太陽王と灰色の王妃

雨宮れん

文字の大きさ
18 / 33
企画SS

年に一度の

 自分の居間にいたリティシアは、窓の外に目をやった。庭園の木は、早くも色を変え始めている。ローザニアの王都ローウィーナよりだいぶ北にあるマイスナートの木々は、もう葉を落としている頃だろうか。

 来客を告げられ、立ち上がったリティシアの髪は、今日は首の後ろで束ねられていた。秋らしい葡萄色のドレスと同じ色のリボンを髪に飾っている。
 嫁いできて三年たつが、彼女の体はあいかわらずすらりとしていて、年齢を寄せつけないような印象を周囲に与えていた。

「今年もあなたなのね」
 リティシアの客間に通されたコンラートは膝をついて彼女を待っていた。
「皆、元気にしているかしら」
「病気になるようなやわなやつはいませんよ」
 笑いながらコンラートはリティシアの手の甲に唇を押しあてる。

 きゅっとリティシアの胸が締めつけられた。彼には申し訳ないことをしている。
 リティシアのために、未来を捨てて辺境の城へと閉じこもっているのをリティシアは知っていた。
 国に残っていれば彼の前にはどれだけの未来が開けていたのだろう。

 それでも――リティシアは彼に何も返すことができない。何を差し出しても、彼は受け取ってくれない。
 リティシアの想いをくみ取ったようにコンラートは立ち上がる。携えてきた書類を彼女に渡した。
「今年も異常はありませんよ。あんな田舎の城にしては上々です」
 リティシアは素早くコンラートが渡した書類に目を通す。

 彼女が持参金として、この国に嫁ぐときに父から譲り受けた領地。中心となる城もごく小さなもので、さほど裕福な地とはいえない。
 彼女にかわってその地を治めている者のおかげで、かろうじて黒字というところだ。
 領民の納める税を必要以上に厳しくしないよう、リティシアが命じているから、領民が飢えているということもない。

「ありがとう」
 それ以上の言葉を、彼女は知らない。
「あとでレーナルト様にお見せするわ。お茶にする? それとも少しお庭を歩く? まだそれほど寒くはないと思うの」
 庭を、というコンラートの返答を聞いて、リティシアはゲルダを呼ぶ。

 側近く仕えている侍女の中では一番年かさの彼女を連れて、リティシアはコンラートとともに庭園に出た。
「マイスナートの方は、もうほとんど葉が落ちていますよ」
 木を見上げてコンラートは言った。
「あちらは寒いものね」
 と、リティシアは返す。

 ふいにコンラートが手をのばした。髪に触れられ、リティシアは身体をこわばらせる。
 離れていくコンラートの手には、枯れた葉が握られていた。
「ついていましたよ」
 コンラートはそれを地に落とす。リティシアはほっと息をつき、もう一度口を開こうとする。

「それで――」
 マイスナート城にいる騎士団員たちの話を一人ずつについて聞くつもりだった。コンラートの顔を見上げていたリティシアの身体がふいにゆらぐ。
 何かにつまづいた。倒れかけたリティシアの身体が、ふわりと抱き止められる。
「大丈夫ですか?」
「だ――大丈夫よ、ありがとう」

 自分の足で立とうとしてリティシアは顔をしかめた。足首に痛みが走る。
「……足首を痛めたみたい」
「それはいけませんね」
 急に両膝をすくいあげられて、リティシアは小さく悲鳴をあげた。
「じっとしていてください。……多少暴れたところで、あなたを落とすこともないと思いますけど」

 それからコンラートはゲルダの方をふり返った。
「城内に医者はいるんだろ? 連れてきてくれ。リティシア様は、そこのベンチにお連れする」
 慌ててゲルダはその場を立ち去る。城内には、常に医師がつめている。それほど時間がたたないうちに到着するだろう。

「……モグラの穴、かな」
 リティシアがつまづいた地面の穴を、リティシアの肩越しに見下ろしてコンラートは言った。
「……ぜんぜん見えなかったわ」
 彼の肩に顎を押しつけてリティシアはぼやいた。

