかねないと考え、平民の妹に目を付けたんだ! 妹は犠牲にされた! わたしが自分の人生をささげさせられすらした妹の幸せは無残ににじられた!」
「事実なのか、それは? 子爵家といえど、何の罪も無い平民に手を掛けて許される様な制度はこうこくに存在せんぞ」
「ふん、これだから世間知らずの大貴族様は。少なくとも、おおかみきばに入ってから裏社会に掛け合っていのくまともひろにそういう趣味があったことは調査済みだ。大層、風俗嬢の評判は悪かったよ。それに、わたし達はただたまは死んだと伝えられただけで、遺体と面会さえさせてもらえなかった。いのくま家は確実にたまの死因を隠していた」
「しかし、じゃからと言って……」
「ならばこれを見るが良い!」

 はなは突如、床に打ち捨てられていた短刀を拾い上げ、己が衣服の腹の辺りを切り裂いた。
 そこにはへそまたいで縦に大きな手術痕が残されていた。

わたし達家族は、当然納得せずに警察といのくま子爵家に再捜査を要求した。だが、両親はいのくま家への訴えが行き過ぎて逆に警察に逮捕され、そしてわたしは、何者かに襲われた。暴行を受けて深く傷付いたわたしは、子宮を失って子を産めない体になった」

 まゆづきとおどうは絶句した。
 はなは鼻を鳴らし、話を続ける。

「ここまでとは思わなかったか? 社会から道を踏み外し、転覆をこいねがう背景が軽いとでも思ったか? もっと言ってやると、今わたしに派手な格好が出来ているのは、おおかみきばで出世してはつしゆうになった恩恵だ。皮肉なことに、こうこくに牙を剥いて初めて、わたしは恵まれた生活というものを経験したのさ」

 重い沈黙が流れた。
 はなこうこくの社会を、貴族を恨むのも無理は無い様に思えた。
 はつしゆうの中には自ら道を踏み外した者も居たが、はなの様に被害者と言って差し支え無い者も居る。

「ふむ、貴様の言い分はわかった」

 とおどうおもむろに口を開いた。

「しかし、じゃからと言って貴様らはんぎやく者がこうこくに害をす以上、社会悪との評価が覆ることは無い。貴様の過去は確かに気の毒ではあるし、妹殿にはお悔やみを申し上げる。だが貴様の訴えがいのくま子爵家の坊主に対する再調査の直接的な切掛になることはあってはならん。それは暴力革命の肯定、法治の否定につながるからじゃ」
「そう言うだろうと思ったよ。端から貴様ら貴族には、こうこくには何の期待もしちゃいない。だから、国家転覆を望んだんだ」
「うむ。貴様はそう言って自らの境遇を理由に数々の凶悪犯罪に手を染めてきた。地主や企業へのテロと財産の接収、金融機関への強盗、及びそれらに伴う何軒もの殺人に貴様が関与していることは解っている。それは到底免罪出来るものではない。どんな背景があろうと、罪無き者を手に掛けて良い理由にはならん」

 とおどうぜんとした言葉を突き付けられ、はなは口惜しそうに視線をらした。
 彼女が言う様に、どんな言い訳や恨み言を並べようが、はながテロ組織に幹部として加担した一人の凶悪犯であるという事実は覆らない。

「しかし確かに、こうこく貴族がびゆうではないのも事実。近いうちに綱紀を引き締める必要があるとは前々から思っておった。我だけでなく、いちどうきようも納得されるじゃろう。それに、叛逆をくわだてるものにもおのおのの人生があり、背景があることは考慮せねばならん。一律に確定死罪、というのは改めても良いかも知れん。貴様は許されんが、同行したどうじょうふとしの子女は吟味しても良かろう」

 とおどうはなほほみかけた。
 それは、結果としていのくまともひろに対する再調査と裁きの可能性を含ませる言葉だった。
 建前上、はなの訴えを切掛に狙い撃ちすることは出来ないが、かねてよりの計画として全体を引き締めることで、結果としてその望みにかなうこともあり得るということだ。
 はなは驚いた様に目をみはった。

「と言うわけで、めいひのもとより拉致された貴様らについても沙汰はよく考えた方が良さそうじゃの。『協力せざるを得なかった』ということならば、酌量せねばなるまい」
「え? あの……」

 まゆづきは驚きと困惑を覚え、そしてまた全てが繋がって納得した。
 そもそも、何故なぜとおどうが自分達に襲い掛かったのか、その理由は不明瞭だった。
 いくらきのえくろが自分達を無き者にしようとしているとはいえ、他の六摂家当主までこぞって協力するのはいささか不自然だった。

「あの……もしかしてですけど、わたし達がおおかみきばに協力させられていると、そうお考えですか?」
「ん? どういうことじゃ?」
わたし達、訓練と称してひどい目に遭わされただけで、彼らの為に何かしたことはありませんよ?」
「は?」

