獣の楽園

戸笠耕一

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第三章 鮫島綾

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 二重に閉じられた扉が開かれると、そこは部屋だった。人が生活できるだけのスペースが設けられている。部屋の中央に置かれた椅子に七川蒔が座っていた。

「久しぶりねえ」

 細々と座っていた蒔は化粧もせず薄桃色のカーディガンを羽織っただけで、部長時代の姿はなかった。背筋を丸め、すまなそうに腰かける今のあり様は老婆のようだ。瞳は生気がなく、堕落していた。

 綾はトレンチコートを脱ぎ捨てた。面白いものを見せてやる。露出度の高く、黒に染まった体に蒔は驚いていた。そこには憧れていた希望の星がいた。蒔が誰よりも憧れた星は妖しく光っていた。

 蒔は恍惚と光り輝いていた自らの主にときめいていた。

「何しているの? 突っ立てないで、こっちに来なさい」

 綾の指示を受けて蒔は綾に近づく。そばに寄るほどに圧倒的な差が身に染みて感じてしまう。自分が目指そうとしていた者はあまりにも遥か遠くにいる存在だと知る。

「四つん這いになって」

 え、と蒔は戸惑った。

「早く。できるでしょ。それぐらい」

 蒔はしぶしぶ四つん這いになる。綾は常日頃から蒔を試す。時に耐えがたいような屈辱を与えることがある。蒔は社長という地位を目指して必死にこらえてきた。

 四つん這いになることなんて序の口だった。どんな仕打ちを綾はするのかこらえるだけの忍耐力はあるはずだ。

 しかし襲い掛かったのは強烈な仕打ちだった。蒔が味わったことのない屈辱が体全体に走る。

「痛い! やめて!」

 激しい鞭による叩きは蒔の鎖骨や背骨といったあらゆる節々を叩き、奴隷としての根性を叩きこむ。

「どうして……」

「気持ちいいでしょ?」

 滲むような痛みが全身を蒔の体を貫いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「何で謝るのかしら?」

「痛いから……」

 綾は寸隙を与えず鞭で叩くことを再開した。

「やめて、お願い」

「ずいぶん態度が大きいのね」

「お願い……します」

「これからあなたはペットになったの。逆らえばこうやって罰を受ける。私を喜ばせるために死ぬまでここで生きていくのよ、わかった?」

 綾の冷たい発言に蒔は言葉を失った。

「どうして泣くの?」

「チャンスがほしいの……もう一度だけ。きっとあなたの会社を立派なものにしてみせるわ」

 ドジをしてしまった。どんな時でさえ蒔は綾の思いをかなえてきたのに。些細なことで道を誤った。
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