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第二章『神皇篇』
第四十九話『神日本磐余彥』 破
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麗真家が複雑な事情を持つに至ったのは、魅琴の曾祖父の代である。
日本が国を挙げて米国との大戦争を行っていた最中、一人の男が幼い我が子を連れて世界線を渡った。
父子は大日本帝國から当時のヤシマ人民民主主義共和国へ渡り、歴史を動かし、そして両国との間に繋がりを作ってしまったのだ。
その後、息子だけが再び世界線を渡り、日本国へと帰ってきた。
「先ず、あの男の話をせねばなるまい。既に故人ではあるが、俺と麗真君の祖父・麗真魅射――旧名・鬼獄入彌が抱いた父親との確執から、全ては始まっているんだ……」
根尾は静かに語り始めた。
魅琴の祖父――航には思い当たる人物がいる。
彼女の父・麗真魅弦の葬式に出た時に一度だけ、異様な雰囲気を持った車椅子の老翁を見た。
おそらくはあの男が、件の麗真魅射だろう。
「麗真魅射の父、鬼獄魅三郎は勝ち目の無い戦争へ向かった日本国と天皇を早々に見限り、別の世界線で新しい祖国を得ようとした。父子には特別な力を持っており、同じ様な力を持つ亡国の親王に目を付けて祀り上げ、ヤシマ人民民主主義共和国を倒して国を奪った。これが神聖大日本皇國の始まりだったのだ」
「それで都落ちしたのが私の曾爺さん――道成寺公郎で、祀り上げられたのが今の神皇って訳か」
陽子が口を挟んだ。
彼女の父親である道成寺太はヤシマ政府首魁の血を引いている。
その他にも、陽子は立場上皇國上流階級の事情にも通じている。
「新華族の中で最も高い地位に就いた貴族が確か鬼獄家だったね。御陰で色々な話が繋がったよ」
「鬼獄家の女性は皆、顔立ちがよく似ている。俺の母も麗真君とそっくりだ。その鬼獄家は皇國の皇族と繋がりがあった。麗真君が皇太子との縁談を持ち掛けられたのもそういった背景があったのだろう。この辺りの話は蛇足だがな」
根尾は一息挟んだ。
「しかし、父親の鬼獄魅三郎とは違い、息子の鬼獄入彌の心はずっと本来の祖国・大日本帝國にあり続けた。軈て父子は対立し、袂を分かつことになる。更に、どういった経緯でかは分からんが、鬼獄入彌はいつか皇國が日本国へ攻め込んでくると言う予測も立てた。彼は日本国や天皇家に弓を引くことになる父と完全に敵対し、母方の姓を名乗り下の名前も変えて、麗真魅射として戦後の日本に帰国した」
航は窓の方を向き、外の景色を眺めた。
帰国、という話が出て無性にそうしたくなったのだ。
根尾は話を続ける。
「麗真魅射は、いつか攻めてくる皇國に対抗する為の準備を日本国で進めた。その為に作った組織が政治結社『崇神會』だ。麗真魅射はその総帥の座に着き、密かに皇國と戦う術――神為の訓練を広めることにしたんだ」
「崇神會……」
「最初期は右翼の民間防衛組織として、中期には新興宗教ブームに乗る形で、晩年は陰謀論ブームを利用してじわじわと勢力を拡大したらしい。まあ、基本的にろくでもない連中だよ。途中で分裂騒動があり、君達の学校を襲った『廻天派』などという単なるテロリストを生みもしたしな」
「あ、あの時の変な右翼団体みたいな人達……」
崇神會廻天派については航だけでなく双葉も関わっている。
彼女もまた、様々な点が線で繋がっていく思いでいるかも知れない。
航としては、余り心は動かなかった。
ただ少し、魅琴の背景情報を聞くことで癒やされるような気はしていた。
「崇神會はどうにか日本の政界にパイプを築き、皇國の襲来に対する備えを共有することには成功した。しかし同時に、日本の国力では皇國に対抗することなど出来ないだろうという諦観もまた芽生えた様だ。おそらく、麗真魅射はその後も密かに皇國へと渡り、敵情を視察していたのだろうな。そこで皇國の戦力の恐るべき実態と、そして決定的な弱点を知ることになった」
根尾は姿勢を正し、ここからが本題、と言わんばかりに表情を固めた。