 とおどうはキョトンとしてまゆづきを見ていた。

「ま、まさか貴様ら二人が戦っていた理由は……」
「ふん、とんだお笑い草だな。そいつらはわたし達の元から脱走したんだ。だから粛正しようとしていた。そうとも知らず、協力関係が仲間割れを起こしたと思い込んで両方始末しようとするとは……。貴様らこそ、罪も無い者を手に掛けようとしていたのさ」

 はなの皮肉めいた言葉に、とおどうは目を見開いて頭を抱えた。

「な、なんということじゃ! たかつがいどうほう共や、殿でんくずだけならばいざ知らず、我やいちどう卿までもきのえ卿のたくらみに乗せられておったのか!」

 とおどうは深く溜息を吐き、そして立ち上がると、まゆづきに頭を下げた。

「申し訳無かった。そこのはなたまの言うとおり、罪も無い者達を手に掛けるところじゃった」
「えと、つまりわたしの仲間達は無事だと?」
「今のところはな。そうとわかれば、こんな茶番は終わりにせねばならん。たびの成果にははなたまの身柄を手土産にする他あるまい。はなよ、貴様は何かまだ異論はあるか?」

 はなに胸の内を尋ねるとおどうに、先程までの激しいぞうは見られなかった。
 それははなという一人の人間を見る眼だった。

「……年貢の納め時か。だが、言いたいことは言えた」
「うむ、いさぎよくて結構じゃ」

 とおどうはなは、穏やかな表情で互いに視線を交わした。
 憎しみを乗り越えようとするとおどうに、まゆづきは一つ伝えたかった。

とおどうさん」
「なんじゃ?」
わたしにも、かつて弟が居ました。わたしは彼を、自らの中にある汚らわしいもののせいで傷付けてしまったのではないかと、ずっと気に掛かっていました。でも、あるひとに諭されたんです。相手を思う余り、それにとらわれて自分を苦しめるべきではない、と。その人ははっきりと言いませんでしたけど、そう言うことだと思うんです。きつ、彼はわたしを恨んでいないと……」
「ふむ……」

 とおどうは少し考え込むと、小さく、しかし霧が晴れた様に明るく微笑んだ。

「お前の言うことももつともかも知れんの。じんのう陛下にとって、御自身への負い目で我ら臣民が苦しむのはしんゆうの元であろう。陛下はそのようなかたじゃ。づかい、感謝するぞよ」

 とおどうはそう言うと、両腕をひろげた。

て、では能力を解除していちどう卿に事情を話さねばならんの……」

 辺りの闇が一気に晴れた。
 とおどうの能力が解除され、まゆづきはなは立体駐車場の中に戻されたのだ。

 まゆづきは辺りを見渡した。
 同じ階のフロアに、きゅうと石像化したどう士糸あきつらずみふた椿つばきようどうじようかげ姉弟と傍らにたおれた殿でんふしの死体が同居している。
 彼らもまた突然の能力解除に驚き、そしてちらの様子に気が付いた様だ。

「ふむ、いちどう卿は上の階か……。早く行ってやらねばの。間に合えば良いが……」

 とおどうは天井を見上げてつぶやいた。
 だがその時、一つの悪意が芽生えていたことに彼女は気が付いていなかった。

とおどうさん!」
「ん?」

 まゆづきが気が付いて叫んだ時にはもう遅かった。
 はなたまは手に持っていた短刀を武器にとおどうへ襲い掛かり、彼女の腹部を刺したのだ。

「かはっ……!!」
じゆつしきしんが解除されればちらのものだ! 誰が大人しく捕まるものかよ!」

 はなはその場に倒れ伏すとおどうを尻目に、声を張り上げてようかげに呼び掛ける。

ようかげ! 車を出せ! この場は退却する!」

 呼び掛けに応じた姉弟は近場にめてあった車をぱらうと、猛スピードではなを拾って立体駐車場を下階へ降りていった。

とおどうさん! しつかりしてください! ごめんなさい、止められなくて!」
「き、気にするな……。六摂家当主たる我は……この程度で死にはせん……」

 重傷を負ったとおどうまゆづきの腕の中で顔に後悔をにじませる。

「抜かったのは我じゃ。すっかりあの女に気を許してしもうた。身動きの取れない状態にしておくべきじゃった。所詮、あの女は性根の腐った叛逆者じゃった……」

 事態に気が付いたふたが歩み寄ってきた。

「そのひとは、とおどう公爵か……」
「このひとが、わたし達を閉じ込めていた能力者……」
さん、ずみさん、このひとはもう敵ではありません。早く手当を……」
「大丈夫じゃて。それより、早く誰か上の階へ行け。二人の小僧がいちどう卿に殺され掛けておるぞ……。それと、背の高い女と餓鬼二人は後で始末しようと思っておった。下の階で震えておるから、そっちにも行ってやれ……」

 とおどうの伝言を受け、三人に緊張が走った。
 どうやら事態は一刻を争うらしい。

おれが上へ行く。状況を説明するには適任だろう。まゆづきさんは一番余力を残している。下の階へ行って、万が一の時はびゃくだんくも兄妹を守ってやってください。ずみ君は、この場でとおどう卿の様子を見ておいてくれ」

 の言葉に従い、三人はそれぞれの持ち場へ向かった。
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