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第二章『神皇篇』
第四十九話『神日本磐余彥』 急
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日本国、東京拘置所。
独房に収監された一人の男の前に、突如として黒い靄が生じた。
「これは……!」
男はこの現象に覚えがある。
彼の能く知る男がこの様な能力を使っているところを見たことがあった。
その予想通り、男の前に軍服に猫面を被った一人の老翁が靄の中から姿を顕した。
「貴様は……!」
「久し振りじゃ喃、西院」
紹介が遅れたがこの男、崇神會廻天派の首魁・西院盾という者である。
廻天派創設メンバーの一人だが、根尾弓矢によって倒され殺人などの罪で死刑判決を受け、刑の執行を待っている。
廻天派は五年前に壊滅し全員が逮捕起訴されている。
その中でも彼は逸早く刑が確定していた。
「裏切り者が……! 今更何の用だ!」
西院は老翁に激しい憤りを見せた。
それもその筈、彼は廻天派による高校襲撃テロの失敗を中心メンバーの一人が裏切ったせいだと考えていた。
裏切りによって殺されたリーダー格の男・烏丸敏彦は彼の盟友だった。
そんな西院を、老翁は猫面の下から嘲笑する。
「今更になって済まん喃。今まで何かと忙しくてな、漸く一段落付いて、貴様に構ってやる時間が出来たのじゃ」
「一段落、だと?」
「間も無く、皇國が日本国に武力行使する。その御膳立てが済んだということじゃ」
「何?」
西院は目を眇めた。
彼にとってそれは信じ難い事態だった。
「くっくっく、何をそんなに驚く? 貴様、何の為に廻天派として崇神會の本流とは別路線を取ったのじゃ? あくまで既存の政府と協力体制を築き、皇國を迎え撃とうとした崇神會の総帥。そのやり方では温いと考え、国家転覆によって強権的な軍事独裁国家を作ろうとしたのが廻天派ではないか。それが実現しなかった以上、日本が皇國に為す術無く亡ぼされるのは孰れ避けられぬ運命じゃろう」
西院は老翁に言い返さず、ただ睨み付けるばかりだった。
今の彼は負け犬であり、何を言っても遠吠えにしかならないだろう。
そんな西院を足蹴にするように、猫面の老翁は更に嘲笑を続ける。
「尤も、貴様らは好く踊ってくれた。貴様らの御陰で崇神會は日本政府と大っぴらには関われんかった」
「どういうことだ?」
「なに、簡単なことじゃ。崇神會の総帥は時折自分の能力で日本と皇國を行き来しておったようじゃが、逆に皇國の側にも同じことをしておった者が居たとしたらどうじゃ? 何の目的でその様な真似をすると思う? 日本国側に、皇國にとって脅威になり得る存在など殆ど無いというのに。もしその様なことをする目的があるとすれば、その者は僅かな可能性をも徹底的に潰そうとする、神経質な完璧主義者だとは思わんか?」
「……成程な」
老翁の言葉に、西院は脱力して壁へ凭れ掛かった。
ここまで言われれば否が応にも全て悟ってしまう。
つまり廻天派とは、最初からこの老翁が何らかの、皇國を利する企みを持って崇神會を分断した工作の産物だったのだ。
要するに、西院達はまんまと乗せられたということになる。
「莫迦な貴様も気付いたようじゃ喃」
「ああ、貴様の要件も察したぞ」
「うむ、そういうことじゃ」
老翁の右手が小さな黒い靄に覆われた。
靄が晴れると、彼は大型の拳銃を握っていた。
「テロ組織の首魁として、情報を得る為に国は貴様の刑執行を先延ばしにするじゃろう。それは何かと儂にとって不都合じゃ」
「だろうな」
「今の貴様は普通の人間と変わらぬ。どうすることもできんじゃろう」
「確かにな。尤も、今更どうしようとも思わん。元々刑の執行を待つ身だからな」
老翁は皮肉に笑い、引き金に指を掛けた。
「潔いことじゃ。まさに武士の心意気じゃ喃。では、さらばじゃ」
拘置所に耳を劈くような銃声が響き渡った。
⦿⦿⦿
横田飛行場の滑走路に航達を乗せた飛行機が到着した。
一人、また一人とタラップを降りていくが、その中で航だけは足取りが重かった。
