日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第五十話『麗真魅琴』 破

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 当初思っていたより学校は楽しかった。
 表向き、わたしは極普通の女の子になっていったと自負している。
 ただ、転校初日にしでかしたことは結構長く尾を引いた。
 そんな中、終始わたるわたしと仲良くしてくれた。

 好都合だった。

 わたしにとって、わたるは格好の玩具おもちや
 彼と一緒に過ごすことは、有りと有らゆることで幾度と無く彼を負かす遊戯。
 そうして彼のことをじわじわと壊していく。
 わたしにはそれがたまらなく楽しかった。

 けれどもどういう訳か、こんなわたしの仕打ちにもかかわらず、彼もまた満更でもない様子を見せるようになった。
 妙なことになってきた。
 自分が壊されていることに気付いていないのだろうか?

 なお、物理的に人間を壊す遊戯をやめたわけではない。
 祖父は相変わらず変な人達と関わりがあったようで、壊す相手には困らなかった。
 ただ少しずつ、煩わしくなってきていた。
 好きな料理が沢山出来た今となっては、昔は一番好きだった料理でも、何なら今でも好物ではあるけれども、毎日食べているとへきえきしてしまう――たとえるならばそんなところだろうか。

 わたしは次第に、わたると共に過ごす時間そのものが好きになっていた。
 それはまるで家族のことを無条件で愛していたように。



    ⦿⦿⦿



 小学校も高学年になって、わたるの様子に変化があったことに気が付いた。
 わたしと遊んでいても浮かない顔をすることが多くなったのだ。
 初め、わたしはとうとう壊れてきたのかと思った。
 平気な顔をしてはいたものの、じわじわとダメージがまっていたのかと、そう思った。

 人間を壊す上で楽しいのは、壊す前・壊す途中・壊れかけ・壊れた姿と、段階的に移ろう変化が人によって様々なことだ。
 その違い――苦しみ方、悔しがり方、怒り、悲しみ、絶望の千差万別をたのしむのだ。
 当然、わたしわたるに変化の兆候が現れたら心が躍るものだとばかり思っていた。

 しかしどういう訳か、わたるふさんだ様子がわたしには面白くなかった。
 話をよくよく聞いてみると、どうやらわたるは唯一の家族である母親とトラブルがあり、不仲になってしまったらしい。
 同時期、かあさまほとんど家族と接点を持たなくなっていたわたしは、父の体調が悪化していたこともあって、身につまされた。
 獲物を横取りされている気分になった。

 わたしわたるの心を守ることにした。
 家族が冷たくなったなら、新しく温かい家族を与えてあげれば良い。
 ついでに、家事能力の差も思い知らせてあげよう。
 わたるのことを、他の誰にも手が出せないようにして囲いつつ、引き続きゆっくりと壊して遊ぶのだ。

 けれども、やはりわたるうれしそうだった。
 何故なぜだろう、わたしは何かやり方を間違えているのか。
 わたるの様子が違う意味でおかしい。
 もしかするとわたるは、わたしのことを好きになったのか。

 失敗だった。
 わたしは家族が好きだ。
 だったら、わたるわたしの家族にすればわたるわたしを好きになっても何らおかしくはない。

 だがよく考えてみると、どうしてわたしわたるにこれ程こだわるのだろうか。
 別に、人間を物理的にではなく精神的に時間を掛けて壊したいのならば、わたる以外にも相手は居るだろう。
 わたるの心が弱っていたとき、思っていた程面白い気分でなかったのは、本当に獲物を横取りされそうだったからなのか。

 そう考えた時、わたしは気付いてしまった。
 わたしにとってわたるは、とっくに家族と同じ枠に入っていたのだ。
 もう随分前から、わたしの方がわたるを好きになっていたのだ。

 わたるは輝きに満ちた世界を色々と教えてくれる兄の様でもあったし、残酷な世界から何かと守ってあげたい弟の様でもあった。
 る時は格好良くて素敵な人。
 また或る時は情けなくてわいい人。

 その本心に気付いてから、世界は一気に彩度を増した。
 巡る季節の色めく鮮やかさを知った。
 もう人間を壊すことがわたしの全てではない。
 わたしはこのときようやく邪悪なけだものを脱却し、一人の人間の少女になった。

 またこの頃からわたしの視界は大きくひろがった。
 わたるだけでなく、その周りに居る友達も見えるようになった。

 君を始め、わたる以外の人達にもそれぞれの事情を抱えている。
 この世には多くの善良な好ましい人達が居て、その人達にも千差万別に大切な物が、譲れない思いが、愛する人達が居るのだ。

 わたしの中で、とうさまじいさまの言葉が結び付いた。
 人間は美しいものだ。
 日本は美しい国だ。
 この世界は掛け替えのないものだ。

 善き人々はやみたらと壊すものではない。
 とても壊れやすくもろいからこそ、守るべきものだ。
 自分の手で壊すためではなく、このいとおしい者達が永く継続していくように。

 思えばこの時の日々が一番まぶしかったかも知れない。
 わたるわたしのことが好き、わたしわたるのことが好き。
 それはとても嬉しくて幸せで、けれどもほんの少し怖くて切なくて……。
 だってわたるわたしを普通に――少しだけ発露の仕方がゆがんでいた様な気はするけれども――健全な中学生男子の恋愛感情を持っていたのに対し、わたしの中には依然として邪悪な異常性が潜んでいたのだから。

 わたし達はお互い、関係を深めることに臆病だったのかも知れない。
 そしてもう一つ、わたし達の関係に一つの影が迫っていた。
 もう一人の壊れやすく脆い大切な人に、しゆうえんの時が近付いていたのだ。