「まさかあんなところにモグラが穴を開けているなんて思いませんよ。この庭は手入れが行き届いているようですし」
 少し歩いたところにあるベンチに、コンラートはリティシアをおろした。
「庭師に言えば、すぐになんとかしてくれますよ」
 ベンチにおろしたリティシアから離れようとして――コンラートは動きを止めた。

 リティシアの夫であるレーナルトは執務室にいた。窓を背に置いた机に向かって一心にペンを走らせる。朝から休むことなく、彼は政務に取り組んでいた。もう少しがんばったら、妻の顔を見に行こうか。
 ノックの音とともに室内にやってきた宰相のアーネストは、彼の肩越しに窓の外の景色に目をむけた。

「おや、王妃様ですな」
 アーネストの言葉に、レーナルトは身体をひねって窓の外を見る。
 葡萄色のドレスを着たリティシアと、茶の服を着た男が並ぶようにして歩いていた。
 彼が誰であるのかを、レーナルトはすぐに理解した。
 リティシアの忠実な騎士だ。そういえば、今年も彼が来る時期だとリティシアが言っていたような気がする。

「あ――あいつ、何してるんだ!」
 突然レーナルトは大声をあげて、立ち上がる。
 彼の目には、コンラートがリティシアの髪をなでたように見えた。
「何ですか、一体」
 胸の前に書類を持ったアーネストは、憮然とした表情を主に向ける。
 
 それにも気づかず、レーナルトは窓の外から目を離すことができない。
 髪を撫でただけではない。リティシアを引き寄せ――抱きしめ――あげくのはてにどこに連れていくつもりなのが、抱き上げたのだ。
「アーネスト! 後はまかせた!」
 レーナルトは勢いよく立ち上がった。

「……あと必要なのは、陛下の署名だけなのですがね」
 つぶやいたアーネストの言葉は、レーナルトの耳には届いていない。
 勢いよく執務室の扉が閉じられ、アーネスト一人が取り残された。

 胸を鷲掴みにされたような重苦しさを抱えながら、レーナルトは急ぎ足――どころか走って廊下を通り抜ける。
 リティシアに愛されているのはわかっている。けれど、リティシアとコンラートの間には、夫であるレーナルトさえ入り込めない絆があることを知っていた。

 あれだけの忠誠心をささげてくれる部下に、この先何人出会うことができるだろう。
 彼の忠誠心は認めるところだけれど――彼がリティシアの身体に手をふれているのは楽しいことではない。
 自分が嫉妬していることに気がついて、レーナルトは苦笑した。

 王宮正面の扉を通り抜け、レーナルトは庭園へと足を向ける。
 つきそっているはずの侍女は何をしているのだろうといらつかされる。王妃を抱きしめるような不届き者は、身を呈してでも止めるべきではないだろうか。

 足音荒く、レーナルトは庭園へと足を踏み入れる。
「コンラート、だめよ。それはやめて!」
 リティシアの声が響いてくる。
 あのばか、リティシアに何をしている。レーナルトの脳内には無体なことを要求されているリティシアの悲惨な姿が容易に思いうかべられた。力で彼女がコンラートにかなうはずはない。
 コンラートがリティシアに無体なことなど要求するはずなどないと頭では理解していても――嫉妬心は全てを吹き飛ばした。

 レーナルトは足を速め、声のもとへとたどりつく。
「な――何をしている!」
「……陛下」
 困ったような顔をして、リティシアはレーナルトを見上げた。
「足を痛めてしまったのです」
 弱々しい表情で彼女は言う。
 ベンチに腰かけた彼女の前には、コンラートが膝をついていた。右手に小さなナイフを持っている。
 もっと別の事態を想定していたレーナルトは、思わず大きく息をついた。

「ここまで運んでくれたコンラートのボタンに髪が絡まってしまって――髪を切るようにと言ったのですが――」
「リティシア様の髪を切るなんてできませんよ」
 コンラートは手にしたナイフを、ボタンと生地の間に差し込もうとした。
「――それはだめよ!」
 リティシアはコンラートの手首を握りしめて押しとどめる。
 
 気に入らない。リティシアが彼に触れているのが気に入らない。
 リティシアが触れていいのは、夫であるレーナルトだけだというのに。

 ふんと鼻を慣らして、レーナルトはコンラートの隣に同じように膝をつく。
「手をどけろ」
 そうコンラートに命じて、彼が手をどけるとポケットから取り出したナイフを一閃させた。
 レーナルトが立ち上がった時にはリティシアの髪は自由になっていた。