まだ未練を棄て切れず、答えを見付けられず、迷っていたのだ。
タラップ上、最後に残された航は一人夜空を見上げる。
「……ん?」
その時、航は空の彼方から近付いてくる飛翔体を目撃した。
雷鼓を背負った、金色の人の様な姿――そのロボットの威容に航は覚えがあった。
「まさか……!」
全高二十八メートルに及ぶ金色の、巨大な人型のロボットが滑走路に足を着けた。
そう、それはまさしく超級為動機神体だった。
航は思わずタラップを駆け下り、仲間達を掻き分けて先頭へと躍り出た。
停止した機体は片膝を突き、首元を観音開きにして内部を航達に曝した。
中から二人の人間――パイロットスーツを着た屈強な男と、彼に抱えられたフォーマルスーツ姿の女が滑走路へと飛び降りてきた。
「大臣、御怪我はありませんか?」
「やれやれ、高所から飛び降りるとは……。神為を備えた貴方に身を任せれば大丈夫だと解っていても肝が冷えますね、豊中一尉」
「き、恐縮です、大臣」
「あ、貴女は……!」
航はこの女を知っている。
というより、彼女は有名人なのでこの場の全員が顔を知っているが、航は直接会ったことがある。
六歳で魅琴に殴られて入院した時に一度、その魅琴の父・魅弦の葬式で一度、彼女を直接見ていた。
男から丁重に降ろされた女は航達の方へと歩み出て、一礼する。
「お疲れ様でした、拉致被害者の皆様。先ずは皆様の帰国をお慶び申し上げます。全員揃って、とならなかったのは痛恨の極みですが……。申し遅れました。私、真柴内閣にて防衛大臣と国家公安委員長を拝命いたしました、皇奏手と申します」
今回、航達の救出に尽力した大物政治家にして、麗真魅琴の母・皇奏手である。
彼女の後では先程の屈強な男が姿勢を正して敬礼していた。
豊中と呼ばれたその男はどうやら自衛官らしい。
「皇先生、まさか貴女が自らお出迎えとは……」
根尾は一際驚いた様子で歩み出た。
「国民の一大事です、当然のことでしょう」
「それは解ります、しかし今は……」
「時間が無いからこそ、ですよ」
皇は根尾と擦れ違う。
「先生、言付けを果たせず言葉も御座いません……」
「根尾、貴方のことは一先ず後です」
「はい……」
根尾は恐縮した様子で一歩脇へと退いた。
皇は航と対峙する。
「あ、すみませんこんな格好で……」
航は今、上半身裸で残った衣服もボロボロの状態だ。
とても政府高官の前に出る格好ではない。
とはいえある程度傷が癒え、真面に顔が判別出来るだけマシか。
「岬守航さんですね。直接お話しするのは十五年ぶりでしょうか。あれ以来、家の莫迦娘が大変お世話になったと聞いております。この場を借りて感謝とお詫びを申し上げます」
「は、はぁ……」
魅琴に殴られて入院した航の許へ、彼女を連れて謝罪に来たのがこの母・皇奏手だった。
あの時も今回も、皇と会うときは等しく魅琴に散々殴られた後だ。
「この度は政府が不甲斐無いばかりにご迷惑をお掛けしました」
「いいえ、とんでもない。帰国にご尽力いただき、ただ感謝しています」
「その傷、あの娘ですか? 申し訳御座いません、何とお詫びすれば良いか……」
「いいえ、僕の方こそ彼女を引き留められなかった……」
航は悔しさを絞り出すように答えた。
魅琴が皇奏手のことを母親として快く思っていなかったことは能く知っている。
しかし今は、そんな母親に対して非難の言葉など出る筈も無かった。
だが互いの謝罪はそこそこに、皇の眼に鋭い光が宿った。
彼女はただ拉致被害者に謝罪する為に忙しい中横田飛行場へやって来た訳ではない。
態々超級為動機神体らしきものに乗ってきたことからも、それは明らかだ。
「岬守さん、折り入って話があります。どうか恥を忍んで、無礼不躾を承知の上で、げに厚かましき、防衛大臣にあるまじきお願いをさせてください」
航は驚きを隠せず目を瞠った。
「お願い?」
「はい。岬守さんにはすぐ、あれに搭乗して皇國へと飛んでいただきたい。そしてこの有事へ向けた事態の中で敵国になるであろう地に取り残された邦人を輸送してきていただきたいのです」