    ⦿⦿⦿



 白状すると、どこかで目を背けていた。
 御父様の体調が悪化していることは分かっていたはずなのに……。
 わたるが家に来るようになってから、しばらくは快復した様に思えたのも良くなかった。
 海釣りに出掛けたあたりがピークだったと思う。

 高校受験が終わった頃から、御父様はまた急激に悪くなった。
 わたしは御父様がもう長くないのだと理解してしまった。
 以前から、わたしには人体について人並み外れた察しの良さがあった。
 御父様の体調の変化を察知したのはいつもわたしが最初だった。

 わたしは中学生ながら、あらゆる手を尽くして御父様を延命しようと考えた。
 でも、何が出来る筈も無かった。
 わたしはただ、少しでも評判の良い医者を探してわらにもすがる思いで託す他無かった。
 麗真家が金を持っているせいか、医者以外に妙な連中が群がってきたのはかなり煩わしかった。

 そして卒業を目前に控えた時期、御父様は逝った。
 わたしは初めて人の死に立ち会った。
 身近で世話になった大切な人をうしなうという、思春期にありふれた傷を負った。

 家族と葬式の準備をする中、わたしは考えていた。
 世の中には自分の力ではどうにもならないことがあるのだ。
 ただ与えられた結果をれ、ひれすしかない絶対的な宿命力とでもいうべきものが。
 御爺様が再三言っていたことがなんとなくわかった気がした。

 わたしはどうすれば良かったのだろう。
 御父様に生きて欲しいというわたしの願いは無意味で、滑稽なものだったのだろうか。
 でも、さいの会話で御父様はわたしに「幸せだった」と言ってくれた。
 わたしの頑張りに「ありがとう」と言ってくれた。

 そんなことを伝えられても、貴方あなたはもう居ないではないか。
 悲しみが増すだけではないか。
 そんなわたしに寄り添ってくれたのは、両親に悪魔と忌み嫌われていた御爺様だった。

『お前にも解った筈じゃ』
『何がですか?』
『お前がう、絶対的な宿命力をだくだくと受け容れる……ことなど、そうやすやすと人には出来ん』
『はい……』
『お前は受け容れなかった。運命を変えようとして、そして打ちのめされた』
『そうは云っても、何も出来ませんでした』
『それで良い。重要なのは抵抗の意思を示したこと。それで変わったものが本当に何も無いなどということはあり得ぬ。少なくとも、つるの最期は変わったと、わしは信じておる』
『……そうでしょうか?』
『お前は何も感じんかったか?』
『……いいえ』

 御爺様がわたしに伝えたかったこと、今ならはっきり解る。
 同時に、それは御父様や御母様がわたしを御爺様から遠ざけようとした理由なのだ。
 御爺様はわたしに自らの悲願を託そうとしていた。
 その為に、自分と同様のさわしい心構えを教えたかったのだ。

 国家の為に人生を尽くし、国家の為に絶望的な抵抗に身を投じ、国家の為に命を投げ出す心構えを……。
 とどのつまり、御爺様はわたしを洗脳したかったのだ。

わしに見えているもの、お前にも解るな?』
『はい……。こうこくは……しんせいだいにっぽんこうこくは……本当に来るのでしょうか……』
『来ないなら、それに越したことはない。来たとして、お前に戦う意思が無ければどうにもならん。戦う意思があればどうにかなるとは、口が裂けても言えんが……』
『そう……ですか……』
こうこくの力は、じんのうの力は絶望的な宿命力にも近いかも知れん……』
『では……』

 次に御爺様は珍しいことを言った。
 わたしは耳を疑った。

『嫌ならば戦わずとも良い』
『え?』
『抵抗の確固たる意思が無ければ戦えん相手に、嫌々向かわせてもむざむざお前を死なせるだけじゃ。わしとて、出来れば可愛い孫娘にその様なはさせとうない』
『御爺様……』
ことよ、こういう言い方は全くもつて不本意じゃが、わしの命あるうちに伝えられて良かった。今までお前は一切の挫折を知らんかった。そんなお前に、こうこくとの戦いから身を引くという選択肢を与えても理解出来んかったじゃろう。や息子の死がきっかけになろうとはな……。そこだけは全く以て不本意じゃが……』

 御父様の死因はじんかいひとづてに聞いた。
 御爺様は自分の娘と息子にこうこくと戦う為の過酷な訓練を施そうとした。
 しかしそのやり方は手探りの稚拙なものだった。
 結果、娘であるゆみさまは逐電し、息子である御父様は身体を壊したのだと云う。

『御爺様、命あるうちに、ということはやはり……』
すがじゃ、察しておったか。その通り、わしとて長くはない。すぐにわしもこの世を去るじゃろう。つると顔を合わせて謝ることは出来んじゃろうが……』

 わたしは考えた。
 もしわたしが戦わなければどうなるのだろう。
 御爺様の云うとおり、挫折を知ったわたしは初めて負けることを意識した。
 もしわたしが戦わず、あるいは負けて、こうこくが日本を好き放題にしてしまったら?

 答えは出なかった。
 しかし、考えたくないというおもいがのうよぎった。
 わたしの周囲には、まだ喪いたくない、守りたい人達が居たからだろう。

 わたしは自分の運命について、生と死について考えるようになった。
 何の為に生まれ、何の為に生きるべきなのか。
 神社巡りをするようになったのは、そんな問いの答えを求めたからかも知れない。
 いつの間にか御爺様の思想に毒されていたわたしは、御爺様の深層と根源に何かをみいそうとしたのかも知れない。

 日がつにつれ、わたしの心と体に使命と愛着がんでいくような気がした。
 は、大切な人と共に生きた社会は、風俗は、文化は、まぐれも無くわたしの故郷だ。
 しやくされた毒が血肉に変わっていった。
 それでも、答えを出すのは年の瀬まで待たなければならなかった。
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