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第三章 鮫島綾
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蒔が過ちを犯したのは高校生の頃。つらく悲痛に満ちたあの頃の記憶がじわりとよぎる。
当時の蒔は誰が見ても暗かった。三つ編みをして、視線はいつも下を向いていた。死蝋のような目に全員が気味悪がった。それなりの気品があり経済的に恵まれた学園が通う女子校に蒔の存在は相応しくなかった。
廊下ですれ違うたびに笑い声がした。あどけた笑い声は嘲りであった。ただ下を向いていれば気はいくらでも晴れた。
「あなたみたいな人、生きていて仕方ないわね」
ドッとクラス中に笑い声が響き渡った。
あるときクラスの女子グループに目を付けられた。ただ肩がぶつかった程度のことがきっかけだ。
地獄の日常が始まった。蒔はいじめを受けた。
もう辛すぎた。全寮制の学園でいじめを受けるというのが何を意味するのか蒔には想像がついた。死、である。
もはや自分の一生は尽きた。あと二年間も心を蝕まれ続けるのはごめんだった。そう思った時には屋上にいた。ここは六階。落ちればひとたまりもない。でも痛いのは一瞬だ。これまで受けてきた屈辱の数々に比べたら取るに足らない。
「なんだ。あなた、死ぬの?」
背後からの声に蒔は体を震わせる。
そこには女神がいた。学年は二つ上で学園の太陽と呼ばれた少女。
鮫島綾。綾は学園の理事長を親に持つ。まるで雲の上の存在。
女神と言われた綾が廊下の埃程度の自分に語り掛けてくれる。表情には余裕があった。
「どうして……」
「ここから飛び降りても簡単には死ねないらしいわ。ほら、下は菜園があるじゃない。当たり所悪くて一生動けない体になる、なんてこともあるわよ。ねえ?」
綾は滔々と死の恐怖を語り、横にいた少女に話しかける。園田耀。
鮫島綾が太陽なら、園田耀は月だった。二人は同じクラスで、親戚同士であり、幼なじみだった。落ち着き払った態度で蒔をあざけ訳でもなく見つめていた。どこか蠱惑的な瞳をしていた。
綾は静かに近寄る。なんだか怖かった。
「来ないでください……」
それでも近づこうとする。
「うんざりなんです! またそうやってからかおうとする!」
綾はとうとう蒔がいるところまで立った。
「私はあなたをからかったりしない。あなたのそばにいたいの」
え、と蒔は戸惑いを示す。
「私もうんざりしているの」
綾は大きなため息をついた。似合わない素顔だった。
「こんな狭い世界に閉じ込められているなんて。人生もったいないわ。そう、いい機会だわ。一緒に死にましょう」
事も無げに言う綾に蒔は戸惑った。手を掴まれた。冷たい風がすっと吹き抜けた。腰が抜けた。
涙が出た。一緒に、その一言だけが嬉しかった。女神とあがめられた綾でさえ苦しみを背負っている。世界は閉ざされていなかったのだ。きちんと見てくれていたのだ。
蒔は抱きしめられた。綾の胸の内はとても暖かい。
「もしあなたが死ぬなら私も死ぬわ。あなたの苦しみは私のだから。どう? これから私たち姉妹にならない?」
女神に見初められた瞬間だった。
以来、蒔の人生は激変した。蒔が綾の派閥だと知るとピタリといじめは止んだ。それだけではなかった。
「あなたはスターになる。誰もがあなたを敬うようにしてあげる」
蒔は私服から髪形まですべて変わった。三つ編みだった髪はきちんとさらさらとなびいた。
「この人は私のマネージャーなの。ほら挨拶して」
渋谷。あらゆる人、物がきらびやかに彩られた街。蒔の心は躍った。自分が写真にとられている。
「やめてよ!」
学校の談話室。そこは綾たちの聖域だった。粒ぞろいの美少女が集まり、学校で起きた出来事を話し合う部屋だ。おしゃれなアンティークがそろい、拡張高い。蒔は一年生として初めて入室を認められた。