皇は自身が乗ってきた超級為動機神体――金色の機体の方を向いた。
「あれは……超級為動機神体ですか?」
「はい、国産試作機です。輸送の速度と、皇國による攻撃から身を守る為の必要最低限の装備として、合理的に判断して用意いたしました」
驚いたのは航ばかりではない。
脇からも根尾が感嘆の声を上げていた。
「本当に完成していたのですね……」
「今、全速力で量産体制を構築しています。数日後には何機か追加出来るでしょう。しかし、それでも皇國を相手にするにはあまりに心許ない。つい先程、皇國から宣戦布告がありましたが、我が国にとってまさに悪夢ですね……」
皇は遠い目をしていた。
おそらく、負ければ閣僚たる彼女はただでは済むまい。
「金ピカじゃねえか。豪華だなオイ」
「随分お金が掛かっていそうねえ」
「目が眩みそう……」
新兒、繭月、双葉もそれぞれの感想を漏らした。
しかし、そんな三人の言葉に皇は深く溜息を吐く。
「とんでもない。金色に光っているのは寧ろ充分な予算を掛けられなかったからです。波動相殺機構が不完全で、動かす時に神為が光るのを抑えられず、停止後も暫く輝きが残ってしまうんです。どうやらこの国には、滅亡後の国家財政が気になって仕方が無い役人が随分多いようでしてね……」
皇はこう言っているが、航は寧ろその神々しさに眼を奪われていた。
そんな中、根尾が皇を問い質す。
「それより、岬守君を乗せて皇國へ乗り込ませるとは、正気ですか? 彼は民間人なのですよ? 何故自衛官では駄目なのですか」
「答えは簡単です。岬守さんにしか出来ないからですよ。大変厳しい言い方になりますが、現状で超級為動機神体を実戦起動出来る自衛官は殆ど居ません。パイロットとして最も優秀なのは其処の豊中一尉ですが、彼でも機体性能を半分も引き出せない」
皇の背後では自衛官が顔を顰めた。
彼もまた根尾と同じく皇の判断を承服しかねるが、同時に彼女の評価が正しく忸怩たる思いでいるのだろう。
「ですから、岬守さんに行ってもらわねばならないのです。皇國以外で唯一、超級為動機神体による実戦経験を生き延びた彼に。勿論私も道理に悖る判断だとは解っています。しかし、今我が国は有事です。多少を超えて多大な無理を通さなければ、国そのものが生き残れない。だから、政府閣僚としてあり得ないお願いをさせていただく他無いのです」
航は目蓋を閉じた。
様々な思いを、記憶を巡らせる。
「誰か、判ったら教えてください。魅琴は神皇に勝てるんですか? 勝って生き残り、また日本へ戻ってこられる可能性はどれ程なんですか?」
「それは解らん……」
答えたのは根尾だった。
「彼女が我々よりも遙か上のステージにいることは事実。しかし、神皇は皇族の中でも別格の力を持ってことを考えると、結果は計り知れない。それに、彼女が決死の覚悟で臨むつもりだということは、そういうことなのだろう」
「そう……ですよね」
航は今、粉々に砕かれたパズルのピースが再び組み上がっていくような思いだった。
彼の中で今、再び魅琴を助けられる可能性が再構築されている。
同時に、航は心の底から理解した。
魅琴が恐れたのは、航のこの感覚なのだ。
(魅琴は……僕に自分を助けるに値しない邪悪な女だと思わせたかった。助けたいと思われず、助ける希望を見出す必要すら無いと思われたかった。諦めてただ守られることに負い目すら残したくなかった。だからあんな態度で、自らを孤立無援に追い込んで……)
航は目を開き、拳を握り締めた。
胸の中で、再び何かが燻り、火が点く刻を待っている。
そしてそんな彼の前で、皇が地面に膝を突き両手を前に添えた。
「岬守航さん、こんなことを頼めた義理ではないと解っています。しかし、今の私にはただこうする他無い」
「せ、先生!」
「まさか先生がそんなことを……!」
額を地に着け伏して頼む皇の姿に、根尾と白檀は大いに驚いていた。
おそらく、初めて見る姿なのだろう。
「どうか私のたった一人の娘をお助けください。貴方にしか頼めないのです」
心が一気に燃え上がった。
航の眼に決意の光が宿る、闘志の熱が滾る。
青く色を変えた焔は、最早冷めはしないだろう。