「皇國の圧倒的軍事力は君達も知っての通りだ。しかし、実はその力は大部分、神皇の強大な神為に依存している。軍事力だけではない。皇國はその社会インフラに必要なエネルギーをかなりの部分、神皇の神為で賄っている。彼を初めとした皇族には他者に神為を貸与するという特異な力がある。それに依って得られる神秘のエネルギーを利用して、皇國は超科学的な発展と軍の運用を実現しているんだ。つまり……」
「それがあの女の言っていた、神皇の暗殺に繋がるって訳ね。でもさ」
「ああ、そうだ」
陽子の指摘を聞くまでもなく、根尾は彼女に同意した。
武装戦隊・狼ノ牙として道成寺太の側に居た彼女の言いたいことは明らかだろう。
「麗真魅射が光明を見出したのは、神皇が斃れると皇國は国家の汎ゆる基盤が揺らぐという社会構造だ。そうなると当然、真面に軍を運用することなど出来なくなる。だがそれは同時に、そんな大国を一人で背負う程の強大な敵を打ち破る存在が必要だということを意味する。その難しさの一端は、第三皇女との戦いで君達にも解った筈だ」
「確かに、あのお嬢ちゃんはとんでもなかったもんなあ……」
「神皇はそれ以上、となると……」
狛乃神と戦いを繰り広げた新兒と繭月は特に実感として納得した様だ。
勿論、航も同様である。
「それが魅琴の使命ですか……」
「彼女はそう思っている。祖父の麗真魅射からそう言い聞かされて育ったんだ」
「そんな、おかしいよ。いくら血を引いているからってそんな無茶をどうして強要されなくちゃいけないの……?」
双葉が顔を顰め、魅琴の祖父を批難した。
根尾はその言葉に静かに頷く。
「勿論その通りだ。現に、他の家族はそれを良しとはしなかった。魅弦さんは普通の少女として彼女を育てようとしたし、皇先生や俺は外交努力によって皇國との戦争を回避し、彼女が使命を果たす必要の無いように努力した。だが俺達の試みは敗れ、最終的に彼女は祖父を選んでしまった」
「魅琴は……」
航は窓から目を離し、根尾の方へと向き直った。
少し顔の傷が癒え、腫れが治まっている。
根尾の話に僅かながら気分転換、癒やしの効果があったのだろう。
「魅琴はそれをいつ知ったんですか?」
「物心付いた頃には祖父から聞かされていたという話だ」
「つまり、僕が出会った頃には既に……」
航の胸に一抹の悲しさが舞い降りた。
根尾の話の通りだとすると、魅琴は初めからずっと航に極めて重大な隠し事をしていたことになる。
思い返せば、確かに魅琴からは何処か謎めいた雰囲気が滲み出ていた。
長年の縁で知り尽くしていると思っていた幼馴染のことを、航は本当のところ殆ど知らなかったのだ。
「俺に力があればこんなことにはならなかった。彼女一人に日本の命運を背負わせることなんか無かった……!」
根尾は悔しそうに顔を顰めた。
「祖父・麗真魅射は崇神會の総帥として皇國と、神皇と戦う為の人材を育てようとした。俺も戦う術を求めて祖父に師事した。だが、あの男が希望を見出したのは麗真君ただ一人だった。だから俺は別の手段で日本を守ることにした。だがどうだ、結局こんな半端者には国を守るどころか従妹も、慕ってくれた青年さえも守れはしない……!」
拳を握り締め、慚愧の念を表す根尾の姿に当てられ、機内を重い空気が支配する。
しかしそんな中ただ一人、陽子だけは冷めた表情で溜息を吐いた。
「で、あの女が大変な物を背負っているのは解ったよ。でも、それが岬守への酷い行いを正当化するとでも?」
「それは岬守君自身の気持ち次第だろうな……」
航は考える。
根尾の話を聞くうちに少しだけ楽になったが、それでも依然として喪失感は拭えない。
魅琴の置かれてきた境遇は充分に理解するが、それでもまだ気持ちの整理は付いていなかった。
ただ一つ、航は話の中で一つの感想を抱いた。
「僕にどうしろっていうんだ……」
「それは……なんとも言えんな。祖父を始めとして、様々な人間が麗真君を追い詰めたことだけは確かだ。その集中した負担の一部が君に降り掛かったと言えるだろう。本来、全くの部外者だった筈の君に」
「部外者、か……。根尾さん、僕はそれが堪らないんですよ。魅琴とは十五年も一緒に居たんだ。人生の七割以上ですよ? それをこんな形で終わらされて、最初から部外者だったで納得しろって言うんですか?」