「リティシア、手を」
 名を呼ばれて、リティシアは手を出す。その手にボタンが落とされた。
「つけてやりなさい」
「あ……はい、わかりました」

 ゲルダに呼ばれて駆けつけてきた医師が、リティシアの足をたいしたことはないと診断をくだすのを確認して、レーナルトは執務へと戻ることにした。
「すまないが、リティシアを運んでやってくれ」
「――かしこまりました」
 自分を挟んで、男二人が視線を交わしたことをリティシアは気づいていない。
 ここで嫉妬心を見せてなるものか。表面上はあくまでもにこやかにリティシアを託して、レーナルトはその場を離れた。

 執務室に戻ると、あきれた顔で宰相が出迎えてくれた。
「どこへ行ったのかと思っていましたよ。さ、さっさと続きを片付けてください」
 レーナルトの前に書類が山と積み上げられる。
「さっさと片付けるぞ」
 そう宣言して、レーナルトは今までにない勢いで仕事に取り組み始めた。さっさと終わらせて、リティシアの居間へと行こう。コンラートとリティシアの間に割り込んでやらなければ気がすまない。

 リティシアを居間へと運び込んで、コンラートは辞去の意を告げた。
「お茶くらい飲んでいけばいいのに」
 足を痛めているといっても、お茶をいれるくらい座ったままでもできる。
「遠慮しておきますよ」
 コンラートは笑った。
「陛下が怖いですしね。どうやら、俺とリティシア様が一緒にいるのが気に入らないようです」
「そんなことは――ないでしょう?」

「さて、それはどうでしょう。きっとすぐに陛下がいらっしゃると思いますよ」
 それからコンラートは首にかけた紐を少し引き出して見せた。
「俺は、これがあれば十分です」
 その紐の先に何が下げられているのか、それだけでリティシアは理解できた。
「また来年お会いしましょう」
 そう告げて、コンラートは退出する。リティシアはそれを黙って見送った。

 コンラートの言葉通り、レーナルトはすぐにリティシアの居間にやってきた。実のところ、残りの仕事は「よきにはからえ」とばかりにアーネストに投げつけてきたのである。いろいろと言っていたようだったが、耳をふさいで逃亡してきたのだ。
 居間にリティシアと侍女しかいないのに気がついて、レーナルトは意外そうな表情になった。

「彼はどうした?」
「帰りました」
「帰った……?」
「また来年来るそうです」
 微笑むリティシアの隣に、レーナルトは腰をおろした。

「レーナルト様」
 ソファの上でリティシアはレーナルトに身を寄せる。
「少し……甘えてもいいですか?」
 ゲルダの合図で、室内に控えていた侍女たちは静かにさがっていった。

「つもる話もあっただろうに」
 そっとリティシアの肩に腕を回してレーナルトは言った。
「いえ……それはいいんです……それは」
 リティシアはつぶやくように言った。
 
 どうやら、彼にはかなわないらしい。レーナルトは一人苦笑する。
 コンラートは、レーナルトの胸中などあっさり見抜いていたようだ。
 優しく妻に口づけながら、レーナルトは来年までに嫉妬心を押さえる術を身につけることができるかどうかと悩んでいた。

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「お前の看病は必要ない」と追放された令嬢——3日後、王子の熱が40度を超えても、誰も下げ方を知らなかった

歩人
ファンタジー
「お前の看病などいらない。薬師がいれば十分だ」 王太子カールにそう告げられ、侯爵令嬢リーゼは静かに宮廷を去った。 誰も知らなかった。夜ごとの見回り、薬の飲み合わせの管理、感染症の予防措置——宮廷の健康を守っていたのは薬師ではなくリーゼだったことを。 前世で救急看護師だった記憶を持つ彼女は、辺境の診療所で第二の人生を始める。 一方、リーゼが去った宮廷では原因不明の発熱が蔓延し、王太子自身も倒れる。 迎えに来た使者にリーゼは告げる——「お薬は出せます。でも、看護は致しません」

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!