もう一つの呼び名は懲罰室といった。綾たちは獲物を選んだ。学生の秩序を乱す者を見つけ罰を与える。
蒔にはどうしても許せない者がいた。言いだしづらそうな表情をしていた蒔を耀が気を聞かせてくれた。とてもつらい過去を打ち明けるのはしんどいことだ。
でも全員が親身になって聞いてくれた。
「ふふ、これで決まりね」
綾が楽しそうに頬杖を突きながら語る。
懲罰の日。蒔をいじめていた生徒が呼び出された。怪訝そうな顔をしている。いじめた本人にとってはなんてこともない。
罰を、更なる罰を与えてやりたい。蒔の心に憎しみが芽生えた。
「綾さんが間違っているというの?」
尋問役の学生が静かに言うが、口調は威圧的でシンと空気がしずかだった。差し出された録音にとうとう生徒は自供した。蒔以外にも嫌がらせをしている。
「あなたは嘘をついた」
人を支配するという行いがどれほど素晴らしいかはっきり理解した。懇願するいじめっ子のそれはかつての自分だった。
「しっかりと相手の痛いところを知り刻み込むの。あなたの好きな限りしていいわ」
綾は支配の何たるかを説いた。蒔はすぐに理解できた。この世界には主と呼ばれる支配する存在と僕と呼ばれる支配される存在がいる。
懲罰は対象者がどれほど秩序を乱したかによって変わる。軽いものであれば口頭注意で済む。しかし罪の重さにより受ける苦痛は異なる。最も重いのは独房入りだ。使われていない地下の放送室で対象者は三日三晩縛られ孤独に苛まれる。助ける者はいない。
「熱い!」
蝋燭がポタポタと垂れ落ちた。いじめた生徒は何度も体をピクリと震わせる。蒔は当然とばかりに蝋を浴びせた。泣きわめこうが何も聞こえなかった。
蒔は生徒を三日間なぶり続けた。もちろん上級生と一緒だ。
生徒の体には無数の蝋で火傷した痕が付いていた。蒔はこれが支配なのだと悟った。自分は綾の下で支配者としてあり続けられる。でもときに綾の支配のもとに下り密かに禁じられた行為をした。
「ときに痛みは人を強くする。我慢することは悪いことじゃないわ」
綾がよく仲間に使う言葉だった。
当時の蒔は誰が見ても暗かった。三つ編みをして、視線はいつも下を向いていた。死蝋のような目に全員が気味悪がった。それなりの気品があり経済的に恵まれた学園が通う女子校に蒔の存在は相応しくなかった。
廊下ですれ違うたびに笑い声がした。あどけた笑い声は嘲りであった。ただ下を向いていれば気はいくらでも晴れた。
「あなたみたいな人、生きていて仕方ないわね」
ドッとクラス中に笑い声が響き渡った。
あるときクラスの女子グループに目を付けられた。ただ肩がぶつかった程度のことがきっかけだ。
地獄の日常が始まった。蒔はいじめを受けた。
もう辛すぎた。全寮制の学園でいじめを受けるというのが何を意味するのか蒔には想像がついた。死、である。
もはや自分の一生は尽きた。あと二年間も心を蝕まれ続けるのはごめんだった。そう思った時には屋上にいた。ここは六階。落ちればひとたまりもない。でも痛いのは一瞬だ。これまで受けてきた屈辱の数々に比べたら取るに足らない。
「なんだ。あなた、死ぬの?」
背後からの声に蒔は体を震わせる。
そこには女神がいた。学年は二つ上で学園の太陽と呼ばれた少女。
鮫島綾。綾は学園の理事長を親に持つ。まるで雲の上の存在。
女神と言われた綾が廊下の埃程度の自分に語り掛けてくれる。表情には余裕があった。
「どうして……」
「ここから飛び降りても簡単には死ねないらしいわ。ほら、下は菜園があるじゃない。当たり所悪くて一生動けない体になる、なんてこともあるわよ。ねえ?」
綾は滔々と死の恐怖を語り、横にいた少女に話しかける。園田耀。
鮫島綾が太陽なら、園田耀は月だった。二人は同じクラスで、親戚同士であり、幼なじみだった。落ち着き払った態度で蒔をあざけ訳でもなく見つめていた。どこか蠱惑的な瞳をしていた。