航は地に伏す皇に尋ねる。
「皇大臣、あの機体の名前を教えてください」
「はい……」
皇は顔を上げて立ち上がると、腕を拡げて金色の機体を指し示す。
「為動機神体はその御稜威に相応しき名を付けることによって神為を高め、性能を上げる。操縦者はその名を知り、心に刻むことで一体感を増し、性能を十二分に発揮する。故に、必要なのは大仰な神の名前。私は日本国の守護神となるこの様に名付けました!」
皇は高らかにその名を謳い上げる。
「『日本国産超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコ』!!」
日本国初代天皇・神武天皇こと神日本磐余彥天皇――思い切った名前を付けられた機体だが、その姿はまさに威風堂々としており、名に恥じぬ迫力を確かに備えていた。
航はこれから、この眩い金色の機体に我が身を預け、一体となって操るのだ。
しかしそこに、不思議と気後れは無かった。
まるで機体が自分を呼んでいるような気さえした。
「岬守さん、この機体を託されていただけますか?」
航は一歩前へ踏み出した。
再生への、再起への大いなる第一歩である。
「勿論ですよ、お母さん! 魅琴に思い知らせに行きます! このまま終わる僕じゃない、君を助けることを絶対に諦めないとね!!」
今度は航が皇國へ乗り込む。
今度は彼の方が、大切な幼馴染である魅琴を奪い返しに行くのだ。
皇國までは約五千粁強、超級為動機神体では約一時間である。
独房に収監された一人の男の前に、突如として黒い靄が生じた。
「これは……!」
男はこの現象に覚えがある。
彼の能く知る男がこの様な能力を使っているところを見たことがあった。
その予想通り、男の前に軍服に猫面を被った一人の老翁が靄の中から姿を顕した。
「貴様は……!」
「久し振りじゃ喃、西院」
紹介が遅れたがこの男、崇神會廻天派の首魁・西院盾という者である。
廻天派創設メンバーの一人だが、根尾弓矢によって倒され殺人などの罪で死刑判決を受け、刑の執行を待っている。
廻天派は五年前に壊滅し全員が逮捕起訴されている。
その中でも彼は逸早く刑が確定していた。
「裏切り者が……! 今更何の用だ!」
西院は老翁に激しい憤りを見せた。
それもその筈、彼は廻天派による高校襲撃テロの失敗を中心メンバーの一人が裏切ったせいだと考えていた。
裏切りによって殺されたリーダー格の男・烏丸敏彦は彼の盟友だった。
そんな西院を、老翁は猫面の下から嘲笑する。
「今更になって済まん喃。今まで何かと忙しくてな、漸く一段落付いて、貴様に構ってやる時間が出来たのじゃ」
「一段落、だと?」
「間も無く、皇國が日本国に武力行使する。その御膳立てが済んだということじゃ」
「何?」
西院は目を眇めた。
彼にとってそれは信じ難い事態だった。
「くっくっく、何をそんなに驚く? 貴様、何の為に廻天派として崇神會の本流とは別路線を取ったのじゃ? あくまで既存の政府と協力体制を築き、皇國を迎え撃とうとした崇神會の総帥。そのやり方では温いと考え、国家転覆によって強権的な軍事独裁国家を作ろうとしたのが廻天派ではないか。それが実現しなかった以上、日本が皇國に為す術無く亡ぼされるのは孰れ避けられぬ運命じゃろう」
西院は老翁に言い返さず、ただ睨み付けるばかりだった。
今の彼は負け犬であり、何を言っても遠吠えにしかならないだろう。
そんな西院を足蹴にするように、猫面の老翁は更に嘲笑を続ける。
「尤も、貴様らは好く踊ってくれた。貴様らの御陰で崇神會は日本政府と大っぴらには関われんかった」
「どういうことだ?」
「なに、簡単なことじゃ。崇神會の総帥は時折自分の能力で日本と皇國を行き来しておったようじゃが、逆に皇國の側にも同じことをしておった者が居たとしたらどうじゃ? 何の目的でその様な真似をすると思う? 日本国側に、皇國にとって脅威になり得る存在など殆ど無いというのに。もしその様なことをする目的があるとすれば、その者は僅かな可能性をも徹底的に潰そうとする、神経質な完璧主義者だとは思わんか?」
「……成程な」