「言葉が悪かったな。寧ろ、麗真君にとって君は他人じゃ無かったから特別厳く当たらなければならなかったのだと俺は思う。俺の一族が君のことを大変傷付けてしまった。そのことは深く詫びたい」
航は溜息を吐いた。
根尾の謝罪を受けたが、まだ納得した訳では無い。
「正直、誰を恨めば良いかも分からないですよ。貴方と魅琴の爺さんはもう死んでる。両親や貴方がこの事態を避ける為に努力したことも解る。魅琴だって本意じゃなかったと思いたい。じゃあ誰が悪い? まさか、皇國に奔ろうとした虎駕か?」
「岬守よ、それについて俺から一つ言っておかなきゃならねえことがある」
虎駕の名前が出たとき、新兒が口を挟んだ。
「あいつが皇國を選ぼうとしたのは、俺達が無事に帰れなきゃあり得なかったと思う。だって、あいつは一桐のオッサンとの戦いで一度誘われてるんだ。でも、俺達が無事に帰れなきゃその話には乗れないって断ってた。あいつは俺達を裏切るような真似はしねえ。それだけは解ってやってくれよ」
「でもさ、虻球磨君」
今度は双葉が異を唱える。
「それでも、虎駕君の行動は軽率だったと思うよ。実際、引き返そうとしたってことは彼自身そう思ったんでしょ?」
「まあ、それはよ……」
双葉はやはり虎駕に厳しかった。
しかし、変に彼の行いをなあなあで澄ましてしまうのも、彼の亡魂を慰めるどころか苦しめることになりはしないか。
答えは却々出せない。
「魅琴……」
航は再び外の景色へ目を遣った。
窓に映った彼の顔はかなり癒えている。
しかし、心には依然虚無感が滞留したままだ。
(僕はどうすれば良いんだ? このまま君を奇麗さっぱり忘れて、君の居ない残りの人生を、勝手に面白可笑しく過ごせば良いのか……?)
思いとは裏腹に、航の脳裡には今も魅琴の様々な表情が針付き、眩い輝きを放っていた。
これを全て消し去るようにと魅琴自身が望んでも、航には到底出来そうにない。
空虚な胸の隙間に、真夏の夜とは思えぬ乾いた冷たい風が吹付ける様な心地だった。
飛行機は問題無く進んでいく。
間も無く、彼らは日本国は東京、横田飛行場へと到着する。
航達一行は、漸く日本へ帰国する。
日本が国を挙げて米国との大戦争を行っていた最中、一人の男が幼い我が子を連れて世界線を渡った。
父子は大日本帝國から当時のヤシマ人民民主主義共和国へ渡り、歴史を動かし、そして両国との間に繋がりを作ってしまったのだ。
その後、息子だけが再び世界線を渡り、日本国へと帰ってきた。
「先ず、あの男の話をせねばなるまい。既に故人ではあるが、俺と麗真君の祖父・麗真魅射――旧名・鬼獄入彌が抱いた父親との確執から、全ては始まっているんだ……」
根尾は静かに語り始めた。
魅琴の祖父――航には思い当たる人物がいる。
彼女の父・麗真魅弦の葬式に出た時に一度だけ、異様な雰囲気を持った車椅子の老翁を見た。
おそらくはあの男が、件の麗真魅射だろう。
「麗真魅射の父、鬼獄魅三郎は勝ち目の無い戦争へ向かった日本国と天皇を早々に見限り、別の世界線で新しい祖国を得ようとした。父子には特別な力を持っており、同じ様な力を持つ亡国の親王に目を付けて祀り上げ、ヤシマ人民民主主義共和国を倒して国を奪った。これが神聖大日本皇國の始まりだったのだ」
「それで都落ちしたのが私の曾爺さん――道成寺公郎で、祀り上げられたのが今の神皇って訳か」
陽子が口を挟んだ。
彼女の父親である道成寺太はヤシマ政府首魁の血を引いている。
その他にも、陽子は立場上皇國上流階級の事情にも通じている。
「新華族の中で最も高い地位に就いた貴族が確か鬼獄家だったね。御陰で色々な話が繋がったよ」
「鬼獄家の女性は皆、顔立ちがよく似ている。俺の母も麗真君とそっくりだ。その鬼獄家は皇國の皇族と繋がりがあった。麗真君が皇太子との縁談を持ち掛けられたのもそういった背景があったのだろう。この辺りの話は蛇足だがな」
根尾は一息挟んだ。