綾は静かに近寄る。なんだか怖かった。
「来ないでください……」
それでも近づこうとする。
「うんざりなんです! またそうやってからかおうとする!」
綾はとうとう蒔がいるところまで立った。
「私はあなたをからかったりしない。あなたのそばにいたいの」
え、と蒔は戸惑いを示す。
「私もうんざりしているの」
綾は大きなため息をついた。似合わない素顔だった。
「こんな狭い世界に閉じ込められているなんて。人生もったいないわ。そう、いい機会だわ。一緒に死にましょう」
事も無げに言う綾に蒔は戸惑った。手を掴まれた。冷たい風がすっと吹き抜けた。腰が抜けた。
涙が出た。一緒に、その一言だけが嬉しかった。女神とあがめられた綾でさえ苦しみを背負っている。世界は閉ざされていなかったのだ。きちんと見てくれていたのだ。
蒔は抱きしめられた。綾の胸の内はとても暖かい。
「もしあなたが死ぬなら私も死ぬわ。あなたの苦しみは私のだから。どう? これから私たち姉妹にならない?」
女神に見初められた瞬間だった。
以来、蒔の人生は激変した。蒔が綾の派閥だと知るとピタリといじめは止んだ。それだけではなかった。
「あなたはスターになる。誰もがあなたを敬うようにしてあげる」
蒔は私服から髪形まですべて変わった。三つ編みだった髪はきちんとさらさらとなびいた。
「この人は私のマネージャーなの。ほら挨拶して」
渋谷。あらゆる人、物がきらびやかに彩られた街。蒔の心は躍った。自分が写真にとられている。
「やめてよ!」
学校の談話室。そこは綾たちの聖域だった。粒ぞろいの美少女が集まり、学校で起きた出来事を話し合う部屋だ。おしゃれなアンティークがそろい、拡張高い。蒔は一年生として初めて入室を認められた。
もう一つの呼び名は懲罰室といった。綾たちは獲物を選んだ。学生の秩序を乱す者を見つけ罰を与える。
蒔にはどうしても許せない者がいた。言いだしづらそうな表情をしていた蒔を耀が気を聞かせてくれた。とてもつらい過去を打ち明けるのはしんどいことだ。
でも全員が親身になって聞いてくれた。
「ふふ、これで決まりね」
綾が楽しそうに頬杖を突きながら語る。
懲罰の日。蒔をいじめていた生徒が呼び出された。怪訝そうな顔をしている。いじめた本人にとってはなんてこともない。
罰を、更なる罰を与えてやりたい。蒔の心に憎しみが芽生えた。
「綾さんが間違っているというの?」
尋問役の学生が静かに言うが、口調は威圧的でシンと空気がしずかだった。差し出された録音にとうとう生徒は自供した。蒔以外にも嫌がらせをしている。
「あなたは嘘をついた」
人を支配するという行いがどれほど素晴らしいかはっきり理解した。懇願するいじめっ子のそれはかつての自分だった。
「しっかりと相手の痛いところを知り刻み込むの。あなたの好きな限りしていいわ」
綾は支配の何たるかを説いた。蒔はすぐに理解できた。この世界には主と呼ばれる支配する存在と僕と呼ばれる支配される存在がいる。
懲罰は対象者がどれほど秩序を乱したかによって変わる。軽いものであれば口頭注意で済む。しかし罪の重さにより受ける苦痛は異なる。最も重いのは独房入りだ。使われていない地下の放送室で対象者は三日三晩縛られ孤独に苛まれる。助ける者はいない。
「熱い!」
蝋燭がポタポタと垂れ落ちた。いじめた生徒は何度も体をピクリと震わせる。蒔は当然とばかりに蝋を浴びせた。泣きわめこうが何も聞こえなかった。
蒔は生徒を三日間なぶり続けた。もちろん上級生と一緒だ。
生徒の体には無数の蝋で火傷した痕が付いていた。蒔はこれが支配なのだと悟った。自分は綾の下で支配者としてあり続けられる。でもときに綾の支配のもとに下り密かに禁じられた行為をした。
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