老翁の言葉に、西院は脱力して壁へ凭れ掛かった。
ここまで言われれば否が応にも全て悟ってしまう。
つまり廻天派とは、最初からこの老翁が何らかの、皇國を利する企みを持って崇神會を分断した工作の産物だったのだ。
要するに、西院達はまんまと乗せられたということになる。
「莫迦な貴様も気付いたようじゃ喃」
「ああ、貴様の要件も察したぞ」
「うむ、そういうことじゃ」
老翁の右手が小さな黒い靄に覆われた。
靄が晴れると、彼は大型の拳銃を握っていた。
「テロ組織の首魁として、情報を得る為に国は貴様の刑執行を先延ばしにするじゃろう。それは何かと儂にとって不都合じゃ」
「だろうな」
「今の貴様は普通の人間と変わらぬ。どうすることもできんじゃろう」
「確かにな。尤も、今更どうしようとも思わん。元々刑の執行を待つ身だからな」
老翁は皮肉に笑い、引き金に指を掛けた。
「潔いことじゃ。まさに武士の心意気じゃ喃。では、さらばじゃ」
拘置所に耳を劈くような銃声が響き渡った。
⦿⦿⦿
横田飛行場の滑走路に航達を乗せた飛行機が到着した。
一人、また一人とタラップを降りていくが、その中で航だけは足取りが重かった。
まだ未練を棄て切れず、答えを見付けられず、迷っていたのだ。
タラップ上、最後に残された航は一人夜空を見上げる。
「……ん?」
その時、航は空の彼方から近付いてくる飛翔体を目撃した。
雷鼓を背負った、金色の人の様な姿――そのロボットの威容に航は覚えがあった。
「まさか……!」
全高二十八メートルに及ぶ金色の、巨大な人型のロボットが滑走路に足を着けた。
そう、それはまさしく超級為動機神体だった。
航は思わずタラップを駆け下り、仲間達を掻き分けて先頭へと躍り出た。
停止した機体は片膝を突き、首元を観音開きにして内部を航達に曝した。
中から二人の人間――パイロットスーツを着た屈強な男と、彼に抱えられたフォーマルスーツ姿の女が滑走路へと飛び降りてきた。
「大臣、御怪我はありませんか?」
「やれやれ、高所から飛び降りるとは……。神為を備えた貴方に身を任せれば大丈夫だと解っていても肝が冷えますね、豊中一尉」
「き、恐縮です、大臣」
「あ、貴女は……!」
航はこの女を知っている。
というより、彼女は有名人なのでこの場の全員が顔を知っているが、航は直接会ったことがある。
六歳で魅琴に殴られて入院した時に一度、その魅琴の父・魅弦の葬式で一度、彼女を直接見ていた。
男から丁重に降ろされた女は航達の方へと歩み出て、一礼する。
「お疲れ様でした、拉致被害者の皆様。先ずは皆様の帰国をお慶び申し上げます。全員揃って、とならなかったのは痛恨の極みですが……。申し遅れました。私、真柴内閣にて防衛大臣と国家公安委員長を拝命いたしました、皇奏手と申します」
今回、航達の救出に尽力した大物政治家にして、麗真魅琴の母・皇奏手である。
彼女の後では先程の屈強な男が姿勢を正して敬礼していた。
豊中と呼ばれたその男はどうやら自衛官らしい。
「皇先生、まさか貴女が自らお出迎えとは……」
根尾は一際驚いた様子で歩み出た。
「国民の一大事です、当然のことでしょう」
「それは解ります、しかし今は……」
「時間が無いからこそ、ですよ」
皇は根尾と擦れ違う。
「先生、言付けを果たせず言葉も御座いません……」
「根尾、貴方のことは一先ず後です」
「はい……」
根尾は恐縮した様子で一歩脇へと退いた。
皇は航と対峙する。
「あ、すみませんこんな格好で……」
航は今、上半身裸で残った衣服もボロボロの状態だ。
とても政府高官の前に出る格好ではない。
とはいえある程度傷が癒え、真面に顔が判別出来るだけマシか。
「岬守航さんですね。直接お話しするのは十五年ぶりでしょうか。あれ以来、家の莫迦娘が大変お世話になったと聞いております。この場を借りて感謝とお詫びを申し上げます」
「は、はぁ……」
魅琴に殴られて入院した航の許へ、彼女を連れて謝罪に来たのがこの母・皇奏手だった。
あの時も今回も、皇と会うときは等しく魅琴に散々殴られた後だ。
「この度は政府が不甲斐無いばかりにご迷惑をお掛けしました」