「しかし、父親の鬼獄魅三郎とは違い、息子の鬼獄入彌の心はずっと本来の祖国・大日本帝國にあり続けた。軈て父子は対立し、袂を分かつことになる。更に、どういった経緯でかは分からんが、鬼獄入彌はいつか皇國が日本国へ攻め込んでくると言う予測も立てた。彼は日本国や天皇家に弓を引くことになる父と完全に敵対し、母方の姓を名乗り下の名前も変えて、麗真魅射として戦後の日本に帰国した」
航は窓の方を向き、外の景色を眺めた。
帰国、という話が出て無性にそうしたくなったのだ。
根尾は話を続ける。
「麗真魅射は、いつか攻めてくる皇國に対抗する為の準備を日本国で進めた。その為に作った組織が政治結社『崇神會』だ。麗真魅射はその総帥の座に着き、密かに皇國と戦う術――神為の訓練を広めることにしたんだ」
「崇神會……」
「最初期は右翼の民間防衛組織として、中期には新興宗教ブームに乗る形で、晩年は陰謀論ブームを利用してじわじわと勢力を拡大したらしい。まあ、基本的にろくでもない連中だよ。途中で分裂騒動があり、君達の学校を襲った『廻天派』などという単なるテロリストを生みもしたしな」
「あ、あの時の変な右翼団体みたいな人達……」
崇神會廻天派については航だけでなく双葉も関わっている。
彼女もまた、様々な点が線で繋がっていく思いでいるかも知れない。
航としては、余り心は動かなかった。
ただ少し、魅琴の背景情報を聞くことで癒やされるような気はしていた。
「崇神會はどうにか日本の政界にパイプを築き、皇國の襲来に対する備えを共有することには成功した。しかし同時に、日本の国力では皇國に対抗することなど出来ないだろうという諦観もまた芽生えた様だ。おそらく、麗真魅射はその後も密かに皇國へと渡り、敵情を視察していたのだろうな。そこで皇國の戦力の恐るべき実態と、そして決定的な弱点を知ることになった」
根尾は姿勢を正し、ここからが本題、と言わんばかりに表情を固めた。
「皇國の圧倒的軍事力は君達も知っての通りだ。しかし、実はその力は大部分、神皇の強大な神為に依存している。軍事力だけではない。皇國はその社会インフラに必要なエネルギーをかなりの部分、神皇の神為で賄っている。彼を初めとした皇族には他者に神為を貸与するという特異な力がある。それに依って得られる神秘のエネルギーを利用して、皇國は超科学的な発展と軍の運用を実現しているんだ。つまり……」
「それがあの女の言っていた、神皇の暗殺に繋がるって訳ね。でもさ」
「ああ、そうだ」
陽子の指摘を聞くまでもなく、根尾は彼女に同意した。
武装戦隊・狼ノ牙として道成寺太の側に居た彼女の言いたいことは明らかだろう。
「麗真魅射が光明を見出したのは、神皇が斃れると皇國は国家の汎ゆる基盤が揺らぐという社会構造だ。そうなると当然、真面に軍を運用することなど出来なくなる。だがそれは同時に、そんな大国を一人で背負う程の強大な敵を打ち破る存在が必要だということを意味する。その難しさの一端は、第三皇女との戦いで君達にも解った筈だ」
「確かに、あのお嬢ちゃんはとんでもなかったもんなあ……」
「神皇はそれ以上、となると……」
狛乃神と戦いを繰り広げた新兒と繭月は特に実感として納得した様だ。
勿論、航も同様である。
「それが魅琴の使命ですか……」
「彼女はそう思っている。祖父の麗真魅射からそう言い聞かされて育ったんだ」
「そんな、おかしいよ。いくら血を引いているからってそんな無茶をどうして強要されなくちゃいけないの……?」
双葉が顔を顰め、魅琴の祖父を批難した。
根尾はその言葉に静かに頷く。
「勿論その通りだ。現に、他の家族はそれを良しとはしなかった。魅弦さんは普通の少女として彼女を育てようとしたし、皇先生や俺は外交努力によって皇國との戦争を回避し、彼女が使命を果たす必要の無いように努力した。だが俺達の試みは敗れ、最終的に彼女は祖父を選んでしまった」
「魅琴は……」
航は窓から目を離し、根尾の方へと向き直った。
少し顔の傷が癒え、腫れが治まっている。
根尾の話に僅かながら気分転換、癒やしの効果があったのだろう。
「魅琴はそれをいつ知ったんですか?」
「物心付いた頃には祖父から聞かされていたという話だ」
「つまり、僕が出会った頃には既に……」
航の胸に一抹の悲しさが舞い降りた。
根尾の話の通りだとすると、魅琴は初めからずっと航に極めて重大な隠し事をしていたことになる。
