日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十六話『不撓不屈』 序

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 とうきようの、林立する摩天楼のはざを、一台の自動車が乱暴な運転で走り抜けていく。
 運転するのはどうじようかげ、助手席に姉の椿つばきようと、後部座席にそうせんたいおおかみきばはつしゆうはなたまを乗せている。
 この自動車は立体駐車場で誰かから盗んだものであるが、かげは自らの肉体の一部または全部を電気に変える能力を使って、機械を動かすことが出来るのだ。

「姉さん、何処どこを目指す?」
「さあどうしようか、かげ? おやに与えられた任務は果たせなかったからな……」
「本部へ一旦退けば良い。六摂家当主の邪魔が入ったことを伝えれば、しゆりようДデーひとずは納得するだろう」

 三人は六摂家当主の襲撃から逃亡していた。

はなさんも同じ階だったのは幸いだったね」
いちどうと違う階だったのもそうだ。ぼくの見立てでは、彼は他の六摂家当主とも一段と違う」

 そんな最中、はなは外の景色を眺めながら舌打ちした。

「しくじった……。とおどうあやを殺し切れなかった。下腹ではなく心臓を突き刺すべきだったのに……」

 はなは悔やんでいた。
 普段の彼女ならば確実に殺していたはずだが、仕留め損ねたのは追い詰められて焦っていたから手元が狂ったのか、はたまた別の要因で殺意がブレたのか、今の彼女にはわからない。

おおかみきばは既に六摂家当主を二人殺している。これは大きな成果だ」

 かげは前方の車を追い抜きながら淡々とつぶやいた。
 確かにこれは、今までのおおかみきばの活動では考えられなかった快挙である。

「だからこそ、もう一人れなかったことが悔やまれるのさ……」

 車窓に化粧が崩れたはなしかつらが映っていた。
 その顔に透けるのは、変わらぬ日常を生きる街の人波である。
 はながそこへ混じることは無い。
 経緯はどうあれ、最終的にはなはそれとは真逆の、闘争と逃走の人生を選んだのだ。

 とその時、助手席の窓にようが両手を突いた。
 何かを見付けたようで、追う様に後方へ視線を動かす。

な、あいつらどうやって!?」
「誰を見たんだい、ようお嬢ちゃん」
さきもりわたると、連れの女だ。どんな手品で関門を越えたんだ?」

 三人ははつしゆういつきから、たかつがいよるあきを殺害した経緯を聞いている。
 つまり、今目撃した二人がつのみやたかつがいを返り討ちにしたと知っているのだ。
 だがそれならば、二人は昨日今日で上京し、手続を要する筈の関門を越えてとうきよう入りしたことを意味する。
 ようはそこに驚いたのだ。

「姉さん、はなさん、どうする? さきもりわたるというのも脱走者だ。車を戻して戦う?」

 かげは運転しながら尋ねた。
 ようの表情も緊張した。
 一方で、はなは大きく溜息ためいきを吐いた。

「やめておけ。六摂家当主との戦いで消耗した今、この状態で目立ちたくない。しゆりようДデーへの手土産は殿でんふし打倒の報告だけで許してもらおう」

 はなの判断により、三人はそのまま車を走らせた。



    ⦿⦿⦿



 ほんの少し、時をさかのぼる。
 きゆうの前にどう士糸あきつら殿でんふしが現れたのと同じ頃、別の闇空間では六摂家の一角・いちどう公爵家の当主・いちどうすえ麿まろと三人の男がたいしていた。
 その内の一人、どうじようかげはすぐに姉のもとへ逃れてしまったため、残るはけんしんあぶしんの二人である。

「一人は逃げたか……。まあ良い、どの道とおどうきようの別宇宙空間から逃れられはせん」

 いちどうしんの方へ向き直った。
 白粉おしろい殿てんじようまゆの施された顔、直衣のうしを身に着けたその装いはにもといった様相だが、背丈の割に広過ぎる肩幅とたかの様に鋭いが異様な迫力をまとっている。
 彼のたたずまいがただならぬ強者のものだと、しんは対峙しただけで針の山を全身に浴びせられる様に感じた。
 二人は身構えざるを得なかった。

、こいつはやべえぞ」
「ああ。今までの敵とは次元が違うのだよ」

 対するいちどうも足を一歩前へ踏み出し、腰を低くして構えた。
 その一挙手一投足だけで、地面は揺れ空気は震える。
 されるしんに対し、いちどうは口を開く。

麿まろいちどうすえ麿まろ。貴公らを葬る者の名でおじゃる。死にく者らの名をいておこう」

 如何にも時代劇の公家といった口調のいちどうだが、彼の放つ圧力はかつちやすことを許さない。
 それこそ、普段は軽口の一つでも返しそうなしんですら冷や汗をいて押し黙るしか無いらしい。