「いいえ、とんでもない。帰国にご尽力いただき、ただ感謝しています」
「その傷、あの娘ですか? 申し訳御座いません、何とお詫びすれば良いか……」
「いいえ、僕の方こそ彼女を引き留められなかった……」
航は悔しさを絞り出すように答えた。
魅琴が皇奏手のことを母親として快く思っていなかったことは能く知っている。
しかし今は、そんな母親に対して非難の言葉など出る筈も無かった。
だが互いの謝罪はそこそこに、皇の眼に鋭い光が宿った。
彼女はただ拉致被害者に謝罪する為に忙しい中横田飛行場へやって来た訳ではない。
態々超級為動機神体らしきものに乗ってきたことからも、それは明らかだ。
「岬守さん、折り入って話があります。どうか恥を忍んで、無礼不躾を承知の上で、げに厚かましき、防衛大臣にあるまじきお願いをさせてください」
航は驚きを隠せず目を瞠った。
「お願い?」
「はい。岬守さんにはすぐ、あれに搭乗して皇國へと飛んでいただきたい。そしてこの有事へ向けた事態の中で敵国になるであろう地に取り残された邦人を輸送してきていただきたいのです」
皇は自身が乗ってきた超級為動機神体――金色の機体の方を向いた。
「あれは……超級為動機神体ですか?」
「はい、国産試作機です。輸送の速度と、皇國による攻撃から身を守る為の必要最低限の装備として、合理的に判断して用意いたしました」
驚いたのは航ばかりではない。
脇からも根尾が感嘆の声を上げていた。
「本当に完成していたのですね……」
「今、全速力で量産体制を構築しています。数日後には何機か追加出来るでしょう。しかし、それでも皇國を相手にするにはあまりに心許ない。つい先程、皇國から宣戦布告がありましたが、我が国にとってまさに悪夢ですね……」
皇は遠い目をしていた。
おそらく、負ければ閣僚たる彼女はただでは済むまい。
「金ピカじゃねえか。豪華だなオイ」
「随分お金が掛かっていそうねえ」
「目が眩みそう……」
新兒、繭月、双葉もそれぞれの感想を漏らした。
しかし、そんな三人の言葉に皇は深く溜息を吐く。
「とんでもない。金色に光っているのは寧ろ充分な予算を掛けられなかったからです。波動相殺機構が不完全で、動かす時に神為が光るのを抑えられず、停止後も暫く輝きが残ってしまうんです。どうやらこの国には、滅亡後の国家財政が気になって仕方が無い役人が随分多いようでしてね……」
皇はこう言っているが、航は寧ろその神々しさに眼を奪われていた。
そんな中、根尾が皇を問い質す。
「それより、岬守君を乗せて皇國へ乗り込ませるとは、正気ですか? 彼は民間人なのですよ? 何故自衛官では駄目なのですか」
「答えは簡単です。岬守さんにしか出来ないからですよ。大変厳しい言い方になりますが、現状で超級為動機神体を実戦起動出来る自衛官は殆ど居ません。パイロットとして最も優秀なのは其処の豊中一尉ですが、彼でも機体性能を半分も引き出せない」
皇の背後では自衛官が顔を顰めた。
彼もまた根尾と同じく皇の判断を承服しかねるが、同時に彼女の評価が正しく忸怩たる思いでいるのだろう。
「ですから、岬守さんに行ってもらわねばならないのです。皇國以外で唯一、超級為動機神体による実戦経験を生き延びた彼に。勿論私も道理に悖る判断だとは解っています。しかし、今我が国は有事です。多少を超えて多大な無理を通さなければ、国そのものが生き残れない。だから、政府閣僚としてあり得ないお願いをさせていただく他無いのです」
航は目蓋を閉じた。
様々な思いを、記憶を巡らせる。
「誰か、判ったら教えてください。魅琴は神皇に勝てるんですか? 勝って生き残り、また日本へ戻ってこられる可能性はどれ程なんですか?」
「それは解らん……」
答えたのは根尾だった。
「彼女が我々よりも遙か上のステージにいることは事実。しかし、神皇は皇族の中でも別格の力を持ってことを考えると、結果は計り知れない。それに、彼女が決死の覚悟で臨むつもりだということは、そういうことなのだろう」
「そう……ですよね」
航は今、粉々に砕かれたパズルのピースが再び組み上がっていくような思いだった。