思い返せば、確かに魅琴からは何処か謎めいた雰囲気が滲み出ていた。
長年の縁で知り尽くしていると思っていた幼馴染のことを、航は本当のところ殆ど知らなかったのだ。
「俺に力があればこんなことにはならなかった。彼女一人に日本の命運を背負わせることなんか無かった……!」
根尾は悔しそうに顔を顰めた。
「祖父・麗真魅射は崇神會の総帥として皇國と、神皇と戦う為の人材を育てようとした。俺も戦う術を求めて祖父に師事した。だが、あの男が希望を見出したのは麗真君ただ一人だった。だから俺は別の手段で日本を守ることにした。だがどうだ、結局こんな半端者には国を守るどころか従妹も、慕ってくれた青年さえも守れはしない……!」
拳を握り締め、慚愧の念を表す根尾の姿に当てられ、機内を重い空気が支配する。
しかしそんな中ただ一人、陽子だけは冷めた表情で溜息を吐いた。
「で、あの女が大変な物を背負っているのは解ったよ。でも、それが岬守への酷い行いを正当化するとでも?」
「それは岬守君自身の気持ち次第だろうな……」
航は考える。
根尾の話を聞くうちに少しだけ楽になったが、それでも依然として喪失感は拭えない。
魅琴の置かれてきた境遇は充分に理解するが、それでもまだ気持ちの整理は付いていなかった。
ただ一つ、航は話の中で一つの感想を抱いた。
「僕にどうしろっていうんだ……」
「それは……なんとも言えんな。祖父を始めとして、様々な人間が麗真君を追い詰めたことだけは確かだ。その集中した負担の一部が君に降り掛かったと言えるだろう。本来、全くの部外者だった筈の君に」
「部外者、か……。根尾さん、僕はそれが堪らないんですよ。魅琴とは十五年も一緒に居たんだ。人生の七割以上ですよ? それをこんな形で終わらされて、最初から部外者だったで納得しろって言うんですか?」
「言葉が悪かったな。寧ろ、麗真君にとって君は他人じゃ無かったから特別厳く当たらなければならなかったのだと俺は思う。俺の一族が君のことを大変傷付けてしまった。そのことは深く詫びたい」
航は溜息を吐いた。
根尾の謝罪を受けたが、まだ納得した訳では無い。
「正直、誰を恨めば良いかも分からないですよ。貴方と魅琴の爺さんはもう死んでる。両親や貴方がこの事態を避ける為に努力したことも解る。魅琴だって本意じゃなかったと思いたい。じゃあ誰が悪い? まさか、皇國に奔ろうとした虎駕か?」
「岬守よ、それについて俺から一つ言っておかなきゃならねえことがある」
虎駕の名前が出たとき、新兒が口を挟んだ。
「あいつが皇國を選ぼうとしたのは、俺達が無事に帰れなきゃあり得なかったと思う。だって、あいつは一桐のオッサンとの戦いで一度誘われてるんだ。でも、俺達が無事に帰れなきゃその話には乗れないって断ってた。あいつは俺達を裏切るような真似はしねえ。それだけは解ってやってくれよ」
「でもさ、虻球磨君」
今度は双葉が異を唱える。
「それでも、虎駕君の行動は軽率だったと思うよ。実際、引き返そうとしたってことは彼自身そう思ったんでしょ?」
「まあ、それはよ……」
双葉はやはり虎駕に厳しかった。
しかし、変に彼の行いをなあなあで澄ましてしまうのも、彼の亡魂を慰めるどころか苦しめることになりはしないか。
答えは却々出せない。
「魅琴……」
航は再び外の景色へ目を遣った。
窓に映った彼の顔はかなり癒えている。
しかし、心には依然虚無感が滞留したままだ。
(僕はどうすれば良いんだ? このまま君を奇麗さっぱり忘れて、君の居ない残りの人生を、勝手に面白可笑しく過ごせば良いのか……?)
思いとは裏腹に、航の脳裡には今も魅琴の様々な表情が針付き、眩い輝きを放っていた。
これを全て消し去るようにと魅琴自身が望んでも、航には到底出来そうにない。
空虚な胸の隙間に、真夏の夜とは思えぬ乾いた冷たい風が吹付ける様な心地だった。
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航達一行は、漸く日本へ帰国する。
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