けんしん……」

 先にが自分の名を告げた。
 けん慣れしているしんよりも彼の方がまれやすかった。
 そして幾分か場数を踏んでいるしんも、仲間に釣られて圧されてしまう。

あぶしん……」

 まだ戦う前だというのに、この場の流れは完全にいちどうが掌握していた。
 そんないちどうはただ静かに、一分もぶれない視線でまっぐに二人を見据えている。

「あいわかった。貴公らの名前、己が手で命を奪う礼儀として終生胸に刻んでおこう」

 いちどうはそう告げると、突然構えを解いて両腕を真上に挙げた。
 自ら隙を作る不可解な行動だが、しんも攻め込むことが出来ない。
 いちどうの視線ににらまれると、そのような「邪念」がすくがってしまうのだ。

「先に言っておくが、麿まろじゆつしきしんは決まればその時点で相手から勝機を完全に奪うものでおじゃる。これを黙って使うことは紳士の風上にも置けぬ闇討ちに等しき行いであり、こうこくいて堂々たる強者として社会秩序を守るという麿まろの信義に反する。って、麿まろにはあらかじめ貴公らに能力の詳細を語っておく義務がある」

 いちどうの両腕が勢い良く振り下ろされた。
 その瞬間、いちどうの周囲に光の柱が立ち上がった。
 しんは辛うじて外側に立っていたが、もう少し間合いが近ければ巻き込まれていただろう。

「見たか、今の動き、今の現象を。両腕を振り上げ、振り下ろすと同時に力むという所作。それと共に立ち上る光の柱は、麿まろを中心に半径三メートル。この中に麿まろ以外の者が入った場合、その者のしんは問答無用で消滅する。つまりじゆつしきしんの能力はおろか、身体能力の強化も回復力や耐久力すらも失い、常人となる。それでしんの使い手を相手に勝てる筈も無し、その時点で麿まろの勝利は決まる、という訳でおじゃる」

 しんほおに冷や汗が流れた。
 しんを身に付けた者は、言うまでも無く戦いの汎ゆる面でしんよりどころとしている。
 これを無しに戦いを挑むことは、すなわち人の身で擬似的な神に挑むということを意味する。
 ならばいちどうの言う通り、これが決まってしまえばはやしんに勝ち目は残らない。

 これは確かに脅威である。
 だが一方で、白地あからさまな欠点も見て取れる。
 実戦に於いて、これだけ大きな動きを要する能力を発動出来るとは思えない。

 とはいえ、再び構えたいちどうち、佇まいはただものではない。
 油断すればられるという説得力にあふれている。

「以上だ。説明を完了したからには、隙あらば遠慮無く能力を使っていく。手を抜くこともまた、戦いの礼を逸する故な。では、覚悟を決めよ……」

 いちどうは再び腰を落とした。
 明らかに圧力の密度が変わる。
 しんは思わずあと退ずさった。

「いざ、参る!」

 いちどうは刹那の内にしんとの間合いを詰めた。
 余りの速度に、動体視力に優れたしんですら全く反応が出来なかった。

フンッッ!!」

 しんの知覚をはるかに先行して、いちどうの拳がしん鳩尾みぞおちに突き刺さった。
 防御も回避も一切間に合わなかったしんだが、胸から金剛石ダイヤモンドの破片が飛び散る。
 圧倒的な強さの気配を感じたが予め防御壁を仕込んでいたのだ。

「ゴッッはぁあああっっっ!!」

 だがそれでも、しんは甚大なダメージを受けて吹き飛ばされていった。
 わたりりんろうとの戦いやいっきゅうどうしんたいの襲撃で大活躍したの鏡の防壁が、焼け石に水にしかならない。

 今度はの顔面に蹴りが襲い掛かる。
 しんがやられた時点で等身大の防御壁を形成していたが、いともやすく突き破られて蹴り倒され、後頭部を床に強く打ち付けた。
 そして、いちどうの両腕が高々と掲げられる。

「さ、させるかよぉッ!」

 しんは氷を纏った拳をいちどうに振るった。
 攻撃はあっさりと打ち払われたが、能力発動の構えは解かれた。
 しかし、攻撃が不発に終わったことでしんに大きな隙が出来てしまう。

ぬるいわ!」

 いちどうの膝がしんの脇腹に突き刺さった。
 しんは大量に吐血してめくと、その場に膝を突いた。
 一瞬白目をいたところを見ると、意識が途切れてしまったのだろう。

 が気力を振り絞って立ち上がり、薄い金属の刃をいちどうに向けた。
 いちどうが回避を選んで跳び上がらなければ、しんは止めを刺されていただろう。

あぶ、大丈夫なのか?」
「悪い、。多分ろつこつが折れた。あと、内臓もつぶれただろうな。ま、しんで修復されるから大丈夫っちゃあ大丈夫だが……」
「そうか。あぶ、あの男……」
「ああ、普通にちやちや強えよ。能力以前に、単純に戦う力が強過ぎるぜ」

 一旦間合いを取って構えるいちどうから、二人はただならぬ脅威、生命の危機を感じずにはいられなかった。
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