彼の中で今、再び魅琴を助けられる可能性が再構築されている。
同時に、航は心の底から理解した。
魅琴が恐れたのは、航のこの感覚なのだ。
(魅琴は……僕に自分を助けるに値しない邪悪な女だと思わせたかった。助けたいと思われず、助ける希望を見出す必要すら無いと思われたかった。諦めてただ守られることに負い目すら残したくなかった。だからあんな態度で、自らを孤立無援に追い込んで……)
航は目を開き、拳を握り締めた。
胸の中で、再び何かが燻り、火が点く刻を待っている。
そしてそんな彼の前で、皇が地面に膝を突き両手を前に添えた。
「岬守航さん、こんなことを頼めた義理ではないと解っています。しかし、今の私にはただこうする他無い」
「せ、先生!」
「まさか先生がそんなことを……!」
額を地に着け伏して頼む皇の姿に、根尾と白檀は大いに驚いていた。
おそらく、初めて見る姿なのだろう。
「どうか私のたった一人の娘をお助けください。貴方にしか頼めないのです」
心が一気に燃え上がった。
航の眼に決意の光が宿る、闘志の熱が滾る。
青く色を変えた焔は、最早冷めはしないだろう。
航は地に伏す皇に尋ねる。
「皇大臣、あの機体の名前を教えてください」
「はい……」
皇は顔を上げて立ち上がると、腕を拡げて金色の機体を指し示す。
「為動機神体はその御稜威に相応しき名を付けることによって神為を高め、性能を上げる。操縦者はその名を知り、心に刻むことで一体感を増し、性能を十二分に発揮する。故に、必要なのは大仰な神の名前。私は日本国の守護神となるこの様に名付けました!」
皇は高らかにその名を謳い上げる。
「『日本国産超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコ』!!」
日本国初代天皇・神武天皇こと神日本磐余彥天皇――思い切った名前を付けられた機体だが、その姿はまさに威風堂々としており、名に恥じぬ迫力を確かに備えていた。
航はこれから、この眩い金色の機体に我が身を預け、一体となって操るのだ。
しかしそこに、不思議と気後れは無かった。
まるで機体が自分を呼んでいるような気さえした。
「岬守さん、この機体を託されていただけますか?」
航は一歩前へ踏み出した。
再生への、再起への大いなる第一歩である。
「勿論ですよ、お母さん! 魅琴に思い知らせに行きます! このまま終わる僕じゃない、君を助けることを絶対に諦めないとね!!」
今度は航が皇國へ乗り込む。
今度は彼の方が、大切な幼馴染である魅琴を奪い返しに行くのだ。
皇國までは約五千粁強、超級為動機神体では約一時間である。
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【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
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かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
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国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
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*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
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東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。
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